審査要旨 | | 本論文は3章からなり,タングステン0価カルボニル錯体と末端アセチレンから平衡的に生成する錯体およびビニリデン錯体を利用して,各種環状化合物合成法の開発を行った結果について,3章にわたって述べたものである。 第一章では,分子内に求核部位としてシリルエノールエーテル部位を有する末端アセチレンとして6-シロキシ-5-エン-1-イン1を用い,3倍モル量の水存在下,触媒量のW(CO)5・THF錯体を作用すると,室温でアセチレン上への炭素求核部位のエンド選択的な環化反応が進行し,5-エンド型環化体2が収率よく得られることについて述べている。 この反応の経路として,基質1のアセチレン部位にW(CO)5が配位した錯体Aか,錯体が異性化して生成するビニリデン錯体Bがアセチレン部位を求電子的に活性化し,これにシリルエノールエーテルが求核攻撃することにより環化体を与えるという機構が提案されている。 第二章では,6-エンド環化と5-エキソ環化が競争し得る,5-シロキシ-5-エン-1-イン類および7-シロキシ-6-エン-1-イン類の,W(CO)5・THF錯体を用いる環化反応について述べられている。5-シロキシ-5-エン-1-イン類3を用いた反応では,6-シロキシ-5-エン-1-イン1の反応と同様に触媒量のW(CO)5・THF錯体を作用させることにより,6-エンド選択的に環化反応が進行し,環状,一不飽和ケトン化合物が収率良く得られることを明らかにしている。 一方,7-シロキシ-6-エン-1-イン5に触媒量のW(CO)5・THF錯体を作用させると,5-エキソ環化体のみが選択的に生成する。これに対し,5をタングステンヘキサカルボニル,水とともに直接塩化メチレンあるいはクロロホルム中で光照射を行うと,この場合にもエンド環化体が選択性よく得られることを見出している。 著者は上記の反応を二環性化合物合成に利用している。ケイ素原子上の置換基をかさ高くしたシクロヘキセン誘導体6を用い,トルエン中で直接光照射すると,エンド選択的に環化反応が進行することを明らかにした。一方,3倍モル量の水存在下触媒量の W(CO)5・THF錯体との反応を光照射することなくTHF中で行うと,5-エキソ環化体のみが良好な収率で得られた。このよう同じ基質5あるいは6から,反応条件を変えることにより5-エキソ環化体,6-エンド環化体の両方を選択的に作り分けられることを明らかにした。 第三章では,芳香族エンイン化合物とW(CO)5・THF錯体から生じるビニリデン錯体を経由する,電子環状反応について述べている。すなわち,ベンゼン環のオルト位にイソプロペニル基とエチニル基を有する基質7に対し,5モル%のW(CO)5・THF錯体を作用すると,ナフタレン誘導体が収率よく合成される。 本反応はオレフィン部位の1位に置換基を有する場合に良好に進行し,対応する1-置換あるいは1,2-ジ置換ナフタレン誘導体を高収率で与える。さらに,様々なへテロ5員環部位とエチニル基をオルト位に有するベンゼン誘導体を用いてこの反応を行うと.同様に電子環状反応が進行し,多環性芳香族化合物が収率よく得られる。 以上本著者は,0価6族金属カルボニル化合物とアルキンから生成する錯体あるいはその異性化したビニリデン錯体に着目し,末端アセチレンへのエンド環化という新しい型式の反応および芳香族エンイン化合物の電子環状反応を開発している。これらの反応は穏やかな条件下で進行し,各種の環状化合物を容易に合成することができ,また入手の容易なタングステンヘキサカルボニルを触媒量用いるだけでよいことから,合成反応として有用であり,有機合成化学および有機金属化学の分野への貢献度は大きいと考えられる。なお,本研究は岩澤伸治との共同研究であるが論文提出者の寄与は十分である。従って,博士(理学)の学位を授与できると認める。 |