学位論文要旨



No 214293
著者(漢字) 清水,光春
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ミツハル
標題(和) Mg-Li系鋳造合金の特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214293
報告番号 乙14293
学位授与日 1999.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14293号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅原,高照
 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
内容要旨

 ロケット打ち上げ時の衝撃により搭載された宇宙構造物あるいは観測機器や電子装置などの精密機器類が損傷したり故障したりする恐れがある。これらを防止するためには、宇宙構造物では骨組みなどの部分に、また、精密機器類では各種装備品のケースや支持部品などに、軽量で、比強度、比剛性そして減衰能などに優れた材料の利用が求められる。

 また、これらの宇宙構造物や通信、観測用機器などをロケットで打ち上げる際には、その打ち上げ能力から最大重量が絶対条件として規定される。このような要求をほぼ満たす金属材料としてMg合金が最適であると考えられ、Mg-0.6mass%Zr(K1X1)鋳造合金(以後の組成は全てmass%を意味する)や亜共晶Mg-Mg2Ni(Mg-5.8〜19.0%Ni)鋳造合金などが開発された。しかし、これらの合金の密度は純Mgよりも大きく、しかも、Mg-0.6%Zr鋳造合金の内部摩擦値は純Mgとほぼ同程度であり、未来材料としてはさらなる改善が望まれる。

 ところで、Mgは稠密六方晶構造を有するため冷間加工性に劣っている。しかし、純MgにLiを約10.3%以上添加すると単相組織となる。相は体心立方晶構造であるため塑性加工性の向上が期待できる。そのため、Mg-Li合金の冷間加工性や超塑性そして多量のLi添加による超軽量化などについて多くの報告がされた。しかし、一方の鋳造材についての検討はほとんどされず、Mg-Li鋳造合金の健全性、熱移動、切削加工性そして減衰能などについての報告は見られない。そこで、本研究では、報告例の少ないMg-Li系鋳造合金に関して詳細な検討を行った。

 本論文は7章より構成されており、各章の概要は以下の通りである。

 第1章ではMg-1〜20%Li鋳造合金及び第三元素としてCaあるいはAlを1〜5%加えた合金を取り上げた経緯について示し、さらに、従来の防振用Mg合金やMg-Li合金の研究報告内容を記述し、最後に本研究の目的と方針について明確に示した。

 第2章では鋳造性について検討した。減衰能に優れたMg合金を研究するためには、まずこの系の合金の鋳造特性を把握する必要がある。そこで、本系合金を階段状金型、テーターモールド、リング・テスト鋳型に鋳造し、得られた鋳物の流動性、引け性、ポロシティ量、鋳物の表面状況、ざく巣量、鋳造割れについて検討した。また、これらの鋳造特性は熱移動と密接に関係していると思われるので液滴落下法を用い本系合金の鋳型と鋳物間の熱伝達係数を求めると共に鋳造性との関係についても検討した。その結果、Mg-8〜12%Li合金は健全性(流動性が比較的良い、外引け量が少ない、ざく巣量、ポロシティ量が少ない、鋳造割れがない)に優れていることが分かった。また、これらの合金にAlを添加すると、さらに、ざく巣量、ポロシティ量が減少した。従って、健全性に優れた組成範囲はLi量が8〜12%でAl量が1〜5%であった。一方、Mg-Li合金にCaを添加した場合は、Ca添加量が2%以上になると鋳造割れが発生し健全性を害するが、鋳物の冷却速度を遅らせデンドライトの成長を抑制することにより防止可能と思われる。また、熱伝達係数と鋳造性との関係をMg-1〜5%Li合金の場合について検討した結果、熱伝達係数の値が大きいときは流動性が悪く、内引け量が減少し、外引け量、ポロシティ量は増加傾向を示すことを明らかにした。

 第3章では本系合金の鋳造組織について検討した。また、鋳造組織に及ぼす冷却速度の影響を本系合金の亜共晶組織についてデンドライトの二次枝間隔(DAS)で評価した。その結果、Mg-4%Li合金の場合、平板鋳物の厚さが9mmと2mmの時、平均冷却速度は27K/secと630K/secでDASは48mと15mであった。なお、Li添加量が6%以上の場合には共晶組織の面積率が多くなり、DASの測定に誤差を生じるため割愛した。一方、平均冷却速度を140K/secに統一した場合、Mg-5%Li合金のDASは24mであるのに対し、Mg-5%Li合金にCaを3%添加するとDASは13mまで減少した。また、同様にAlを3%添加するとDASは14mまで減少した。Mg-Li合金の組織の微細化にCaやAlの添加は有効であった。

