本研究は外科侵襲時の宿主防御能に及ぼす成長ホルモン(growth hormone;GH)およびインスリン様成長因子-I(insulin-like growth factor I;IGF-I)の効果を明らかにするため、GHとIGF-Iの、E.coli腹膜炎時の宿主防御能に及ぼす効果、マウス腹腔内浸出細胞およびヒト末梢血好中球の殺菌能とそれに関わる機能に及ぼす効果、周術期患者の感染防御能に関わる好中球および単球、リンパ球機能に及ぼす効果の検討を行い、下記の結果を得ている。 1.マウスE.coli腹膜炎モデルにおけるGHとIGF-Iの前投与効果の検討では、GHおよびIGF-I投与は、生食投与に比べE.coli腹膜炎マウスの生存時間を延長させた。さらに、GHおよびIGF-I投与は、腹腔内浸出細胞数を増加させ、腹腔内と肝の生菌数を減少させた。また、GHおよびIGF-I投与は、殺菌能に重要な腹腔内浸出細胞のin vitro LPS刺激下のIL-1やIL-6産生を増加させ、侵襲局所である腹腔内のTNFおよびIL-1、IL-6濃度を維持した。一方、GHおよびIGF-I投与は、臓器障害を引きおこすとされる末梢血中の過剰なTNFやIL-1、IL-6濃度の上昇を抑制した。このように、GHやIGF-Iには、腹腔内浸出細胞数を増加させ、炎症性サイトカインの産生を炎症局所で増強または維持する一方、全身末梢血では抑制する効果があることが判明した。 2.同じマウスE.coli腹膜炎モデルにおいて、GHやIGF-I投与により増加する腹腔内浸出細胞の種類を同定し、さらにその増加の機序と、その腹腔内殺菌における役割を、オプソニンレセプター発現に焦点を当てて検討した。その結果、GHおよびIGF-I投与は、E.coli腹膜炎時の腹腔内浸出好中球数を増加させた。とくにGH投与群では生食投与群に比べ、腹腔内生菌数の減少とともに腹腔内浸出好中球のCD11b発現が高まっていた。このCD11b発現の増加は、GH投与群での好中球の腹腔内浸出増加と貪食能や殺菌能の増強に関与していると考えられた。一方、GH投与は末稍血好中球のCD11b発現増加は来さなかったことから、その不必要な活性化は惹起しなかったと考えられた。すなわちGH投与は、腹腔内局所での好中球による効率的な殺菌をもたらす一方、好中球による全身重要臓器障害を招かない点で、重症腹膜炎の宿主防御に極めて有利であると考えられた。 3.GHやIGF-Iを投与した動物の血漿や、GHおよびIGF-I自体が、腹腔内浸出細胞の殺菌能を増強する可能性を検討した。その結果、GHおよびIGF-I投与マウスの血漿は、腹腔内浸出細胞のE.coli殺菌能を増強することが明らかになった。また、GHとIGF-Iは、直接的にin vitroで腹腔内浸出細胞のE.coli殺菌能を増強することも示された。 4.GHおよびIGF-Iの健常成人好中球殺菌能に及ぼす効果を検討した結果、GHとIGF-Iは、健常成人末梢血好中球のE.coli殺菌能をin vitroで増強することが明らかとなった。この機序には、両ホルモンによる貪食能や活性酸素産生能増強作用が関与しており、加えてGHによる好中球寿命延長作用や、IGF-Iの補体レセプタ-CD11b発現増強作用も関与していることが示唆された。 5.周術期患者の感染防御能に関わる未梢血好中球および単球、リンパ球機能に及ぼす、GHとIGF-Iのin vitroの効果を検討した。その結果、GHとIGF-Iは、ともに周術期好中球の貪食能、好中球と単球の活性酸素産生能、単球のHLA-DR発現を増強した。さらに、IGF-Iは単球の貪食能、TNF産生能、TNFR発現を増強し、GHはリンパ球のIFN産生能を増強した。これらのGHやIGF-Iの作用は、とくに術前低栄養症例や高侵襲手術後、高度炎症例に顕著にみられ、このような症例や病態におけるGHおよびIGF-Iの投与が、術後の感染防御能増強に有効であると考えられた。 以上、本論文は外科侵襲下におけるGHおよびIGF-Iの宿主防御能増強効果をin vitroおよびin vivoにて示したものであり、とくに術後感染性合併症発症のリスクが高い患者に対する、術前からの子防的GHおよびIGF-I投与が、周術期の宿主防御能を高め、感染性合併症の予防と重篤化防止に有効である可能性を示した。本研究は、外科侵襲時の宿主防御能増強対策の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |