学位論文要旨



No 214308
著者(漢字) 細谷,岩生
著者(英字)
著者(カナ) ホソヤ,イワオ
標題(和) マウス初期胚におけるグルコース取り込み能発達の解析および成長因子のグルコース取り込み能への影響
標題(洋)
報告番号 214308
報告番号 乙14308
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14308号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 講師 門脇,孝
内容要旨

 体外受精・胚移植(In vitro fertilization and embryo transfer,IVF-ET)は近年不妊症治療のますます有力な手段となりつつある。体外受精が成功するためには、卵、精子、子宮内膜のいずれもが良好であることが必要であり、その中でも、特に体外培養における初期胚の発育状態が極めて重要である。現在までのところ、IVF-ETの胚移植の際の胚の選択は、形態学的な観察に基づいている。しかし、形態学的に優れた胚であっても妊娠にいたる例は限られており、形態学的所見と卵の質は必ずしも一致しない。また、妊娠率を上げるために複数の胚を戻すために多胎が必然的に増加してしまう。こうしたIVF-ETの問題点を解決するために卵の評価法として、形態学以外のたとえば生化学的な評価法などが求められている。生体における細胞や組織の主要なエネルギー源はグルコースであり、グルコース利用率はその組織或いは細胞の代謝活性を反映すると考えられている。これまでの実験データでは初期胚におけるグルコースの取り込みおよび代謝には変化があり、発育初期ではピルビン酸依存型であるが8細胞期以降にグルコース依存型へと変化すること、また、胞胚よりグルコース取り込みは著増するが、たとえ形態学的には良好な胞胚であってもそのグルコースの取り込みには大きな差があることなどが報告されている。排卵され受精が成立した卵は卵管内で分化発育を続けるが、この過程には様々な成長因子の関与も推定されている。成長因子の中でもよく研究されているものに上皮成長因子(Epidermal growth factor,EGF)がある。EGFは体外培養における未受精卵の成熟を刺激する作用があることが報告されているが、初期胚発育におけるEGFの影響についての報告は少ない。今回単一卵を4lの培養液を用いて培養する微量培養法・測定法を新たに開発し、体内発育および体外発育におけるマウス初期胚のグルコース取込み能の発達を定量的に解析し、次いで、初期胚発育への成長因子の影響をグルコース取り込み能を指標として評価することを試みた。

 6〜8週のB6C3F1雌マウスを過排卵処理した後、同系のオスと交配し、human chorionic gonadotropin(hCG)投与後一定時間毎に卵管ないし子宮を潅流することにより様々な発育段階の卵を回収した。次いで今回開発した微小培養法を用いて、95%airおよび5%CO2,37℃、湿度100%の条件下で、卵一個一個を4lの微小滴中で培養し3H-2-DGを取り込ませ、シンチレーションカウンターにて3H-2-DGの取り込みを計測した。体外培養胚においては、hCG投与40時間後の胚(2細胞期胚)を回収し培養し、これを無作為に分け、培養ディッシュ2mlのmodified Biggers-Whitten-Wittingham(mBWW)中にて培養を続け、12時間毎その一部を用いin vivoの場合と同様にして、卵一個ごとに4lの微小滴中で培養し3H-2-DGを取り込ませた。またin vitroにおけるmBWWに成長因子を各濃度添加し、その後は同様に体外培養した胚における3H-2-DG取り込みを計測した。成長因子としてEGF,transforming growth factor-(TGF-)and (TGF-)などを用いた。

