学位論文要旨



No 214309
著者(漢字) 小見山,高士
著者(英字)
著者(カナ) コミヤマ,タカシ
標題(和) 近赤外分光法による運動筋組織無侵襲酸素動態評価
標題(洋)
報告番号 214309
報告番号 乙14309
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14309号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 助教授 山田,信博
内容要旨 緒言

 近年増加している間歇性跛行肢に対する非侵襲的評価法は臨床上重要であるが、従来の安静時足関節血圧測定や跛行距離測定は客観性に乏しかった。近赤外分光法(NIRS)は、近赤外光が生体組織を良好に通過し、ヘモグロビンの酸素化状態によって吸光度が異なることを利用して、近赤外光の生体透過光量変化を測定することにより組織酸素動態を連続的かつ非侵襲的に測定する方法である。そこで跛行肢の無侵襲重症度評価法としてNIRS法の応用を行うため本研究を行った。

 本論文の目的は以下について検討することである。

 (1)NIRS組織酸素動態測定法の間歇性跛行肢に対する客観的重症度評価法としての有用性

 (2)NIRSによる間歇性跛行治療の効果判定

 (3)NIRSによる動物実験モデルでの薬効評価

NIRSによる運動筋組織酸素動態測定法

 NIRS装置および測定部位:近赤外光の吸光度変化からオキシヘモグロビン量(OxyHb)、デオキシヘモグロビン量(DeoHb)の変化を計算アルゴリズム(Tamura式)により算出した。下腿腓腹部内側に送受光プローブを4cm離して装着し後方光散乱測定法により腓腹筋組織の運動時酸素動態を測定した。

 NIRSトレッドミル運動負荷検査:トレッドミル運動負荷装置上にて平地立位安静後に運動開始とし、速度2.4km/h,傾斜12%,最大5分間の運動を行って、歩行終了後に平地立位安静状態にて同複過程を測定した。跛行症状にて歩行不能となった症例はその時点で歩行運動終了とした。

 酸素動態測定による跛行肢の重症度評価:OxyHb・DeoHbの変化より3つのタイプに分類した。

 Type0:運動前および運動中を通じてOxyHbの減少およびDeoHbの増加が見られない正常型

 Type1:運動中にOxyHbが減少しDeoHbが増加するため両者の解離が生じ、運動終了後に両者が逆転し交差する跛行型

 Type2:運動中OxyHb・DeoHbの解離が生じるが、回復期にOxyHbが増加せずなかなか基線に復しない重症跛行型

 また、Type1波形を呈した肢では運動終了時点からOxyHb・DeoHbが再び交差するまでの時間を求め、NIRS回復時間(recovery time,RT)として跛行肢の客観的重症度指標とした。

NIRS組織酸素動態測定法の臨床応用における基礎的検討

 (1)同一患者における再現性の検討:閉塞性動脈硬化症(ASO)患者11例21肢に対して3〜5回のNIRS測定を行った。全77測定中波形パターンが異なったのは2回(2.9%)であった。NIRS回復時間の%標準偏差値は1.4%から37%で、APIおよび最大歩行時間の再現性とほぼ同様であった。

 (2)アルゴリズムの妥当性に関する検討:連続するASO患者17例34肢に行ったNIRS測定をTamura、HommaおよびHosoiの3アルゴリズムで解析し、波形パターンおよび回復時間を比較した。Homma式は、33肢(97%)でTamura式と波形が一致し、RTの相関も高かった(r2=0.998)。Hosoi式とTamura式の波形一致率は65%であり、RTの相関もやや低かった(r2=0.975)。

 (3)NIRS回復時間とAPI回復過程との比較:ASO患者7例13肢を対象として、同条件下に2回のトレッドミル運動負荷検査を行い、RTとAPI回復過程とを比較した。1回目にはRT、2回目には歩行終了1分後,5分後,10分後APIを測定した。RTとAPIの相関は運動10分後(r2=0.76)に最も強く、5分後(r2=0.69)、安静時(r2=0.63)、運動1分後(r2=0.34)の順であった。

NIRSによる間歇性跛行肢の客観的重症度評価(1)重症跛行肢検出におけるAPI測定とNIRS酸素動態測定との比較:

 <歩行時間による分類>ASO患者153症例208肢を5分間歩行を完遂した軽症跛行肢104肢、途中終了となった重症跛行肢104肢に分けた。軽症跛行肢ではType2波形はなく,重症跛行肢ではType0波形はなかった。軽症跛行肢と重症跛行肢との間には年齢に有意差はなかったが、平均APIは軽症肢0.97士0.27、重症肢0.62±0.20と有意差が見られた(p<0.0001)。

 <NIRSによる分類>全208肢をNIRSのタイプ別および歩行時間でType0(30肢)、軽症Type1(74肢)、重症Type1(93肢)、Type2(11肢)の4群に分類した。各群間で年齢には有意差を認めなかった、平均APIは重症Type1・Type2間を除いた他のすべての群間に有意差を認めた(P<005)。

 <RTとAPIの比較>Type1を糖尿病歴で分け、重症行跛肢を検出する際のsensitivityおよびspecificityからROC curveを求めた結果、糖尿病群ではRTのほうがAPIより鋭敏に重症跛肢を検出できた。

(2)糖尿病患者における跛行肢の重症度評価:

 <糖尿病歴による分類>全症例を非糖尿病群119肢と糖尿病群88肢に分け、糖尿病群は病歴が10年未満である糖尿病短期群41肢と10年以上である糖尿病長期群47肢とに分けた。糖尿病短期群の平均年齢は非糖尿病群と比較して有意に低かった(p<0.01)。平均APIは各群間で有意差を認めなかつた

 <NIRSタイプ分類とAPI>平均APIは、正常群では各タイプ間に有意差があったが(P<0.05)、糖尿病群ではType1とType2間に有意差がなかった。

 <糖尿病歴からみたRTとAPIの相関>RTとAPIの相関は、非糖尿病群(p<0.001,r2=0.46)および糖尿病短期群(p<0.001,r2=0.65)では有意だが、糖尿病長期群では有意ではなかった(p=0.278)。

NIRSによる血管内治療の効果判定および再狭窄診断:

 (1) 治療不成功例の検討:腸骨大腿動脈領域の狭窄性病変に対する経皮的血管形成術(PTA)を施行された症例36例38肢を対象として、術前および術後1ヶ月目にNIRS酸素動態測定を施行した。術後1ヶ月目のRTが術前より短縮している症例をPTA成功例、不変または延長した症例を不成功例とした。

 不成功例は4例で、1例は術前Type0であった症例、他の3例は術後RTが延長した症例であった。術後RT延長例のうち1例は解離による再狭窄病変であることが判明し、術後1ヶ月目に再PTAおよびステント留置術を施行された。他の2例は術前はり重度虚血性心疾患が見られた症例であり、1例は術後3ヶ月で心不全のため死亡した。再PTAを施行した症例を除き、他の症例ではいずれも圧や血管撮影上の改善は得られたものの、跛行症状の改善は得られなかった。

 (2) PTA成功後1ヶ月目の検討:成功例32例34肢の術前の平均RTは2.12±1.53分であり、術後RTは0.70±0.96分であった。7肢では術後Type0波形となった。また術前Type2波形を呈した1症例では術後Type0波形となった。平均APIは術前0.74±0.17から術後0.99±0.18へと有意な改善が見られた(p<0.0001)。

 (3) 術後再狭窄例の検出:PTA成功例のうち術後6ヶ月間経過観察した26症例26肢を6ヶ月目の血管撮影で開存群15肢および再狭窄群11肢に分けた。平均年齢は開存群68.1歳,再狭窄群62.5歳と再狭窄群で若干若い傾向が見られた(p=0.0515)。開存群と再狭窄群の間で術前および術後1ヶ月目のRTおよびAPIに有意差はなかった。再狭窄群の術後平均4.0ヶ月目に施行されたNIRS測定では、RT(1.49±0.96分)が術後1ヶ月目(0.55±0.45分)と比べ延長しているが、平均API(0.90±0.17)は術後1ヶ月目(0.94±0.14)と有意差はなかった。術後6ヶ月目の平均APIを術後1ヶ月目と比較したところ、開存群では有意差は見られなかったが、再狭窄群では、0.94±0.14から0.76±0.15へと有意に低下していた(p<0.01)。

NIRSによる間歇性跛行肢に対する薬物治療評価-臨床例での検討-

 (1)予後とRTの検討:間歇性跛行肢に対して薬物治療を行った44症例60肢を、経過観察中に観血的治療へ移行した症例(観血群:32肢)と薬物治療を継続された症例(保存群:28肢)に分けた。両群の平均年齢および投薬前RTおよびAPIには差がなかった。治療前後のRTによりRT延長肢とRT短縮肢に分けたところ、1肢は投薬前後ともType2であり投薬開始3ヶ月後に観血的治療に移行した観血群であった。残りの観血群31肢のうちRT短縮肢は8肢、RT延長肢は23肢であったのに対して、保存群28肢のうちRT短縮肢は23肢、RT延長肢は5肢であり、分割表分析で有意差が見られた(p<0.0001)。

 (2)観察期間の検討:観察期間は、観血群3.0±1.6ヶ月、保存群10.7±10.0ヶ月であり観血群で有意に短かった(p<0.0001)。

 (3)観血群での検討:観血群31肢ではRTは治療前2.67±1.69分から治療後3.21±2.57分へと有意に延長したが(p<0.05)、APIは治療前0.66±0.22から治療後0.66±0.18へと有意な変化を示さなかった。

 (4)保存群での検討:保存群28肢では、RT(治療前3.10±2.04分、治療後2.37±1.58分)およびAPI(治療前0.64±0.17、治療後0.73±0.17)ともに治療前後で有意な改善示した(p<0.01)。

NIRSによる虚血筋に対する薬効評価-動物モデルでの検討-

 目的:虚血肢動物モデルでNIRSにより抗血小板剤の運動虚血筋酸素動態改善作用を評価すること。

対象および方法:

 <対象>12週齢の雄性New Zealand White rabbit45羽を対象として、(A)常食対照群:N=7,(B)高コレステロール食対照群:N=8,(C)常食薬物群;N=9,(D)高コレステロール食薬物群;N=9,(E)正常食採血群;N=5,(F)高コレステロール食採血群;N=7の群に分けた。

 <後肢虚血モデルの作成>右大腿動脈からFogartyカテーテルを右腸骨動脈に挿入し、バルーンを拡張させた後に引き抜いて腸骨動脈擦過障害を作成した後、大腿動脈結紮による右後肢虚血モデルを作成した。

 <薬剤>薬物群では選択的セロトニン2A受容体拮抗物質であるAT-1015(3mg/kg)を、虚血作成翌日から測定当日まで3日間経口投与した。対照群に対しては同様に蒸留水を投与した。

 <NIRS組織酸素動態測定>虚血作成3日後にNIRSプローブを左右腓腹筋に直接当ててNIRS測定を行った。5分間の安静後、座骨神経を毎秒1回電気刺激して下腿筋収縮を2分間生じさせた。その後安静状態で回復期の測定を続けた。NIRS装置はMCPD-2000(大塚電子)を使用し左右同時測定を行った。本装置では組織酸素飽和度(StO2)を算出することができるため、StO2変化曲線から1/2StO2回復時間(T1/2)を求めて筋組織酸素動態の指標とした。

 <血液データ>虚血作成3日後に下大静脈から直接採血し、血漿中遊離セロトニン、トロンボボキサンB2(TXB2)、6-keto PGF1a(PGF1a)、血中コレステロール、血小板数および全血中セロトニンを測定した。

結果:

 <腓腹筋T1/2測定>常食群では薬物群(1.07±0.63分)と対照群(1.65±1.38分)の間に有意差はなかったが、高コレステロール食群では薬物群(2.03±1.19分)と対照群(3.80±1.30分)の間に有意差を認めた(p<0.05)。対照群では、常食群と高コレステロール食群の間に有意差を認めた。いずれの群においても左正常側肢では右虚血肢と比べて有意に短く、かつ群間には差はなかった。