 第4章では機械的性質について検討した。純Mgは高い減衰能を有するが、引張強さなどの強度は低い。高い強度が得られれば防振用Mg合金の用途はさらに拡大する。そこで、本系合金の引張強さ、0.2%耐力、伸び、硬さ、密度、熱膨張係数、ヤング率、ポアソン比、剛性率などについて詳細に述べた。また、シャルピー衝撃値について検討すると共にき裂先端部の塑性域の大きさなどを求め、シャルピー衝撃値との関係について検討した。その結果、Mg-3〜5%Li合金は引張強さ、硬さに優れ、熱膨張係数も比較的小さく、ヤング率は大きな値を示した。また、Caを添加すると、さらに引張強さ、硬さが大きくなり、熱膨張係数も減少した。そして、Alを添加すると伸びが増加した。また、Mg-8〜20%Li合金にCaやAlを添加すると熱膨張係数は減少し、ヤング率は大きくなった。密度は純MgにLiを添加した場合、Li添加量の増加にほぼ比例して減少した。Mg-Li合金にCaやAlを1〜5%添加した合金の密度はいずれも純Mgの密度よりも小さい値となった。Mg-Li合金のポアソン比はLi添加量にあまり影響されず約0.3の値であった。また、Mg-Li合金の剛性率はLi添加量の増加と共に減少した。シャルピー衝撃値はMg-8〜12%Li合金が大きな値を示し、構造材料としての利用が期待される。しかし、Mg-Li合金にCaあるいはAlを添加するとシャルピー衝撃値は添加量の増加と共に減少し、脆性破壊の傾向を呈した。これは、CaやAlの添加によりき裂先端の塑性域の大きさが小さくなることに起因する。

 Mg-3〜5%Li-1〜2%Ca鋳造合金は引張強さ、硬さが大きいので高強度軽量防振材として、航空・宇宙構造物の骨組みや部品としての強度面から、そして、熱膨張係数が小さいので耐熱軽量防振材としての利用が期待される。

 第5章では被削性について述べた。精密鋳造された鋳物でも製品になるまでには何らかの切削加工が必要となる。また、切削加工により生じるMg合金の切りくずは常に火災の危険がつきまとうので切りくずの処理性を含め被削性の詳細な検討は大変重要となる。そこで、旋削による切削抵抗、切削比、仕上げ面粗さ、切りくずの処理性、切削加工精度に影響を及ぼす熱膨張係数やヤング率の影響およびチャック把握による被削材の変形量について検討を加えた。そして、本系合金の被削材表面の酸化は仕上げ面粗さや部品の安全性にも大きく影響するので、0.5%NaCl水溶液噴霧試験により検討を加えた。その結果、被削性はMg-3〜5%Li合金が良く、CaあるいはAlを添加すると被削性はさらに改善された。また、Mg-8〜20%Li合金にCaやAlを添加した場合は、4章で述べたように熱膨張係数は減少し、ヤング率も大きくなるので仕上げ面粗さを含め、切削加工精度は向上する。切りくずの処理性はMg-3〜5%Li合金が良い。しかし、CaあるいはAlを添加しても切りくずの形状の大きな変化は見られなかった。チャック把握による変形量はMg-Li合金の場合、Li添加量の増加と共に増加したが、Li量が8%以上のMg-Li合金に、CaあるいはAlを添加すると変形量は減少した。切削後の材料表面の酸化に対してはMg-3〜5%Li合金、Mg-8〜12%Li合金が比較的良い結果を示した。また、Mg-Li合金にCaやAlを添加すると材料表面の酸化は改善された。多くの防振合金は切削加工性に劣り、実用化を妨げてきた。しかし、本系合金は被削性も比較的良く実用化が期待される。

