学位論文要旨



No 214287
著者(漢字) 山崎,一平
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,イッペイ
標題(和) ジョイスティックによる自動車の運転に関する研究
標題(洋)
報告番号 214287
報告番号 乙14287
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14287号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鎌田,実
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
内容要旨

 本論文は,障害者のモビリティ向上のために有用と考えられるジョイスティックによる自動車の運転を実現する際の問題点を明らかにしてその解決を図り,自動車運転の一方式として確立するための基礎を構築することを目的としている.そのために必要なジョイスティックによる自動車の運転の理論的な検討を行った上で,ジョイスティックによる運転操作の方式についての提案を行っている.そこで提案した運転操作の方式についてドライビングシミュレータによる検討,及び実験車両による検証を行っている.

 本論文は以下に示す7つの章で構成されている.

 第1章「序論」では,研究の背景,運転性と安定性に関する従来の研究,障害者の運転に関する従来の研究について調査を行い,本論文の目的について示している.

 第2章「ジョイスティックによる運転の予備的検討」では,ジョイスティックによる運転で問題となる点,検討するべき点を明確にするために,車両の運動制御についての予備的な検討を行っている.ジョイスティックでの運転と通常の操作系をもつ自動車の運転での違いを明らかにし,ドライバモデルを用いた車線変更シミュレーションによってステアリングアクチュエータの性能が車両に与える影響の検討,および車両の性能に関する問題点を検討している.

 更に,複数の幅広い年齢層の被験者を対象にジョイスティック運転によるドライビングシミュレータを操作してもらい,走行記録の解析及び聞き取り調査から,運転感覚に関連した検討するべき点を明確化している.これらにより,(1)ジョイスティックの操作に対する応答が運転者の期待する応答と大きく異なる場合,運転者の判断に混乱を生じさせ,上手く走行させることが出来なくなる,(2)単純に操作系をジョイスティックに置き換えた場合,ステアリングホイールやアクセル・ブレーキペダルの操作では通常行わないような急激で大きな操作をそれほど意識せずに行う傾向がある,(3)目標実舵角を直接与えることが出来るドライバモデルによる車線変更シミュレーションでは操舵速度が高くなれば安定に走行させられる限界が高くなるという結論が得られたが,ドライビングシミュレータによる走行においては遅れのない理想的なアクチュエータでも不安定にならずに走行させられるのは10m/s程度までであったことからも,ジョイスティックによって運転者の意志に合った適切な目標左右操作量及び目標前後方向操作量を与えることを可能とするための検討を行う必要がある,ことを示している.

 第3章「左右方向の操作と車両応答に関する検討」では,ジョイスティックの左右方向の操作に対する車両応答の検討を行い,左右方向の車両運動制御の方式を提案し,ドライビングシミュレータによる検討を行っている.本研究ではジョイスティックの左右方向の操作と操舵操作の関係として,実舵角指令方式及び操舵トルク指令方式について検討を行っている.その他にも左右方向の操作と操舵操作の関係として様々な対応付けが想定されるが,それらは上述の方式の発展型としてとらえることが出来ると考え,本研究ではその基礎となる部分を解明している.

 自動車の運転において,左右方向の運動制御は基本的に前輪の実舵角を制御することによって行っている.「実舵角指令方式」はジョイスティックによって直接的に前輪実舵角を指令するものである.実舵角指令方式を行う際に問題となる点は操舵ゲインが高いために微少舵角の操作が難しくなり,高い速度での走行の際に安定性に問題がでることを明らかにし,それを解決するために,操舵ゲインを速度によって適切に変化させる(以降「可変操舵ゲイン」と略す)方式,及びジョイスティックの操作状態や車両の運動状態をジョイスティックへの操作反力帰還によって運転者に認識させることで,安定性の向上及び操作感の向上を図るという手法(以降「可変操作反力」と略す)についての提案を行っている.操舵ゲインの変更及び,操作反力の種類,強さを変更してドライビングシミュレータによる走行実験を行い,提案した操作方式の有効性について検証を行っている.目標コースへの追従性を示す評価関数及びジョイスティックによる修正操作の量を示す評価関数を定義し,それらの値及び走行記録を検討した結果,適切な可変操舵ゲインおよび操作反力帰還を与えることにより明確な操縦性,安定性の向上が得られることを確認している.

 また,運転者がジョイスティックによって操舵トルクを出力として車両に与える「操舵トルク指令方式」についての検討をおこない,この方式の特徴を明らかにしている.ドライビングシミュレータにより検討を行った結果,操舵トルク指令方式の特徴として明らかにした30km/h以下程度の低速走行時の操作性が良くないが,速度が高くなるにつれて操作性が改善されることを確認している.また,実舵角指令方式との比較においては総合的に判断して実舵角指令方式の優位性が示されている.

 第4章「前後左右方向の連携操作と車両応答の検討」では,車両前後方向の運動制御についてジョイスティック前後方向の操作量との関連づけについて検討し,前後方向と左右方向の運動制御を1本のジョイスティックで連携して行う場合についてのドライビングシミュレータによる検討を行うことで,適切な制御方式を提案している.

 ジョイスティックによる車両前後方向の運動制御として,駆動・制動力指令方式・加速度指令方式・速度指令方式について検討を行い,操作反力として加速度をフィードバックさせることを提案している.

 ドライビングシミュレータによってそれぞれの方式で実験を行い,走行データの解析に加えて,目標コースへの追従性の評価関数及び目標速度への追従性を示す評価関数を用いて比較・検討を行った結果,ジョイスティックの前後方向の操作量を速度指令とすることにより,通常の操作系であるアクセル・ブレーキペダルによる速度制御よりも直接的に速度制御を行うことが可能となるため,ジョイスティックによって運転を行う利点となり,車両前後加速度に比例した操作反力をジョイスティックに与えることで更に操作性を向上させることが出来ることが確認されている.また,この方式がジョイスティックによる車両運動制御に適当であることが示されている.

 第5章「実験車両による検証」では,藺易なシミュレータでは再現することが難しい運転に対するヨー角速度や加速度といった体感情報による影響を含んだ評価を得るために,実験車両による走行実験によって検討してきたジョイスティックによる運転についての検証をおこなっている.実験車両は第1次実験車両及び第2次実験車両の2台を制作した.

 第1次実験車両は車いすのまま乗り込みを行い,ジョイスティックで運転が可能であるという障害者用車両の実現を主目的として軽乗用車を改造して制作したものである.この車両ではステアリングアクチュエータ性能が低い場合についての実験を行っている.

 第2次実験車両では,第1次実験車両では実現できない(1)アクチュエータの性能が十分に高い場合(特にステアリングアクチュエータ)の実験,(2)普通の車両の操作系であるステアリングホイール・アクセルペダル・ブレーキペダルによる運転との比較実験を行うためにゴルフカーを改造して製作したものである.

 第1次実験車両の走行実験においては,スラローム区間及びカーブ区間における複数の被験者による走行データを採取し,走行データの解析及び目標コースへの追従性を示す評価関数及びヨー角速度の変動量についての評価関数を用いた比較・検討,実験後の被験者への印象調査を行っている.結果として,(1)ジョイスティックによる運転では,操作量が少なくてすむため身体的負担が少なく,操作が楽である,(2)ヨー角速度や加速度が体感情報として得られる実車による走行においても,ドライビングシミュレータで検討して効果が確認されている可変操作ゲイン・可変操作反力の効果が同様に得られる,ことを確認している.

 第2次実験車両での走行実験においては操舵方式の比較,及び通常のステアリングホイール・アクセルペダル・ブレーキペダルによる運転との比較を行っている.走行実験の結果以下のことを確認している.(1)操舵トルク指令方式は,本実験で行った30km/h程度までの速度では実舵角指令方式に比べて操作が煩雑で操作性が良くない,(2)車両の加速度や速度感といった体感情報により,速度の制御はドライビングシミュレータでの検討以上に上手く行われている,(3)前輪実舵角に対するパワースペクトル密度の比較により,ステアリングホイールによる運転操作に最も近い操舵の傾向を示すのは,実舵角制御方式で操舵ゲイン・操作反力を可変とした場合であることが示されている.

 第6章「ジョイスティックによる運転に対する高齢者の対応性」では,身体的な特性や操作能力の低下がある高齢者に対してジョイスティックによる運転を適用し対応性の調査を行っている.その成果として以下のことが得られている.(1)高齢者の低下した能力においても,低速走行であれば十分に対応可能であることが示された,(2)ジョイスティックによる運転という操作系が全く異なる実験車両,かつ高齢被験者であっても,事前に練習することなくテスト用に設置したコースを平均時速10km程度で走行させることが可能であることを確認した,(3)ジョイスティックの操作を正確に行えるように,ジョイスティックの配置,身体の保持についての検討を行う必要がある.

 最後に第7章「結論」では,本研究で得られた結果を総括している.

審査要旨

 山崎一平提出の論文は,「ジョイスティックによる自動車の運転に関する研究」と題し,7章から構成されている.

