学位論文要旨



No 214285
著者(漢字) 吉井,稔雄
著者(英字)
著者(カナ) ヨシイ,トシオ
標題(和) 大規模ネットワークに適用可能な動的配分シミュレーションモデルの開発と適用
標題(洋) S08:
報告番号 214285
報告番号 乙14285
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14285号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 教授 清水,英範
 日本大学 教授 越,正毅
内容要旨

 本論文は、大規模な道路ネットワークに対しても適用可能な、時間的に動的な交通量配分モデルの開発を行い、実道路ネットワークへの適用を行った上で、実用化に向けた適用に際しての課題を整理し、その解決法を提案するものである。

 交通集中を主な原因として、都市部においては交通渋滞が日常的に発生しており、渋滞現象を考慮せずに的確な交通施策を施すことは非常に困難となってきている。そこで、渋滞現象を考慮した上で交通施策を実施することが求められるようになった。しかし、従来からの静的なフレームでは、渋滞現象を考慮することが非常に困難であるという理由から、渋滞現象を考慮することを可能とする動的交通量配分に関する研究が始められたところである。しかし、この動的交通量配分は、解析的に均衡解を求めることが非常に困難であることから、従来の静的な配分手法に見られるような、利用者均衡配分やシステム最適配分といった配分原則に基づいた配分方法の確立には至っていない。さらにドライバーの属性の違い、情報提供下での経路選択行動などの要素を組み込むことが可能であるという理由も加わって、現在は、主としてシミュレーションモデルを利用した個別ケースでの分析が行われている。しかし、シミュレーションを用いた分析は、実行に際して、シミュレーションに多く含まれるパラメータの設定に手間がかかるといった問題等によって、その経験の蓄積が妨げられているというのが現状である。また、シミュレーションモデルの実行方法の違いによって導かれる結果が異なるため、導かれた結果をどのように解釈するかが非常に重要な問題であり、モデルの実行方法、結果の解釈について一定の基準を設けることが必要である。

 そこで、本研究では、かなり広範囲での一般的な道路ネットワークを対象として、さまざまな交通運用策による影響評価を行うための配分モデルに焦点を絞り、最初に、モデルの開発を行う。このようなモデルによって、短期的には、一方通行や右左折禁止といった交通規制の実施効果を、中・長期的には新規路線の建設やさまざまな交通施策を実施した場合の、交通状況の改善効果についての評価が可能となる。続いて、モデルの開発後は、実際の道路ネットワークへの適用を行う。この時、現状では、ODデータをはじめとするデータセットの確保、モデルに数多く含まれるパラメータの設定方法、あるいはモデルが内生化しているドライバーの行動モデルの構築など、モデルの開発よりもその適用に際しての周辺の問題について整理すべき課題が多く残されている。そこで、今後のシミュレーションモデルの実用化に向けて、これら周辺の課題を整理し、整理した課題の解決法を提案する。最後に、シミュレーションの実行によって得られた結果を如何に解釈するのかについて考察を加える。

 本研究の成果は、「シミュレーションモデルを用いた動的な交通量配分モデル」の今後の実用化に向けて大きく貢献するものと考える。

 具体的には、モデルの適用手順を図のように整理し、この手順に従ってシミュレーションの適用を実行し、一方では各段階における問題点を整理し、その解決策を提示した。本研究により開発したシミュレーションモデルSOUNDは、一般街路,高速道路のそれぞれを対象とする2種類の異なるモデルに分けて作成した。

図 シミュレーションモデル適用の手順

 一般街路用のモデルは、大規模(リンク,ノード数の多い)ネットワークにも対応可能とするため、計算負荷の制約を考慮し、高速道路用のモデルと比較して、車両移動のロジックを簡略化したモデル化を行った。これに対して、高速道路用では、渋滞の延伸状況を交通流率と関連づけて管理することが出来るようにモデル化されている。続いて、シミュレーション実行の際に、大きな障害となっている、入力データの獲得,パラメータの設定方法について比較的簡便に獲得、設定可能な方法を開発した。シミュレーションを適用する際には、仮想のデータセットを用いたシミュレーション挙動の確認(Verification)に加えて、モデル化されていなかった重要な現象を見つけるという意味において、実データを用いた検証(Validation)を行うことが重要となる。検証の際には、実際のフィールドデータが必要となるのであるが、現状ではデータ収集の困難さが大きな障害となっている。そこで、シミュレーション検証用の共通データを作成した。SOUNDモデルを首都高速道路ネットワークに適用した検証例では、経路選択の余地がないネットワークでは高い精度で交通状況が再現されるが、経路選択を含むネットワークの場合には、断面交通量、旅行速度ともに多少の相違が生じるという結果を得た。これに加えて、OD交通量が結果に与える影響は非常に大きいと考えられるにもかかわらず、時間帯別のOD交通量には、かなりの誤差が含まれているので、

1.経路選択行動の再現精度の向上2.設定OD交通量の精度の向上

 が、今後のシミュレーション再現性向上の大きな鍵を握っているといえる。最後に、パラメータの感度分析,入力データの精度の考察を通して、シミュレーション結果の信頼性について考察を加えた後、実務へのシミュレーション適用場面を整理し、SOUNDモデルの適用例を紹介した。

 以下、今後の研究の課題を整理する。

(a)シミュレーションモデルの改良a-1)車両挙動モデルの改良

 車両の移動をどのように表現するかにより、シミュレーションの挙動は大きく異なったものとなる。そこで、車両の挙動についてより一層の深い理解を求める必要がある。

a-2)経路選択モデルの改良

 ドライバーの経路選択行動に関しては、未知の部分が多く、この経路選択行動の仮定如何でシミュレーションの結果は大きく左右されることとなる。今後は、特にリアルタイムの交通情報を獲得したドライバーの経路選択行動に関して、より深い研究を重ねていかなければならない。

