本論文は、広域ネットワークを対象としたシミュレーションモデルSOUNDの開発と、シミュレーションモデルの適用に関わる課題(入力データの取得、パラメータ値の設定、出力の感度分析など)を整理し、その解決法を提案するものである。渋滞が発生する過飽和ネットワークにおける施設整備、交通運用の改善効果の事前評価を行うためには、渋滞長や旅行時間の時間的な変化を記述できる動的なモデルが必要であり、本テーマは時宜を得た有意義なものである。 第1に、既往のネットワーク分析について、静的・動的な交通量配分モデルおよびシミュレーションモデルのレビューを行っている。近年多くの動的配分モデルが提案されているが、それらを配分原理の違い、待ち行列の取り扱い方,交通流の取り扱い方(流体、離散型)などによって分類整理を行っている。 第2に、広域ネットワークシミュレーションモデルSOUNDを、一般街路と高速道路のそれぞれを対象とする2種類の異なるモデルに分けて開発している。両モデルともに,車両を離散的な粒として取り扱う離散モデルで、経路選択を内生化しているものである。一般街路用のモデルは、大規模ネットワークにも対応可能とするため、計算負荷の制約を考慮し、高速道路用のモデルと比較して、車両移動のロジックを簡略化している。一方、高速道路用では、渋滞の延伸状況を交通流率と関連づけて管理することが出来るようにモデル化されている。 第3に、SOUNDのみならず多くのシミュレーションモデルで必要となる入力データのうち、ネットワークデータとOD交通量データの設定方法を提案している。ネットワークデータについては、デジタル道路地図データをシミュレーション入力データへ変換するソフトの開発を行い、OD交通量については、路側観測交通量からOD交通量を推定する方法を提案している。特にOD交通量は、シミュレーションモデルの入力データとして使用できるような細かなゾーンと時間単位における設定が非常に困難であったことから、シミュレーションの実用化に大きく貢献するものである。 第4に、実際の適用の際に問題となるシミュレーションモデルが持つパラメータの設定についてその自動化を図っている。本研究では、パラメータの1種であるボトルネック容量を、経路選択のない単純なネットワークにおいて自動設定する方法の提案を行ったのみであるが、今後のより複雑なネットワークにおける自動設定法に有用な示唆を与えるものである。 第5に、モデルの標準的な検証方法を整理し、開発したSOUNDモデルについて、交通容量、ショックウェーブの伝播速度、経路選択率などについて理論値と整合するのかを検証している。ここで用いられている検証方法は、現在乱立しているシミュレーションモデルについて、最低限必要なモデル機能を保証する意味を持つものである。 第6に、モデルパラメータおよび入力データが出力に与える感度分析を実証的に行っている。シミュレーションモデルでは設定したパラメータが完全に真値とは限らないこと、OD交通量などの入力データは変動することを考えると、モデル出力が常に正しいとは言い難い。従って、これらの変動要因が出力に与える影響を事前に評価して、結果を解釈することが必要となり、実用上重要な視点に言及している。 第7に、SOUNDを首都高速道路ネットワークに適用し、その再現性を確認するとともに、ケーススタディとして予測情報の提供効果を予測精度と関連づけながら議論している。経路選択がないネットワークでは高い精度で交通状況が再現されるが、経路選択を含むネットワークの場合には、断面交通量、旅行速度ともに多少の相違が生じるという結果を得た。 以上のように本論文では,広域ネットワークシミュレーションモデルを開発しその適用の際に生ずる多くの問題点を解決する方法の提案及び分析を加えている。また、今後の実用上の課題についても整理されており、学術的にも実務的にも高く評価できる。 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |