学位論文要旨



No 214286
著者(漢字) 松田,正康
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,マサヤス
標題(和) 蒸気タービン主機関を有する大型船舶の危急後進時における軸系ねじり振動の研究
標題(洋)
報告番号 214286
報告番号 乙14286
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14286号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鎌田,実
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 加藤,孝久
内容要旨

 歯車装置を有するトルク伝達機構においては、その機構の中にバックラッシュが存在したり、また軸受の油膜特性による自励振動が発生するなど非線形振動要素が含まれ、とりわけ伝達トルクが微小な場合にはそれらの影響が大きく出て通常の線形ねじり振動解析では説明のつかない現象がしばしば発生する。

 事実、42万重量トンの超大型油送船に搭載されたロックドトレイン型減速歯車装置を有する蒸気タービン主機関の推進軸系において、伝達トルクが微小であるという条件を満足した危急後進時かなり特異な振動現象が観察されている。危急後進とは、船の前進全速状態において緊急に主機関の回転を正転から逆転に変えプロペラの推力の方向を反転させて船を緊急制動させることを言うが、その際に船が停止するまでの間、推進軸系のプロペラを駆動する主軸の変動トルクあるいは減速歯車間を結ぶクィル軸の変動トルク、同じくクィル軸のふれまわり、第二段減速ピニオンの軸方向振動、減速機ケース振動加速度などが非常に大きな値となり、推進軸系のねじり振動共振回転数付近だけでなくかなり広範囲の回転数域において不安定でまた共振現象とは違う異常振動現象を呈するというものである。さらに、明らかに外部起振の振動数とはかけ離れた振動数を持った振動が定常的に含まれ、またクィル軸の変動トルクに激しい振幅の増減を繰り返す現象が現れるといった特徴を有する。

 論文では、この大型船舶の危急後進時において、大出力蒸気タービン主機関用のロソクドトレイン型減速歯車装置に発生した軸のねじり振動系での異常振動を研究の対象として取り上げ、その原因究明と異常振動を発生するねじり振動モデルの構築ならびにこうした減速歯車装置を設計する上での異常振動を回避するための指針を示すことを目的として研究を行っている。その中でこの種の異常振動の原因を解明し、またそれを防止する設計上の方策を明確にするためには、従来からある線形のねじり振動論でなく、歯車の有するバックラッシュを考慮した軸系ねじり振動モデルおよびピニオン軸受の持つ油膜特性まで考慮した自励振動モデルによる解析が必要であるとし、特に、蒸気タービン主機関を搭載した大型船舶の危急後進時のような無負荷状態の歯車列を有する場合には、非線形要素の影響を非常に受け易い状態にあることから、こうした解析が重要であるとしている。

 このような状況を踏まえ、最初に実船での詳細な振動計測による異常振動の発生状況把握とデータ分析を行い、次に模型実験によって危急後進時にプロペラにかかる起振トルク(流体変動力)の大きさと特性を求め、それらの分析結果をもとに歯車のバックラッシュとピニオン軸受の油膜特性を考慮した実船の軸系ねじり振動モデルを提案し、その数値シミュレーションによる異常振動現象の再現および異常振動に与える諸要因を究明するとともに、提案したモデルの基本的な部分のみを残した簡略振動モデルとその安定解析から減速歯車装置での異常振動現象発生の条件を明確にして減速歯車装置を設計する上での異常振動回避の方策を示すことを試みている。

 こうした大出力蒸気タービン主機関を搭載した大型船舶での危急後進時に発生した軸のねじり振動系での異常振動を解明した結果、次のような結論が得られたとしている。

 (1)船が前進状態で主軸の回転が逆転となる危急後進操作の初期において、推進軸系に歯面の衝突(チャタリング)を含む激しいねじり振動が振幅の増減を伴いながら繰り返し発生するが、この異常振動は、II節5次の軸系ねじり振動の共振回転数56.7rpmよりも低い回転数である50rpm付近を中心として広い回転数範囲で見られ、またその主軸とクィル軸のねじり振動およびクィル軸のふれまわりの周波数分析の結果から、プロペラ翼数に相当する次数、クィル軸の回転数の1/2付近の振動数およびI節の固有振動数を含む振動が主要成分であることが確認された。

 (2)この原因を調査するために模型を使用し、危急後進時を想定した主軸変動トルクの計測を実施した結果、危急後進時の変動トルクは前進定常時の変動トルクの5倍程度にまで達すること、さらに推進効率向上のために装備されたダクトは後進時の変動トルクをより増大させることが確認された。しかし、基本的に変動トルクの振動数はプロペラ翼数による次数であり、プロペラにかかる流体変動力の大きさとその不均一性だけでは異常振動を説明できない。

 (3)こうした実船計測と模型実験での結果を踏まえ、推進軸系の異常振動を再現するモデルとして、推進軸系のねじり振動モデルに従来では試みられなかった無負荷側の歯車のバックラッシュおよびピニオン軸受の油膜特性の両者を考慮する必要があることを提案し、その提案したモデルにおいて数値シミュレーションを実施した結果、変動トルクが激しく増減を繰り返す現象など実船計測で観測された異常振動をよく再現させることができた。これによって、従来不明確な現象として捉えられていた危急後進時の異常振動の原因が、歯車のバックラッシュと軸受の油膜特性の影響で生じるねじり振動系の不安定現象であることを明確に示すことができた。

 (4)軸のねじり振動が、歯車の歯面を介して軸受の油膜特性と歯車のバンクラッシュに影響され、不安定な異常振動へと発達し得ることについては、舶用の推進軸系に限定されたものではなく、一般の減速歯車装置を有する軸系のねじり振動にも当てはまる。このため、一般的な減速歯車装置のねじり振動に対してこの種の異常振動を起こす条件を明確にするため、提案したモデルの基本部分だけを有した簡略振動モデルを構築し、その数値シミュレーションと特性方程式から不安定条件を求めた結果,軸受の油膜特性を考慮することによってねじり振動系に明確な不安定領域が形成され、またバックラッシュの存在はその領域を拡大させることが新たに確認された。

 (5)ピニオン軸の定常ふれまわりを仮定して不安定領域を求める方法が、本論文で提案したねじり振動系モデルにも適用できることを示し、不安定領域を形成する要因がねじり振動の固有振動数と直接関連していることを明確にすると共に、ねじり振動系の特性方程式から求めた不安定領域の境界線は、系の固有振動数でピニオン軸が定常的にふれまわると仮定して求めた不安定条件の境界線と精度よく一致することを新たに示した。この両方法で求めた不安定領域が精度よく一致する性質は、歯車のバンクラッシュと軸受の油膜特性の影響で生じる不安定なねじり振動を防止するためには、ねじり振動系の固有振動数の2倍以下にピニオン軸の回転数を押さえることが有効であるという減速装置を設計する上で有用な指針を与える。

審査要旨

 歯車装置を有するトルク伝達機構では、その機構の中にバックラッシュが存在したり、また軸受の油膜特性による自励振動が発生するなど非線形振動要素が含まれ、通常の線形ねじり振動解析では説明のつかない現象に遭遇することがある。

 論文提出者は船舶設計の業務に携わり、そこで42万重量トンの超大型油送船に搭載されたロックドトレイン型減速歯車装置を有する蒸気タービン主機関の推進軸系において、危急後進時にかなり特異な振動現象の発生に遭遇した。危急後進とは、船の前進全速状態において緊急に主機関の回転を正転から逆転に変えプロペラの推力の方向を反転させて船を緊急制動させることであるが、その際に船が停止するまでの間、推進軸系のプロペラを駆動する主軸の変動トルクあるいは減速歯車間を結ぶクィル軸の変動トルク、同じくクィル軸のふれまわり、第二段減速ピニオンの軸方向振動、減速機ケース振動加速度などが非常に大きな値となり、推進軸系のねじり振動共振回転数付近だけでなくかなり広範囲の回転数域において不安定な異常振動現象を呈していた。

 本論文では、この現象を出発点としている。この異常振動現象の発生状況の整理、発生メカニズムの特定を、実験解析ならびに理論解析で実施し、その原因究明と異常振動を記述できるようなねじり振動モデルの構築、さらにはこうした減速歯車装置を設計する上での異常振動を回避するための指針を示すことを目的として研究を行っている。その中でこの種の異常振動の原因を解明し、またそれを防止する設計上の方策を明確にするためには、従来からある線形のねじり振動論でなく、歯車の有するバックラッシュを考慮した軸系ねじり振動モデルおよびピニオン軸受の持つ油膜特性まで考慮した自動振動モデルによる解析が必要であるとし、詳細な検討を行っている。

