学位論文要旨



No 214276
著者(漢字) 前山,勝也
著者(英字)
著者(カナ) マエヤマ,カツヤ
標題(和) タングステン(0)カルボニル錯体を触媒とする末端アセチレン化合物の分子内環化反応
標題(洋)
報告番号 214276
報告番号 乙14276
学位授与日 1999.04.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14276号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 助教授 澤村,正也
内容要旨

 一般に電子求引基の置換していないアルキンに対し、シリルエノ-ルエ-テルのような炭素求核試剤を付加させることは極めて困難な問題である。このような例としてConiaらの等モル量の塩化水銀(II)を用いる方法が知られているが、触媒量の遷移金属錯体を用い炭素求核試剤を付加させた報告例はない。一方、0価6族金属カルボニル錯体を末端アセチレン化合物に作用すると錯体が生成し、さらに水素の1、2-移動により平衡的にビニリデン錯体が生成することが知られている。この7錯体およびビニリデン錯体は、金属カルボニル部位の電子求引効果によりアセチレン部位が求電子性を示し、炭索求核試剤を作用させることにより炭素-炭素結合形成を行えることが期待される。そこで、筆者は博士課程において、この錯体あるいはビニリデン錯体の特徴を利用する新しい炭索骨格形成反応を開発することを目的に研究を行った。

1.6-シロキシ-5-エン-1-イン類のエンド選択的な分子内環化反応

 まず筆者は、これらの錯体の求電子性に着目し、分子内に炭素求核部位であるシリルエノールエーテルを有する末端アセチレンと、0価6族金属カルポニル錯体との反応を検討することにした。すなわち、Scheme1に示すように末端アセチレンに金属カルボニル錯体を作用させると、まずタングステン錯体がアセチレン部位に配位して錯体Aを生成する。この錯体においてシリルエノールエーテルの分子内求核攻撃がおこりビニル金属種CあるいはDを生成し、これが水によりプロトン化されエキソ環化体あるいはエンド環化体が生成すると考えられる。もう一つの可能性として、錯体Aがビニリデン錯体Bに異性化し、これをシリルエノールエーテル部位が求核攻撃することによりビニル金属種Eとなりエンド環化体が生成することが考えられる。特に、後者のピニリデン錯体Bを経由して反応を行わせることができれば、従来困難とされていたエンド選択的な環化反応が行えるものと期待できる。

 

 そこで、6-シロキシ-5-エン-1-イン1に対し、W(CO)5・THFを作用させたところ室温で反応が進行し、エンド環化体2が得られた。3倍モル量の水を加えて反応を行うと副生成物の生成が抑えられ、収率80%で2を得ることができた。反応機構としては、錯体Aあるいはビニリデン錯体Bを経由して環化する二つの可能性が考えられる。そこで、重水存在下での反応を検討したところ2つのオレフィンプロトンがそれぞれ約40%ずつD化されたことから、両方の機構で反応が進行していることがわかった。本反応ではプロトン化の段階においてタングステン錯体が再生するので、W(CO)5・THFを30モル%あるいは10モル%用いても反応が進行する。

 

2-15-シロキシ-5-エン-1-イン類の分子内環化反応

 次に6-エンド環化と5-エキソ環化の両方ともBaldwin則では許容な5-シロキシ-5-エン-1-イン類あるいは7-シロキシ-6-エン-1-イン類の環化反応の検討を行った。この二種類の基質は,反応点間の炭素数は同じものの、シロキシ基に対し前者は反応点が外側に位置しているのに対し後者は内側に位置しているので反応性に違いが生じることが考えられる。まず,5-シロキシ-5-エン-1-イン類を等モル量および触媒量のW(CO)5・THFと作用させたところ室温で反応が進行し、式(2)に示すように6-エンド環化体のみが得られた。このように、W(CO)5・THF錯体は5-シロキシ-5-エン-1-インの6-エンド選択的環化反応に極めて有効な触媒であることがわかった。

 

2-27-シロキシ-6-エン-1-イン類の分子内環化反応

 次に,7-シロキシ-6-エン-1-イン類3に、THF中水存在下、10モル%のW(CO)5・THFを作用した(条件A)。この場合、6-エンド環化体5は全く得られず、5-エキソ環化体4のみが収率良く得られることがわかった。これは、錯体Aが生成すると速やかにシリルエノールエーテルのエキソ付加が進行するためと考えられる(Scheme1のAからCの経路)。さらに反応条件の詳細な検討を行ったところ,クロロホルム中、W(CO)6と20倍モル量の水存在下光照射することにより(条件B)、エンド環化体5を主生成物として得ることができた.このように、7-シロキシ-6-エン-1-イン類3では反応条件を変えるだけで、5-エキソ、6-エンド両方の環化体を得ることができた。

 

