学位論文要旨



No 214291
著者(漢字) 水池,健
著者(英字)
著者(カナ) ミズイケ,タケシ
標題(和) 組み合わせ最適化手法を用いたマルチビーム通信衛星の効率的運用の研究
標題(洋) Efficient Operation Planning of Multibeam Communication Satellites Based on Combinatorial Optimization Methods
報告番号 214291
報告番号 乙14291
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14291号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 助教授 相田,仁
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨

 通信衛星の主流となっているマルチビーム衛星は、スポットビームを複数形成する衛星アンテナを備え、実効放射電力の増強や周波数多重利用による容量増大などの利点を有する。但し、システム構成が複雑であるが故に、本来有する性能を最大限に発揮させるために、様々な配慮が求められる。運用に当たっては、最も効率的に衛星の容量を利用し、かつ伝送特性が最良となるよう、運用プランを作成する必要がある。そこでマルチビーム衛星の運用プランを作成するための系統的な手法について、従来手掛けられていない課題を中心に取り上げ、システム最適化の観点から解析した。その結果、主な課題の多くが本質的に組み合わせ最適化問題に帰着される性質を有し、これに基づいて効率的な運用計画手法を開発できることが明らかにされた。マルチビーム衛星の運用計画および周波数分割多元接続(FDMA)や時分割多元接続(TDMA)の運用プラン作成を対象とし、以下に述べる種々の課題について、組み合わせ最適化手法に基づく問題の解析とモデル化および定式化を新たに示す。具体的な解法を与えるため、計算量の削減に配慮した最適化アルゴリズムを開発し、シミュレーションにより性能を確認している。インテルサット衛星システムの商用運用にも実用化されているように、開発された手法を用いた計算機ソフトウエアは、大規模な運用プランの作成に適用可能である。効率的な運用プランを自動的に作成する手法の開発により、システムの高度化に伴う複雑な状況にも対応できるようになった。

1.マルチビーム衛星の運用計画手法

 マルチビーム衛星は、周波数チャネル毎に上りビームと下りビームの相互接続方法を定め、各ビーム用中継器に多数の地球局間の回線を割り当てて運用される。この運用方法は、中継器の容量に対して収容される回線数を最大化するよう決定すべきである。複数のビームで照射される領域の回線需要を使用可能なビームに割り当てるために、混合整数線形計画モデルの定式化が可能であるが、ビーム接続方法を表す整数解を得るための計算量が多大となる。そこで上りビームと下りビームの1対1接続を割当問題を用いて求める方法を新たに示す。ビーム接続毎に割当可能な回線需要の総量を各ビーム接続の効用として割当問題を解き、決定したビーム接続に回線需要を順次割り当てることで、反復解法が得られる。この解法では、周波数チャネル数M、ビーム数nの規模の問題に対してO(Mn3)の計算量でビームの相互接続を決定し、通常の線形計画問題を解くことで近似解を求められる。典型的な例題によるシミュレーションでは、計算時間が分枝限定法と比較して平均で約1/100に削減された。例題の約2/3の場合に真の最適解が得られており、目的関数値の誤差も平均3%以内となっている。新解法により大規模な問題の取り扱いが初めて可能となった。

2.同一チャネル干渉の軽減手法

 静止衛星軌道上において同一周波数帯で運用される隣接衛星間では、アンテナサイドローブの影響により、周波数を共用するキャリアを完全に分離することは難しい。その結果生じる同一チャネル干渉の影響を軽減するには、相互に及ぼす干渉量が最小になるようキャリア周波数の割当を調整する方法が有効である。1対の中継器の周波数帯域を微小セグメントに分割し、離散的に周波数を割り当てるモデルにより、キャリア周波数の割当を系統的に扱う方法を示す。下図に示すように、各セグメントの対毎に、対応するキャリアが相互に与える干渉量を行列に取りまとめることで、最悪の干渉量を最小化するようなキャリアの最適割当がボトルネック型割当問題により求められる。さらに、最悪値以外の干渉量も改善するために辞書式最小化を導入し、行列の値の置き換えと通常の割当問題をハンガリアン法で解くことにより辞書式最小化の解が得られることを証明する。その結果、セグメント数nの問題をO(n3)の計算量で扱える。種々の帯域幅のキャリアが混在する問題は、NP完全であることを証明し、深さ優先探索の分枝限定法により解を求める方法を示す。80MHz帯域の中継器に64セグメントのモデルを適用する典型的な例題によるシミュレーションでは、約3分の平均計算時間で最適解が得られ、FMキャリアの場合で干渉量が平均8.6dB改善されている。3本以上の中継器を扱うための近似解法など基本モデルの拡張を示すとともに、開発した手法が周波数帯の効率的利用と静止衛星軌道の有効利用の双方に有効であることを実際的な応用例を通じて明らかにした。

割当問題を用いたキャリア周波数の最適割当
3.周波数分割多元接続方式の運用計画

 マルチビーム衛星では、異なるビーム用の複数の中継器が同じ周波数を共用するため、同一チャネル干渉が熱雑音とともに伝送品質の劣化をもたらす。FDMA運用ではキャリアを共通増幅するため、中継器の非線形特性による混変調雑音も発生する。FDMAキャリアには、全ての雑音要素を考慮して所望の搬送波対雑音電力比(C/N)が得られるよう、送信電力とキャリア周波数を設定する必要がある。キャリア電力と周波数の同時最適化は困難なため、キャリア電力の調整に先立ってC/Nが最大になるようキャリア周波数を最適割当する方法を用いる。一対の中継器の帯域をセグメントに分割する基本モデルを拡張し、混変調と同一チャネル干渉の雑音電力の和を最小化するようキャリア周波数の割当を最適化するモデルを示すとともに、解法として分枝限定法の適用方法を述べる。このアルゴリズムは計算量が多いため、分枝限定法の並列化を導入し、処理の高速化を図る。実際に並列処理システムを構築し、シミュレーションを通じて並列化による計算加速効果を確認している。

 開発した手法でキャリア周波数を最適化した後、キャリア電力を設定することによるC/Nの改善度をシミュレーションで検証した。FMキャリアの例では、最悪キャリアの干渉量12097pWOpが3919pWOpに軽減され、雑音電力総量も15038pWOpから8377pWOpに削減されて品質規格以内に改善されている。PSKキャリアの例では、周波数割当の最適化により混変調雑音が平均で約3dB軽減され、キャリア電力の調整でC/Nが14dBの品質規格を満たすように改善された。これに伴い、地球局のキャリア送信電力の低減も達成されている。

4.SS/TDMA方式の運用計画

 SS/TDMAは衛星上でビーム接続を切り替えつつバースト信号の伝送を行う時分割多元接続方式である。SS/TDMAの運用プランでは、衛星の伝送容量を有効利用できるように中継器への回線割当とスイッチ切替シーケンスを定める必要がある。運用プラン作成の全体の処理を、回線需要のビーム接続への割当、スイッチ切替シーケンスの作成、バーストタイムプラン(BTP)の作成の3段階に分割して扱う方法を示す。各段階において、次段階以降の問題の扱いやすさに配慮して順次解を求めることにより、効率的な運用プランが得られる。BTPを容易に作成するためには、最短スイッチ切替シーケンスのスイッチ切替回数の削減が有効であることから、線形計画法による回線需要のビーム接続への割壱手法および巡回セールスマン問題を利用してスイッチ接続パターンを並べ替える方法を新たに示す。実用規模の例題によるシミュレーションでは、これらの処理により最短シーケンスのスイッチ切替回数が平均26%削減されている。

 更にSS/TDMA運用を行う2個の衛星を軌道上で衛星間リンクで直接接続したモデルを取り上げ、このシステムに対するスイッチ切替シーケンスの作成アルゴリズムを提案する。衛星間リンクのビーム接続を各衛星内のビーム接続と組み合わせて決定するため、二分グラフの最大マッチング問題を2回解く手順を導入し、効率的な反復アルゴリズムを示す。このアルゴリズムは、計算量がO(n7)で既存手法のO(n9)より少ない上、さらに短い切替シーケンスが得られる優れた性能を有することがシミュレーションで確認された。

5.時分割多元接続方式におけるバーストタイムプランの作成手法

 TDMA方式は、バースト信号の伝送時間帯や回線割当の構成を規定したバーストタイムプラン(BTP)に従って運用される。BTPの作成では、中継器にできるだけ多くの回線を収容し、かつ地球局の端局装置の必要量を最小化する必要がある。複数の中継器とバーストを送受信するトランスポンダホッピングおよび多対地宛てバーストなど実際的なTDMAシステムの運用における制約を考慮したBTP作成アルゴリズムを新たに示す。

 バースト数を削減しつつ多対地バーストの構成を決定するために、ビンパッキング問題を利用し、バースト伝送時間帯の割当にはスケジューリングモデルを適用する。割り当て済みのバーストを再割り当てしつつ新しいバースト信号を順次スケジュールする手順をモデル化し、開始・完了時刻の制約付きスケジューリング問題に基づいてこの問題がNP完全であることを証明する。分枝限定法と動的計画法を組み合わせたアルゴリズムを開発し、さらに2本の中継器のバースト再割当を伴うスケジューリング手法への拡張も示す。シミュレーションでは、実用規模の問題の解が効率的に得られている。実用上の運用条件下で、12本の中継器に約1万回線を収容する大規模BTPが10分程度で作成できている。

審査要旨

 本論文は、「Efficient Operation Planning of Multibeam Communication Satellites Based on Combinatorial Optimization Methods(組み合わせ最適化手法を用いたマルチビーム通信衛星の効率的運用の研究)」と題し、通信衛星の主流となっているマルチビーム衛星の運用計画を系統的に扱う技術を確立することを目的として、運用プランを作成するための主要な課題をシステム最適化の観点から解析することに重点をおいて、組み合わせ最適化問題に基づいたモデル化と定式化および大規模な問題を効率的に解くためのアルゴリズムについて論じている。全体で7章からなり、英文で書かれている。

 第1章は「Introduction(序論)」であり、構成が複雑なマルチビーム衛星の性能を最大限に発揮させるために必要とされる効率的な運用プランの要求条件と従来手掛けられていない課題を指摘し、組み合わせ最適化手法を用いた解析法の有効性を論じることにより、本論文の背景と目的を明らかにしている。

 第2章は「Multibeam Satellites and Operation Planning(マルチビーム衛星の運用計画)」と題し、周波数チャネル毎のビーム接続および中継器への回線割当を最適決定するための混合整数計画モデルを述べ、割当問題を利用した新しい解法を提案している。アルゴリズムの性能をシミュレーションで評価し、従来の分枝限定法と比較して計算量が大幅に削減され、厳密な最適解からの劣化がわずかであることを検証している。これにより、大規模な問題の取り扱いが初めて可能となった。

 第3章は「Minimization of Cochannel Interference(同一チャネル干渉の軽減手法)」と題し、同一周波数帯で運用される隣接衛星間で生じる同一チャネル干渉を軽減するために、キャリア周波数を最適調整する手法を論じている。1対の中継器の周波数帯域を微小セグメントに分割し、離散的に周波数を割り当てる新しいモデルを提案し、このモデルに対して、ボトルネック型割当問題による定式化と辞書式最小化問題を多項式オーダーで解くアルゴリズムを開発している。種々の帯域幅のキャリアが混在する問題はNP完全であることを証明し、深さ優先探索の分枝限定法による解法を示している。開発したアルゴリズムの性能をシミュレーションにより検証するとともに、実際的な応用手法を詳説して、周波数帯の効率的利用と静止衛星軌道の有効利用を達成するための具体的な指針を示している。

 第4章は「Operation Planning of FDMA Transponders(周波数分割多元接続方式の運用計画)」と題し、熱雑音の他にFDMAキャリアの共通増幅に伴う混変調雑音や同じ周波数を共用する中継器間で生ずる同一チャネル干渉を全て考慮して、所望の搬送波対雑音電力比(C/N)が得られるようキャリア周波数を設定する手法を提案している。第3章で述べた基本モデルを拡張してキャリア周波数を割り当てる手法を述べ、解法として分枝限定法の適用方法を示している。また、処理の高速化を狙った分枝限定法の並列化と実装方法を述べ、実測により並列化による計算加速効果を確認している。その結果、周波数割当の最適化の後にキャリア電力を調整することにより、C/Nが充分に改善され、地球局のキャリア送信電力も低減されることをシミュレーションに基づいて明らかにしている。

 第5章は「Operation Planning of SS/TDMA Systems(SS/TDMA方式の運用計画)」と題し、TDMAフレーム内でビーム接続の切替を伴うSS/TDMAの運用プランを作成するための全体手順を論じている。線形計画法を用いた回線需要のビーム接続への割当モデルおよび巡回セールスマン問題を利用してスイッチ切替回数を削減した最短スイッチ切替シーケンスの作成手法などを開発し、効率的な運用プランを作成する方法を詳説している。実用規模の例題によるシミュレーションで、これらの性能を確認している。また、衛星間リンクを伴うSS/TDMAのスイッチ切替シーケンスを作成するための新しいアルゴリズムを提案し、計算量を削減しつつ従来手法に勝る性能を達成できることをシミュレーションで確認している。

 第6章は「Burst Scheduling Algorithms(バーストタイムプランの作成手法)」と題し、TDMA運用のバースト信号の伝送時間帯や回線割当の構成を規定したバーストタイムプラン(BTP)を作成するために、複数の中継器とバーストを送受信するトランスポンダホッピングおよび多対地宛てバーストなど実際的な運用条件を考慮したBTP作成アルゴリズムを初めて提案している。ビンパッキング問題を利用した多対地バーストの作成およびスケジューリングモデルを適用したバースト伝送時間帯の割当を基本とし、割り当て済みのバーストを再割り当てしつつ新しいバースト信号を順次スケジュールする手順を新たに考案している。開始・完了時刻の制約付きスケジューリング問題に基づいてこの問題がNP完全であることを証明し、分枝限定法と動的計画法を組み合わせたアルゴリズムを開発している。シミュレーションと応用例により実用的な大規模問題を扱える性能を確認し、有効性を明らかにしている。

 第7章は「Conclusion(結論)」であり、本研究で得られた成果をまとめるとともに、開発した手法の応用を衛星通信以外の分野も含めて紹介し、衛星通信の新技術と運用手法を中心に将来の展望についても述べている。

 以上を要するに、本論文は、組み合わせ最適化手法に基づいてマルチビーム衛星の運用計画問題を解析する方針に従って、主要な課題の新しいモデル化と定式化を新たに提唱し、計算量の削減に配慮したアルゴリズムと性能評価を論じたものである。その結果、これまで経験的な手法に頼ることの多かった大規模衛星システムの運用計画を系統的に扱うことが可能となり、今後の衛星通信技術ならびに電子情報通信工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって、著者は博士(工学)の学位論文審査に合格したものと認める。

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