学位論文要旨



No 214282
著者(漢字) 田中,靖治
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヤスハル
標題(和) 岩盤水理特性の評価法と確率論的浸透流解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 214282
報告番号 乙14282
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14282号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 講師 黄,光偉
内容要旨

 本研究は,放射性廃棄物の地下処分施設,原子力地下発電所,発電用の圧縮空気地下貯蔵施設,石油の地下備蓄基地等の大規模な地下構造物の合理的かっ経済的な設計・施工,および構造物の建設が環境に与える影響の評価に資するため,構造物周辺の地下水流動状況を精度良く予測できる手法を開発することを目的とする。

 まず,大深度において岩盤の透水係数を精度良く測定できる多機能型透水試験装置を開発した(図-1)。その装置によれば,地下300mまでの10-9cm/secオーダーの透水係数が測定可能である。そして,内蔵したテレビカメラにより,孔壁を観察しながら試験区間を設定できる。さらに,専用の解析ソフトにより透水係数を迅速に算出できる。本装置を用いて原位置透水試験を実施したところ,同一深度での繰り返し測定で透水係数の良好な再現性が認められた。また,注水法と回復法試験による透水係数の差は僅かで,本装置の測定精度の良さが確認された。

図-1 高精度透水試験装置の概観

 次に,単孔式透水試験等により岩盤内に離散的に存在する既知の透水係数値を基に,透水係数の空間分布を推定する手法を提案した。ここでは,まず透水係数の確率特性を関数モデルで表し,モデルのパラメーターを最尤法により推定する。その際,情報量基準AICにより,多数のモデルの中から対象岩盤に最適なものを選択する。そして,地盤統計学的手法であるkrigingにより,透水係数の推定値と推定誤差分散の岩盤内での分布を計算する。簡単なケーススタディ計算や実際の堆積岩サイトのデータを用いた検証計算を行った結果,今回提案した解析手法の有効性が確認された。

 一方,正弦波圧力試験や揚水試験等の多孔式透水試験における観測水位データを基に,岩盤内の透水係数分布を効率良くかつ高精度に推定する逆解析手法も提案した。まず,透水係数分布に関する事前情報を考慮した評価関数を構築し,その評価関数に最適制御理論を適用した。そして,順解析部分の非定常浸透流と随伴系の計算はLTG法により行うこととした。さらに,透水係数の探索方向ベクトルを求める際に,準ニュートン法の一つであるSSVM法を用いることとした。簡単なケース・スタディ計算や原位置正弦波圧力試験のデータを用いた計算により,本解析手法の有効性・実用性が確認された(図-2)。

図-2 正弦波圧力試験のデータによる岩盤内の透水係数分布の逆推定結果

 さらに,定常飽和不飽和浸透流を対象とした確率論による解析手法を提案した。透水係数の推定値と推定誤差を入力データとし,線形一次近似法に基づく確率有限要素解析を行う。この手法によれば,従来のモンテカルロ法とは異なり,一回の計算で圧力水頭や流速について確率的な評価を行うことが可能である。この手法と上述したkrigingによる透水係数分布の推定法とを組み合わせることにより,透水係数の空間分布を反映した地下水流の局所的な変化が計算できるようになるとともに,計算結果の信頼性評価も可能となる(図-3)。さらに,この透水係数の空間分布を考慮した確率論的浸透流解析法の応用により,解析精度を向上させるために追加して実施すべき透水試験の位置を合理的に評価できることが,ケーススタディ計算により確認された。

図-3 透水係数分布を考慮した確率論的浸透流解析法による解析例

 以上に述べた本研究の成果を地下構造物の建設予定サイトに適用することにより,構造物周辺の地下水流況を精度良くしかも確率的に予測することが可能となり,構造物の設計,環境影響評価に寄与することができると考えられる。

審査要旨

 本論文は「岩盤水理特性の評価法と確率論的浸透流解析に関する研究」と題し、大深度岩盤中における浸透係数の確率的分布の推定法、それを用いた精度のよい地下水流動の解析法を体系化したものである。この成果は、放射性廃棄物の地下処分施設、原子力地下発電所、発電用の圧縮空気地下貯蔵施設等の大規模な地下構造物の合理的な設計、及び構造物の建設が環境に与える影響の評価に資することが出来る。

 第1章「序論」においては、大規模・大深度の地下構造物周辺の地下水流動予測に関して解決が要請されている現実の課題と既往の知見を整理し、本研究の目的と構成を定めた。

 第2章「高精度透水試験装置の開発」においては、大深度岩盤中において精度良く透水係数を測定できる多機能型試験機を開発した。この試験機によれば、地下300mまでの10-9cm/secオーダーの透水係数が測定可能となった。これは従来の試験機の速度測定機能に比べて精度を二桁上昇させており、大きな進歩をもたらした。注水法と回復法試験による透水係数の差は僅かであり、開発した試験機の測定精度が十分に高いことを確認している。

 第3章「地盤内に散在する測定値に基づく水理特性分布の推定」においては、地盤内に離散的に存在する既知の透水係数を基に、解析対象領域全域の透水係数の空間分布を推定する総合的な手法を構築した。先ず、透水係数の空間的な相関特性を考慮するために確率モデルを導入し、最尤法、情報量規準などを活用して対象岩盤に最適なものを選択する。次に、地盤統計学的手法であるクリッギングにより透水係数の推定値と、推定誤差分散の岩盤内での分布を計算する手法である。本章で体系化された岩盤水理特性の同定法は、個々には既存の技術であるが、これらを有機的に結合することにより、実情を精度良く反映できる解析法を提示したものと評価できる。堆積岩サイトの現地資料を用いて検証を行い、良好な結果を得たことは、本論文の成果が工学的に有用であることを実証するものである。

 第4章「観測水位データに基づく透水係数分布の逆解析による推定」においては、正弦波圧力試験資料の時系列を長く取ることにより、空間を伝播して来る情報を増やす試みを開発した。膨大は資料から高精度に透水係数分布を逆解析できるラプラス変換ガラーキン法により現実的な時間内での資料解析を可能なものとし、これにより広い範囲の3次元的空間情報を代替的に得ることが出来る手法を構築した。

 第5章「確率論による浸透流解析」においては、透水係数の推定値と推定誤差を入力条件とした確率有限要素法の2次元解析コードを作成した。計算手法は従来から行なわれているものであるが、入力条件として確率的な情報を与えると、繰り返し計算をすること無く、少ない計算時間で十分な精度を有する成果を得ることが出来ることを確認した。検証用の資料はモンテカルロ法により作成された。

 第6章「透水係数分布を考慮した確率的浸透流解析とその応用」においては、第3章と第5章の成果を融合し、透水係数の空間分布を考慮した確率論的な浸透流解析法を新しく構築した。その結果、より合理的な水頭分布および地下水流速の複雑な局所的変化を再現することが出来るようになった。また、推定誤差の分布も得ることが出来るので、解析結果に対する信頼性の評価を行なえることになったのは大きな進歩である。さらに本論文で得られた解析法を展開して、水理地質係数の精度を向上させるために、追加して実行する現地試験の最適ボーリング位置を決定する方法を開発した。これは現地試験の有効性を定量的に表現できる手法であり、現地試験を合理的に計画出来るシステムを可能にしたものであり、工学的に高く評価出来る。

 第7章「結論」では、本論文で得られた知見を取りまとめている。

 以上要するに、本論文は大深度岩盤中の水理地質係数を精度良く取得する手法、限られた地点の資料から領域全体の係数の分布並びにその誤差を推定する手法、確率的な浸透流解析の数値解析法の構築を行い、大深度の岩盤中での浸透流解析を体系化した。本論文で得られた成果は、エネルギー施策で要求されている大規模・大深度地下構造物の合理的な設計、及び構造物の建設が環境に与える影響の評価に資することができ、岩盤水理学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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