No | 214306 | |
著者(漢字) | 町田,秀人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マチダ,ヒデト | |
標題(和) | 脊髄の慢性漸増性圧迫による血流量の変化に関する実験的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 214306 | |
報告番号 | 乙14306 | |
学位授与日 | 1999.04.28 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第14306号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 成人の脊髄障害は慢性進行性圧迫によるものが多数を占めているが、その脊髄障害の発生機序はいまだ不明である。脊髄圧迫が高度であるにもかかわらず神経学的に障害のない場合がある一方、比較的軽度の圧迫であるにもかかわらず重度の麻痺をきたす場合がある。この圧迫の程度と機能障害との間の解離を説明する仮説として血流障害説がある。すなわち脊髄麻痺の直接の原因を神経組織の量的、質的変化ではなく、神経組織を潅流する血液循環の変化に求めようとするものである。この仮説は圧迫の程度と麻痺の程度との不一致を説明する最も有力な仮説であるが、いまだに臨床的にも実験的にも直接には証明されていない。 本研究は、徐々に増大する慢性圧迫が脊髄に実質的な血流障害をもたらすか否かを、実験的に明らかにすることを目的として、ネコの頚髄を金属螺子により慢性漸増性に圧迫し、脊髄灰白質および白質の血流量をmicrosphere法で測定した。 Ketamin麻酔下に、成熟ネコの第5頚椎椎体に前方より歯科用ドリルを用いて、直径約5mmの後縦靭帯に達する穴を穿ち、直径6mmピッチ1mmの金属螺子をとりつけた。術後2-4週毎に、螺子の先端がx線写真上で脊柱管間前後径の40%に達するまでは毎回0.5mずつ、それ以後は毎回0.25mmずつ螺子を進め、脊髄を前方より圧迫した。麻酔覚醒時に歩行障害の有無を観察し、歩行障害のあるものは、急性脊髄障害を生じたと考え、実験対象から除外した。各手術の間隔期間(2-4週)間にも、定時的に歩行障害の有無を観察したが、術直後に麻痺がなく、後に麻痺をきたしたネコはなかった。無処置のネコ11匹を対照群とし、脊柱管前後径の50%-70%に達するまで脊髄を圧迫した16匹を慢性漸増圧迫群とした。このうち対照群7匹、慢性漸増圧迫群14匹は頚髄部を灰白質、前索、側索、後索の4部分に分割した。 本研究では脊髄組織に対する機械的侵襲がなく、脊髄全体の血流量のみならず、各髄節ごと、あるいは灰白質と白質なと、部分の血流量の測定も可能である点を考慮して、放射性同位元素細粒散布法であるmicrosphere法を用いた。標識粒子には5Srで標識した15±3ミクロンの標識粒子を用いた。 Ketamine40mg/kg筋注による全身麻酔下に,両大腿動脈にテフロンカテーテルを挿入して左側で動脈血圧を持続的に測定し、右側からはreference sammpleを採取した。右大腿動脈より血液ガス測定のための採血を行なった後、はんしたmicrosphere懸濁液2mlを、注射器にて経胸膜的に左心室より注入し、ついで墨汁30mlを左心室より注入した。心拍停止後に脊髄の全長を摘出し、10%ホルマリン液中で24時間固定した後、各髄節に分割し、Autowell Gamma systemを用いてreference sampleとともに 1 対照群、慢性漸増圧迫群とも各8節の血流量はどの個体においても頚部膨大部及び腰部膨大部で大きかった。対照群、慢性漸増圧迫群ともに血流量が最も大きい髄節は第8頚髄部であり、前者は21.3±6.3ml/min/100g、後者は25.5±6.3ml/min/100g、最も小さい髄節は第12胸髄であり、前者は8.8±2.7ml/min/100g、後者は10.4±2.6ml/min/100gであった。慢性漸増圧迫群において、螺子の先端により圧迫を受ける第6頚髄部の血流量は、前者は16.1±5.0ml/min/100g、後者は17.1±5.8ml/min/100gであり統計学的に有意差はなかった(図1)。脊髄組織を灰白質と白質とに分割して測定した血流量の平均値は対照群、慢性漸増圧迫群とも頚髄の各髄節でほぼ一定であった。