(b)入力データの獲得とパラメータ設定b-1)入力データの獲得

 本研究によって、デジタルデータをシミュレーション入力データへ変換するソフトの開発、ならびに路側観測交通量からOD交通量を推定する方法を提案したが、まだまだデータの獲得には大きな労力を要する。そこで、これらのデータ獲得のさらなる省力化を図り、特に○D交通量に関しては、統一した基準の下でデータが用意されるよう、データの獲得に関して、何らかの基準を作成する必要がある。

b-2)パラメータの自動調整

 本研究では、ボトルネック交通容量を自動設定する方法の提案を行った。今後は、経路選択モデルに含まれるパラメータをはじめ、他のパラメータも含めた全てのパラメータを同時に設定する方法,互いに影響し合う複数のボトルネックを含む一般ネットワークを対象としたパラメータの設定方法について、その自動設定方法を確立する必要がある。

(c)検証用データセットの整備

 現在、多くのシミュレーションモデルが開発されているものの、その挙動に関しては、それぞれが違うデータを用いて報告されているので、シミュレーション間の比較が困難である。そのため、それぞれのモデルの特徴を知る上で、同じデータセットを用いたシミュレーション結果の比較を行うことが必要である。

(d)シミュレーションモデルの標準化と結果の解釈

 各シミュレーションモデルがどういった目的に利用されるのが望ましいのかをはっきりさせるという意味で、シミュレーションの持つ性能の評価基準を設ける必要がある。また、結果の解釈の方法についても、パラメータの感度分析等の結果を用いることで、統計学における信頼区間に相当するような指標の出力方法を確立することが必要である。

審査要旨

 本論文は、広域ネットワークを対象としたシミュレーションモデルSOUNDの開発と、シミュレーションモデルの適用に関わる課題(入力データの取得、パラメータ値の設定、出力の感度分析など)を整理し、その解決法を提案するものである。渋滞が発生する過飽和ネットワークにおける施設整備、交通運用の改善効果の事前評価を行うためには、渋滞長や旅行時間の時間的な変化を記述できる動的なモデルが必要であり、本テーマは時宜を得た有意義なものである。

 第1に、既往のネットワーク分析について、静的・動的な交通量配分モデルおよびシミュレーションモデルのレビューを行っている。近年多くの動的配分モデルが提案されているが、それらを配分原理の違い、待ち行列の取り扱い方,交通流の取り扱い方(流体、離散型)などによって分類整理を行っている。

 第2に、広域ネットワークシミュレーションモデルSOUNDを、一般街路と高速道路のそれぞれを対象とする2種類の異なるモデルに分けて開発している。両モデルともに,車両を離散的な粒として取り扱う離散モデルで、経路選択を内生化しているものである。一般街路用のモデルは、大規模ネットワークにも対応可能とするため、計算負荷の制約を考慮し、高速道路用のモデルと比較して、車両移動のロジックを簡略化している。一方、高速道路用では、渋滞の延伸状況を交通流率と関連づけて管理することが出来るようにモデル化されている。

 第3に、SOUNDのみならず多くのシミュレーションモデルで必要となる入力データのうち、ネットワークデータとOD交通量データの設定方法を提案している。ネットワークデータについては、デジタル道路地図データをシミュレーション入力データへ変換するソフトの開発を行い、OD交通量については、路側観測交通量からOD交通量を推定する方法を提案している。特にOD交通量は、シミュレーションモデルの入力データとして使用できるような細かなゾーンと時間単位における設定が非常に困難であったことから、シミュレーションの実用化に大きく貢献するものである。

 第4に、実際の適用の際に問題となるシミュレーションモデルが持つパラメータの設定についてその自動化を図っている。本研究では、パラメータの1種であるボトルネック容量を、経路選択のない単純なネットワークにおいて自動設定する方法の提案を行ったのみであるが、今後のより複雑なネットワークにおける自動設定法に有用な示唆を与えるものである。

 第5に、モデルの標準的な検証方法を整理し、開発したSOUNDモデルについて、交通容量、ショックウェーブの伝播速度、経路選択率などについて理論値と整合するのかを検証している。ここで用いられている検証方法は、現在乱立しているシミュレーションモデルについて、最低限必要なモデル機能を保証する意味を持つものである。

 第6に、モデルパラメータおよび入力データが出力に与える感度分析を実証的に行っている。シミュレーションモデルでは設定したパラメータが完全に真値とは限らないこと、OD交通量などの入力データは変動することを考えると、モデル出力が常に正しいとは言い難い。従って、これらの変動要因が出力に与える影響を事前に評価して、結果を解釈することが必要となり、実用上重要な視点に言及している。

 第7に、SOUNDを首都高速道路ネットワークに適用し、その再現性を確認するとともに、ケーススタディとして予測情報の提供効果を予測精度と関連づけながら議論している。経路選択がないネットワークでは高い精度で交通状況が再現されるが、経路選択を含むネットワークの場合には、断面交通量、旅行速度ともに多少の相違が生じるという結果を得た。

 以上のように本論文では,広域ネットワークシミュレーションモデルを開発しその適用の際に生ずる多くの問題点を解決する方法の提案及び分析を加えている。また、今後の実用上の課題についても整理されており、学術的にも実務的にも高く評価できる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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