 体内発育の桑実胚での10〜60分間の培養では3H-2-DG取り込みは直線的であり、また3H-2-DGの濃度3.1〜25.1Mでの1時間の培養における桑実胚での3H-2-DG取り込みも濃度依存的であった。そこで、hCG投与後各時間で回収した、様々な発育段階の卵子および胚へのグルコース取り込み実験を、3H-2-DGの濃度を25.1M,培養時間を1時間で行ない、グルコースの取り込みを検討した。未受精卵ではグルコース取り込みは最も低かったが、受精後その取り込みは5.5倍の3.29±0.37fmol(M±SD)に増加し、以後12時間毎のグルコース取り込みは4細胞期胚を除き増加した。特にhCG投与64時間(8細胞期胚)からは76時間(桑実胚)89.9±57.9fmol,88時間(胞胚)396±26fmolとグルコース取り込みは指数関数的に増加し,受精後60時間にてグルコースの取り込みは1細胞期胚の約100倍に著増した。2細胞期で採取し体外培養した胚は体内発育した胚とほぼ同様に12時間毎に分裂し発育した。体外発育胚でのグルコース取り込みも培養24時間後より有意な増加がみられた。しかし体外発育胚のグルコース取り込み能は体内発育胚に比べ有意に低く,胞胚でもグルコース取り込みは116±87fmolと体内発育胚の30%にすぎなかった。また、胞胚形成率は65%であった。しかし形態学的には胞胚期までの体内発育胚,体外培養胚で明らかな差は認めなかった。

 2細胞期胚から48時間体外培養した胚の3分の2は胞胚まで発育した。しかし他の胚はより未熟な発育段階に留まった。すなわち、桑実胚22%;8細胞期胚,5.9%;4細胞期胚、3.9%;2細胞期胚、3.9%であった。さらに、これら発育段階のことなる胚におけるグルコース取り込み能には発育に応じた差が認められた。

 成長因子の初期胚発育およびグルコース取り込み能への影響では、EGFの胞胚形成率は69%(1ng/ml),67%(10ng/ml)と胞胚形成率を改善してはいないものの、胞胚の3H-2-DG取り込みを有意に増加させた。とくにEGF 10ng/ml添加により胞胚の3H-2-DG取り込みは201±85fmolと1.72倍に増加した。しかしEGF添加によってもグルコース取り込み能はin vivoの胞胚の51%に留まった。EGF以外ではTGF-(10ng/ml)の添加で150±52fmolと3H-2-DGの取り込みは有意に増加した。しかし他の成長因子には3H-2-DGの取り込みを有意に増加させるものはなかった。

 単一卵の3H-2-DG取り込み能の微量定量を用いて、個々の卵のグルコース取り込み能には違いがあることと、さらにin vivo,in vitroでの胚発育におけるグルコース取り込みにも違いがあることを示した。この事実は初期胚は形態学的観察のみならず生化学的な分析もその質を評価する上で重要であることを示している。換言すると、形態学的な基準、例えば細胞の分割とか、胞胚形成率、だけでは卵の評価は十分とは言えない。今回、グルコース取り込み能は初期胚発育と共に増加することを示した。受精後は成熟未受精卵と比較し約5.5倍に増加し,8細胞期胚からはさらに増加し,桑実胚からはグルコース取り込みは胚発育にともないexponentialに増加している。こうした変化は初期胚におけるピルビン酸からグルコースへのエネルギー基質の切り替えを反映しているとも考えられる。グルコース取り込みの増加は2細胞期胚からの体外培養胚でも認められたが、体外培養胚おけるグルコース取り込み能は体内発育胚のそれよりも低下していた。両者の胚は形態学的には識別できなかったが、こうしたグルコース取り込み能の解離は、in vivo,in vitroにおける胚発育には胚の質的な差が存在することを示唆するものである。2細胞期胚を48時間培養したときの異なる胚発育段階でのグルコース取り込み能の差異もまた認められた。2細胞期胚より発育しなかった胚のグルコース取り込みは発育した胚より有意に低かった。そこで、グルコース取り込みを定量することで胚発育の培養条件を検定することも可能となる。また培養条件に問題があるのかを決める一つの手段ともなり得る。EGFを添加した48時間の体外培養においては胞胚におけるグルコース取り込みは有意に増加した。従ってEGFは体外培養における胚発育環境を良好にしており、その結果、グルコース取り込み能を増加させることが示唆されるが、EGFが胚発達をどのような機序で促進しているかの詳細はいまだ明らかではない。EGFの添加の有無で胞胚形成率には変化がないので、EGFは初期胚の細胞分裂よりは機能分化に関わっている可能性がある。また、今回開発した微小培養法測定法は様々な物質の卵への取り込み、消費を調べるのに有用な方法と思われる。本研究の結果から、初期胚によるグルコース取り込みは発育に伴ない増加し、また、胚の発育環境により左右される。さらに、体外培養の胚におけるグルコース取り込み能の定量は、様々な成長促進因子の作用評価にも役立つと考えられる。これによりin vivoの培養条件にsimulateする体外培養方法を考案することにもつながるものであり、今回EGFが体外培養系の条件を向上させる可能性もあわせて示した。

審査要旨

 本研究は初期胚の質(viability・生存発育能)の評価を従来の形態学的評価のみならず、機能面からの評価の可能性を追究して、単一卵におけるグルコース取り込み能に着目し、新たに微量培養法・測定法を開発し、3H-2-デオキシグルコースを用いて、マウス初期胚における体内発育胚、体外培養胚での取り込み能を定量し、次いで成長因子添加による取り込み能への影響を検討して、マウス初期胚におけるグルコース取り込み能の発達、および成長因子のグルコース取り込み能への影響についての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.形態学的には同様の卵であっても、個々の卵のグルコース取り込み能には違いがある。従って、形態学的な基準、例えば細胞の分割とか、胞胚形成率だけでは卵の評価は十分とは言えない。

 2.グルコース取り込み能は初期胚発育と共に増加を示した。受精後は成熟未受精卵と比較し約5.5倍に増加するが、本格的に増加するのは8細胞期胚からであり、桑実胚からはグルコース取り込みは胚発育にともないexponentialに増加している。こうした変化は初期胚におけるピルビン酸からグルコースへのエネルギー基質の切り替えを反映していると考えられる。

 3.さらにin vivo,in vitroでの胚発育におけるグルコース取り込みにも違いがある。グルコース取り込みの増加は2細胞期胚からの体外培養胚でも認められたが、体外培養胚おけるグルコース取り込み能は体内発育胚のそれよりも有意に低下していた。両者の胚は形態学的には識別できなかったが、こうしたグルコース取り込み能の解離は、in vivo,invitroにおける胚発育には胚の質的な差が存在することを示唆するものである。

 4.2細胞期胚を48時間培養したときの異なる胚発育段階でのグルコース取り込み能の差異もまた認められた。2細胞期胚より発育しなかった胚のグルコース取り込みは発育した胚より有意に低かった。そこで、グルコース取り込みを定量することで胚発育の培養条件を検定することも可能となる。また培養条件に問題があるのかを決める一つの手段ともなり得る。

 5.EGFを添加した48時間の体外培養においては胞胚におけるグルコース取り込みは有意に増加した。従ってEGFは体外培養における胚発育環境を良好にしており、その結果、グルコース取り込み能を増加させることが示唆されるが、EGFが胚発達をどのような機序で促進しているかの詳細はいまだ明らかではない。EGFの添加の有無で胞胚形成率には変化がないので、EGFは初期胚の細胞分裂よりは機能分化に関わっている可能性がある。

 以上、本論文はマウス初期胚によるグルコース取り込みは発育に伴ない増加し、また、胚の発育環境により左右されることを明らかにした。また、今回開発した微量培養法・測定法は胚の質の評価のみならず、胚の発育環境、成長因子の作用評価にも有用な方法と考えられた。本研究はこれまで未知に等しかった、単一卵微量培養法・測定法による、マウス初期胚におけるグルコース取り込み能の発達機構、および成長因子のグルコース取り込み能への影響の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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