 第6章では本系合金の減衰能について詳細に検討した。また、鋳造組織と減衰能の関係について言及した。その結果、減衰能はMg-Li合金の場合、Mg-3〜5%Li合金が優れていた(内部摩擦値:2.4〜2.6×10-2,平均冷却速度140K/sec)。この理由は、Mg-3〜5%Li合金の鋳造組織がLi添加により微細になるからであり、冷却速度を大きくし、組織を微細化すると内部摩擦値が大きくなることからも理解できる。例えば、Mg-4%Li合金を平均冷却速度630K/secで金型鋳造した時の内部摩擦値は4.19×10-2となった。また、Alを添加したMg-8%Li-3〜5%Al合金の内部摩擦値も優れている。これは、Mg-8%Li合金は板状の相と相からなるが、Al添加量の増加と共に相が微細化し、相に対して相の面積率が増加するためと、金属間化合物のAlLi相が微量であるため、内部摩擦値は大きくなり、Mg-8%Li-5%Al合金で3.9×10-2(平均冷却速度140K/sec)となった。しかし、Mg-Li合金にCaを1%以上添加すると添加量の増加と共に内部摩擦値は急激に減少した。これは結晶粒界に形成されるMg2Ca相や結晶粒内に形成されたLi2Ca相などの金属間化合物により転位の移動が困難になったためと思われる。Mg-8〜12%Li-3〜5%Al鋳造合金は内部摩擦値が大きいので、軽量防振材として、航空・宇宙用の精密機器の外枠や部品として減衰能の面からの利用が期待される。

 第7章では第2章から第6章までに得られた成果をまとめ、本論文を総括した。

審査要旨

 宇宙・航空構造物,自動車部品,精密機器などに軽量で比強度・比剛性・減衰能に優れたMg合金の展開が期待されている.本論文は,以上の背景から,Mg-Li系鋳造合金について,鋳造性・機械的性質・旋削被削性・減衰能などについて検討したもので,7章より成る.

 第1章では,本研究の背景,防振用Mg合金とMg-Li系合金の既存の研究をまとめ,問題点の摘出をするとともに本研究の目的と構成について述べた.また,Mg-1〜20mass%Li二元合金に(以下mass%を%で表示)第三元素としてCaあるいはAlを1〜5%添加した合金を取り上げた経緯を述べた.

 第2章ではMg-Li二元合金ならびにAlとCaをそれぞれ添加した三元合金の鋳造性について検討した.鋳物の流動性・引け性・ポロシティ量・ざく巣量・表面状況・鋳造割れについて各種試験法で評価した.その結果,8〜12%Li-1〜5%Alの組成範囲は,流動性が比較的良く,外引け量・ポロシティ量・ざく巣量が少なく,鋳造割れのない,健全性の優れた合金であった.また,Caを2%以上添加すると,鋳造割れを助長することがわかった.液滴落下法によって鋳物と金型間の熱伝達係数を評価し,鋳造性との関連を検討した.

 第3章では本系合金の鋳造組織について検討した.Li量ならびに凝固時の冷却速度とデンドライト二次アームスペーシングの関係,鋳造組織の微細化におよぼすAlとCa量の影響,構成相におよぼすLi,Al,Ca量の影響などについて検討した.

 第4章では,機械的性質について検討した.合金元素量による引張強さ・0.2%耐力・伸び・硬さ・ヤング率・剛性率・シャルピー衝撃値・Km測定による亀裂先端部の塑性域の大きさ・密度・熱膨張係数などへの影響を求め,相互の性質との関連も検討した.強度・延性・衝撃・熱膨張などのそれぞれに優れる組成範囲を示した.

 第5章では被削性について検討した.旋削による切削抵抗・切削比・仕上げ面粗さ・切りくずの処理性・被削材表面の酸化状態・切削加工精度・チャック把握による被削材の変形量について検討した.合金元素の種類と量の影響について検討した.これまでに提案されてきた防振合金に比べ被削性は良好であることがわかった.

 第6章は減衰能について検討した.二元合金では相のMg-3〜5%Li合金の減衰能が優れていた.これはこの組成範囲で鋳造組織が微細化されるためであり,本系合金においては冷却速度の増加に伴う微細化によって減衰能が向上することを指摘した.Alを添加すると初晶合金において相が増しその相が著しく微細化するMg-8〜12%Li-3〜5%Alの減衰能が大きくなることを見いだした.

 第7章は本論文の総括である.

 以上を要するに本論文はMg-Li系鋳造合金の諸特性を明らかにしたものであり,鋳造工学の発展に寄与する.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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