 <血液データ>高コレステロール食群では常食群と比較して、血漿中セロトニン,TXB2,血中コレステロールが有意に高く、全血セロトニンは有意に低かった。6-keto PGF1a、血小板数には有意差はなかった。

総括

 1.NIRS筋酸素動態測定法の再現性は臨床における運動負荷試験としては妥当であった。NIRS回復時間は運動後の足関節圧の回復と相関の強い筋組織血流指標のひとつであると推察された。

 2.NIRS法はAPI測定法より間歇性跛行肢の重症肢検出において鋭敏であり、糖尿病患者でも客観的に重症度を示すことができた。

 3.NIRS法は跛行肢に対する血管内治療後の効果判定および再狭窄診断において従来の圧測定よりも鋭敏な評価法であった。

 4.NIRS法は薬物治療中の跛行肢の重症度変化を捉えることができ、薬効評価法としても適していた。

 5.NIRS法は動物モデルで選択的セロトニン拮抗剤の運動虚血筋組織酸素動態改善作用を評価できた。

結語

 (1)NIRS組織酸素動態測定法は従来の方法とは原理的に異なった新しい非侵襲的検査法であり、間歇性跛行肢の客観的重症度を評価する上で有用である。

 (2)血管内治療後の再狭窄や薬効判定など従来の方法では評価することが困難であった跛行肢の重症度変化をNIRS法は鋭敏に捉えることができる。

 (3)NIRS法は実験動物モデルにおいても臨床例と同じ測定法により運動筋酸素動態測定を行うことができる評価法である。

審査要旨

 本研究は閉塞性動脈硬化症患者における間歇性跛行症状の重症度を客観的に評価するため、近赤外分光法(NIRS)を応用し運動中筋組織酸素動態測定を無侵襲的に行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.NIRS法をトレッドミル運動負荷検査と併用して運動筋組織酸素動態測定法を考案し、運動中の腓腹筋虚血を測定することにより、跛行肢の重症度を3つのタイプに分類した。また、運動後の回復過程より算出したNIRS回復時間をパラメータとして客観的重症度指標とした。

 2.同一患者における再現性の検討、演算アルゴリズムの検討および運動後足関節上腕血圧比(API)との比較検討を行うことにより、NIRS回復時間の再現性が臨床における運動負荷検査としては満足できるものであること、動脈閉塞性疾患におけるNIRSトレッドミル運動負荷検査ではTamura式がアルゴリズムとして適当であること、およびNIRS回復時間が運動後の足関節血圧の回復と相関の強い新しい筋組織血流指標のひとつであることが示された。

 3.閉塞性動脈硬化症患者153例208肢の検討により、NIRS法はAPI測定法より間歇性跛行肢の重症度検出において鋭敏な方法であり、糖尿病患者においてもより客観的に重症度を示すことができることを示した。

 4.NIRSによる血管内治療の効果判定および再狭窄診断の検討により、従来の圧測定よりも術後の再狭窄診断を鋭敏に行うことができ、かつ繰り返し施行可能な非侵襲的検査法であることが示された。

 5.NIRSによる間歇性跛行肢に対する薬物治療の効果判定の検討により、従来の方法では捉えがたかった薬物治療中の肢の重症度変化を捉えることができる方法であり、間歇性跛行肢に対する薬効評価の際にし適した方法であることが示された。

 6.動物モデルにおける虚血筋に対する薬効評価の検討により、抗血小板剤の一種である選択的セロトニン受容体拮抗薬AT-1015が虚血後の運動筋組織酸素動態を改善することが示され、NIRS法が動物実験モデルでも応用可能であることが示された。

 以上、本論文は近赤外分光法による運動筋組織無侵襲酸素動態評価法を臨床例に応用し、間歇性跛行肢の客観的重症度評価法および血管内治療や薬物治療における効果判定法として確立させた。また実験動物モデルにおいて臨床例と同じ方法により運動筋酸素動態測定を行い得たことにより、跛行肢に対する薬物の開発や臨床応用を、進める上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク