学位論文要旨



No 214284
著者(漢字) 田嶋,仁志
著者(英字)
著者(カナ) タジマ,ヒトシ
標題(和) 既設鋼製橋脚の耐震性向上策に関する研究
標題(洋)
報告番号 214284
報告番号 乙14284
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14284号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 木村,吉郎
 東京大学 助教授 舘石,和雄
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 名古屋工業大学 教授 後藤,芳顕
内容要旨

 1995年1月に起こった兵庫県南部地震(M7.2)は,淡路島北端部を震源とし,神戸市を中心に,観測史上初の震度7をもたらした都市型の直下型地震であった.この地震により,鋼製橋脚にも損傷が生じたため,都市内高速道路高架橋の既設鋼製橋脚においても,早期の補強工事の完成をめざし,橋脚の耐震性照査,補強手法の検討が必要となった.

 地震前の鋼製橋脚の耐震設計においては,具体的な手法がなく,本研究では,特に矩形断面鋼製橋脚について,これらの耐震照査手法,および補強構造の提案をすることにより,照査手法および,補強方法の具体的方策の確立を図っている.

 本研究では,全5章よりなっている.

 第1章では,本研究の導入として,研究の背景を整理する共に,それらの課題を整理し,本研究の目的を記している.研究の背景としては,兵庫県南部地震での鋼製橋脚の地震被害状況,鋼製橋脚に関連する既往の研究,耐震設計手法の経緯,首都高速道路高架橋の構造諸元調査を整理している.

 第2章では,矩形鋼断面部の変形性能に関して,その損傷の課程,終局状態を実験で確認する共に,地震時の許容塑性率の提案を試みている.また,橋脚の耐震性照査手法として,エネルギー一定則に基づく地震時保有水平耐力法の適用を検討し,非線形動的解析等でその適用性を検証している。

 矩形鋼製橋脚のモデル実験においては,供試体は,約1/3スケールモデルを用い,軸力を一定とした2軸応力状態での水平荷重繰返し載荷試験を実施している.補強の方法としては,縦リブ,横リブを追加する方法,縦リブにフランジを添加する方法を提案し,耐震性が向上することを確認している.また,鋼製橋脚の変形性能を評価するために,板パネルの幅厚比,補剛板の幅厚比パラメータの変化と橋脚の変形性能の関係に着目した供試体についても実験を行い,幅厚比パラメータRFと橋脚の変形性能の相関が強いことを示している.

 これらの供試体実験結果を基に,鋼製橋脚の変形性能の評価手法について検討し,特に,地震時保有水平耐力法,非線形動的解析法に用いる橋脚の履歴ループを提案し,その具体的な方法を示している.

 非線形動的解析による橋脚の耐震性検証においては,他機関で行われた実地震波を用いたハイブリッド実験を対象にして,バイリニアモデル,トリリニアモデル,修正トリリニアモデルの3モデルで比較検証を行い,修正トリリニアモデルが実験値に近く,精度が高いことを示している.また,各種パラメータに対し橋脚の固有周期帯(周波数領域)の非線形動的解析を行い,地震時保有水平耐力法の応答値が非線形動的解析値に比べ,概ね小さく安全側であることを示している.

 第3章では,鋼製橋脚の定着部(アンカー部)の耐震性の検証を行なっている.本研究では,これまでに検討例のない杭方式矩形断面橋脚アンカー部について,縮尺率1/2.5〜1/3の大型供試体を用いた単調載荷および繰り返し載荷条件下での実験をおこない基本的な耐荷力特性と劣化挙動を把握している.また,円形断面橋脚で,その精度と整合性が確認されているComponent Methodによる解析法と,道路橋示方書に準じたアンカー部の簡易的な耐力算定モデルとして知られる,RC断面モデルによる解析手法を改良したモデルの適用性についての検証をおこない,アンカー部の終局耐力の計算手法として,いづれの手法を用いても,概ね近似できることを示している.ここで,簡便な設計手法としては,RC断面モデルが.汎用性があると考えられる.

 第4章では,鋼製橋脚の耐震性照査手法の提案を行なっている.本研究は,耐震性照査手法の簡便化をねらい,橋脚の中で特に変形性能を期待する部分を特定し(制御断面と呼ぶ),制御断面の変形性能を照査する方法を提案している.この手法は制御断面のみの照査が,橋脚全体系の照査に対し概ね安全側であるという仮定のもとに行われ,基本的には,橋脚部の変形性能照査のみで照査可能となっている.合わせて,特に既設鋼製橋脚の補強工法として,施工性等を考慮した,縦リブ補強工法等を示した.

 照査手法として,エネルギー一定則に基づく地震時保有水平耐力法を基本としているが,ただし,既設構造においては,橋脚の耐力,変形性能,アンカー部の耐力等が不足するケースも想定され,そのような場合に対応可能な,非線形動的解析を中心とする橋脚全体系の照査手法の提案も行なっている.

