学位論文要旨



No 214275
著者(漢字) 磯部,寛之
著者(英字)
著者(カナ) イソベ,ヒロユキ
標題(和) 核酸結合性有機官能基化フラーレンの合成とその機能
標題(洋) Design and Synthesis of DNA Binding Organofullerene
報告番号 214275
報告番号 乙14275
学位授与日 1999.04.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14275号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 山内,薫
内容要旨

 デオキシリボ核酸(DNA)は遺伝情報を担う重要な生体高分子である.二重鎖DNAはリン酸/糖からなるらせん状の背骨部分に結合した核酸塩基対からなっている(図1).この分子に結合する機能性有機小分子を設計・合成することは,多くの化学者の興味を引く重要な課題となっている.DNAへの結合部位は,塩基対の間,副溝および主溝の3カ所があるが,主溝に選択的に結合する小分子の例はこれまで知られていない.本論文ではフラーレンを基にして,DNAの主溝に結合する有機小分子を設計・合成した結果について述べている.フラーレンは近年発見された新規炭素同素体であり,その生物活性は広範な注目を集めてきた.第一章はその生物活性の背景について述べている.

 本研究では,DNAの主溝に対し構造的かつ化学的に相補的な分子としてのフラーレンの利用に着目し,まず手始めにフラーレンへの複数の有機官能基の導入を目的として対称性を規定した多重付加反応の開発を行った.第二章は,この多重付加反応の開発について述べている.DNAの主溝に対し相補的な構造を持ったフラーレンの合成手法を開発すべく,まずフラーレン球面上に複数の有機残基を導入する手法の開発を行った.本研究では,フラーレンに対する複数の付加反応の二つの手法を開発した.その手法の一つは,フラーレンの反応性を利用したアミンの4重付加反応によるフラーレン二量体の合成手法である.この反応から得られる二量体は興味深いカゴ型構造を持ったフラーレン誘導体であった.もう一方の手法では,二つの活性分子間を有機残基てつなぐことで,複雑な位置選択性を制御した二重付加環化体の合成を行った(式1).フラーレンの二重官能基化は30個の二重結合に対する位置選択性を制御する必要があり,非常に困難とされてきた課題である.

 

 フラーレンは直径1nmの球状分子であり,その球面は主溝の持つ曲面構造に非常によく合致する(図1).DNAの主溝はその内部表面に露出した塩基を持つ部位であり,フラーレンの球面はこの部位に対し疎水性結合面として作用することが期待される.第三章では,多重付加反応の手法を基にしたDNA結合フラーレンの設計・合成および,その主溝選択的なDNA結合について述べられている.本研究では,位置選択的な二重付加環化反応の手法を基にDNA結合分子,フラーレンテトラミン(5)の設計合成を行った.すなわち6炭素鎖でつないだシクロプロペノンアセタール(1)とフラーレンとの反応によりC2対称な二重付加環化体(4)を選択的に合成し、さらに4段階を経て目的のフラーレンテトラミン(5)を合成した(式1).この分子はDNAに対し相補的な構造を持つべく,フラーレンの半球上にC2対称な二つの腕をもち,そこに親水性のジアミン残基を配した分子である.

図1.DNA結合分子設計概念

 フラーレンテトラミン5は,化学的・生化学的手法を用いることで、主溝選択的なDNA結合分子であることが明かとなった.5のDNAへの結合は,簡便かつ汎用性の高い実験であるエチジウムブロミドとの競合結合実験により明らかにしている.この実験ではDNAインターカレートしたエチジウムブロミドの発する595nmにおける蛍光を測定する.この蛍光強度を50%減少させるDNA結合分子の薬物濃度がC50値として定義されDNAへの結合力の目安となる値として測定される.そこで5および図2に示した対照化合物について,この競合結合実験を行ったところ5のみがDNAの結合分子であることが明かとなった.

図2.仔ウシ胸腺DNAでの競合結合実験-フラーレンテトラミンの結合

 5の仔ウシ胸腺DNAに対するC50値は1.9Mと,よく知られたDNA結合分子であるスペルミンに匹敵する結合力を持つことが分かった.またGCおよびATのみからなるポリヌクレオチドへの結合にほとんど差がないことからこの結合は塩基およびその配列に非特異的であることが明かとなった.また,DNA切断活性試験において,5がDNAを切断しないことからDNAへ結合した5が,その一重項酸素の光増感剤としての能力を失うことが明かとなった,ラベル化DNAを用い切断活性試験を行うことで,5は光照射下DNAと直接反応をすることで核酸塩基のアルキル化を行うことが分かった.さらにCDスペクトルの測定から5は結合したDNAの二次構造をB型に保持することが分かり,5がDNAの主溝に選択的に結合する分子であることが明かとなった.

 さらに,本研究では,このDNA結合フラーレン5がDNAの高次構造変化を誘起することを見いだし,その詳細が第四章に述べられている.このDNA凝縮機能は走査型原子間力顕微鏡(AFM)により溶液中のDNA分子を直接「観る」ことで明らかにしている.

 AFM観察により,マイカ上,プラスミドpBR322DNAは典型的な超らせん状DNAとして,観察される(図3a).ところが両者を緩衝液中5:bp=1:0.65の比で混合し,AFM観察を行うと,図3cに示すようなディスク状DNA凝縮体が観察された.このディスク状物体には,DNAが凝縮されていることは一部二重鎖をもった凝縮体が観察されることから確認している.pBR322の体積はDNAが筒状であると仮定すると4000nm3である.そこで,1分子のDNAからなるDNA凝縮体の体積を見積もったところ5000nm3であり,結合分子による体積の増加がほとんど無く非常に効率的にDNAが凝縮されていることが明かとなった.5の添加量をさらに増加させると,図3dに示すDNA薄膜集合体が観察され,5がさらにディスク凝縮体を集合させることがわかった.

図3.フラーレンビスジアミンによるDNA凝縮-AFM観察

 【結論】本研究ではフラーレンを基礎骨格としてDNAに結合分子を設計合成し,この分子が化学反応性,自己集合力という機能を持つことを明らかにした.この分子により生成したDNA集合体は電子豊富有機材料としても興味深いものである.本研究は,今後の機能性DNA結合分子の設計に新しい方向性を提示したものである.

審査要旨

 本論文は,五章からなり,第一章は,フラーレン類の生化学的研究の背景について,第二章から第五章では,フラーレンへの多重付加反応と,その手法を用いた主溝選択的なDNA結合分子の合成およびその機能について述べられている.

 本研究は,フラーレンへの多重付加環化反応の新しい手法を開発し,その手法をもとにDNA結合分子の設計および合成を行うことを目的としている.

 第二章は,フラーレンに対する多重付加反応について述べられている.フラーレンは反応活性な30個の二重結合を有しており,その位置選択性な多重官能基化は,非常に困難とされてきた課題である.この研究では,多重付加反応として多重アミノ化と連結部制御による二重付加環化反応について検討され,この二つの手法を用いた有機官能基化フラーレンの新しい合成手法が示された.多重アミノ化の手法により,カゴ構造をもつフラーレン二量体の合成手法が示され,二重付加環化反応の手法により,種々の分子構造をもつ有機官能基化フラーレンの選択的合成手法が示されている.このうち二重付加環化反応の検討では,同時に,計算化学的手法を用いた解析が行われており,有機官能基化フラーレンの設計手法として有用となりえる手法が導入されている.本研究ではさらにこの二重付加環化の手法を用い,これまで報告例がない光学活性な有機官能基化フラーレンの合成を行っている.

 第三章は,二重付加環化反応の手法をもとにした主溝選択的な二重鎖DNA結合分子の合成およびその結合様式について述べられている.DNAへの結合部位は,塩基対の間,副溝および主溝の3カ所があるが,このうち主溝に選択的に結合する有機小分子についてはこれまで報告例がない.本研究では,DNAの溝の構造とフラーレンの球状構造との相補性に着目し,二重鎖DNAの主溝に結合する有機分子の合成を行っている.この検討では,対照化合物との結合力の比較から,カチオン性の親水鎖と疎水性のフラーレン部位との相乗効果により強い結合が生じることを明らかにしている.本研究ではまた,その結合様式について,詳細な検討が行われ,合成した有機官能基化フラーレンが有機小分子としてはこれまで報告例の無い主溝選択的な分子であることを明らかにしている.この検討では,フラーレン類のもつ光物性を利用して,その結合様式を明らかにしている.DNAに結合しているフラーレンでは分子酸素への光励起エネルギー移動が核酸塩基からの電子移動により阻害されていることから,フラーレンが溝に結合していることを見いだし,さらにフラーレンの結合したDNAの構造の解析から,幅の広い主溝に結合していることを見いだしている.

 第四章は,DNA結合性有機官能基化フラーレンによる二重鎖DNAの高次構造変化について述べられている.本研究では,走査型原子間力顕微鏡によるDNAのその場観察による高次構造変化についての検討がなされている.この検討により,DNA結合性有機官能基化フラーレンが,DNAの多様な高次構造変化を引き起こすことが見いだされている.

 最後の第五章では,本研究のまとめと今後の展望について述べられている.

 なお,本論文第二章第三節は,徳山英利氏,澤村正也氏,中村栄一氏との共同実験であるが,論文提出者が主体となって検討を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)を授与できると認める.

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