前者では灰白質74.3±21.9ml/minl/100g、前索2.6±1.4ml/min/100g、側索3.7±15ml/min/100g、後索5.5±2.0ml/min/100gであり、後者は灰白質49.9±26.9ml/min/100g.前索3.3±2.8ml/min/100g、側索4.2±2.7ml/min/100g、後索5.5±2.7ml/min/100gであった。対照群と慢性漸増圧迫群との間に統計学的有意差はなかった(図2)。 ![]() 圧迫性脊髄症の発生機序に血流障害を重視する論拠として、1)過去の動物実験で、脊髄を急速に圧迫した時の微小血管造影で造影欠損や病理組織学的に出血巣や空胞化が認められること。2)新鮮遺体における頚椎前屈位の微小血管造影で側索への貫通枝で狭小化が認められることがある(Breigら)。 本研究の実験では狭窄率が脊柱管前後径の50%-70%に達する比較的高度の圧迫であり、圧迫部位の脊髄は明らかに変形し扁平化していたにもかかわらず、その部位の血、流量の低下はなかった。圧迫部位を、灰白質、前索、側索、後索に分割して測定した結果でも、いずれの部位にも平均血流量の低下はなかった。すなわち、慢性漸増圧迫下の脊髄組織内の血流量は急性圧迫時とは異なり阻血の所見はなかった。さらにBreigらが記載するような、圧迫による脊髄側索の阻血も生じることはなかった。 圧迫性脊髄症の成因解明を目的として行なわれた過去の急性脊髄圧迫実験で認められた圧迫部位の虚血の所見は、慢性漸増性圧迫実験では認められなかった。 慢性圧迫による圧迫性脊髄症の発生機序として、脊髄内血流量の変化が関与することがあるにしても、圧迫そのものが直接的に脊髄組織内血流量を著明に低下させることはあり得ない。 | |
審査要旨 | 頚椎症性脊髄症や後縦靭帯骨化症など、成人の脊髄障害の大部分を占める慢性漸増性圧迫による脊髄障害の発生機序として脊髄血流障害説が有力な仮説としてある。その根拠となっているのは動物での急性脊髄圧迫実験、頚髄症剖検例の脊髄の病理組織学的所見,剖検材料への微小血管造影などであり,圧迫により脊髄の特定部位に虚血が生ずるとの仮説も有力である。 本研究は慢性漸増性に圧迫された脊髄における血流障害の関与をあきらかにするために、ネコの脊髄を脊柱管前後径の50%から70%に至るまで高度に慢性漸増性に圧迫した後、その脊髄血流量をmicrosphere法で定量的に測定し、対照群と比較検討したものであり、下記の結果を得ている。 1 脊髄血流量は対照群、慢性漸増性圧迫群ともに頚部膨大部及び腰部膨大部で大きかった。対照群、慢性漸増圧迫群ともに血流量が最も大きい髄節は第8頚髄部であり、前者は21,3±6,3ml/min/100g,後者は25,5±6,3ml/min/100g、最も小さい髄節は第12胸髄であり、前者は8.8±2,7ml/min/100g後者は10,4±2,6ml/min/100gであった。慢性漸増性圧迫群において、裸子の先端により圧迫をうける第6頚髄部の血流量は、前者は16,1±±5,0ml/min/100g、後者は17,1±5,8ml/min/100gであり,統計学的に有意差はなく、急性圧迫時とは異なり、圧迫髄節に血流量の低下が起こることは否定された。 2 脊髄組織を灰白質と白質とに分割して測定した血流量の平均値は、対照群、慢性漸増圧迫群ともに頚髄の各部位でほぼ一定であった。圧迫部位である第6頚髄の血流量の平均値は前者では灰白質74,3±21,9ml/min/100g,前索2.6±1.4ml/min/100g,側索3.7±1.5ml/min/100g後索5.5±2.0ml/min/100gであり、後者では灰白質49.9±26.9ml/min/100g前索3.3±2.8ml/min/100g側索4.2±2.7ml/min/100g後索5.5±2.7ml/min/mであり,対照群と慢性漸増圧迫群との間に統計学的有意差はなく、圧迫によって脊髄内の特定の部位に血流量の低下がおこることは否定された。 3 動脈血炭酸ガス分圧の変化に対する血流量の調節機構も,急性圧迫時とは異なり破綻してはいなかった。 以上,本論文は,脊髄血流量は慢性漸増性圧迫時には,急性圧迫時とはあきらかに異なっており,圧迫された髄節およびその髄節内の特定の部位に虚血が起こり得ないことを示したものである。頚椎症性脊髄症や後縦靭帯骨化症など,慢性漸増性に圧迫された脊髄障害の発症機序の解明に重要な貢献をなすものであり,学位の授与に値すると考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51118 |