内容要旨 | | 配置設計の自動化は開発コストの削減に重要である.従来にも様々な自動配置システムが提案されてはいるが,回路の正常動作を保証する専門家の設計ノウハウ(設計制約)を配置に反映できないという,実用上重大な問題を抱えている.この克服には,初心者が専門家へと成長するように,システム自身がノウハウを吸収していく枠組が有効であろう.そして,その実現には,概念形成・最適化機能が必要となる.そこで,本論文では,ノウハウを自動獲得し,それを反映するように配置するノウハウ獲得型自動配置システムを,連想記憶モデル(AM)の概念形成・最適化機能を用いて構築する. 本研究では,専門家による設計事例(配置パターン)からのノウハウの自動獲得を試みる.問題はノウハウが配置パターンにどのような形で現れるかにある.このことを,専門家の設計過程を通じて考えてみる.専門家は,まず,回路内にノウハウを適用する部分回路を見つけ,次に,その配置(部分配置パターン)を,ノウハウを満たすように設計する.つまり,たくさんの回路に共通する部分回路の部分配置パターンには,規則性(ノウハウ)が現れる可能性が高いと言える. そこで,本論文では,提案システムを,共通の部分回路を概念として形成し,その部分配置パターンの規則性をノウハウとして獲得するノウハウ獲得サブシステムと,新規回路から概念に相当する部分回路を見つけ,その部分配置パターンを,ノウハウを満たすように最適化する自動配置サブシステムとから構成する(図1). まず,データベース(DB)に蓄積された回路(回路構成の情報)と配置パターン(配置の情報)とのペアから,設計ノウハウを自動獲得するノウハウ獲得サブシステム(図1右)について述べる. 図1:ノウハウ獲得型自動配置システムの全体像. この実現にあたって注意すべきことは,回路が部品と結線とからなる"構造を持った情報"であること,さらには,似た機能を持つ回路間の類似性により,回路の概念が階層的になること(図2)である.そこで,まず,各回路を,回路間の類似性を保存したベクトル(階層的相関ベクトル)にコード化し,次に,そこに内在する階層的概念をAMで自動形成し,最後に,その概念における配置の規則性を自動獲得するというアプローチをとる. したがって,ノウハウの自動獲得への第1ステップでは,共通の部分回路を持つ類似の回路を,共通の部分ベクトルを持つ類似のベクトルに変換するコーディングアルゴリズムが必要となる.具体的には,まず,AMの最適化機能を用いた回路マッチングAMで,DB中の全回路を共通の部分回路を共有するように融合した仮想回路(融合回路)を生成する.つまり,融合回路とは,全回路を含んだ部品数最小の回路(部品数N)である.次に,それを用いて,各回路をベクトルに変換する.各要素i(=1,...,N)には,融合回路の部品iに相当する部品が対象の回路に含まれる場合に+1を,そうでない場合に-1を割り当てる.これにより,共通の部分回路が共通の部分ベクトルにコード化された階層的相関ベクトルが生成される. 第2ステップでは,回路の概念を形成するために,上記階層的相関ベクトルに内在する階層的概念(ベクトル)を形成する階層的概念形成AMが必要となる.本研究では,従来モデルよりも大きな記憶容量をもつモデルとして,AMをカスケード接続したCASMを提案する.以下では,各概念(親),(=1,...,P1)の周りに子,(=1,...,P2)が分布した階層的相関ベクトル(2階層)を,2つのAM(AM1とAM2)からなるCASMに適用した場合を説明する. 記憶容量拡大への第1のアイデアは,記憶ベクトルがスパースになるほど記憶容量が大きくなるという,AMの性質を利用することにある.ここで,との違いを表わす差分ベクトルを導入すると,このは,ととの間の相関bが強いほどスパースになる.そこで,CASMでは,まず,からをAM1で自動形成し,次に,それらから生成されるスパースな(=1,...,P1;=1,...,P2)をAM2で記憶する. 第2のアイデアは,記憶構造を階層化することで,あるに属するを想起する際,その以外に属する全差分ベクトル(計(P1-1)P2個)からのクロストークノイズを低減させることにある.これは,AM2を,からを想起する相互想起型AMとすることで実現される. 図3は第1のアイデアだけを実装した場合("1")と第2をも含めた場合("1+2")の記憶容量C(b)を示す.横軸は相関bである.なお,従来モデルの記憶容量は約0.15程度である. 図表図2:家電製品の回路における階層的概念. / 図3:CASMの記憶容量C(b). 以上のCASMで得られた概念ベクトルは,上記融合回路を用いて,回路の空間に戻すことができる.つまり,回路の概念が得られたわけである. ノウハウ獲得サブシステムの最終ステップでは,各概念に対して,配置のノウハウを自動獲得するアルゴリズムが必要となる.ある概念が形成されたことは,その部分配置パターンがDB中に多数存在することを意味する.そこで,ここでは,ある概念についてのノウハウとして,その部分配置パターンを平均化した"平均部分配置パターン"を獲得する.具体的には,各概念の部品ペア毎に計算される部品間距離の平均と分散を獲得する. 次に,獲得したノウハウを満たすように配置する自動配置サブシステム(図1左)の説明に移る.ここでは,まず,適用するノウハウを探すために,新規回路と概念とのマッチングを行なう.次に,シミュレーテッドアニーリング(SA)を用いて,マッチした概念についてのノウハウを満たすように,新規回路の配置パターンSを最適化する. この実現にあたっての最大の課題は,Sを評価するコスト関数に,ノウハウの反映度合をいかにして取り込むかにある.この解決には,ある概念のある部品ペアについてのノウハウ(平均dと分散2)が,新規回路内の対応する部品ペアの配置にどの程度反映されているかを評価するサブコスト関数があればよく,これは,その部品ペアのS上での部品間距離を変数とするガウス関数(平均d,分散2)の符合をかえたもので実現できる. 以上のノウハウ獲得型自動配置システムに対し,共通の部分回路の部分配置パターンに規則性(X,Y,または,Z型)がある人工データ,および,新規データを与え,数値実験を行なった.図4は,本システムによる典型的な配置である.太線で示したX,Y,Z型の部分配置パターンが期待どおりに実現されている.これは,本システムがノウハウの自動獲得と,それを満たした配置を実現したこと意味する. 次に,本システムの設計現場での有効性を,実データを用いて検証した. まず,同一シリーズの家電製品における,新機能追加前後の2つの回路(A1,A2)に対し,コーディングアルゴリズムと概念形成についての検証を行なった.図5は結果であり,共通部分回路(概念)と融合回路の部品数はそれぞれ78と130(ベクトルの次元)となった.このことから,A1の大部分がA2に含まれており,A1とA2は極めて類似していることがわかる.また,差分ベクトルのスパースネスについては,A1で3%(=(82-78)×100/130),A2で37%となった.A2の差分ベクトルは,新機能用の部分回路が表現されるため,さほどスパースではない.ただし,その新機能が引き継がれていくような,メーカーではよくある状況では,A2の差分ベクトルもスパースになっていくであろう.同様な検証を,同種だが,異なるシリーズの回路ペアに対しても行なったところ,同様な結果となった. 図表図4:本システムによる配置パターンの一例. / 図5:実データに対しての検証結果. さらに,共通の部分回路の部分配置パターンに規則性が現れているかどうかについての検証も行なった.具体的には,配線長が常に短くなるように配置すべき部品ペアとして,ICとその電源ピンにつながるバイパスコンデンサとの部品ペアなどに注目し,その部品間距離(仮想配線長)の分散が,全部品ペアを通じての分散よりも有意に小さくなっているかどうかを検証した.その結果,注目した部品ペアの実際の配置には.配線長を短くするという規則性が現れていることが確認された. 以上,限定的な検証ではあるが,似た機能をもつ家電製品の回路には共通の部分回路が含まれ,その部分配置パターンには規則性があること,つまり,実データが本研究の想定どおりになっていることが確認された. 最後に,本ノウハウ獲得型自動配置システムの特徴をまとめる.第1の特徴は,インタビューなどの人手によるノウハウ獲得の代わりに,AMの学習能力を利用して,配置パターンからノウハウを自動獲得できることにある.第2の特徴は,獲得したノウハウを配置に反映できることにある.実際の設計現場はノウハウ(設計制約)を満たした配置を望んでおり,本システムはそれに応え得る現場指向のシステムである.見方をかえると,本システムは構造を持った情報に関する学習・設計システムであると言える.したがって,本システムの基本的な枠組は,機械や建築物,ひいては化学物質など,実世界に存在する様々な構造情報の設計や解析などにも適用できるだろう. |