学位論文要旨



No 214283
著者(漢字) 大田,孝二
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,コウジ
標題(和) 大支間I形鋼格子床版の疲労特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214283
報告番号 乙14283
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14283号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 国島,正彦
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 舘石,和雄
内容要旨

 鋼橋の経済化技術の1つとして,昨今,少主桁構造が脚光を浴びている.その理由としては,鋼橋の経済化を図る上で,桁の製作工数を考慮した結果,桁の本数を少なくし,厚肉の部材を使用することによってトンあたりの加工費を大きく改善できることや,桁相互の横繋ぎ材が少なくなることによって製作工数が削減できることが挙げられる.すなわち,材料を多少多く使用することになっても,製作にかける人件費を削減すれば,鋼橋全体の経済化となることが明確となり,その趣旨に沿った鋼橋が建設段階となってきたことを示すものである.この場合,床版の支持間隔は大きくなり,構造的には従来以上に厳しい条件に曝されることになり,これを受けて大支間の床版として種々の構造の床版開発の試みがなされているのが現状である.

 本論文では,まず,鋼橋の床版の歴史を振り返り,現在のRC床版の構造,すなわち,床版の厚さやその支持間隔の設定などが,どのような経緯で現在の構造となるに至ったかに焦点をあてて調査を行った.その結果,床版設計の諸元は橋梁が建設され始めた当時の時代背景に負うところが大きいことが分かつた.すなわち,RC床版が普及し始めた1900年ごろは,ちょうど橋梁の技術が大きく展開するタイミングであり,材料の改良,設計荷重の重量化,設計方法の改革が同時に訪れた時期であった.主構造の材料では錬鉄材(いわゆる鉄)から鋼材へかわり,その強度は著しく大きくなった.床版材料では木材からRCに変わる時期に当たっている.さらに,荷重は馬車や牛馬の荷重が自動車荷重へと変化する時期でもあった.また,RCの設計理論では,1880年台のドイツのケーネンの「圧縮はコンクリート,引張りは鋼材で負担する」という考えが実験を通じて浸透してきた時期である.

 1900年当時,橋梁で一般に使用されていた木製の床版は,その殆どが形鋼(I形鋼か溝形鋼)で支持されており,その形鋼はリベットで組み上げられた横桁で支持されるのが一般的であった.当時の木材の強度や形鋼のサイズ(I形鋼では最大600mmサイズ)から床版支間は大きくはできず,せいぜいその値は1.5〜2m程度であった.現在ではI形鋼のサイズが大きくなり,また,溶接により鋼板を組み合わせ必要なサイズの鋼桁を用いることで支間を大きく取ることができると考えられる.また,床版の厚さは15cm程度が多かった.これは当時,大橋梁に用いられた3インチ厚さ木床版の2層(6インチ,15cm)を,材料が変わっても踏襲した可能性がある.新材料である現場打ち鉄筋コンクリートが未だ品質的に信頼できない面があって,従来の木床版の寸法(厚さ,支間)をそのまま採用したことが考えられる.床版厚さは木床版の数値を継承し,コンクリートおよび鉄筋の当時の材料から決まる許容応力度(現在のものに比べるとかなり低い値が使用されていた)から,その厚さを前提とした計算手法によって作成されているようにみえる.これらが基本となって現在のRC床版の設計仕様に引き継がれていることが分かった.コンクリート材料の品質が安定した現在では,従来の床版厚さや床版支間にこだわる必要はなく,現在の品質,現在の施工から得られる材料特性を基本に設計値を決めてよいと考えられる.

 次に本論文では,RC床版に次ぐ床版の実績を誇るI形鋼格子床版の大支間における疲労特性を調査するために,過去の疲労試験の結果などを調査すると同時に,規定されている従来の支間(4m以下)におけるI形鋼格子床版の疲労特性を輪荷重移動載荷試験により実験的に確認した.これらの実験を通して従来のI形鋼格子床版の疲労特性として以下のことが分かった.

 (1)I形鋼格子床版の疲労終局状態は,I形鋼のパンチ孔隅角部からの疲労亀裂が進展することによる,下フランジの破断である.

 (2)この亀裂の発生は,床版設計に用いる曲げモーメントの大きさのみならず,設計では余り注目されていないせん断力にも大きく影響を受ける.

 (3)I形鋼格子床版では鉄筋をI形鋼に点溶接で取り付ける部分が必要であるが,疲労試験ではこの溶接部分から疲労亀裂が発生することが多かった.

 (4)この点溶接の方法として隅角部を避ける位置で鉄筋の溶接を行うと,疲労亀裂の発生は大きく減り,床版の疲労耐久性は大きく延びる.

 (5)床版の疲労耐久性は,計算には評価されない底板(型枠用の1mmの亜鉛鉄板)や膨張コンクリートの役割も大きく,これらを用いた供試体では,床版のたわみを小さく抑えることができ,これがコンクリートと鋼材の付着を保つことになり,疲労耐久性が大きく改善された.

 この実験結果をもとに,床版の長支間化における課題を抽出し,疲労耐久性を確保するための対策を行った.具体的には隅角部の応力集中を少なくするためにパンチ孔周辺のFEM解析を行い,この結果から応力集中の生じにくいパンチ孔形状を提案し,従来のサイズのI形鋼で行った疲労試験(I形鋼のみでコンクリートは打設せず)ではその疲労強度は数10倍となることを確認した.しかし,このパンチ孔を用いたI形鋼格子床版に対して輸荷重移動載荷試験を行った結果は,多少の疲労強度の改善はあったが,数10倍もの疲労耐久性の伸びはなかった.鋼材のみの挙動とコンクリート打設されたものの挙動には差があることも分かった.

 これらの実験による知見から,支間が6mの長支間の200mmサイズのI形鋼を用いたI形鋼格子床版に対し,(1)応力集中の小さくなる孔形状,孔配置とすること,(2)I形鋼と配力筋の交点溶接が必要な部分については,溶接位置を選び,応力の大きくなる位置を避けること,(2)たわみを極力抑えるために底板や膨張コンクリートを用いた試験体とすること,等を盛り込んだ試験体を用いて輪荷重移動載荷試験を行った.結果的には極めて疲労耐久性に優れた大支間用I形鋼格子床版が開発できた.これらの検討過程で大支間の床版の持つ疲労耐久性に関して次のことが分かった.

 床版の設計は,輪荷重が床版支間の間に並べるだけ並ぶ(以下,満載と称す)状態を想定してそのときの床版の曲げモーメントによって設計されている.満載状態の荷重は疲労耐久性を論じる場合の荷重(繰返し載荷される荷重を選ぶ必要があり,大型車両1台が床版支間中央を通過することが対象とされる.輪荷重は実績から設計輪荷重の1.5倍を想定)とは異なっている.従来のように床版支間が2〜3mと小さい時は,満載状態と疲労耐久性を論じる場合の荷重とが同一の可能性はあるが,床版支間が十分大きく4m以上ともなれば,満載状態は繰返しておこる可能性はまずあり得ず,疲労耐久性の対象とする輪位置は満載状態に比べて少ない大型車台数となる.大型車が横一列になり,3台も4台もが輪を一列に並べて走る状態が疲労を考慮するほど繰返すことは考えにくいからである.したがって,床版支間が大きくなればなるほど,疲労を考慮する荷重状態と満載状態の差は大きくなり,結果的に疲労耐久性には余裕が生じることになる.このことから次のことがいえる.

 (1)I形鋼格子床版に限らず,床版支間が4mを超えて大きくなればなるほど,満載で設計を行う床版の疲労耐久性には余裕が生じる.

 (2)床版支間が小さく,設計想定荷重配置と疲労想定荷重配置が同じ場合に,床版の疲労耐久性は最も厳しいといえる.

 (3)I形鋼格子床版の場合は,応力集中係数を用いた試算により,床版支間が2m程度の条件が最も疲労に厳しくなる.(床版支間がそれ以下の場合には,最低主部材ピッチなどの規定により応力的に余裕が生じるため)

 以上の実験結果,設計案の提案,床版支間と疲労耐久性に関する関係は,今後あらたな構造(合成構造の床版など)の大支間床版の開発に参考となる部分が多いと考えられる.例えば,底板や膨張コンクリートを床版に用いることは,わずかなコストアップで疲労耐久性を大きく改善できることを示すことができたが,これらは今後の合成床版の開発に有益な示唆となると考える.これらは安価で耐久性に優れた床版の出現に繋がり,ひいては鋼橋全体の経済化に資することになる.

審査要旨

 橋梁構造の一部である床版は自動車荷重を直接受け,その損傷が報告される事例が多く,その耐久性が近年大いに問題となってきた.また,最近では経済性の向上のために,主桁間隔の広い橋梁構造が採用されることが多くなり,橋梁構造における床版の重要性がより増してきている.

 このような背景をふまえて,本論文は,橋梁構造における床版の歴史を内外の文献から入念に調査し、その歴史的展開を明らかにするとともに加え,I形鋼格子床版を対象に,その大支間化に向けて技術的検討,とくに疲労に対する実験的検討を加え,それにもとづき設計手法の基礎を提示したものである.