 本論文は6章から構成されている。「第1章 緒論」では、研究の背景と目的を述べている。

 「第2章 実船の危急後進時における推進軸系の振動計測」では、異常振動現象を起こした実船で、詳細な振動計測による異常振動の発生状況把握とデータ分析を行い、その結果船が前進状態で主軸の回転が逆転となる危急後進操作の初期において、推進軸系に歯面の衝突(チャタリング)を含む激しいねじり振動が振幅の増減を伴いながら繰り返し発生すること、この異常振動は、II節5次の軸系ねじり振動の共振回転数よりも低い回転数域の広い回転数範囲で見られること、またその主軸とクィル軸のねじり振動およびクィル軸のふれまわりの周波数分析の結果から、プロペラ翼数に相当する次数、クィル軸の回転数の1/2付近の振動数およびI節の固有振動数を含む振動が主要成分であることを確認している。

 「第3章 後進時におけるプロペラ変動トルク模型実験」では、模型実験によって危急後進時にプロペラにかかる起振トルク(流体変動力)の大きさと特性を求め、種々検討を加えている。その結果、危急後進時の変動トルクは前進定常時の変動トルクの5倍程度にまで達すること、さらに推進効率向上のために装備されたダクトは後進時の変動トルクをより増大させることがわかった。しかし、基本的に変動トルクの振動数はプロペラ翼数による次数であり、プロペラにかかる流体変動力の大きさとその不均一性だけでは異常振動を説明できない。

 「第4章 推進軸系の異常振動再現モデルの構築とシミュレーション」では、前章まで検討結果を踏まえ、推進軸系の異常振動を再現するモデルとして、推進軸系のねじり振動モデルに従来では試みられなかった無負荷側の歯車のバックラッシュおよびピニオン軸受の油膜特性の両者を考慮した解析を行った。その結果、変動トルクが激しく増減を繰り返す現象など実船計測で観測された異常振動をよく再現させることができた。これによって、従来不明確な現象として捉えられていた危急後進時の異常振動の原因が、歯車のバックラッシュと軸受の油膜特性の影響で生じるねじり振動系の不安定現象であることが確認できた。

 「第5章 簡略化したモデルによる不安定現象発生メカニズムの検討と回避のための考察」では、この種の異常振動が、舶用の推進軸系だけではなく一般の減速歯車装置を有する軸系でも発生しうると考えられるため、前章で得られた知見をより一般化し、設計指針となるような情報を得るため、さらなる検討を加えている。そこでは一般的な減速歯車装置のねじり振動を簡易なモデルで記述し、数値シミュレーションと特性方程式から不安定条件を求め、異常振動を起こす条件を明確にした。さらに、ピニオン軸の定常ふれまわりを仮定して不安定領域を求める方法が、本論文で提案したねじり振動系モデルにも適用できることを示し、不安定領域を形成する要因がねじり振動の固有振動数と直接関連していることを明確にすると共に、ねじり振動系の特性方程式から求めた不安定領域の境界線は、系の固有振動数でピニオン軸が定常的にふれまわると仮定して求めた不安定条件の境界線と精度よく一致することを新たに示し、この両方法の対比から、歯車のバックラッシュと軸受の油膜特性の影響で生じる不安定なねじり振動を防止するためには、ねじり振動系の固有振動数の2倍以下にピニオン軸の回転数を押さえることが有効であるという減速装置を設計する上で有用な指針を得るに至った。「第6章 結論」では、本論文で行われた研究で知見をまとめている。

 以上を要するに、本論文では、異常振動の実現象の詳細な解析から発生メカニズムを特定するとともに、そういった線形ねじり振動モデルでは記述できない現象が、より一般的な場面でも発生しうることを示し、その発生条件を明確にしながら、最終的に軸系の設計指針を得るところまで示している。設計の際に、異常現象回避が盛り込まれることは、工業上非常に重要であり、かつここで得られた知見は工学的にも非常に有用であると判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク