分子線エピタキシー法(MBE)など半導体技術の発達により、10nm級の超薄膜ヘテロ構造を用いた高電子移動度トランジスタや量子井戸レーザなどの優れたデバイスが実現し、広汎に利用されている。この微細な半導体構造の可能性をさらに発展させるために、電子を量子論的に閉じ込めた微細な半導体細線や箱構造を形成し、高機能デバイスの実現に活用する試みが活発になっている。これらの構造の形成には、リソグラフィーが試みられているが、10nm級の構造を形成するのは困難である。本論文は、「GaAs(111)ファセットおよび原子ステップ構造を用いたナノ構造の形成と低次元電子物性」と題し、MBEなとのエピタキシーを巧みに制御することで量子細線を形成する研究を記すとともに、形成した量子細線の新しい物性に関する研究について記したものであり、6章より成る。 第1章は序論であり、研究の背景と目的を述べている。 第2章は、「(001)-(111)Bファセット構造の形状制御」と題し、量子井戸の端面(エッジ)に誘起するエッジ量子細線構造を形成するために、MBE法によって(ファセット)構造を成長する研究を述べている。エッジ量子細線をファセット成長で実現する際、ファセット構造の各面上の成長速度の選択比の制御が重要である。特に、GaAs量子井戸の端面を形成するには、(111)Bファセット上における成長速度を抑制し、(001)面上のそれを大きくすることが必要となる。本研究では、Asフラックスや基板温度の選定により、Ga原子の表面拡散が制御でき、高い選択性の実現できることを見い出している。 第3章は、「ファセット上の低次元電子系の形成と伝導特性」と題し、エッジ量子細線構造の形成法とその伝導特性に関する研究について述べている。第2章で見出した手法により、量子井戸の端面が露出したファセット構造を作り、これを利用して幅約80nmのエッジ量子細線構造を形成できることを示している。さらに、その伝導特性の測定により、初めて1次元性を検証することに成功し、トランジスタ動作も実現している。その伝導特性を理論と対比し、幅100nm級の細線に特有な電子状態の生じていることを明らかにしている。 第4章は、「(111)B多段原子ステップ構造の形状制御」と題し、第2章の研究で、(111)Bファセット面上に観測された多段原子ステップについて、その特色と制御可能性を調べている。このため、傾斜(111)B基板上に多段ステップを様々な条件下で成長し、表面形態をナノメータレベルで明らかにしている。その結果、均一性と平坦性に優れたステップ構造が得られ、その平均周期が約10〜20nm、高さが1〜2nmであり、周期が電子波長に近いため、ステップ構造による電子の変調効果が十分に期待されることを指摘している。 第5章は、「多段原子ステップを界面に有する低次元電子系の形成と伝導特性および光学特性」と題し、ステップ構造を均一化することで、ファセット面に沿う電子の伝導特性の向上が可能であることを示している。特に、このステップ構造に沿う低次元電子系において、移動度の顕著な異方性が観測され、理論モデルとの対比により、ステップ構造の周期的効果が寄与していることを示している。また、この試料の磁気抵抗の測定解析や、量子井戸の界面をステップ構造で変調した試料の光学測定も行い、ステップ構造による面内のポテンシャル変調の効果を検証している。 第6章は結論であり、本論文で得られた主要な結論をまとめている。 以上のように、本論文は分子線エピタキシャル成長を巧妙に制御すると、良質なGaAsファセット構造や周期的な多段原子ステップを形成することができ、これらを利用すると明瞭な一次元性を示す量子細線構造や強い異方的な伝導特性を示すプレーナ超格子構造の実現できることを示したもので、電子工学に貢献するところが少なくない。 よって本論文は、博士(工学)の学位請求として合格と認める。 |