学位論文要旨



No 214302
著者(漢字) 石井,功
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,イサオ
標題(和) 血小板活性化因子受容体の構造と機能
標題(洋) Structural and Functional Studies of Platelet-activating Factor Receptor
報告番号 214302
報告番号 乙14302
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14302号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 講師 原田,彰宏
内容要旨

 血小板活性化因子(Platelet-activating factor;PAF)は、強力な血小板凝集因子として発見・同定されたリン脂質性メディエーターであり、炎症やアレルギー反応などに深く関与している。PAF分子は疎水性が高く、膜構成成分と同じリン脂質の構造を持っているが、細胞膜上の特異的受容体に結合して作用する。東京大学の清水らにより、1991年モルモット肺cDNAライブラリーよりアフリカツメガエルの卵母細胞遺伝子発現系を用いてPAF受容体cDNAがクローニングされた。その結果、PAF受容体は単一遺伝子由来の単一産物であり、G蛋白質共役型受容体ファミリーに属するロドプシン様の細胞膜7回貫通型の構造をもつことが明らかとなった。今回私は、部位特異的変異法を用いて各種変異PAF受容体cDNAを作成し、哺乳動物細胞(COS-7 cellsあるいはChinese Hamster Ovary(CHO)cells)に一過的あるいは安定的に発現させて、PAF受容体の持つ構造と機能について解析した。

1.リガンド結合部位の解析

 PAFの構造類似体を用いた実験より蓄積された構造活性相関のデータより、PAFの生理活性には、その分子内の極性、すなわちグリセロール骨格1位のアルキルエーテル基、2位のアセチル基、3位のホスホコリン基がどれも重要であることが知られていた。一方、現在までにクローニングされた4哺乳動物種(モルモット、ヒト、マウス、ラット)のPAF受容体ホモログは、アミノ酸レベルで全長で73%、膜貫通部位で79%の相同性を有しているが、細胞膜貫通部位に存在する23個の極性アミノ酸は完全に保存されていた。従って、PAF分子とこれらの極性アミノ酸との静電的な相互作用が、受容体とリガンドの結合に重要であることが考えられた。そこで、膜貫通部位の全23個の極性アミノ酸を一つ一つ無極性のアラニンに変異させる変異をモルモットPAF受容体cDNAに対して行い、COS-7細胞での一過的発現系を用いて、各変異受容体に対するPAF結合能を検索した。

 第2膜貫通部位のAsn58、Asp63、第3膜貫通部位のAsn100、Thr101、Ser104、第7膜貫通部位のAsp289をアラニンへ変異することにより、リガンドの受容体への結合親和性が亢進していた。一方、第5膜貫通部位のHis188、第6膜貫通部位のHis248、His249、Gln252、第7膜貫通部位のGln276、Thr278のアラニン変異により、逆にその結合親和性が減弱していた。

 結合親和性の亢進・減弱した双方から、代表的な3つの変異受容体を選び、CHO細胞に安定発現させ、リガンド刺激によるシグナル伝達(アラキドン酸遊離、イノシトールリン脂質代謝亢進、アデニル酸シクラーゼ抑制)を測定した。高親和性変異株では、リガンド濃度依存的な活性化がいずれのシグナルにおいても、野生型と比べて低濃度側にシフトしていた。高親和性変異株の内の一つのN100A変異株は常時活性化(constitutively active)しており、また本来活性のないPAFの代謝産物(Lyso PAF)に対しても応答性を有していた。一方、低親和性変異株では逆に高濃度側にシフトしており、それらは生理的な濃度のPAFに対してほとんど応答を示さない低活性型であった。PAF受容体拮抗薬は抗炎症薬として期待されており、多様な構造を持つ薬物が開発されているが、より有効な拮抗薬となるInverse agonist(活性型の受容体より非活性化型の受容体に親和性高く結合する薬物)のスクリーニングに、これらの変異受容体は有用である。

 変異により低親和性に変化したアミノ酸は、リガンド結合に直接関与する可能性が考えられたが、亜鉛2価イオンが受容体へのリガンド結合を阻害することから、亜鉛結合に関与すると思われる正電荷を持つ3つのヒスチジン(His188、His248、His249)は互いに近傍に位置し、PAF受容体の負電荷を持つリン酸基のアクセプター部位を形成すると考えられた。以上の結果をもとに、バクテリオロドプシンとレチナールの三次元構造モデルをテンプレートとしてPAF受容体モデルを作成し、PAFと受容体の相互作用について考察した。

2.PAF受容体の細胞内移行・リサイクル・再感作と、各現象における細胞内カルボキシ末端のリン酸化の関与

 市販のモノクローナル抗体により認識可能な標識アミノ酸配列をPAF受容体の細胞外アミン末端に導入し、その変異受容体をCHO細胞に安定発現させ、抗体結合法により細胞膜上の受容体量を定量した。

 PAF刺激により受容体は速やかに細胞内に取り込まれ、その現象は脱感作を伴っていた。ひとたびPAF刺激をした細胞を受容体アンタゴニストによる洗いにより刺激を終了することにより、細胞内に移行した受容体は速やかに細胞膜上にリサイクルした。そして細胞膜上にリサイクルした受容体は、リガンド刺激に対して再感作していた。

 各現象における受容体のカルボキシ末端のリン酸化の関与を調べる目的で、リン酸化されうるセリン・スレオニン基を他の残基に置換した2種類の変異、それらを含むカルボキシル末端全体を欠失した変異の計3種類の変異受容体を作成した。PAF刺激により野生型受容体は速やかにリン酸化されるが、いずれの変異受容体においてもリガンド刺激による受容体のリン酸化はほとんど消失していた。プロテインキナーゼC及びAをそれぞれ活性化するホルボールエステル、cAMPアナログは受容体のリン酸化を誘導したが、受容体の細胞内移行には影響を与えなかった。2種の変異受容体は野生型と比べてその程度は低いが細胞内移行を示し、さらには刺激終了後にリサイクルと再感作現象を示した。全く細胞内移行を示さなかった1種の変異受容体は、再感作現象を示さなかった。この結果から、アゴニスト刺激による受容体の細胞内カルボキシル末端セリン・スレオニン基のリン酸化は、おそらくプロテインキナーゼCやAではなくG蛋白質共役型受容体キナーゼによると考えられるが、受容体の細胞内移行を容易にはするものの必須ではないこと、また細胞内移行とリサイクルは受容体の再感作現象に重要であること、などが明らかとなった。

 以上の2つの研究は、PAF受容体の新たな機能とそれに関与する構造を明らかとしただけではなく、他のG蛋白質共役型受容体の活性化モデルや細胞内動態の機能解析にも応用できる手法を提供すると考える。

審査要旨

 本研究は、炎症やアレルギー反応において重要な役割を果たしていると考えられる血小板活性化因子(PAF)の細胞膜受容体を介する作用機構を解明するため、各種変異受容体を哺乳動物細胞に発現させる系にて、受容体のリガンド結合部位・細胞内動態・再感作の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.細胞膜貫通部位に存在すると考えられる23個の極性アミノ酸を一つずつアラニンに置換する検索の結果、結合親和性の亢進する6つの変異と減弱する6つの変異を見いだした。それぞれ代表的な変異受容体をCHO細胞に安定発現させ各種細胞内シグナルを測定した結果、高親和性変異ではリガンド濃度依存的な活性化が野生型と比べて低濃度側にシフトしていること、その内の一つのN100A変異は常時活性化(constitutively active)しており、本来活性のないPAFの代謝産物(Lyso PAF)に対しても応答性を有していること、低親和性変異では逆に高濃度側にシフトしており、生理的な濃度のPAFに対してほとんど応答を示さない低活性型であることが示された。以上により、変異により低親和性に変化したアミノ酸がリガンド結合に関与する可能性、なかでも亜鉛2価イオンが受容体へのリガンド結合を阻害することから亜鉛結合に関与すると思われる正電荷を持つ3つのヒスチジン(His188、His248、His249)は互いに近傍に位置し、PAF受容体の負電荷を持つリン酸基のアクセプター部位を形成する可能性が示された。さらにこの結果を元にバクテリオロドプシンとレチナールの三次元構造モデルをテンプレートとしてPAF受容体モデルが作成された。

 2.細胞膜上に発現する受容体の免疫抗体法による定量化解析より、PAF刺激により受容体は速やかに細胞内に取り込まれ、その現象は脱感作を伴うこと、受容体アンタゴニストによる置換によりPM刺激を終了することにより細胞内に移行した受容体は速やかに細胞膜上にリサイクルするが、そのリサイクルした受容体はリガンド刺激に対して再感作することが示された。

 3.受容体カルボキシ末端の変異受容体を用いた解析から、アゴニスト刺激による受容体の細胞内カルボキシル末端セリン・スレオニン基のリン酸化はG蛋白質共役型受容体キナーゼによると考えられたが、そのリン酸化は受容体の細胞内移行を容易にはするものの必須ではないこと、また細胞内移行とリサイクルは受容体の再感作現象に重要であることなどが示された。

 以上、本論文は多数の変異体を用いた解析から、PAF受容体のリガンド結合部位と細胞内動態・再感作について新規の知見を得た。本研究はこれまで不明であったPAF受容体の構造と機能の解析に重要な貢献をするだけでなく、他のG蛋白質共役型受容体の解析にも適用可能な解析手法を提供すると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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