メトアンフェタミン及びメチルフェニデートは共に、piperidine由来の構造的に類似した化合物であり、主作用である中枢神経刺激効果のほかに、心筋に対して間接的陽性変力作用及び直接的陰性変力作用を持っていることが知られている。どちらの薬物も習慣性、覚醒作用をもつことから、近年乱用が問題となっていたが、哺乳類動物の心筋への影響に関する報告はこれまでなかった。この研究では哺乳類動物であるフェレットの摘出乳頭筋を用いてメトアンフェタミン及びメチルフェニデートの主として直接的陰性変力作用の細胞メカニズムを解明、比較することを目的とした。 〔実験方法〕クロロフォルム深麻酔下に雄のフェレット(生後12-14週、体重800-1200g)の心臓を摘出し、直径1mm以下の円錐状の乳頭筋(n=44)を右室から選んで切除、基部をホルダーに挾み、腱索側を糸で結びトランスデューサに接続した。それぞれの乳頭筋は、生理的電解質溶液(変法クレブス液)で満たした組織バスに浸し、二酸化炭素5%含有混合ガスにて酸素化し、溶液のpHが7.4となるようにした。各々筋肉は、ホルダーの基部に付属したプラチナ製点状電極を通じて、収縮のおこる閾値電圧より10%高い電圧で、0.33Hzの間隔で刺激し、電気刺激による交感神経終末からの内因性アドレナリン作動性物質の放出が最小限になるようにした。次に筋肉を段階的に仲長し、発生張力が最大になる長さ(Lmax)にて固定した。張力が安定した時点で、メトアンフェタミン又はメチルフェニデート (10-8〜10-3M)を段階的に濃度を増加し、ベータアドレナリン作動性遮断薬であるプロプラノロール(6×10-7 M)の存在下、非存在下で等尺張力を測定し、用量-反応関係を調べた。 一部の乳頭筋(n=12)には生体ルミネセンスのカルシウム指標である、アクオリンをガラス製微小ピペットを用いて表層の細胞に加圧注入した。細胞内に取り込まれたアクオリンが細胞内カルシウム濃度に応じて放出する光子を、Blinksによってデザインされた専用の集光器を用いて集光し、高圧下に増幅器で電流に変換し、これをオシロスコープに表示した。信号/ノイズ比によっては、効果の安定したところで60-300回の信号を平均し、ノイズ成分を相殺してカルシウムの信号を処理する必要があった。細胞内カルシウム濃度の信号は発生張力と共に磁気テープ及び連続紙に記録した。 さらに、メトアンフェタミンの直接的陰性変力作用のメカニズムを調べるため、レセルピン(lmg/kg)を実験の24時間前に動物に筋注し、神経終末からの内因性アドレナリン作動性物質を予め枯渇させたのちに、イソプロテレノール(ISO:10-9-10-5M,n=8)、ヒスタミン(10-8-10-4M,n=8)、及びカルシウム(0.7-8mM;n=9)の用量-反応関係をそれぞれ、高濃度メトアンフェタミン(2×10-4M・直接的陰性変力作用が顕著な濃度)の存在下、非存在下で調べた。レセルピンの効果判定のため、刺激電圧を増加しても発生張力が増加しないことを確認し、張力増加が見られなかったもののみを実験に使用した。 メトアンフェタミンとメチルフェニデートについて、それぞれ、筋収縮の時間経過を分析し、刺激から最大張力発生までの時間(Tp)と、最大張力発生時から最大発生張力の10%になるまでの時間(T90)を算出し、用量に応じてどのように変化するかを調べた。 メチルフェニデートについては、メトアンフェタミンと同様に、直接的険性変力作用が観察されたが、前者との構造上の類似から、レセルピンによる実験は行わなかった。 〔結果及び考察〕メトアンフェタミン(MA)及びメチルフェニデート(MPD)共に、低濃度(1×10-5M以下)では用量依存性に陽性変力作用を示し、高濃度(1×10-4M以上)では陰性変力作用を示した。尚、等濃度で比較すると、陽性変力作用はメトアンフェタミンの方が強く、また、陰性変力作用は、メチルフェニデートの方が顕著であった。