学位論文要旨



No 214289
著者(漢字) 西尾,兼光
著者(英字)
著者(カナ) ニシオ,カネミツ
標題(和) スパークプラグの性能向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 214289
報告番号 乙14289
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14289号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 助教授 津江,光洋
内容要旨

 火花点火機関に用いられているスパークプラグは火花ギャップとなる中心電極と接地電極、高電圧を燃焼室まで導く耐電圧用絶縁体、燃焼室に装着するためのメタルシェルから構成されている。構造は比較的簡単であるが、燃焼室に露出している発火部は吸入の混合気と燃焼によって生じる高温の燃焼ガスにさらされているから熱衝撃に強く、また高電圧が印加されるので絶縁体が貫通破壊したり漏洩せず、しかも付着するカーボンデポジットを排除できる構造でなければならない。内燃機関の中でも自動車エンジンは地球環境改善の見地から排出ガスのクリーン化、省燃費化の要求からスパークプラグの点火性や信頼性が強く求められるようになった。スパークプラグはエンジンの性能を最も効果的に引き出すためエンジン毎に専用プラグを使用することも多いが、全般的な性能向上を実施することによって汎用性のある標準的な仕様の確立も重要である。

 スパークプラグの重要な性能は以下の6項目である。

 1)熱特性:耐プレイグニンション性の向上

 2)汚損性:耐カーボン汚損の向上

 3)火花性:火花放電電圧の低減化

 4)点火性:消炎作用の低減化

 5)電雑性:容量放電電流の低減化

 6)耐久性:電極の酸化及び火花消耗性の向上

 本論文は、以上6項目の要因分析と性能向上に関する実験的な研究から優れたスパークプラグの設計諸元を提供しようとするものである。

 市場から打ち上がるスパークプラグの不具合事例の大半はカーボンデポジットによる汚損である。カーボンデポジットが絶縁体に付着すると絶縁抵抗を低下させてしまうから、高電圧が火花ギャップに充分印加されず飛火できなくなる。スパークプラグの基本設計思想は絶縁体に付着したこのカーボンを絶縁体の温度を高く保って焼失させようとするものである。温度が高ければ高いほど容易にカーボンは燃えてなくなるが、どこまでも高くしていけばやがてホットスポットとなってプレイグニッションに至り、定められた時期に点火をさせるというスパークプラグのもう一つの機能が消失する。

 最近のエンジンでは燃料霧化がキャブレータ方式から電子式の噴射方式に変わってきて最適な燃料供給ができるようになったので、寒冷地のプリデリバリー汚損を除けばかなりの改善が見ちれている。寒冷地のプリデリバリー汚損は熱伝導の高い、例えば窒化アルミ磁器を用いることによって脚長を著しく長くできることから、熱特性と汚損性は著しく向上する。

 放電特性の向上は放電電圧の低減化である。放電電圧を低減させるには負極性側電極の近傍の電界強度を強くすることである。これには電極を複数配置するとか、沿面放電形状にするとか、電極そのものを細くするなどの手法がある。最も単純で点火性の向上にもつながる極細電極(0.5mmイリジウム)を種々研究し、実用化のレベルまで引き上げることができた。

 点火性を向上させるには火花ギャップを広くすることである。しかしながら、ワイドギャップは放電電圧が高くなり耐久性や信頼性の面からも充分ではない。スパークプラグの点火性向上は電極による消炎作用の回避と点火しやすい混合気との出会いを多くすることである。放電電圧の上昇を抑えながらこの性能向上を行うにはセミ沿面形状にすることと極細電極にすることが極めて効果的であった。特に極細電極では現状の自動車ガソリンエンジンで0.60mmぐらいからそれ以上細くしても効果がないことを実験的に確かめた。

 電波雑音の抑制から抵抗入りスパークプラグが主流となった。この抵抗入りスパークプラグはテレビやラジオに入る妨害電波を低下させる以外に自載電子機器の誤動作を防止し、さらに極細電極の消耗対策にも格段の効果を呈する。いずれも容量放電電流の低減化のねらいで実効抵抗値を大きくする開発が進められてきた。コストと量産性の面からもブロック構造のモノリシックタイプが良好な特性を示した。

 スパークプラグの耐久性は燃焼室を構成している構造部材として長年使用しても破壊しない堅牢さと火花放電などスパークプラグ特有な機能による劣化を考慮する必要があるが、機能からくる劣化の改善が重要である。なかでも火花放電による電極消耗の向上が本研究の主題で、イリジウムに希土類酸化物を添加することによって著しく耐久性能が向上することを実験により明らかにした。

 以上、スパークプラグの重要な6つの性能を向上する研究を行った結果、熱伝導性の高い窒化アルミ磁器を用い、メタルシェル内での抵抗体を太く、発火部は逆に細く先端部まで封入し、脚長を長くし、イリジウム合金の極細電極で、1.3mmのワイドギャップとした図に示すようなスパークプラグが、総合的に見て優れた特性を示すことを明らかにした。

理想的なスパークプラグの構造
審査要旨

 工学士西尾兼光提出の論文は,「スパークプラグの性能向上に関する研究」と題し,8章から成っている.

 スパークプラグは,自動車用エンジンをはじめとする火花点火機関に数多く用いられており,従来よりその性能向上を目的とした研究が行われている.しかしながら,スパークプラグの高性能化を図る上で,依然として以下のような問題点が残されている.第一に過早点火であるが,これは火花放電による点火以前に燃焼が開始する現象であり,エンジンそのものにも重大な損傷を与える.第二に,スパークプラグの発火部にカーボンを主体としたデポジットが付着する,いわゆるくすぶり汚損の発生である.くすぶり汚損は絶縁抵抗を低下させることにより火花放電の発生を困難にする第三は,スパークプラグの要求電圧の低減化である.火花放電に必要な高電圧を漏洩させず密閉された燃焼室内に導入することが求められている.第四は,点火性の向上である.混合気を確実に点火させることが,機関出力の向上、燃料消費率の改善,排気エミッションの低減等の観点から重要課題となっている.第五は,スパークプラグの火花放電による電波雑音の発生である.これにより,自動車に搭載された電子装置の誤作動,放送受信の障害等の問題が発生している.第六は,耐久性の向上である.近年,エンジンの整備性の悪化および整備コスト低減のため,スパークプラグの長寿命化が求められている.

 以上のような観点から,本論文ではスパークプラグにおいて重要な上記6項目の性能向上を探求することにより,高性能スパークプラグの実用化に資する指針を得ることを目的としている.

 第1章は序論であり,本研究の背景を述べ,関連する研究の成果とその問題点を検討し,本論文全体を概観することで研究の目的と意義を明確にしている.

 第2章では,過早点火特性を詳細に調べるとともに,それに影響を及ぼす因子を明らかにした上で,過早点火を抑制する手法について検討を行っている.まず,イオン電流測定を適用した実用的な過早点火検出手法を確立させ,発火部先端温度が上昇すると過早点火が発生することを明らかにしている.また,スパークプラグ各部の温度測定および電気抵抗回路網による温度の推定から,絶縁体およびメタルシェルの熱伝導率を低くすること,発火部絶縁体を細くすることが発火部の温度低減に有効であることを示している.

 第3章では,くすぶり汚損の発生挙動を実験的に把握し,くすぶり汚損発生を抑制する手法について検討している.まず,シリコンオイルを絶縁体発火部に塗布することにより,付着したカーボン粒子の移動による電極間での電路の形成を抑制することを示している.また,火花放電により付着したカーボン粒子を焼失,または飛敗させる手法が耐くすぶり汚損性の向上に有効であることを明らかにしている.

 第4章では,スパークプラグの要求電圧に影響を及ぼす因子を明らかにするとともに,要求電圧の低減化について検討している.その結果,中心電極を細くすること,および第3電極を配置することにより要求電圧を低減させることができることを明らかにしている.

 第5章では,スパークプラグの点火特性に及ぼす電極形状の影響を調べるとともに,点火性を向上させるための電極形状について検討している.その結果,電極を細くすること,火花間隙を広くすること,および発火部を燃焼室中央部へ突き出すことにより点火性が向上することを明らかにしている.

 第6章では,電波雑音の発生源が容量放電電流であることを示すとともに,分布定数回路を用いた解析により容量放電電流の特性を明らかにしている.また,容量放電電流を抑制するため火花間隙と直列に抵抗を挿入した抵抗入りプラグは、電波雑音低減に有効であること,挿入する抵抗体を長くするとその低減効果が大きいことを示している.

 第7章では,電極消耗の機構を調べるとともに,電極消耗に影響を及ぼす要因を明らかにした上で,スパークプラグの耐久性を向上させるため電極材質の検討を行っている.その結果,ニッケル電極では,シリコンの添加量を多くし,アルミニウムを少量添加すると,耐久性が向上することを明らかにしている.また,希土類酸化物を添加したイリジウム電極は耐久性向上に有効であることを見出している.

 第8章は結論であり,本研究において得られた結果を要約している.

 以上要するに,本論文はスパークプラグの高性能化を図る上での問題点を明らかにするための実験および解析を行い,それらの結果に基づいて種々の問題点を解決するための手法を提案し,高性能スパークプラグの実用化に資する指針を示したものであり,内燃機関工学および燃焼学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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