学位論文要旨



No 214305
著者(漢字) 明石,定子
著者(英字)
著者(カナ) アカシ,サダコ
標題(和) 造影helical CTによる乳癌の局所進展の診断 : 非触知乳癌の検出能も含めて
標題(洋)
報告番号 214305
報告番号 乙14305
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14305号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 助教授 名川,弘一
内容要旨 I.背景

 近年、乳房温存療法が徐々に早期乳癌の標準治療の一つとして受け入れられる様になってきたことに伴い、乳房切除術の時代には問題にならなかった乳房内の局所進展(乳管内進展巣(extensive intraductal componemt;EIC)、及び多発病巣)が注目されるようになってきた。一口に乳房温存療法と言っても、乳頭を中心に扇形に1/4から1/6の乳房を切除する乳房扇状部分切除術(quadrantectomy)、腫瘤縁より一定の距離をおいて肉眼上正常と思われる乳腺組織に切除線を置く乳房円状部分切除術(wide excision)と、その切除範囲は様々である。切除域が小さいほど、温存乳房の整容性は高くなるが、局所進展を取り残した場合は乳房内局所再発の要因となる。よって必要最小限の切除域で、局所進展に合わせたorder madeの手術を行うために、術前での局所進展の正確な把握が重要である。マンモグラフィー(以下MMG)による微細石灰化はEICを示唆するものとして広く認められているが、その感度は4〜8割と満足のいくものではなく、また多発病巣の描出は不得手である。また乳房超音波(以下US)では低エコーの拡張乳管としてEICを描出しうるという報告もあるが、再現性の低さ、検者間の差、機器の空間描出能の差など問題点も多い。近年MRIによる研究が盛んに行われているが、検査時間の長さ、costの問題などを抱えている。そこで我々は近年発達の著しい造影helical CT(以下造影CT)を用いて局所進展の描出を試みた。

 一方、腋窩リンパ節腫脹で発見され乳房内の腫瘤が触知されない潜在性乳癌は、原発巣が微小であるため、MMGやUSといった通常の診断機器では原発巣が描出できない場合がある。また異常乳頭分泌で発見される非触知乳癌も、分泌物細胞診で悪性細胞が検出されても原発巣の同定が困難な場合もある。今回これら非触知乳癌8例に造影CTを施行し、局在診断への有用性についても検討した。

II.対象症例と方法

 1995年11月から1997年5月までに乳癌の手術目的に入院した514人の女性患者のうち、MMG、USにて局所進展の存在の疑われた症例58例、乳房温存療法適格症例64例、非触知乳癌8例(潜在性乳癌3例、異常乳頭分泌5例)計130人に対し、術前に造影CTを施行した。CTはX-vigor(東芝社製、日本)を用い、ヨード系造影剤100mlを毎秒2mlの速度でbolus injectionし、造影開始60秒後よりhelical撮影を行った。局所進展の各画像での定義は、MMG上は主腫瘤外の悪性石灰化像、もしくは悪性石灰化像が広範に分布するもの、USでは腫瘤外に低エコー性拡張乳管を認めるもの、造影CT上は主腫瘤と同程度に強く造影される腫瘤外の点状影を認めるものとした。病理組織学上、局所進展のうち、EICはSchnittの定義に従い、1)主病変内に面積にして25%以上の乳管内巣で占められるもの、かつ2)乳管内巣が主病変外に広く進展するものとした。また、多発病巣の定義は主腫瘤と不連続に存在する癌、ただし臨床的に術前から明らかな多発癌は乳房温存療法の適応からはずれるため今回の多発病巣の定義から除外した。各画像診断結果と切除標本とを対比し、局所進展の有無、その範囲、組織亜型などについて検討した。

III.結果

 局所進展は59例に認めた。局所進展の有無に関するUS、MMG、造影CTの感度はそれぞれ、33%、53%、86%と造影CTが優れ、特異度は87%、89%、92%であった。又、造影CTにおいてのみ局所進展の描出が可能であった症例は8例で、その組織亜型はcomedo type2例、non-comedo type3例、LCIS(lobular carcinoma in situ)1例、微小浸潤巣2例であった。造影CTでの局所進展に対する疑陽性症例は6例で、異型乳管過形成3例、乳管内乳頭腫1例、小葉間線維化1例等であった。偽陰性症例は7例で、多発腫瘤間の連続性を描出できなかった3例、low papillary type1例、浸潤性小葉癌周囲に広範に存在した非浸潤性小葉癌成分1例など特殊なものであった。造影されなかった局所進展周囲には新生血管の誘導が少なく、幼若な間質誘導が少ないといった特徴が認められた。また偽陰性症例は組織学的異型度の低いものが多かった(71%)。

 病理標本上の局所進展巣を含めた腫瘤径と、画像上の局所進展を含めた腫瘤径の差異では、2.0cm以内に留まるものがMMGでは83%(49/59)であるのに対し、造影CTでは90%(53/59)で、2cmの安全域をもって切除するwide excisionの切除域決定に有用な診断手段と考えられた。造影CTを施行した症例のうち実際に乳房温存療法を施行したのは24例で、このうち断端陽性は1例だけであった。

 造影CTを施行した非触知乳癌は8例で、内訳は潜在性乳癌3例及び血性乳頭分泌5例であった。広範なlow papillary typeの非浸潤癌以外の7例は造影CTで原発巣が描出された。MMG,USを用いても局在が不明だった6例中5例は造影CTによってのみ局在診が可能であった。