両薬剤共にプロプラノロール(6×10-7M)の存在下では、陽性変力作用は顕著に抑制され、高濃度における陰性変力作用が著明になった(図1、2)。レセルピンを用いて内因性交感神経作動物質を枯渇させた群では、低濃度での陽性変力作用は見られず、高濃度(1×10-4M以上)で、陰性変力作用が見られた(図1)。これより低濃度での陽性変力作用は間接的であり、陰性変力作用はは直接的であることが示唆された。 図表図1 MAの容量反応関係 / 図2 MPDの容量反応関係 メトアンフェタミン(2×10-4M)の存在下に用量反応関係の影響(図3)では、統計的には有意ではなかったが、カルシウムの傾きは上昇し,その他のヒスタミン、及びイソプロテレノールの最大効果は増加していたことから、この濃度でのメトアンフェタミンには、カルシウムに対する感受性を増加している可能性が示唆された。一方、最大発生張力増加分で、発生張力の増加分を標準化した、用量-効果関係においては、カルシウム、ヒスタミンでは著明な影響を受けなかったが(図4-a,b)、イソプロテレノールの用量-反応曲線で、効果発現の濃度が高濃度に偏位したが、最大効果発生濃度には差を生じなかったため、傾きに差を生じた(図4-c)。これより、メトアンフェタミンの直接陰性変力作用には、ベータ・アドレナリン作動性受容体を今する経路で、受容体からの活性化刺激を伝えろG蛋白等に影響を与えて、受容体の協調性を変化させている可能性も示唆された。 アクオリンを用いた実験より、細胞内カルシウム濃度も張力に平行して増加していた(図5)。これからも陽性変力作用は、内因性のカテコラミンの放出によるものと考えても矛盾はない。高濃度での陰性変力作用は、カルシウム濃度も張力とともに減少していたことから、非特異的なカルシウムの阻害による可能性も考えられた。 図表図3 カルシウム(a),ヒスタミン(b)、イソプロテレノール(iso:c)の用量反応関係に対する、メトアンフェタミン(MA:2×10-4M)の及ぼす影響 / 図4 カルシウム(a),ヒスタミン(b)、イソプロテレノール(c)の用量効果関係に対する、メトアンフェタミン(MA:2×10-4M)の及ぼす影響 / 図5 メトアンフェタミンとメチルフェニデートの発生張力とカルシウム・シグナルの代表的な例 筋収縮の時間経過の分析より、メトアンフェタミン、メチルフェニデートともに、用量依存性に弛緩にかかる時間(T90)が短縮する傾向にあったが、高濃度(10-3M)では逆に延長する傾向にあり(図6、7)、高濃度では、心筋線維のカルシウム感受性が増加している可能性が合わせて示唆された。 図表図6メトアンフェタミンの筋収縮の時間経過 / 図7 メチルフェニデートの筋収縮の時間経過 〔まとめ〕メトアンフェタミン及びメチルフェニデートは、通常の使用量では間接的な陽性変力作用が問題となるが、交感神経遮断薬使用時、あるいは交感神経作動物賞が枯渇した状況では、臨床的に使用される濃度でも乱用された場合の濃度においてと同様、直接的陰性変力作用が重要になりうる。過量服薬による中毒の際に生じうる心筋抑制は、メチルフェニデートにおいては、交感神経刺激作用が弱い分、顕著に現れる可能性がある。 高濃度においては、陰性変力作用の他にも、直接陽性変力作用がある可能性があり、これは心筋線維のカルシウム感受性増加による可能性が示唆された。 陰性変力作用のメカニズムとしては、ベータアドレナリン作働性受容体に影響を及ぼしていることのほか、非特異的にカルシウムを阻害している可能性も否定できない。 臨床的意義として、これらの薬剤により心筋抑制が生じた際は、ベータ・アドレナリン作動性薬物を用いて拮抗するより、アデニレート・シクラーゼの直接的活性薬や、それ以下の経路に直接作用する薬物を使用する方が治療に有効であることが示唆された。 |