学位論文要旨



No 214307
著者(漢字) 橋本,正良
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,マサヨシ
標題(和) 動脈硬化危険因子と血管内皮機能との関連 : 超音波を用いた臨床的検討
標題(洋)
報告番号 214307
報告番号 乙14307
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14307号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 講師 平田,恭信
内容要旨 背景および目的

 血管内皮細胞はEndothelium-derived relaxing factor(EDRF)などの血管拡張物質を分泌し、血管のtonusの調節に深く関わっている。EDRFは現在Nitric Oxide(NO)と考えられ、産生されたNOは血管平滑筋に作用し血管拡張が惹起される。血管内皮細胞におけるNOの産生は、種々の生理活性物質や血流により増加することが知られている。

 一方、動脈硬化の早期病変として、血管内皮細胞の器質的または機能的異常があり、障害をもつ血管内皮細胞はNOの産生、放出が減少し、内皮依存性血管拡張反応が低下することが指摘されている。

 従来より血管内皮細胞の機能的異常を検出する方法として、カテーテル等を用いた侵襲的方法が行われていたが、非侵襲的方法として、超音波装置を用いた方法が考案され、上腕動脈における血流依存性血管拡張反応を検討する方法として確立されている。

 本研究の目的はこの超音波装置を用いた非侵襲的方法により、動脈硬化危険因子ならびに動脈硬化初期変化と血管内皮機能との関連を解明することにある。

研究1肥満を含む各種動脈硬化危険因子と内皮依存性血管拡張反応との関係

 外来および入院患者で、動脈硬化危険因子を有する102名(平均年齢57歳)と動脈硬化危険因子を有さない40名(平均年齢56歳)を対象とし、高脂血症、糖尿病、高血圧、現在喫煙習慣を有する患者の、これら動脈硬化危険因子と内皮依存性血管拡張反応との関連ならびに動脈硬化危険因子の重複との関連も検討した。

 肥満の中でも、特に内臓脂肪型肥満が動脈硬化の危険因子として重要と考えられているが、動脈硬化発症の機序は明らかにされていない。そこで未治療、無症候性肥満男性38名(BMI>26、平均年齢38歳)と同年代の非肥満男性23名を対象とし、内臓脂肪型肥満と血管内皮機能との関連を検討した。

研究2女性ホルモンと内皮依存性血管拡張反応との関係

 疫学的研究ならびに閉経後女性に対する女性ホルモン補充療法により、動脈硬化性疾患の発症が抑えられる事実から、女性ホルモンが抗動脈硬化作用を有すると考えられる。

 閉経後女性の骨塩量減少に対して女性ホルモンが治療に用いられている。外来受診患者で閉経後1年以上を経過した無症候性女性で、骨粗鬆症と診断され女性ホルモン補充療法を開始したた8名(平均年齢55歳)を対象とし、血管内皮機能がどのような影響を受けるかを治療開始前、3ケ月後、6ケ月後、1年後を計測時期とし、中長期にわたる経時的な検討を行った。

 また若年正常女性では月経周期に伴い女性ホルモンの変動が生理的に観察される。若年正常女性17名(平均年齢25歳)、同年代の男性17名を対象とし、月経周期に伴う内因性女性ホルモン変動によって血管内皮機能がどのような影響を受けるかの検討を行った。

研究3総頚動脈内膜中膜肥厚と内皮依存性血管拡張反応との関係

 頚動脈硬化症は脳梗塞発生のみならず、冠状動脈硬化の危険因子とも考えられ、超音波による総頚動脈内膜中膜複合体肥厚(IMT)度の測定がなされている。外来および入院患者で、動脈硬化性疾患を有する男性34名(平均年齢61歳)と動脈硬化性疾患を有さない男性33名(平均年齢57歳)で、臨床的に動脈硬化性疾患を有するか否かによって、総頚動脈IMTに差があるか否かを検討し、同時に形態学的な総頚動脈IMTと機能的な上腕動脈の内皮依存性血管拡張反応との関連を検討した。

方法

 超音波装置を用いた血管内皮機能評価方法として、前腕部分を5分間駆血し、駆血を解除した後の上腕動脈の血流依存性血管拡張反応を検討することが行われている。本研究ではこの血流依存性血管拡張反応を血管内皮機能評価法として用いた。

方法及び手順

 ベッド上安静15-20分を保った後、右上腕動脈を7.5MHzの超音波プローブを用い長軸方向に血管を描出し、M、Bモードにてそれぞれ流速と血管径を計測する。続いて右前腕部分を血圧計マンシェットを用い、250mmHgで5分間駆血。5分後に駆血を即座に解除し、駆血解除後45-60秒後の反応性充血時の拡張血管における流速と血管径を計測した。この反応性充血時の血管拡張の度合いを%FMD(Flow-mediated dilatation)とした。

 駆血解除後15分間は安静を保ち、その後内皮非依存性血管拡張反応としてニトログリセリンの舌下スプレーを噴霧し、噴霧後3-5分における同血管の流速、血管径の計測を行った。ニトログリセリンによる血管拡張の度合いを%NTG(Nitroglycerin-induced dilatation)とした。

 また総頚動脈の超音波測定法は従来報告されている方法にもとづき、7.5MHzの超音波プローブを用い測定した。IMTとして右総頚動脈長軸像を描出し、総頚動脈から内頚、外頚動脈分岐の近位部1cm以内の遠位壁における内膜中膜複合体肥厚を求めた。

結果研究1

 対照群の%FMDは6.7±0.5%、危険因子群の%FMDは4.9±0.3%であり、危険因子群で有意な%FMDの低下を認めた(P<0.01)。高脂血症、糖尿病、高血圧、現在喫煙習慣の4つの動脈硬化危険因子の重複数に伴って%FMDの低下が認められた。%FMDを従属変数とした際の重回帰分析の結果は年齢、安静時血管径、中性脂肪値、空腹時血糖値、HbAlc値の関与が有意であることが判明した。

 肥満に関しての研究では超音波を用い腹部正中線上剣状突起下の最小皮下脂肪厚(Smin)と肝臓前部の最大腹膜前脂肪厚(Pmax)の割合Pmax/Sminを測定し、Pmax/Smin≧1で定義される内臓脂肪型肥満(V)群23名とPmax/Smin<1で定義される皮下脂肪型肥満(S)群15名の2群に分類した。V群の%FMDは3.2±0.7%、S群では7.4±0.3%であり、S群に比しV群で%FMDは有意に低下していた(P<0.01)。38名の肥満者において%FMDを従属変数とした際の重回帰分析の結果は、Pmax/Sminのみの関与が有意であることが判明した。

研究2

 血清Estradiol濃度は女性ホルモン補充療法開始3ケ月以降では明らかに上昇していたが、Progesterone濃度は開始以前に比して上昇は認められなかった。

 閉経後女性の%FMDは治療開始前で5.1±0.5%、3ケ月後で6.7±0.6%、6ケ月後で7.4±0.7%、1年後で7.9±0.7%であり、治療開始前に比し6ケ月後、1年後で%FMDは有意に増加していた(それぞれP<0.05、P<0.01)。安静時における血清NOx値は治療開始前に比し6ケ月後、1年後で有意に増加していた。

 女性の月経周期中の測定時期は、月経期(Estradiol、Progesterone共に低値)、排卵期(Estradiol高値、Progesterone低値)、黄体期(Estradiol、Progesterone共に高値)の3点を検討した。その結果Estradiolは排卵前期および黄体期で月経期に比べ有意な高値を示し、Progesteroneは黄体期のみで有意な高値を示した。また正常女性の%FMDは月経周期により変動し、月経期は11.2±0.6%であり、排卵期と黄体期で有意に上昇していた(18.2±0.8%、17.5±0.7%versus月経期P<0.01)。男性の%FMDは10.6±0,8%であり、女性の排卵期、黄体期より有意に小さく、月経期と同程度であった。%NTGも月経周期により変動し、排卵期と黄体期では有意に上昇していたが、その上昇分は%FMDに比べて小さかった。男性の%NTGは女性の排卵期、黄体期より有意に小さく、月経期と同程度であった。

研究3

 総頚動脈IMT測定値は動脈硬化性疾患を有さない群では0.91±0.03mm、動脈硬化性疾患を有する群では1.02±0.04mmと動脈硬化性疾患を有する群で有意な肥厚を認めた(P<0.05)。%FMDは動脈硬化性疾患を有さない群では5.1±0.6%、動脈硬化性疾患を有する群では2.8±0.4%であった。また%NTGは動脈硬化性疾患を有さない群では12.3±0.8%、動脈硬化性疾患を有する群では7.8±0.7%であった。%FMDと%NTGの双方において動脈硬化性疾患を有する群が有意な低値を示した(共にP<0.01)。IMTと%FMD、%NTGとも有意な負の相関を認めた。

 動脈硬化性疾患を有さない群33名においては、IMTと%FMDとは有意な負の相関を認めたが(r=-0.38 P<0.05)、IMTは%NTGとは有意な相関を認めなかった。

 IMTを従属変数とした際の各項目の重回帰分析の結果からはIMTに対して%FMDのみの関与が有意であることが判明した。

結論研究1

 高脂血症、糖尿病、高血圧、現在喫煙習慣の4つの動脈硬化危険因子の重複数に伴って内皮機能の障害が認められ、危険因子の重複が動脈硬化発症に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

 また内臓脂肪型肥満者では内皮機能が障害されており、このことが内臓脂肪型肥満者に動脈硬化性疾患の多いことの原因の一つと考えられた。

研究2

 女性ホルモン補充療法を受けている患者における内皮依存性血管拡張能は改善傾向を認め、治療期間中にその効果の減弱は認められなかった。女性ホルモン補充療法による動脈硬化性疾患の発症抑制には、女性ホルモンの内皮機能改善が関与している可能性が示唆された。

 また内皮依存性血管拡張反応は女性の月経周期により変動し、Estradiol高値の時期に一致して内皮依存性血管拡張反応の増大が認められた。内因性卵巣ホルモンの生理的変動、特にEstradiolが、内皮機能に促進的に影響している可能性が示唆された。

研究3

 動脈硬化性疾患を有する群では明らかな総頚動脈内膜中膜の肥厚と上腕動脈の内皮機能の障害が誌められた。動脈硬化性疾患を有さない群では総頚動脈内膜中膜の肥厚度と上腕動脈の内皮機能には負の相関が認められ、内皮機能障害と動脈硬化初期病変の形成が密接に関連していると考えられた。

 動脈硬化危険因子ならびに動脈硬化初期変化と血管内皮機能との関連を検討し上記の結果を得た。本研究での超音波装置を用いた非侵襲的方法による内皮機能評価は、将来広く臨床応用が可能な検査であると考えられる。

審査要旨

 本研究は超音波装置を用いた非侵襲的方法により、動脈硬化危険因子ならびに動脈硬化初期変化と血管内皮機能との関連を検討し、下記の結果を得ている。

 1.高脂血症、糖尿病、高血圧、現在喫煙習慣の4つの動脈硬化危険因子の重複数に伴って内皮機能の障害が認められ、危険因子の重複が動脈硬化発症に重要な役割を果たしていることが示唆された。また内臓脂肪型肥満者では内皮機能が障害されており、内臓脂肪型肥満者に動脈硬化性疾患発症の多いの原因の一つと示唆された。

 2.女性ホルモン補充療法を受けている患者における内皮機能は改善傾向を認め、治療期間中にその効果の減弱は認められなかった。女性ホルモン補充療法による動脈硬化性疾患の発症抑制には、女性ホルモンの内皮機能改善が関与している可能性が示唆された。また内皮依存性血管拡張反応は女性の月経周期により変動し、Estradiol高値の時期に一致して内皮依存性血管拡張反応の増大が認められた。内因性卵巣ホルモンの生理的変動、特にEstradiolが、内皮機能に促進的に影響している可能性が示唆された。

 3.動脈硬化性疾患を有する群では明らかな総頚動脈内膜中膜複合体の肥厚と上腕動脈の内皮機能の障害の双方が認められた。動脈硬化性疾患を有さない群では総頚動脈内膜中膜複合体の肥厚度と上腕動脈の内皮機能には負の相関が認められ、内皮機能障害と動脈硬化初期病変の形成が密接に関連していると考えられた。

 以上、本研究は動脈硬化危険因子ならびに動脈硬化初期変化と血管内皮機能との関連を検討し上記の結果を得た。本研究での超音波装置を用いた非侵襲的方法による内皮機能評価は、将来広く臨床応用が可能な検査であると考えられる。本論文は、動脈硬化、特にその初期病変と血管内皮機能との関連について新たな知見を加えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54132