 さらにこの反応を利用して二環性化合物の合成を行った。すなわち、シクロヘキセノンから容易に合成できる基質6 (R=TBS)に対し、水存在下10モル%のW(CO)5・THFをTHF中作用させたところ、高選択的に5-エキソ環化体7を得ることができた。一方、反応溶媒としてトルエンを、またシリル置換基としてかさ高いトリイソプロピルシリル基を用いて直接光照射したところ、97:3と非常に高い選択性でエンド環化体8を得ることができた。

 

3.芳香族エンイン類の電子環状反応

 次にビニリデン錯体を利用し電子環状反応による芳香族化合物の合成を試みた。芳香族エンイン化合物9に5モル%のW(CO)5・THFを室温で作用させたところ、予期したとおりビニリデン錯体が生成してから電子環状反応が進行して生成したと考えられる1-メチルナフタレン10が,良好な収率で得られた。

 

 本反応は、以下に示すように様々な基質に対し適用することができ、多環性芳香族化合物の合成にも利用できることがわかった。

 

 以上述べてきたように、従来炭素骨格形成反応にほとんど利用されていなかった0価タングステンの錯体およびビニリデン錯体を用いることにより、新しい触媒的環形成反応を開発することができた。

審査要旨

 本論文は3章からなり,タングステン0価カルボニル錯体と末端アセチレンから平衡的に生成する錯体およびビニリデン錯体を利用して,各種環状化合物合成法の開発を行った結果について,3章にわたって述べたものである。

 第一章では,分子内に求核部位としてシリルエノールエーテル部位を有する末端アセチレンとして6-シロキシ-5-エン-1-イン1を用い,3倍モル量の水存在下,触媒量のW(CO)5・THF錯体を作用すると,室温でアセチレン上への炭素求核部位のエンド選択的な環化反応が進行し,5-エンド型環化体2が収率よく得られることについて述べている。

 214276f08.gif

 この反応の経路として,基質1のアセチレン部位にW(CO)5が配位した錯体Aか,錯体が異性化して生成するビニリデン錯体Bがアセチレン部位を求電子的に活性化し,これにシリルエノールエーテルが求核攻撃することにより環化体を与えるという機構が提案されている。

 第二章では,6-エンド環化と5-エキソ環化が競争し得る,5-シロキシ-5-エン-1-イン類および7-シロキシ-6-エン-1-イン類の,W(CO)5・THF錯体を用いる環化反応について述べられている。5-シロキシ-5-エン-1-イン類3を用いた反応では,6-シロキシ-5-エン-1-イン1の反応と同様に触媒量のW(CO)5・THF錯体を作用させることにより,6-エンド選択的に環化反応が進行し,環状,一不飽和ケトン化合物が収率良く得られることを明らかにしている。

 214276f09.gif

 一方,7-シロキシ-6-エン-1-イン5に触媒量のW(CO)5・THF錯体を作用させると,5-エキソ環化体のみが選択的に生成する。これに対し,5をタングステンヘキサカルボニル,水とともに直接塩化メチレンあるいはクロロホルム中で光照射を行うと,この場合にもエンド環化体が選択性よく得られることを見出している。

 214276f10.gif

 著者は上記の反応を二環性化合物合成に利用している。ケイ素原子上の置換基をかさ高くしたシクロヘキセン誘導体6を用い,トルエン中で直接光照射すると,エンド選択的に環化反応が進行することを明らかにした。一方,3倍モル量の水存在下触媒量の

 214276f11.gif

 W(CO)5・THF錯体との反応を光照射することなくTHF中で行うと,5-エキソ環化体のみが良好な収率で得られた。このよう同じ基質5あるいは6から,反応条件を変えることにより5-エキソ環化体,6-エンド環化体の両方を選択的に作り分けられることを明らかにした。

 第三章では,芳香族エンイン化合物とW(CO)5・THF錯体から生じるビニリデン錯体を経由する,電子環状反応について述べている。すなわち,ベンゼン環のオルト位にイソプロペニル基とエチニル基を有する基質7に対し,5モル%のW(CO)5・THF錯体を作用すると,ナフタレン誘導体が収率よく合成される。

 214276f12.gif

 本反応はオレフィン部位の1位に置換基を有する場合に良好に進行し,対応する1-置換あるいは1,2-ジ置換ナフタレン誘導体を高収率で与える。さらに,様々なへテロ5員環部位とエチニル基をオルト位に有するベンゼン誘導体を用いてこの反応を行うと.同様に電子環状反応が進行し,多環性芳香族化合物が収率よく得られる。

 214276f13.gif

 以上本著者は,0価6族金属カルボニル化合物とアルキンから生成する錯体あるいはその異性化したビニリデン錯体に着目し,末端アセチレンへのエンド環化という新しい型式の反応および芳香族エンイン化合物の電子環状反応を開発している。これらの反応は穏やかな条件下で進行し,各種の環状化合物を容易に合成することができ,また入手の容易なタングステンヘキサカルボニルを触媒量用いるだけでよいことから,合成反応として有用であり,有機合成化学および有機金属化学の分野への貢献度は大きいと考えられる。なお,本研究は岩澤伸治との共同研究であるが論文提出者の寄与は十分である。従って,博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク