学位論文要旨



No 214277
著者(漢字) 久保田,岳志
著者(英字) Kubota,Takeshi
著者(カナ) クボタ,タケシ
標題(和) L-Edge XANESによる担持金属微粒子上の吸着水素に関する研究
標題(洋) The Study of Hydrogen Adsorbed on Supported Metal Particles by Means of L-Edge XANES
報告番号 214277
報告番号 乙14277
学位授与日 1999.04.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14277号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 助教授 尾中,篤
 高エネルギー加速器研究機構 教授 柳下,明
 東京大学 助教授 朝倉,清高
内容要旨

 金属表面に吸着した水素は各種水素化反応,水素化分解,ヒドロホルミル化反応等の重要な触媒反応に関わる最も基本的な吸着種である.しかしながら金属表面に吸着した水素はその電子密度が小さいため,分光的手法によって吸着水素をとらえることは困難である.修士課程において担持Pt微粒子に水素を吸着させた系のXANESを測定し,スペクトルに現れる変化が担体や粒径,他の吸着種によらず,吸着水素量(分散度)にのみ比例することを見いだした.このスペクトルに現れる変化を利用することで,新しい吸着水素のin-situ定量法を確立できると期待される.しかしながら,反応条件下では,水素以外に様々な吸着種が表面に存在しているうえ,Ptに限った現象であるのかどうか不明であり,実用的に応用していくためには解決しなければならないことが多数存在する.そこで,水素の吸着量とXANESとの対応関係をより詳細に検討するとともに,実用化を目指して,代表的な共吸着系である水素-CO共吸着のXANESを測定し,共存吸着種の存在により,XANESがどのように変化するかを調べた.また,他の金属についての実験も行い,この水素吸着に伴う変化が金属一般に生じるかを調べた.

 分散度が0.97のpt/SiO2触媒のPtL3-edgeXANESスペクトルを図1に示す.水素共存下,およびその試料を室温で排気したもののスペクトルはwhite lineの高エネルギー側がブロードニングし,水素吸着前のスペクトルとの差をとると,ピークが現れる.このピークは室温の排気によって減少するが,これは気相が存在していたときには可逆吸着していた水素が室温での排気によって脱離するためであると考えられる.分散度はこの可逆吸着量を差し引いた非可逆吸着量から求めている.そこで,分散度と室温排気後のピーク強度をプロットしたものを図2に示す.図より,このピーク強度と分散度との間には比例関係が成り立っていることがわかる.また,水素吸着後に昇温排気しながら測定すると(XANES-TPD),水素の被覆率とともにピークの強度は減少する.図2に示す通り,このときの水素の吸着量とスペクトルのピーク強度も同じ直線関係にあることがわかる,これらの結果から,このピーク強度は金属微粒子の粒径や被覆率等によらず,水素吸着量に比例していることが再確認された.

図表図1.PtL3-edge XANESスペクトル()in vacuum,()in H2,()R.T.evac. / 図2.ピーク強度と分散度との関係■:SiO2,●:Al2O3,◆TiO2,□:MgO,△:XANES-TPD

 さらにH/Pt=0.97のPt/SiO2触媒について,規定量のCOを触媒に露出した後に,水素を飽和吸着させたCO-H共吸着系のPtL3-edgeXANESスペクトルを測定した.CO-H共吸着によってもやはり,white lineの高エネルギー側のブロードニングとエッジのシフトが観測された.吸着種による変化を明らかにするため,CO-H吸着前のスペクトルを差し引いた差スペクトルを図3に示す.差スペクトルには新たなピークが現れ,そのピーク強度,形状はCOと水素の吸着量によって変化し,COの吸着量が多いほど,COを単独に吸着させたときの差スペクトルに近づき,水素の吸着量が多いほど,水素を単独に吸着させたときの差スペクトルに近づく.そこで,このCO-H共吸着系のXANES差スペクトルを水素及びCOを単独に吸着させたXANES差スペクトルをもとに,式(1)を用いて波形分離によって解析することを試みた.

 

 ここで,d(CO)とd(H)はそれぞれCO,Hを単独に吸着させたときの差スペクトルであり,x,yは係数である.解析結果は図3に実測のスペクトルと共に示した.実測のスペクトルと波形分離によって得られたスペクトルとは非常によく一致することから.CO-H共吸着系のXANESの変化は,水素からの寄与とCOからの寄与とに分離でき,互いに影響しないことがわかる.この波形分離において,水素吸着に由来するピークの強度を水素の吸着量と比較した結果を図4に示す.

 図から,水素吸着に由来するピーク,y・d(H)の強度と実際の水素吸着量との間には直線関係が成り立つことがわかった.また,水素の吸着量を一定(H/Pt=0.25)にし,COの吸着量を変化させたとき,あるいはCOの吸着量を一定(CO/Pt=0.20)にし,水素の吸着量を変化させたときの結果も図4に示してある.この場合でもピークの強度は,吸着量と比例関係にあることから,ピーク強度と吸着量との比例関係は,水素が飽和吸着していなくても成り立ち,COの吸着量にも依存しないと考えられる.さらにこの直線は,図2の直線と同じ傾きであることが,昇温排気して測定したL3-edge XANES-TPD差スペクトルのピーク強度との比較からわかる.これらの結果から,共吸着しているCOに影響されることなく,XANES差スペクトルからCO-H共吸着系の水素吸着量を求めることが可能であることが示唆された.図5に分散度H/Pd=0.74,0.12のPd-L3XANES差スペクトルをそれぞれ示す.H/Pd=0.12のPd/SiO2では,XANESを水素存在下で測定すると真空下で測定したものに比べて鋭いピークがwhite lineの高エネルギー側に現れた.H/Pd=0.74の試料においても水素導入によってピークが現れ,その強度は低分散度のものに比べて減少した.低分散度の場合,このピークの強度は室温の排気によって大きく減少し.スペクトルは水素導入前の状態に戻った.一方,高分散度の試料では,やはり室温排気によってピークの強度は減少するが,完全には吸着前の状態に戻らない.Pd金属はバルク内に水素を吸蔵することでよく知られており.Pd foilのXANESスペクトルを水素存在下で測定すると,吸蔵水素とPd間の多重散乱に帰属されるピークが現れることが報告されている.ここでのPd微粒子のXANESに現れるピークも同様に,Pd微粒子のバルク内部に吸蔵された水素によって現れると考えられる.

