学位論文要旨



No 214279
著者(漢字) 石塚,一志
著者(英字)
著者(カナ) イシズカ,ヒトシ
標題(和) アンジオテンシン変換酵素阻害剤テモカプリラートの肝取り込みおよび胆汁排泄機構
標題(洋)
報告番号 214279
報告番号 乙14279
学位授与日 1999.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14279号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 序論

 captopril、enalapril、cilazapril、ramipril、spiraprilなど多くのアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が高血圧の治療に用いられているが、その体内からの排泄挙動に着目すると、多くの場合、主として尿中へ排泄される。一般的に加齢とともに腎機能は低下する傾向にあることから、尿中排泄型薬剤を高齢者に投与した場合、血中消失が遅延することが予測される。実際に尿中排泄型のenalaprilと尿中排泄とともに胆汁排泄性を合わせ持つテモカプリルの体内動態を腎疾患患者にて比較するとテモカプリルの体内動態変動は比較的少ない。近年、種々の輸送担体が報告されているが、このような輸送担体を積極的に利用することで体内動態的に特徴を持つ医薬品を開発する方法論が考えられる。例えば胆汁排泄に関わる輸送担体を利用することで新規医薬品に胆汁排泄性を持たせることが可能となると、特定の患者、とりわけ高齢者・腎機能低下患者における安全性・副作用回避が期待できる。

目的

 本研究は薬物の胆汁排泄機構について肝臓での挙動に着目し、血液中から肝臓中への取り込み機構、肝細胞内から胆汁中への排泄機構に関わる輸送担体について、テモカプリルの薬理活性体であるテモカプリラートを用いて、その胆汁排泄機構に関しての検討を行なうとともに、有機アニオン性物質の胆汁排泄に関わる能動輸送担体の動物種差について検討を加えた。そしてこれらの知見より排泄挙動に特徴を持った新薬開発への応用について考察を加えた。

結果(1)テモカプリラートの肝取り込み機構

 血液中から肝臓中への取り込み過程についてラット遊離肝細胞系および有機アニオン輸送担体(oatp1;organic anion transporting polypeptide)発現系を用いて評価した。

 遊離肝細胞実験Sprague-Dawley(SD)ラットより、コラゲネース灌流法により遊離肝細胞を調製して検討を行なったところ、テモカプリラートの取り込みは、薬物添加後少なくとも2分までは直線的に増加し、低温下でその取り込みは有意に低下した。さらに代謝阻害剤、SH基修飾試薬により阻害を受けたものの、medium中のNa+をLi+に置換しても影響を受けなかった。またこの取り込みは飽和性を示し、Na+非依存的な有機アニオン輸送担体の代表的基質であるestradiol-17glucuronide(E217G)やdibromosulfophthaleinにより濃度依存的に阻害を受けた。しかしながらE217Gによる阻害は部分的であった。これらの結果から、テモカプリラートの肝臓中への取り込みにNa+非依存的な輸送担体が関与していることが示唆された。

 oatp1発現COS-7細胞実験 oatp1発現系を用いて検討を加えたところ、oatp1によりテモカプリラートの取り込みは有意に増加し、濃度依存性を示した。テモカプリラートの肝取り込みにおけるoatp1の寄与率をE217Gを対照化合物として算出すると、0.51となり、oatp1がテモカプリラートの肝臓への取り込みに一部関与していることが示された。この結果は遊離肝細胞を用いた先のE217Gによる阻害結果を反映するものであった。

 他のACE阻害薬の肝取り込み遊離肝細胞実験、oatp1発現COS-7細胞実験とも、benazaprilat、cilazaprilat、delaprilat、enalaprilatは、[3H]テモカプリラートの肝取り込みを一部阻害し、その程度は、両実験系で良好な相関性を示した。

 以上の検討結果から、テモカプリラートの血中から肝臓中への取り込み過程には、Na+非依存的な輸送担体が関与し、oatp1がその一部であることが示された。さらにテモカプリラート以外のACE阻害薬についても肝臓への取り込み過程にoatp1などの輸送担体が関与している可能性が示された。これらの検討結果からは、テモカプリラートと他の尿中排泄型ACE阻害薬との胆汁排泄に関しての差異を説明することができない。そこで次にテモカプリラートの肝臓中から胆汁中への排泄過程について検討を加えた。

(2)テモカプリラートの胆汁排泄機構

 canalicular multispecific organic anion transporter(cMOAT)が、遺伝的に欠損しているEisai hyperbilirubinemic rats(EHBR)を用いて種々検討を行なった。

 in vivo実験 胆管カテーテルを施したラットにテモカプリルを投与してその体内動態を検討したところ、EHBRにおけるテモカプリラートの胆汁排泄クリアランスは、SDラットの1/20の値となった。この結果より、cMOATがテモカプリラートの胆汁排泄に関与していることが示唆された。

 胆管側膜小胞(CMVs)を用いたin vitro輸送実験SDラットCMVsへの[14C]テモカプリラート取り込みは、ATP存在下で直線的に増加するものの、ATP非存在下、およびEHBRのCMVsではそのような増加は見られなかった。さらにこの取り込みは濃度依存性を示した。cMOATの代表的基質であるdinitrophenyl-S-gluthatione(DNP-SG)は濃度依存的に[14C]テモカプリラートの取り込みを阻害し、さらに競合阻害を示した。これらの結果より、テモカプリラートとDNP-SGは一部共通の輸送担体を利用していることが示された。

 他のACE阻害薬の胆汁排泄機構benazeprilat、cilazaprilat、delaprilat、enalaprilatは、放射標識テモカプリラートの遊離肝細胞への取り込みに影響を与えたものの、CMVsへの取り込みには影響を与えず、唯一影響を与えたのはテモカプリラートであった。

 これらの検討結果から、テモカプリラートの胆汁中への排泄に能動輸送担体cMOATが関与していることが示された一方で、他のACE阻害薬はcMOATへの親和性が低いことが示された。この結果と先の取り込み実験の結果を考慮すると、テモカプリラート以外の尿中排泄型のACE阻害薬についても、肝臓中へは担体輸送により取り込まれているものの、一旦肝臓内へ取り込まれた薬剤の大部分は、肝臓から全身血中へ戻され、結果として、腎臓を介して尿中へ排泄されているものと推察された。一方で肝臓内へ取り込まれたテモカプリラートはcMOATにより効率よく胆汁中へ排泄されていると考えられた。つまり、cMOATへの親和性の違いがテモカプリラートと他のACE阻害薬との排泄挙動の差異を主として説明しているものと考えられた。

(3)有機アニオン性物質の胆汁排泄に関わる能動輸送担体の動物種差

 生理学的モデルやアロメトリック式を用いて動物実験からヒトでの体内動態を予想する報告があるものの、胆汁排泄、とりわけそれにかかわる輸送担体の動物種差に関する報告は、ほとんどない。そこでcMOATの動物種差に関して、in vivo、in vitroで検討を行なった。

 CMVsを用いたin vitro輸送実験 ラットの方法に準じて各種動物よりCMvsを調製してその評価を行なった。なお、ヒトCMVsの結果は報告を引用した。DNP-SGと胆汁酸輸送担体の基質であるtaurocholateのATP依存的な輸送が確認されたものの、両基質でCMVsへの取り込みに動物種差がみられた。DNP-SG輸送については、いずれの動物でも濃度依存的な輸送を示し、ヒトを除いてkm値がほぼ一定である一方でVmaxはラットにおいて著しく高いことがあきらかとなった。

 in vivo実験 胆管にカテーテルを施した各種動物にテモカプリラートを定速静注して体内動態を検討した。ここから胆汁排泄能力のin vivoでの指標である、肝臓中非結合型薬物濃度基準の胆汁排泄クリアランス(CLbile(u,liver))を求め、CMVsよりin vitro実験求められた胆汁排泄能力(DNP-SG輸送のVmax/Km)と比較したところ、両者には良好な相関性がみられた。

 これらの検討結果より、動物CMVsを用いたin vitro実験が、in vivoでの胆汁排泄性を反映することが示唆された。このようなスクリーニング系を利用することで、テモカプリラートの胆汁排泄のように、排泄挙動に特徴を持った新薬開発の可能性が考えられた。

結論

 (1)テモカプリラートおよび他のACE阻害薬の肝臓中への取り込み過程に輸送担体が関与している。

 (2)テモカプリラートの胆汁排泄にのみ、能動輸送担体cMOATが関与している。

 これらの結果より、テモカプリラートの良好な胆汁排泄性は肝臓への取り込み過程ではなく、胆汁排泄過程(cMOATの認識性)の違いによることが示された。

 (3)膜小胞を用いてin vitroで評価した輸送能力が、in vivoにおける胆汁排泄性を反映したことから、排泄挙動に特徴を持った新薬開発に、CMVs実験を利用するような方法論が考えられた。

審査要旨

 現在、多くのアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が高血圧の治療薬として用いられているが、その多くは経口投与後、薬理活性体となった後、主として尿中へ排泄される。その一方で多くのACE阻害薬とは異なり、塩酸テモカプリルは尿中排泄性とともに糞中排泄性を持ち合わせており、この肝臓を介した排泄性により、腎機能の低下した高齢者や腎疾患患者においても体内動態変動が少ない。近年、種々の輸送担体が報告されているが、このような輸送担体の利用により、体内動態的に特徴を持った医薬品の開発が考えられ、特定の患者における安全性の向上・副作用回避が期待できる。本碩究はACE阻害薬の胆汁排泄機構に関しての検討を中心に行なうとともに、有機アニオン性物質の胆汁排泄に関わる能動輸送担体の動物種差について検討を加え、排泄挙動に特徴を持った新薬開発への応用について考察を加えた。

1.テモカプリラートの肝取り込み機構

 血液中から肝臓中への取り込み過程についてラット遊離肝細胞系を用いて評価を行なったところ、テモカプリラートの遊離肝細胞への取り込みは、低温下、代謝阻害剤、SH基修飾試薬により阻害を受けたものの、Na+非依存的であった。また、その輸送は飽和性を示し、Na+非依存的に担体輸送されるestradiol-17glucuronide(E217G)やdibromosulfophthaleinにより濃度依存的に阻害された。これらの結果から、テモカプリラートの肝臓中への取り込みにNa+非依存的な輸送担体が関与していることが示唆された。そこでそのうちの一つであるoatp1・(organic anion transporting polyptide)を培養細胞COS-7に発現させた実験系を用いて検討したところ、oatp1によりテモカプリラートの取り込みは有意に増加し、その取り込みは飽和性を示した。oatp1がE217Gの肝取り込みを担う唯一の輸送担体(oatp1寄与率=100%)であると仮定して、テモカプリラートの肝取り込みを担う輸送担体のうちのoatp1寄与率を算出すると、51%となり、oatp1がテモカプリラートの肝臓への取り込みに一部関与していることが示された。さらに他のACE阻害薬については、遊離肝細胞実験系、oatp1発現COS-7細胞実験系とも担体輸送を示唆する結果が得られた。これらの検討結果から、いくつかのACE阻害薬の肝臓への取り込み過程にoatp1などの輸送担体が関与している可能性が示されたものの、テモカプリラートと他のACE阻害薬との排泄挙動の差異を肝臓への取り込み過程のみで十分説明するには至らなかった。そこで胆管側膜を介した胆汁排泄機構について以下に検討を加えた。

2.テモカプリラートの胆汁排泄機構

 肝胆管側膜上の能動輸送担体、canalicular multispecific organic anion transporter(cMOAT)が、遺伝的に欠損しているEisai hyperbilirubinemic rats(EHBR)を用いて検討を行なったところ、EHBRにおけるテモカプリラートの胆汁排泄クリアランスは、SDラットの1/20であり、cMOATがテモカプリラートの胆汁排泄に関与していることが示唆された。そこで胆管側膜小胞(CMVs)を用いて検討を加えたところ、SDラットCMVsへの[14C]テモカプリラート取り込みが、ATPにより促進されるものの、EHBRのCMVsではそのような促進効果は見られなかった。またこの取り込みは濃度依存性を示し、cMOATの代表的基質であるdinitrophenyl-S-gluthatione(DNP-SG)は競合阻害を示した。これらの結果より、テモカプリラートとDNP-SGは一部共通の輸送担体を利用していることが示された。一方で他のACE阻害薬は、[14C]テモカプリラートのCMVsへの取り込みには影響を与えなかった。これらの結果よりテモカプリラートの胆汁排泄にのみ能動輸送担体cMOATが関与していることが示された。

 この結果と先の肝取り込み実験の結果から、テモカプリラート以外の尿中排泄型のACE阻害薬についても、肝臓中へは担体輸送により取り込まれているものの、一旦肝臓内へ取り込まれた薬剤の多くは、肝臓から全身血中へ戻され、最終的には腎臓を介して尿中へ排泄されているものと推察された。一方で肝臓内へ担体輸送されたテモカプリラートはcMOATにより効率よく胆汁中へ排泄されていると考えられた。つまり、cMOATへの親和性の違いがテモカプリラートと他のACE阻害薬との排泄挙動の差異を主として説明しているものと考えられた。

3.有機アニオン性物質の胆汁排泄に関わる能動輸送担体の動物種差

 生理学的モデルやアロメトリック式を用いて動物実験からヒトでの体内動態を予測する報告があるものの、胆汁排泄に関する報告は少ない。そこで各種動物よりCMVsを調製してその評価を行なったところ、DNP-SGは、用いたいずれの動物でもATP依存的かつ濃度依存的な輸送を示し、そのKm値がほぼ一定である一方でVmaxはラットにおいて著しく高かった。この結果をin vivo実験より算出される肝臓中非結合型薬物濃度基準の胆汁排泄クリアランス(CLbile(u.liver))と比較すると両者には良好な相関性がみられた。この結果より、動物CMVsを用いたin vitro実験が、in vivoでの胆汁排泄性を反映していることが示唆された。

 以上、本研究は肝臓における輸送担体に関しての研究を進めることで、ACE阻害薬間における排泄挙動の差異を解明したものと考えられた。またさらに胆汁排泄に関わる能動輸送機構の動物種差について一部解明が進んだ。CMVs実験系は煩雑なin vivo動物実験に比して簡便な実験系であり、HTSにより合成された多数の検体のスクリーニングに適用可能な実験系であると考えられる。今後このような系を利用することで排泄挙動に特徴を持った新薬開発の可能性が十分考えられる。

 本研究は特定の患者における有効かつ安全な医薬品の開発・適正使用への重要な基礎的知見と考えられることより、博士(薬学〉の学位を授与するのに値するものと認めた。

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