鉱物学において、融液からの結晶成長において起こる諸現象の追跡は、結晶物質の進化過程の解明を企てるにあたり最も興味深い議題の一つである。本論文の最も重要な成果は、共晶組織の形状、包晶現象、偏析現象といった融液からの結晶成長において起こる諸現象を支配するパラメータを実験的に解明し、これを制御する方法を見出したことである。 本研究では上記諸現象の制御法の追跡にあたり、マイクロ引き下げ(-PD)法という融液成長法の潜在能力に着目し、それまで1500℃までであった適用温度範囲を2000℃まで広げ、同時に雰囲気制御も可能とすることで実験の自由度を増やし、諸現象の制御に必要なパラメータを探索する実験を行った。従って、ここで示された各パラメータ制御法は高融点物質の単結晶化時にも適用が可能である。 本研究における各系の出発原料には4N〜5Nの高純度酸化物粉末を用いた。 マイクロ引き下げ(-PD)法は、試料を入れた坩堝を直接または間接的に加熱することにより坩堝内に対称物質の融液を得、坩堝下方に設置した種結晶を坩堝下端に空いた200〜1500mの細穴へ接触させ、そこに固液界面を形成しつつ引き下げることにより結晶成長させる溶融凝固法である。成長速度は固液界面の様子をCCDカメラで観察しながらマニュアルで温度と共にコントロールする。1500℃以下の融点の物質を対象とする場合は坩堝材にPtを使用することが可能なので、大気中での結晶成長が可能であるが、1500℃を超える高融点物質を対象とする際は、坩堝材およびアフターヒーターにIrを用いるため、結晶作成はAr等の不活性ガス雰囲気下でのみ行われる。温度勾配は10℃/mmから50℃/mmの間を高周波発生コイルの移動により選択可能であり、作成速度も0.1mm/minから30mm/minの間で選択可能である。 YAG/sapphire共晶体の研究は共晶体の微細組織に重点を置いて進め、この形状の制御に必要なパラメータの探索を行った。YAG相、sapphire相が共に結晶相として存在していることは粉末X線回折とEPMAにより確かめた。界面の高分解能透過型電子顕微鏡から、アトミックスケールにおいても非常に良い整合性を保った界面を形成していることが明らかとなった。また、その電子線回折像を基にYAG/sapphire両相は界面において(211)YAGと(011)sapphireが平行な面となっており、各相における晶帯軸である[351]YAGと[100)sapphire]平行に走っているという方位関係も明らかにした。さらに、1500℃空気中における75時間のアニーリングにおいても、微細組織に変化が見られないことを見出し、この共晶体が熱に対し極めて安定であるという知見を得た。この共晶体の微細組織は三次元に絡み合った独特の形状(Chinese script’type)をしており、紋章花崗岩などにも見られる鉱物学的に大変興味深い形状であるが、その形成メカニズムは明らかにされていない。本研究では、この形状が温度勾配により制御されること、およびそのサイズが作成速度により制御可能であることを見出した。温度勾配が27℃/mm以下では両相はファセット成長の傾向が強く三次元的に絡み合った組織はとらない。しかし温度勾配を大きくして行くと部分的に三次元ネットワークが構成され始め、45℃/mm以上急峻な温度勾配下においては微細組織は三次元に絡み合った構造のみで構成される。そのサイズは作成速度に大きく依存し、速度とサイズの間には以下の関係式で示される相関関係が見受けられた。 ここには微細組織の大きさ、Vは結晶成長速度、比例定数kは10である。 ファイバーの径を制御することにも成功し、径の制御と微細組織のサイズの制御の知見を組み合わせた結果、これまでに報告のない、全く新たな共晶組織の形状(’core’-clad type)を発見した。 YAG/sapphire共晶体に関しては、さらに引張り強度測定による評価も行った。通常、セラミックスは耐荷重を超える負荷がかかった際に脆性破断するのが普通であるが、本研究で溶融凝固法により作成した共晶体は室温では脆性破断するが、1700℃真空中における引張り強度測定における破断の直前には塑性変形が観察された。塑性変形後の微細組織を透過電子顕微鏡で観察したところ、粒内に変形に起因すると考えられる転位が発見された。これは金属の塑性変形の際に観察される転位と類似しており、セラミックスでも融点近傍においては活発に転位が発生し変形が起こる可能性を示唆する結果が得られたといえよう。 次に-PD法により包晶現象の抑制を試みた。対称物質であるTb3Al5O12(TAG)は部分溶融型の物質であり、TAP+melt→TAGという包晶反応が起きる。まず、詳細な相安定範囲を知るために、W-Reの熱電対を用いた高温型用TG-DTAにて目的組成近傍における相図を作成した。相図によるとこの包晶現象を抑制するためには固液界面部において少なくとも30℃の過冷却が必要である。そこで本研究では、-PD法の温度勾配を極めて高い値(40℃/mm)に設置し、固液界面をTAGの安定温度域まで過冷却しながら結晶成長を行うことにより包晶現象を効果的に抑制するに至った。種結晶には[111]方位に成長させたYAGのファイバー状単結晶を用い、TAGの単結晶を[111]方位に成長させた。結晶性はX線ロッキングカーブの測定により評価した。極めて高い温度勾配下における結晶成長でありながら、半値幅(FWHM)は0.013°という非常に狭い値を示し、結晶性の高い単結晶が得られたことが示された。 次には-PD法による偏析現象の抑制を試みた。偏析現象とは、融液成長において固液界面で不純物の蓄積ないし欠乏が起きる現象であり、実効偏析係数keffが以下のように定義される。すなわち、 ここで、Dは液相中の拡散係数、k=CAS/CAL(CAS:固相における不純物濃度、CAL:固相における不純物濃度)、=1.6D1/3v1/6-1/2(V:融液の動粘性係数、:結晶の回転の角速度)、Vは成長速度である。このkeffが1に近いほど結晶中の不純物濃度は均質であることになる。本研究では母結晶にYAGを、不純物にNd3+およびYb3+を選択した。種結晶はCz法により[111]方位に成長させたYAGをロツド状に切り出したちのを使用し、YAGのファイバー状単結晶を[111]方位に成長させた。作成したファイバー状単結晶にはその成長方位の対称性に起因する3回対称のファセットが観察された。作成したNd3+:YAGおよびYb3+:YAGにおいて、成長方向に沿った不純物濃度分布をEPMAにより測定し、そのデータから実効偏析係数を算出し従来の結晶成長法のそれと比較した。従来法での値が0.15〜0.20であるのに対し、-PD法のそれは0.78という1に近い値を示した。これは、-PD法による結晶成長速度が従来法に比べて極めて(103程度)速いことに起因する。式2にV→∞を代入すると、exp(-V/D)→0、すなわち、keff=1が得られる。本研究により、-PD法の成長速度(従来法の103倍程度)は不純物濃度の制御に有為な影響を与えることが示された。すなわち、この方法を用いれば、500mmにおよぶ長尺結晶に対して不純物濃度を結晶成長初期から終了時まで極めて均質に分布させることが可能なのである。 さらに-PD法による結晶成長の安定性について従来の方法と比較した。-PD法は固液界面の温度勾配が従来の方法に比べ極めて急峻であるため、結晶成長場は他の方法に比べ非常に安定である。この急峻な温度勾配は結晶成長速度の高速化にも大きく寄与しており、上記の議論によるkeff1を実現させる根幹でもある。また、坩堝先端部にメニスカスを形成するこの方法は、結晶成長の安定性を議論する上ではEdge-defined Film-fed growth(EFG)法の範疇に入り、結晶成長場は上端を坩堝と融液の濡れ角で、下端を融液と成長結晶とで成す安定成長角により固定されるため、安定性はこの側面からも高められている。 さらに、結晶径の制御に関しての実験およびその解析を行った。-PD法における結晶径の安定成長のモデルは、 で示される。ここで、Rは結晶の径、Rcは坩堝先端の径、hMはメニスカスの厚さである。ここから、安定成長可能な径の最大値と最小値が算出される。実験地か、ら選られる最大値・最小値もこの解析に良く従った。なお、このモデルは酸化物に限らず、non-wetting系全てに適用可能である。このモデルに従えば、結晶径および形状は坩堝先端の径および形状により制御可能であることになるので坩堝先端の形状を変えることにより円柱状の結晶以外にも必要に応じて異なる形状の結晶を作成することができることになる。 以上のように、本研究では、結晶物質の進化過程の解明という大命題に対し、融液からの結晶成長の追跡という観点から取り組み、融液成長における従来法では不可能であった共晶組織の形状制御、包晶現象の抑制、偏析現象の抑制といった課題に対し、積極的な制御方法の確立を試みた最初のものであり、各種現象の制御、抑制に多くの新知見が得られた。今回のデータおよびその解析全てはこれまでに行われていない新しい基礎研究であり、この研究は鉱物学において、結晶物質の進化過程の解明に大きく寄与するものである。 |