図表図3.CO-H共吸着したXANESスペクトルと,波形分離結果 / 図4波形分離したピーク強度と水素吸着量との関係●:CO-H,△:,CO/Pt=0.20,▼:H/Pt=0.25,□:XANES-TPD図5.PdL3-edgeXANESスペクトル(a)真空下,(b)水素吸蔵,(c)水素吸着

 一方,排気後も消失しない変化は,吸着水素による影響がこの領域に現れているためであると思われる.吸着水素がスペクトルに与える変化をはつきりさせるため,差スペクトルをとった結果を図6に示す.高分散度の試料では,吸着水素に伴う変化を示す差スペクトルにピークが現れている.このピークは水素吸蔵によるピークとほぼ同じ位置にあるが,よりブロードになっている.吸収端を原点としたピークの相対エネルギー位置は.図1の担持Pt触媒のXANESに現れるピークとほぼ同じ場所であり,その形状もよく似ていることから,吸着水素によるピークがこの位置に現れていると考えられる.

図6.PdL3-edgeXANES差スペクトル:(水素吸着)-(真空下)

 この水素吸着に伴うピークの強度をPd微粒子の分散度に対してプロットすると,ピーク強度と分散度の間には相関関係が認められた,定量的な議論は今後,光源強度や検出器の改良により,S/N比の高いスペクトルを得ることによって可能になると期待される.

 以上の結果から,水素存在下で測定したptL2,3-edge XANESには真空排気下では存在しなかったピークが新たに現れ,その強度は表面に露出している白金原子の割合と共に増加することがわかった.またピークの位置は分散度や担体によって影響されないことから,金属と水素の直接の相互作用によって生じていると考えらる.さらにピーク強度は分散度が同じ場合は,飽和水素の被覆率に比例して変化する.これらの結果から,L-edge XANESを用いた吸着水素の定量が可能であると考えらる.

審査要旨

 金属表面に吸着した水素は各種触媒反応に関わる最も基本的な活性吸着種である。しかしながら金属表面に吸着した水素はその電子密度が小さいため分光学的手法によって捉えることは困難である。本研究では、担持金属微粒子上に水素が吸着した時に現れるXANES(X線吸収端近傍構造)スペクトルを測定し、それを解析することにより、新しい吸着水素のin situ定量法を確立することを目的としている。本論文は7章からなる。

 第1章では、金属表面の吸着水素およびXANES法について概説し、本論文の研究の位置づけを述べている。

 第2章では、本研究で用いたXANESスペクトル測定と解析に関する実験的詳細を述べている。

 第3章では、Pt/SiO2触媒のPt微粒子表面に吸着した水素のXANESスペクトルに関する研究結果をまとめている。分散度が0.97のPt試料を用いてPtL3-edge XANESスペクトルを測定すると、white lineの高エネルギー側がブロードニングし,水素吸着前のスペクトルとの差をとると、新たな吸収ピークが現れる。このピークを種々の一連の条件で測定し、ピーク強度を分散度に対しプロットすると良い直線関係を示すことを見いだした。また、標準実験としての昇温脱離曲線から求められる水素吸着量と対応させるとやはり良い比例関係を持つ。このような関係は金属微粒子の粒径や担体の種類に依存しない。これらの結果から、XANES差スペクトル解析法によって得られるピーク強度が吸着水素の定量に用いる事が可能であることを示した。

 第4章では、共吸着した一酸化炭素が水素XANESピークに及ぼす影響について述べている。規定量のCOを露出した後、水素を飽和吸着するとCOが存在していない時とは形状の異なるXANESピークが観察される。ピーク強度と形状はCOと水素の吸着量により変化し、波形分離によりCOおよび水素由来のピークをそれぞれ独立に抽出することができることを系統的実験によって示した。種々の条件での解析から、共吸着系においても水素吸着量をXANES差スペクトル法により定量できると結論している。

 第5章では、Pt/SiO2触媒上での水素吸着に基づくL2及びL3-edgeXANES差スペクトルについて、単独吸着条件下および共吸着条件下の両方での結果について、その詳細をまとめている。また、ピークの由来について、密度汎関数による理論計算を用いて議論している。

 第6章では、Pd/SiO2触媒のPd微粒子の表面吸着水素とバルク吸蔵水素についてのXANES観察の結果を述べている。XANES差スペクトルにはPd微粒子に吸藏された水素によるピークが明瞭に観察された。一方、排気後の試料で観察されるピークについては、吸収端から測ったピークの相対エネルギーがPt微粒子の場合とほぼ同じであり、形状も似ていることから、吸着水素によると結論した。Pd/SiO2でもPt/SiO2と同様に、水素吸着に伴い現れるピークの強度と分散度との間には比例関係を見いだした。さらに、観察される現象は吸着水素、サブサーフエス水素、及び吸蔵水素の3種類に分けて解析できることを見いだし、その構造モデルを提出している。

 第7章は、本論文全体を通しての結論を述べている。

 以上、本論文は初めて担持貴金属触媒の吸着水素のin situ定量法としてのXANES分光法の適用を示したもので、物理化学、特に触媒科学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50710