本論文は5部から構成されており、第1部は本研究の背景、第2部(第1章)は皮膚の最外層(角層)剥離の調節因子としての硫酸コレステロールが機能していること、第3部(第2章)は乾燥環境が角層剥離に影響を及ぼしていること、第4部(第3章)は乾燥による角層内水分量の低下は角層剥離のみならず表皮細胞の増殖活性にも影響を及ぼしていること、および第5部は総括と将来の展望からなっている。本論文の要旨は次のとおりである。 皮膚は人体を被い外界との境界となっているが、それは単なる隔壁ではなく、それ自体が生命の維持にとって不可欠な機能を営む重要な臓器と考えるべきである。皮膚の最外層は角層とよばれ、脱核扁平化した角層細胞が層状に積み重なっている。その角層間は、スフィンゴ脂質、コレステロール、遊離脂肪酸などから成る角層間脂質の層構造によって埋められている。角層を接着している物質については長い間議論されてきたが、最近、デスモソームが角層細胞を接着しており、タンパク質分解酵素でデスモソームを分解すると角層細胞の剥離が起こることが観察された。しかしながら、剥離機構の詳細やその調節機構については、ほとんど解明されていなかった。本研究は、角層剥離の調節を中心に検討し、角層の生理機能の解明を目指したものである。 本論文の第1章では、まず角層細胞間脂質の一つである硫酸コレステロールが角層剥離の調節因子として機能している可能性を示唆した。ステロイドスルファターゼの欠損が原因である伴性遺伝性鱗癬という疾患では顕著な角層肥厚が見られるが、これは表皮の過増殖を伴わず角層剥離遅延が原因と推論されている。この肥厚した角層内には硫酸コレステロールが蓄積することから、論文提出者は硫酸コレステロールが角層剥離の阻害作用をもつであろうという作業仮説を立てて実験を行った。ヘアレスマウスに硫酸コレステロールを連用塗布した結果、角層の重層化とスケールの発生を観察し、角層中のデスモソームタンパク質量の増加が観察された。また、タンパク質分解酵素であるトリプシンやキモトリプシンが硫酸コレステロールによって拮抗阻害を受けることが観察された。これらの結果から、伴性遺伝性鱗癬の角層肥厚は硫酸コレステロール蓄積により角層剥離が阻害されたことによるものであることが示唆された。 冬季には肌荒れが起こりやすく、アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患が悪化しやすいことが知られているが、その機構は不明であった。そこで、第2章では乾燥環境が角層の生理機能に対してどのような影響があるかを検討した。ヘアレスマウスを乾燥条件下で飼育すると、スケールの発生と角層の肥厚、およびデスモソームタンパク質量の増加が観察された。角層内水分量や酵素活性などの測定結果から、乾燥環境により角層内水分量が低下し、角層中の剥離に関与する酵素の働きが阻害された結果、スケールの発生や角層の肥厚が引き起こされることが推論された。 第3章では、乾燥環境下で飼育したヘアレスマウスの表皮増殖活性を測定した結果、乾燥による角層内水分量の低下は、角層剥離のみならず表皮細胞の増殖活性へも直接的に影響を及ぼしていることが示された。ここで観察された現象から、角層内水分量の低下によって角層内の水分の勾配が変化し、この乾燥という環境変化の情報が何らかの形で表皮基底細胞へ伝えられるものと推論された。このことから、角層は異物の進入や水分の蒸散を防ぐというバリアー機能だけではなく、外界の環境変化を表皮基底細胞まで伝達するという役割も果たしていることが示唆された。 以上、本論文では角層剥離の調節因子を明らかにし、角層が単なる外界との隔壁ではなく生理的に重要な役割を果たしていることを示唆した。 なお、本論文の第1章は伝田光洋、仲西城太郎、野村純子、小山純一各氏、第2章は伝田光洋、仲西城太郎、小山純一各氏、第3章は伝田光洋、芦田豊、小山純一各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったものであると判断できる。 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |