学位論文要旨



No 214311
著者(漢字) 畠山,卓弥
著者(英字)
著者(カナ) ハタケヤマ,タクヤ
標題(和) 腹部大動脈瘤の3次元画像診断
標題(洋)
報告番号 214311
報告番号 乙14311
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14311号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 助教授 小塚,裕
内容要旨 はじめに

 腹部大動脈瘤(AAA)の自然史については未知の部分が多く、瘤の拡張や破裂に関与する危険因子についても確立された知見はみとめられない。最近、新たな画像診断法として3次元画像が臨床の場に導入されつつある。本研究は臨床例で腹部大動脈瘤の3次元画像を検討し、1)3次元画像と実際の形態との比較、2)3次元形態の分類、3)3次元画像に特有な所見のまとめを行い、腹部大動脈瘤の3次元画像診断から得られるデータとその他の臨床データを総合し瘤の拡張や破裂に関与する危険因子について検討することを目的とした。

方法1

 1980年1月から1997年12月まで18年間に当科を受診した動脈硬化性腹部大動脈瘤患者のうちコンビューターによる3次元再構築に必要な以下の条件を満たす例を対象患者とした。1)腎動脈分岐部大動脈から腸骨動脈分岐部までの画像を含む2)造影CTである3)検査中のスライス間隔は0.5〜1.5cmである4)CTのスライス間隔は一定で、写真にスケールが示されている5)検査中体動をみとめない。3次元再構築には、ソフトウェアとして市販の"OZ"(Rise社、埼玉)、ハードウェアとしては"Bild/3D"(コンピュータービルド社、東京)を使用した。本法による3次元再構築はマウスによるマニュアル入力によるものであり、これによる実際のAAAとの形態上の誤差およびsoftwareによる計算値と実測値との誤差を検証した。つきにすべての対象患者について透視モードを含めたAAAの3次元形態の観察からその特徴をまとめるとともに瘤型の分類を試みた。経時的的なAAAの3次元再構築像がえられた例では3次元形態の経時的変化を観察した。

方法2

 AAAの拡張と破裂に関与する因子を検討した。拡張の数量的指標として最大瘤横径の拡張速度(EX-D)(cm/ycar)と瘤体積の拡張速度(EX-V)(cm3/ycar)を用いた。上記の対象患者のうち6ヶ月以上の間隔で2回以上CT検査をうけている症例を対象とした。まず対象患者のカルテより身体所見、併存疾患、既往歴、家族歴、血液検査値など36項目の臨床データを集めた。次にAAAの3次元形態を検討し上記の検討から得られたAAAの3次元形態の分類による瘤型、大動脈蛇行の分類による蛇行形態を調べた。また透現モードの3次元再構築像で瘤の壁在血栓の量について調べた。3次元再構築像の数量データとして、腎動脈下大動脈の横径、最大瘤横径、縦径のほか、本softwareにより瘤の体積、瘤の表面積、断面積を算出した。また3次元形態の分類の数量的表現として最大瘤横径と縦径の比(T/L)、最大瘤横径と腎動脈下大動脈横径の比(ROD)も計算した。以上のデータのうちAAAの拡張と破裂に関与する因子を重回帰分析および判別分析によりもとめた。

結果

 手術所見や瘤切除固定後の病理標本でみた瘤の形態とAAAの3次元再構築像との比較により後者が実際の形態を忠実に再現していることが確認された。透視モードの3次元再構築像でみた血液腔は血管造影所見と酷似していた。また瘤の粘土模型の体積の実測値と計算値との間に有意差を認めなかったことから、本softwareによる計算値の信頼性が確認された。以上の予備検証をふまえて、以下のように3次元再構築像によるAAAの形態学的検討をすすめた。

 対象患者の条件を満たしたのは173例であった。AAAの形態は3次元的に蛇行および拡張の2つの要素からなると考えられた。大動脈の蛇行は80.8%にみられ、蛇行様式としては腎動脈下大動脈が左側に凸で右方に曲がる右弯曲型(56.9%)と、右側に凸で左方に曲がる左弯曲型(43.1%)がみられた。拡張様式は、球型(15.6%)、紡錘型(69.4%)、双球型(9.8%)、分岐部型(5.2%)の4型に分類された。

 瘤の形態が蛇行と拡張の2要素を組み合わせた複雑なものであるのと対照的に、透視モードの3次元再構築像でみた血液腔は比較的なめらかで直線的な走行を示すことが多かった。換言すれば瘤の壁在血栓はなめらかで直線的な血液腔を残すように付着していた。また69.9%で中等量以上の壁在血栓がみられており、こうした例では血管造影では瘤の長軸方向の進展度が同定できないが透視モードの3次元再構築像では瘤の長軸方向の進展度と血液腔の関係が正確に同定できた。AAAの3次元形態の経時的変化として、相似的拡張、瘤の部位による拡張の不均等性、壁在血栓の量の増加などが観察された。

結果2

 対象患者の条件を満たした症例は39人であった。EX-D、EX-Vのそれぞれの平均値士標準偏差は0.31±0.29cm/year、25.0±28.7cm3/ycarであった。最大瘤横径拡張速度は瘤断面積、喫煙の有無、蛇行様式を用いた重回帰式により決定係数0.713,p=0、0004の高い信頼度で予測可能なことがわかった。体積拡張速度は瘤体積、BUNを用いた重回帰式により決定係数0.876,p<0.0001の高い信頼度で予測可能なことがわかった。瘤の破裂は最大瘤横径拡張速度、拡張期血圧、T/Lを用いた判別式で判別的中率95.8%、相関比0.623で予測が可能であった。

考察

 AAAの3次元再構築像による形態学的評価および数量的評価の妥当性が確認された。AAAの3次元形態の大きな特徴として蛇行と拡張の2要素を複合した多様性があげられる。拡張の形態は球型、紡錘型、双球型、分岐部型の4種類に大きく分類され、このほかに瘤壁の限局性突出も確認された。経時的に瘤壁の部位による拡張の不均一性がみられていることなどから、こうした肉眼形態は大動脈壁の変性の様式の相違を表しているものと考えられた。

 AAAの3次元形態のもうひとつの特徴は多様な瘤の形態と対照的な比較的直線的でなめらかな血液腔の走行(血流)があげられた。このことは壁在血栓の付着が血流または血行動態の影響を強く受けていることを示唆するものと考えられた。また3次元再構築透視像により近位の瘤頚部の長さが容易に測定可能となるため血管内グラフト置換術の際にも有力な診断法となりうることが明らかになった。

 AAAの拡張の予測因子は最大瘤横径の拡張については瘤断面積、喫煙、蛇行様式の3因子で、瘤体積の拡張については瘤体積、BUNの2因子であった。また破裂の予測因子としては最大瘤横径の拡張速度、拡張期血圧、瘤の横径縦径比の3因子が明らかになった。現在瘤の計測で唯一重視されている量大瘤横径が瘤の周方向の拡張を表しているのにたいして、瘤の横径縦径比は瘤の長軸方向の拡張の程度を表しており瘤破裂の有力な予測因子のひとつであったことから今後の瘤の計測に必要と考えられた。

結語

 1.AAAの3次元再構築像による形態学的評価および数量的評価の妥当性が確認された。

 2.AAAの3次元形態は蛇行と拡張の2要素を複合した多様なものであった。

 3.蛇行様式は右弯曲型と左弯曲型にわけられた。

 4.拡張様式は球型、紡錘型、双球型、分岐部型の4種類に分類された。

 5.大動脈の弯曲が少ない例ではAAAの3次元再構築像は瘤壁の限局性突出の認識に有用であった。

 6.AAAの血液腔の走行(血流)は3次元的に直線的でなめらかであった。

 7.AAAの拡張の予測因子は最大瘤横径の拡張については瘤断面積、喫煙、蛇行様式の3因子で、瘤体積の拡張については瘤体積、BUNの2因子であった。

 8.瘤破裂の予測因子は最大瘤横径の拡張速度、拡張期血圧、瘤の横径縦径比の3因子であった。

 9.瘤の横径縦径比は瘤の長軸方向の拡張の程度を表しており瘤破裂の有力な予測因子のひとつであったことから今後の瘤の計測に必要と考えられた。

審査要旨

 本研究はこれまで予測困難であった腹部大動脈瘤(AAA)の拡張や破裂に関与する因子を明らかにすることを主な目的としており、まずコンピューターを用いた3次元再構築法により瘤の3次元形態の検討を行い、得られた3次元のデータを含めた臨床データの解析から以下のような結果を得ている。

 1.コンピューターを用いた3次元再構築法により実際のAAAの形態を忠実に描出できることが明らかになった。現在臨床的に利用可能な3次元画像診断法で得られるのは瘤の血液腔の3次元像であるため、80%に壁在血栓を伴うAAAでは瘤の全体像(瘤壁)の描出は難しい。3次元再構築法は現時点でAAAの全体像(瘤壁)の3次元形態を評価できる唯一の方法といえる。

 2.AAAの3次元形態を検討した結果、きわめて多様であることがわかった。さらにこの多様性も、蛇行と拡張の2要素と限局性の突出の有無にわけることにより比較的簡潔な分類が可能であることも明らかになった。

 3.蛇行は左弯曲型と右弯曲型の2種類に分類され、拡張様式は球型、紡錘型、双球型、分岐部型の4種類に分類された。実際のAAAは基本的にこれらの蛇行と拡張様式の組み合わせに、瘤壁の限局性の突出が加わり多様な形態を示していると考えられた。

 4.瘤壁の限局性突出は破裂例に有意に多く認められた。大動脈の弯曲が少ない例では、AAAの3次元再構築像によりこの瘤壁の限局性突出が容易に認識できた。

 5.AAAの拡張は従来、横径の拡張として評価されてきたが、このほかに3次元の瘤全体の定量的評価として妥当と考えられた瘤の体積の拡張についても検討を行った。その結果、最大瘤横径拡張速度(EX-D cm/ycar)の予測式として、瘤断面積(X cm2)、喫煙の有無(Y=1:喫煙、Y=0:非喫煙)、蛇行様式(Z=1:右弯曲型、Z=0:左弯曲型)の組み合わせによる重回帰式

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 の決定係数、重相関係数が最も高値を示し、P値からみてもっとも信頼度が高いことがわかった。また瘤体積拡張速度の予測式としては、瘤体積(X cm3)、BUN(Y mg/dl)を用いた重回帰式

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 の決定係数、重相関係数が最も高値を示し、P値からみてもっとも信頼度が高いことがわかった。

 6.AAAの破裂については、拡張期血圧(X mmHg)、最大瘤横径拡張速度(Y cm/ycar)、最大瘤横径と瘤縦経の比(Z)の組み合わせによる判別式

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 の判別的中率と相関比が最も高く、P値からみて最も信頼性の高い予測が可能なことが明らかになった。

 以上、本論文はAAAの3次元形態の解析を初めて行い、そこで得られる計測値や形態上の特徴によりこれまで困難であったAAAの拡張や破裂の予測が高い精度で可能なことを明らかにした。以上の新しい知見はAAAの手術適応を決める際の新たな指針になりうるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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