 非線形動的解析手法としては,様々なモデルが考えられるが,1自由度を基本とした鋼断面部のモデル,コンクリート充填部まで考慮した多自由度系モデル,基礎-地盤系まで考慮した橋脚・基礎-地盤系モデルを提案している.また,首都高速道路の既設鋼製橋脚を例にとり,橋脚をモデル化し比較解析を行い,各モデル間の特性の違い,応答値の違い等を確認している.モデルが多自由度化するほど,橋脚1次振動モードにおいて,長周期化し,減衰定数が大きくなることがわかり,これに起因し,応答値にあまり差がないか,概ね小さくなることを示している.

 第5章では,本論文から得られた知見をまとめている.

審査要旨

 1995年1月の兵庫県南部地震は,我が国において初めて震度7をもたらした都市型の直下型地震であった.この地震により,よく知られているように都市内高架橋にも多大の被害が発生した.鋼製橋脚も例外ではなく,既存の高架橋の耐震性照査,補強が急務の課題となった.

 兵庫県南部地震前以前の鋼製橋脚の耐震設計は基本的に震度法に依っており,激震に対して損傷を許容するという立場は明確ではなかった.本研究では,鋼製橋脚,特に既設の矩形断面鋼製橋脚を対象に、神戸地域で経験した地震動レベルに対しては損傷を許容するという立場に立ち,また実用的な立場から耐震設計・照査手法を一連の実験,解析をベースに考究し,提案している.

 まず,第1章では,既往の研究を整理する共に,鋼製橋脚の課題を整理し,本研究の目的を述べている.また,鋼製橋脚の耐震設計手法の変遷,首都高速道路高架橋鋼製脚の構造諸元の調査結果を述べている.

 第2章では,矩形鋼製橋脚を対象に,約1/3スケールモデルによる,軸力を一定とした2軸応力状態での一連の水平荷重繰返し載荷試験とその結果について報告している.耐力を上げずにねばりを増加させる補強の方法として,縦リブ・横リブを追加する方法,縦リブにフランジを添加する方法の有効性を実験的に確認している.また,板パネルの幅厚比、補剛板の幅厚比パラメータの変化と橋脚の変形性能の関係に着目した供試体についても実験を行い、幅厚比パラメータRFと橋脚の変形性能には相関が強いことを示している.これらの実験結果をベースに、鋼製橋脚の変形性能の評価手法について検討し,特に,地震時保有水平耐力法,非線形動的解析法に用いる橋脚の履歴ループを提案し,その具体的な方法を示している.また,非線形動的解析による橋脚の耐震性検証においては,実地震波を用いたハイブリッド実験を通じて,バイリニアモデル,トリリニアモデル,修正トリリニアモデルの3モデルで比較検証を行い,修正トリリニアモデルが実験値に近く,精度が高いことを示している.また,各種パラメータに対し橋脚の固有周期帯(周波数領域)の非線形動的解析を行い,地震時保有水平耐力法の応答値が非線形動的解析値に比べ,概ね小さく安全側であることを確詔している.

 第3章では,鋼製橋脚のアンカー部の耐震性評価の検討を行なっている.具体的には,これまでに検討例のない杭方式矩形断面橋脚アンカー部について,縮尺率1/2.5〜1/3の大型供試体を用いた単調載荷および繰り返し載荷条件下での実験をおこない基本的な耐荷力特性と劣化挙動を把握している.Component Methodによる解析法と,道路橋示方書に準じたアンカー部のRC断面モデルによる解析手法を改良したモデルの適用性についての検証をおこない,アンカー部の終局耐力の計算手法として,いづれの手法を用いても,概ね近似できることを示している.ここで,簡便な設計手法としては,RC断面モデルの使用が適切との判断を示している.

 第4章では,鋼製橋脚の耐震性照査手法の提案を行なっている.耐震性照査手法の簡便化をねらい,橋脚の中で特に変形性能を期待する部分を特定(制御断面と呼んでいる)し,その変形性能を照査する方法を提案している.照査手法として.エネルギー一定則に基づく地震時保有水平耐力法を基本としているが,ただし,既設構造においては,橋脚の耐力,変形性能,アンカー部の耐力等が不足するケースも想定され,そのような場合に対応可能な,非線形動的解析を中心とする橋脚全体系の照査手法の提案も行なっている.非線形動的解析手法としては,1自由度を基本とした鋼断面部のモデル,コンクリート充填部まで考慮した多自由度系モデル,基礎-地盤系まで考慮した橋脚・基礎-地盤系モデルを提案している.また,首都高速道路の既設鋼製橋脚を例にとり,橋脚をモデル化し比較解析を行い,各モデル間の特性の違い,応答値の違い等を確認している.モデルが多自由度化するほど,橋脚1次振動モードにおいて,長周期化し,減衰定数が大きくなることがわかり,これに起因し,応答値にあまり差がないか,概ね小さくなり照査として安全側になることを確認している.

 第5章では,本論文のまとめとして得られた知見と今後の展開について述べている.

 以上のように,既設鋼製橋脚を対象し,実験データに基づいて体系的にその照査法を提案しており,その成果は今後の橋梁耐震工学の学術的発展に大きく貢献するものと判断され,その工学的な意義には顕著なものがある.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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