学位論文要旨



No 214288
著者(漢字) 高橋,周平
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,シュウヘイ
標題(和) 後向きステップを有するスクラムジェット燃焼器内における保炎に関する研究
標題(洋)
報告番号 214288
報告番号 乙14288
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14288号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨

 スクラムジェットエンジンは空気吸い込み式エンジンの一種であり,極超音速航空機やスペースプレーンといった次世代航空機用エンジンとして有望視されている.スクラムジェットエンジンは燃焼器内部の流れ場を超音速流に保つことにより,高マッハ数飛行時においても他の空気吸い込み式エンジンに比べ高い比推力を示すことが特徴であるが,同時に超音速流れである燃焼器内において確実な保炎を行なうことが課題としてあげられる.燃焼器内部は超音速流れ場であると同時に高エンタルピ流れ,また低ダムケラ数流れであり,このような極限環境下における燃焼現象は未だその機構が明らかになってはいない.そこで本研究においては,スクラムジェット燃焼器内部における保炎機構を実験および数値計算により解明し,この結果をもとに広範囲にわたる燃焼器入口条件において安定に火炎を燃焼器内に保持する方法を提案し,実験でこれを実証する.超音速・高エンクルピ流れにおいては,主流の持つ運動エネルギーが非常に大きく,燃料の持つ化学エネルギーに匹敵するため,衝撃波や膨張波の発生に伴う圧力および温度の変化は,燃料が燃焼することによる圧力および温度の変化と比べて無視することができない.このため,スクラムジェット燃焼器内部においては,流れ場と燃焼場は相互に作用しあうことが考えられる.そこでまず,後向きステップを有する矩形断面模擬スクラムジェット燃焼器を用いて,燃焼器内部の保炎現象を,壁面静圧分布等を測定することにより実験的に調べた.図1は入口マッハ数2.0,主流総温1800K,主流総圧0.38MPaの条件の下で,水素を燃料としてステップ背面よりスロット噴射させたときの壁面静圧分布である.この図より,燃料投入量がある一定の値を越えると,急激な静圧上昇が観察されることが分かる.この急激な静圧上昇は,燃焼器内の急激な発熱によりPrecombustion Shock Wave(以下PSW)とよばれる疑似衝撃波と類似した衝撃波が発生することにより生じるものである.燃焼器内部の保炎現象はこのPSWの有無によって大きく異なり,PSWが発生する条件においてはステップ付近を先頭として大規模な火炎が観察される一方,PSWが発生しない条件においては壁面近傍にわずかに反応は認められる程度にとどまる.これら2つの燃焼形態はそれぞれ強燃焼モードおよび弱燃焼モードと呼ばれるが,どちらの状態が再現されるかは,主流総温・当量比・燃焼器形状により決定される.そこで,主流総温・当量比を等しくして,燃焼器形状を違えることにより,この2つの燃焼形態を数値計算で再現して比較したものが図2である.図2より,強燃焼モードにおいてはPSWがステップに固定されることにより,ステップ下流に大きな再循環領域が形成され,この領域が燃焼に有利な保炎領域として働くと同時に,燃料をより主流中心方向へ輸送する働きを持っていることが示されている.一方,弱燃焼モードにおいては燃焼器内部にこのような保炎領域が形成されていない.これらの結果から,強燃焼モードにおいては,混合効率が高くまた燃焼が混合律速で進むため,短い距離で反応が完了し,この時の急激な圧力上昇がPSWを支えるという受動的フィードバックが作用し,燃焼器として高い性能を示すことが分かった.一方,弱燃焼モードにおいては,混合効率も低く,燃焼が反応律速で進むため,燃焼完了までに長い距離が必要となり,燃焼器としての性能は低い.このような,PSWが発生することによる燃焼効率・混合効率の大幅な上昇は,燃料をステップ下流から主流に対して垂直噴射した場合にも確認される.このとき弱燃焼モードと強燃焼モードにおける燃焼形態の違いは,ステップおよび燃料噴射口付近のダムケラ数分布の差として説明される.図3に両条件におけるダムケラ数分布を示すが,いずれの条件においてもステップ背後は反応に有利な条件として存在している.しかしながら,弱燃焼モードにおいてはステップ背後は燃料噴射口下流の領域と低ダムケラ数領域により分断されており,保炎領域として有効に働いていないことが分かる.一方,強燃焼モードにおいては,PSWによる還流域,ステップによる還流域,および燃料噴射による還流域が合体して大きな再循環領域を形成し,またこの領域と燃料噴射口下流の領域がPSWの背後に位置することにより比較的高いダムケラ数領域で連結されていることが分かる.このような,PSW発生による大きな再循環領域の形成と静温回復による反応特性時間の縮小,および再循環流に燃料が巻き込まれることによる混合効率の増大が強燃焼モードにおける特徴であり,燃焼器長さの短縮および混合・燃焼効率の増大の観点からもこのモードを維持し続けることが重要であることが分かる.しかしながら,上で述べたように,強燃焼モードが達成される条件は主流総温・当量比・燃焼器形状により限定されている.図4は燃焼器形状を変化させたときの,強燃焼モードが達成される主流総温・当量比の組み合わせを示したものである.この図からも分かるように,強燃焼モードが達成される条件は非常に狭く,広範囲な飛行条件に対して強燃焼モードを維持するためには,燃焼器形状を入口条件によって変形させる必要がある.しかしながら,大きな熱負荷のかかる燃焼器を機械的に変形させることはあまり現実的ではない.そこで,機械的な変形に変わって,燃焼器壁面より二次空気をごく少量噴射することにより壁面に発達する境界層厚さを変えて,燃焼器有効断面積を空気力学的に変化させることで,燃焼器内部の圧力を詳細に制御して保炎を安定化させる方法を提案する.この方法の利点として,極端な熱負荷がかからない点に加え,現象の変化に対して高速な応答ができることが挙げられる.図5は二次空気噴射制御系の模式図である.本制御系は,燃焼器の壁面静圧をフィードバック信号としてPSWの状態を予測し,燃料器拡大断面部分に設けられた4器ないしは8器の二次空気噴射器のOn/Off制御を行なうことで,保炎制御を行なうものである.予備実験により,1器あたりより主流モル流量の1.0%程度の二次空気噴射を行なうことで,燃焼器内部の保炎現象に対して図4に示される燃焼器形状変化を与えたときと同程度の影響を与えることができることが分かった.この結果より,二次空気噴射を行なう噴射器の配置,数,また噴射する空気量を適切に制御することにより,PSWを常に燃焼器内に保持し,強燃焼モードを維持できることが期待される.図6は提案された制御フロチャートを用いて,当量比が短時間で急激に変化したときの燃焼器内部のPSWの位置の時間変化を示したものである.制御を行なわなかったときの結果も同時に示すが,制御なしではPSWは当量比の減少による発熱量低下とともにステップを離れ,次第に下流へと移動し最終的には燃焼器より吹き飛んでいる.そして,その後当量比の回復とともに再びPSWが現われ,ステップに固定されている.このように,当量比の変化により燃焼形態は強燃焼モードから弱燃焼モード,そして再び強燃焼モードと変化し,これに伴って燃焼・混合効率,また実機においては推力が燃焼形態が切り替わる際に急激に変化することが予想される.これに対し制御を行なった場合は,当量比の減少によるPSWの移動を壁面静圧より判断し,適切に二次空気噴射を行なうことで,図6に示される全当量比範囲においてPSWをステップに固定し,強燃焼モードを維持していることが分かる.また、このような燃焼器内圧力の詳細かつ高速な制御は,燃焼器内での自発点火限界の改善やエンジンのデュアルモードでの運用等への応用にも期待ができる.