IV.考察

 局所進展の描出において既存の画像診断に比べ造影CTは優れた成績となった。またその範囲診断においても90%以上が2.0cm以下の誤差と造影CTの有用性が示された。造影CTを用いた乳房温存療法の切除域決定方法を下記の如く考案した。いずれの画像においても局所進展が広範なら乳房切除術を、造影CTで局所進展を描出しても同一腺葉内ならquadrantectomyを、造影CTのみ局所進展陽性としたときには偽陽性の可能性も考慮して術中生検も併用、いずれの画像でも局所進展を認めないときにはwide excisionで十分というものである。

 近年一口に乳管内癌といってもその生物学的悪性度に大きな差があり、治療指針の異なることが指摘されるようになってきた。comedo癌はEICの中でも悪性度が高く、遣残があった場合最も再発しやすい型であることが知られているが、これに核異型度、断端、腫瘍径の組み合わせscore化することにより、局所再発の予測因子となることが報告された。high score群では再発が非常に高率であるため再切除を、middle score群は術後照射が有効であること、low score群は経過観察のみでよいとしている。本研究での偽陰性症例の多くは、低異型度で、non-comedo typeもしくはLCISであったことより、造影CTで造影されない局所進展は術後照射でcontrol可能なものが多いことが示唆されている。

 造影CTで局所進展巣が造影される機序は、癌化に伴い惹起される血管新生と、その透過性の亢進の効果であるといわれている。これは、本研究でも造影されなかった局所進展周囲には新生血管・間質誘導が少なかった事実とも合致する。そして造影強度は新生血管の数に比例するため乳管過形成等は造影効果が弱く、局所進展から鑑別できると言われているが、本研究での疑陽性例のように鑑別が困難な場合もあり、今後の発展が望まれる。

 MRIを用いた局所進展描出に関する研究が多数報告されているが、CTの利点は、1)検査時間が短いこと、2)MRIでは胸郭の呼吸移動を抑制するため腹臥位で撮影することが多いのに対し、CTでは一回の息止め時間で撮影できるため手術時と同じ仰臥位で撮影出来ること、3)costが安いこと、4)空間分解能に優れていること等が上げられる。

VII.結語

 造影CTは乳癌の局所進展の診断に有効であり、乳房温存手術の切除範囲設定に有効であり、他の画像診断では描出されない非触知乳癌の局在診にも有用である。

審査要旨

 本研究は、乳房温存療法の術式及び切除域決定に重要となる乳癌の乳房内局所進展(乳管内進展巣及び多発病巣)を術前に検出するため、造影helical CTを130例の乳癌症例に施行し、病理組織像と対比のもと、臨床応用を検討したものである。また次に、腋窩リンパ節腫脹を主訴とする潜在性乳癌や、異常乳頭分泌を主訴とする非触知乳癌に造影helical CTを施行し、その検出能の検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1。造影helical CTと病理組織像との詳細な対比によりスライス毎に局所進展を含めて両者がよく対応していることが示された。他の画像診断との局所進展の有無に対する感度の比較では、マンモグラフィー(MMG)・乳房超音波(US)・造影helical CTでそれぞれ33%、53%、86%とCTが有意に優れていた。特異度はそれぞれ87%、89%、92%であった。

 2。造影helical CT上局所進展に対する偽陽性症例の病理像は異型乳管過形成、乳管内乳頭腫、小葉間線維化等であった。造影helical CT上偽陰性となった症例はnon-comedo type、組織学的異型度が低いものが多いといった特徴が認められた。comedo type、微小浸潤巣といった遺残時局所再発率が高いといわれている亜型の局所進展は全例造影helical CTで描出可能であった。

 3。造影されなかった非浸潤性小葉癌との対比により、造影された非浸潤癌の周囲での新生血管誘導、幼弱な間質誘導に差があることが示された。これにより造影CTで検出されるものは癌化に伴う新生血管と間質を見ている可能性が示唆された。

 4。局所進展巣の進展範囲を含めた腫瘤径の検討では、MMGと病理標本との差が2cm以内に留まるものが83%(49/59)であるのに対し、CTでは差異は90%(53/59)で、2cmの安全域をもって切除するwide excisionの切除域決定に有用な診断手段と考えられた。実際に乳房温存療法を施行した24例中断端陽性となったのは1例で、造影helical CTを併用することで、より適切な切除域が決定できる可能性が高い事が判明した。

 5。非触知乳癌8例に造影helical CTを施行し、広範なlow papillary typeの非浸潤癌1例を除き局在診が可能であった。MMG,USを用いても局在が不明だった6例中5例は造影CTによってのみ局在診が可能であった。

 以上、本論文は造影helical CTの乳癌の局所進展の診断における有用性、及び他の画像診断では描出されない非触知乳癌の局在診における有用性が示された。局所進展描出への試みはMRIを用いた報告が近年出されているが、helical CTを用いた場合、MRIと比べ検査時間の短縮、検査費用の抑制、一呼吸で撮影可能なため呼吸運動を考慮せずに手術時と同じ背臥位で撮影できるといった有利な点が多々ある。本研究は造影helical CTを用いた局所進展描出の先駆的研究の一つであり、乳房温存療法の切除域決定に重要な役割を果たす研究と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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