 第一章では,論文の背景,まず,鋼橋の床版の歴史を内外の文献を入念し調べ,現在のRC床版の構造,すなわち,床版厚や支持間隔などの変遷を明らかにしている.その結果,RC床版が普及し始めた1900年ごろは,材料の開発,荷重の変化,設計理論の進歩の時期であったものの,当時の木床版のの厚さを前提としてRC床版の寸法が決まり,その中でコンクリートおよび鉄筋の当時の材料から決まる許容応力度により設計されていたことを明らかにしている.その床版厚は木床版の数値がそのまま継承され,これらが基本となって現在のRC床版の設計仕様に引き継がれていることもあわせて文献の上から示している.また,コンクリート材料の品質が安定した現在では,従来の床版厚さや床版支間にこだわる必要はなく,現在の品質,現在の施工から得られる材料特性を基本に設計値を決めてよいとの主張を展開している.

 次に本論文では,RC床版と並んで使用実績の多いI形鋼格子床版の大支間化においてもっとも懸念される疲労特性を明らかにするために,過去の疲労試験の結果などを調査すると同時に,従来の支間(4m以下)におけるI形鋼格子床版の疲労特性を輪荷重移動載荷試験により実験的に確認している.これらの実験を通して従来のI形鋼格子床版の疲労特性として,1)I形鋼格子床版の疲労損傷モードは,I形鋼のパンチ孔隅角部からの疲労亀裂が進展することによる下フランジの破断であること、2)I形鋼のパンチ孔隅角部からの疲労亀裂の発生は,床版設計に用いる曲げモーメントの大きさのみならず,せん断力にも大きく影響を受けること,3)I形鋼格子床版では鉄筋をI形鋼に点溶接で取り付け部分から疲労亀裂が発生すること,4)点溶接の方法として隅角部を避ける位置で鉄筋の溶接を行うと,疲労亀裂の発生は大きく減り,床版の疲労耐久性は大きく延びること.5)床版の疲労耐久性は,計算には評価されない底板(型枠用の1mmの亜鉛鉄板)や膨張コンクリートの役割も大きく,これらを用いた供試体では,床版のたわみを小さく抑えることができ,これがコンクリートと鋼材の付着を保つことになり,疲労耐久性が大きく改善されること を明らかにしている.

 この実験結果をもとに,床版の長支間化における課題を抽出し,疲労耐久性を確保するための対策を検討している.具体的には隅角部の応力集中を少なくするためにパンチ孔周辺の有限要素解析の結果をもとに,応力集中の生じにくいパンチ孔形状を提案し,従来のサイズのI形鋼でコンクリートは打設しない状態で疲労試験を行い,その疲労強度が数十倍に向上することを示した.しかし,このパンチ孔を用いたI形鋼格子床版に対して輪荷重移動載荷試験を行った結果は,多少の疲労強度の改善はあるものの,疲労耐久性の伸びはそれほどではなく,その原因が鋼材のみの挙動とコンクリート打設されたものの挙動には差があることも分かった.

 これらの実験による知見から,支間が6mの長支間の200mmサイズのI形鋼を用いたI形鋼格子床版に対し,1)応力集中の小さくなる孔形状,孔配置とすること,2)I形鋼と配力筋の交点溶接が必要な部分については,溶接位置を選び,応力の大きくなる位置を避けること,3)たわみを極力抑えるために底板や膨張コンクリートを用いた試験体とすること,等を盛り込んだ試験体を用いて輪荷重移動載荷試験を行った.極めて疲労耐久性に優れた大支間用I形鋼格子床版であることが実験的に確認された.

 床版の設計は,現在,輪荷重が床版支間の間に並べるだけ並ばせる満載状態を想定し,そのときの床版の曲げモーメントによって設計している.床版支間が4m以上ともなれば,満載状態が繰返して発生する可能性は確率的にまずあり得ず,満載状態の荷重は疲労耐久性に影響を与える大型車一台による荷重とは大きく異なってくる.すなわち,床版支間が大きくなればなるほど非現実的な荷重で,設計していることになる.このことから、1)I形鋼格子床版に限らず,床版支間が4mを超えて大きくなればなるほど,満載で設計を行う床版の疲労耐久性には過剰な余裕が生じる可能性がある.2)床版支間が小さく,設計想定荷重配置と疲労想定荷重配置が同じ場合に,床版の疲労耐久性は最も厳しい.3)I形鋼格子床版の場合は,応力集中係数を用いた試算により,床版支間が2m程度の条件が最も疲労に厳しくなる(床版支間がそれ以下の場合には、最低主部材ピッチなどの規定により応力的に余裕が生じるため)ことを明らかにした.

 以上の床版の歴史的変遷のおける知見,床版支間と疲労耐久性に関する実験的事実は、今後、合成構造の床版などの新しい構造の大支間床版の開発に参考となる部分が多いと考えられる.また,疲労耐久性の向上に及ぼす底板や膨張コンクリートの効果なども,これらは今後の合成床版の開発に有益な示唆となると判断される.このように得られた成果は今後の橋梁工学に関する学術的発展に大きく貢献するものと判断され、その工学的な意義には顕著なものがある.

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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