図1 壁面静圧分布(主流総温1800K,スロット噴射,定断面燃焼器)図2 数値計算で得られた流線;a)強燃焼モード,b)弱燃焼モード図3 数値計算で得られたダムケラ数分布;a)強燃焼モード,b)弱燃焼モード図表図4 最適作動線図 / 図5 制御系概要図6 当量比およびPSW位置の時間履歴;a)制御あり,b)制御なし
審査要旨

 修士(工学)高橋周平提出の論文は,「後向きステップを有するスクラムジェット燃焼器内における保炎に関する研究」と題し,6章から成っている.

 次世代宇宙航空機用エンジンとして有望視されているスクラムジェットエンジンの燃焼器内部における保炎機構の解明は,エンジン開発の上で不可欠であり従来より多くの研究が行なわれてきた.しかしながら,超音速流れ場における衝撃波と燃焼との相互作用といったような超音速・高エンタルピー・低ダムケラー数流れ場特有の燃焼機構に関してはこれまで十分に解明されたとは言えず,スクラムジェット燃焼器内部における保炎特性は未だ明らかに把握されていない.また,保炎および点火に対して有効であるといわれている後向きステップに関して,超音速流中での保炎機構が明らかでないために,その能力が十分に発揮されているとは言えず,ステップによる効果そのものも解明されていない.このため,スクラムジェット燃焼器内部における保炎は非常に不安定であるという状況にとどまっている.このような背景から,本論文は,後向きステップを有するスクラムジェット燃焼器内部における燃焼特有の現象である衝撃波と燃焼との相互作用に着目し,超音速流れ場における保炎機構を実験および数値解析により解明するとともに,燃焼器内部に火炎を安定に保持する方法を提案し,この方法の有効性を検証している.

 第1章は,序論であり本研究の背景を述べ,関連する研究の成果とその問題点を検討し,研究の意義と目的を明確にしている.

 第2章は,実験装量と測定法について述べている.まず,超音速高エンタルピー風洞と燃焼器の説明,および圧力センサを用いての静圧測定について説明をしている.また,シュリーレン像およびOH自発光像の撮影方法を説明するとともに,燃料に多孔質シリカ粒子を混入させ,その粒子からのミー散乱光を撮影することによる燃料流の可視化などの光学測定について説明を加えている.

 第3章では,数値解析の意義と数値解析に用いた計算スキームについて述べている.まず,支配方程式,輸送係数の評価について説明がなされ,また化学反応モデル,乱流モデルおよび境界条件および初期条件について説明が加えられている.さらに,この計算スキームを用いた計算結果と実験結果を比較することにより,本計算スキームの妥当性について詳細な検討を行っている.

 第4章では,燃焼器内部における保炎現象に関し,実験および数値計算を行なった結果をもとに,衝撃波と燃焼現象との相互作用について考察している.その結果,スクラムジェット燃焼器内部においては,衝撃波による流れ場の変化が燃焼器内部に低速で温度および圧力の高い反応に有利な領域を形成し,またその領域での急激な発熱が燃焼器圧力レベルを高め,衝撃波を燃焼器内部に保持するという機構によって,超音速流中において大規模な火炎を伴う保炎が可能になると結論づけている.また,このときの流れ場の変化が燃焼挙動に及ぼす影響は,燃焼器内部の局所ダムケラー数分布により説明できることを示すとともに,その影響を後向きステップの保炎効果と関連づけて考察を行っている.

 第5章では,まず,主流総温,当量比および燃焼器形状をパラメータとして,大規模な火炎を伴った保炎が燃焼器内に維持される条件について調べている.その結果,燃焼器内圧力レベルは,主流の持つエンタルピーと燃料の持つ化学エンタルピーの比,および,これに燃焼器の幾何形状の効果が加わることによって決定されること,またこのようにして決定される燃焼器内圧力レベルが衝撃波の安定度に大きく影響を与え,その結果第4章に示した機構により保炎現象も大きく影響を受けることを述べている.次に,これらの考察を踏まえ,保炎を安定化させる方法として,燃焼器壁面から二次空気噴射を行って燃焼器の有効断面積を変化させることにより,燃焼器内圧力レベルを迅速かつ詳細に制御する方法を提案している.さらに,この方法を用いることにより広い範囲の主流総温および当量比条件において安定な保炎が可能であることを示し,同方法の有効性を明らかにしている.

 第6章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文はスクラムジェット燃焼器内の,超音速・高エンタルピー・低ダムケラー数流れ場における保炎機構を実験および数値解析により明らかにするとともに,スクラムジェット燃焼器内において保炎を安定化させる方法を提案し,その方法の有効性を実証したものであり,燃焼学および航空宇宙推進工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51116