糸球体腎炎、特に半月体形成を伴う腎炎は進行が早く予後が悪くその多くは腎不全におちいる。現在までこの疾患の機構は不明であり、進行の抑制などの治療の見通しはまったく立っていない。最近単球やマクロファージ、Tリンパ球の糸球体への浸潤が観察され、またこれら細胞の除去により腎炎発症が抑制されることからこれら細胞の関わりが推測されるようになった。本研究は白血球浸潤に関与するケモカインの発現パターンを解析し、病変に重要な役割をになうケモカインを同定し、治療へのターゲットを見つけようとするものである。 腎疾患動物モデルを用いた検討 抗糸球体基底膜抗体をラット尾静脈より投与して半月体性糸球体腎炎を惹起したところ、糸球体内にCD8陽性T細胞、マクロファージ浸潤、MCP-1など6種類のCケモカインとCD8陽性T細胞に特異性の高いリンフォタクチンのmRNAの発現量の上昇が観察された。またピュウロマイシンアミノヌクレオシドをラット頚動脈から投与し、巣状糸球体硬化症を惹起したところ、マクロファージ、CD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞の浸潤に先立ってMCP-1、MCP-3、TCA3のmRNAの顕著な発現上昇が認められた。軽度の腎疾患モデルとしてラットに抗ジペプチジルペプチダーゼIVを腹腔内投与し、一過性蛋白尿症を惹起した。MCP-1、MC-3mRNAの発現は7倍まで上昇したが、間質マクロファージの増加はほとんど観察されなかった。ケモカイン発現パターンは白血球の浸潤像、糸球体病変の進展と密接に関連し、特にリンフォタクチンなどのケモカインの発現が半月体形成と関連する可能性が高いと考えられた。 IgA腎症患者生検サンプルを用いた検討 ヒトの腎疾患においてケモカインがどう動いているかを臨床サンプルを用いて検討した。慢性腎炎の40%をしめるIgA腎症は糸球体メサンギウム領域にIgAが沈着する増殖性腎炎で予後は一般に悪い。生検サンプルより顕微鏡下糸球体を分離、各種ケモカインmRNA量をRT-PCR法で測定した結果、MCR-1、リンフォタクチンmRNAが正常と比較して著しく増加していた。リンフォタクチンmRNAと半月体形成の間では高い相関が認められたし、一部の患者サンプルで半月体形成糸球体の周囲にCD8陽性T細胞の顕著な浸潤が観察された。これらの事実より、ヒトでもリンフォタクチン、CD8陽性T細胞浸潤、病変進行の深い関連の可能性が示された。 以上、本研究によって、「腎細胞より何らかの要因によって、リンフォタクチンなどケモカインが発現分泌され、CD8陽性T細胞が動員され、これらの活性化された細胞が毛細血管壁やボーマン嚢などを破壊することによって半月体形成が進行する」可能性が示された。腎炎の診断、治療への新しい道を開く可能性もあり、医療薬学の進歩に貢献するところがあり、博士(薬学)に値すると判断した。 |