 本論文は,障害者のモビリティ向上のために有用と考えられるジョイスティックによる自動車の運転を実現する際の問題点を明らかにしてその解決を図り,自動車運転の一方式として確立するための基礎を構築することを目的としている.

 本論文は以下に示す7つの章で構成されている.

 第1章「序論」では,研究の背景,運転性と安定性に関する従来の研究,障害者の運転に関する従来の研究について調査を行い,本論文の目的について示している.

 第2章「ジョイスティックによる運転の予備的検討」では,ジョイスティックによる運転で問題となる点,検討するべき点を明確にするために,車両の運動制御についての予備的な検討を行っている.ジョイスティックでの運転と通常の操作系をもつ自動車の運転での違いを明らかにし,ドライバモデルを用いた車線変更シミュレーションによってステアノングアクチュエータの性能が車両に与える影響の検討,および車両の性能に関する問題点を検討している.更に,複数の幅広い年齢層の被験者を対象にジョイスティック運転によるドライビングシミュレータを操作してもらい,走行記録の解析及び聞き取り調査から,運転感覚に関連した検討するべき点を明確化している.

 第3章では,ジョイスティックの左右方向の操作に対する車両応答の検討を行い,左右方向の車両運動制御の方式を提案し,ドライビングシミュレータによる検討を行っている.

 ジョイスティックによって直接的に前輪実舵角を指令する「実舵角指令方式」について,操舵ゲインを速度によって適切に変化させる(以降「可変操舵ゲイン」と略す)方式,及びジョイスティックの操作状態や車両の運動状態をジョイスティックへの操作反力帰還によって運転者に認識させることで,安定性の向上及び操作感の向上を図るという手法(以降「可変操作反力」と略す)の提案を行っている.操舵ゲインの変更及び,操作反力の種類,強さを変更してドライビングシミュレータによる走行実験を行い,提案した操作方式の有効性について検証を行っている.また,ジョイスティックによって操舵トルクを与える「揉舵トルク指令方式」についての検討をおこない,この方式の特徴を明らかにしている.ドライビングシミュレータにより検討を行った結果,操舵トルク指令方式の特徴として明らかにした30km/h以下程度の低速走行時の操作性が良くないが,速度が高くなるにつれて探作性が改善されることを確認している.また,実舵角指令方式との比較においては総合的に判断して実舵角指令方式の優位性が示されている.

 第4章では,車両前後方向の運動制御についてジョイスティック前後方向の操作量との関連づけについて検討し,前後方向と左右方向の運動制御を1本のジョイスティックで連携して行う場合についてのドライビングシミュレータによる検討を行うことで,適切な制御方式を提案している.ジョイスティックによる車両前後方向の運動制御として,駆動・制動力指令方式・加速度指令方式・速度指令方式について検討を行い,操作反力として加速度をフィードバックさせることを提案している.

 ドライビングシミュレータによってそれぞれの方式で実験を行い,走行データの解析に加えて,目標コースへの追従性の評価関数及び目標速度への追従性を示す評価関数を用いて比較・検討を行った結果,ジョイスティックの前後方向の操作量を速度指令とすることにより,通常の操作系であるアクセル・ブレーキペダルによる速度制御よりも直接的に速度制御を行うことが可能となるため,ジョイスティックによって運転を行う利点となり,車両前後加速度に比例した操作反力をジョイスティックに与えることで更に操作性を向上させることが出来ることが確認されている.また,この方式がジョイスティックによる車両運動制御に適当であることが示されている.

 第5章では,簡易なシミュレータでは再現することが難しい運転に対するヨー角速度や加速度といった体感情報による影響を含んだ評価を得るために,実験車両による走行実験をおこなっている.

 第1次実験車両の走行実験においては,スラローム区間及びカーブ区間における複数の被験者による走行データを採取し,走行データの解析及び目標コースへの追従性及びヨー角速度の変動量についての評価関数を用いた比較・検討,実験後の被験者への印象調査を行っている.第2次実験車両での走行実験においては操舵方式の比較,及び通常のステアノングホイール・アクセルペダル・ブレーキペダルによる運転との比較を行っている.

 第6章では,身体的な特性や操作能力の低下がある高齢者に対してジョイスティックによる運転を適用し対応性の調査を行っている.

 最後に第7章「結論」では,本研究で得られた結果を総括している.

 以上を要するに,本論文は,障害者のモビリティ向上のために有用となるジョイスティックによる自動車の運転を実現する際の問題点を明らかにしてその解決を図り,自動車運転の一方式として確立するための基礎を構築したものであり,工学上寄与するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク