学位論文要旨



No 214316
著者(漢字) 相良,洋
著者(英字)
著者(カナ) サガラ,ヒロシ
標題(和) 脊椎動物網膜色素上皮細胞の小胞体関連蛋白質の研究 : 単クローン抗体法を用いた分子細胞生物学的解析
標題(洋)
報告番号 214316
報告番号 乙14316
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14316号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 勝木,元也
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 和泉,孝志
 東京大学 講師 山下,英俊
内容要旨 緒言

 網膜色素上皮(RPE)は神経網膜と脈絡膜血管の間に位置する単層の上皮で、Vitamin Aの代謝・貯蔵、視細胞外節の貪食、神経網膜-脈絡膜間の代謝産物の輸送、血液網膜関門など、視機能の維持に重要な役割を果たしている。形態学的にはRPE細胞はその細胞表面において、長い頂部細胞質突起、よく発達した基底部陥凹などの特徴をもち、細胞質内には滑面小胞体が非常に発達している。これらの形態はRPE細胞の機能に密接に関連し、その機能発現にともない形態分化が誘導されると予想される。本研究ではこれらのRPE細胞の形態と機能との関連を追及する目的で、RPE細胞の特定の構造上に局在する蛋白質分子を単クローン抗体法により抽出し、免疫電子顕微鏡法によりその細胞内局在を解析するとともに、脊椎動物全綱を視野にいれた多くの動物種における免疫組織化学的解析によりその機能を推定した。また、cDNAクローニングによる、蛋白質の1次構造の決定を試みた。

材料と方法1.単クローン抗体の作成

 ニワトリおよびウシの眼球より単離したRPE細胞をマウス腹腔内に投与することにより抗原刺激を行った。抗体価の上昇を確認した後、脾細胞を採取し、マウスミエローマ細胞と融合させハイブリドーマを作成した。RPE細胞の特定の構造上に局在する蛋白質分子を認識する抗体を選別するため、網膜の凍結切片を用いた蛍光抗体法によりハイブリドーマをスクリーニングし、限界希釈法によりクローニングをおこなった。クローン化したハイブリドーマを成熟マウスの腹腔内に投与し、その腹水より単クローン抗体を精製し以後の実験に使用した。

2.免疫組織化学

 (1)蛍光抗体法:ニワトリ、ウシの眼球および全身の各組織、また、脊椎動物全綱(軟骨魚類を除く)にわたる種の動物の眼球を4%ホルムアルデヒドを含む0.1Mリン酸緩衝固定液で固定し、約8m厚の凍結切片を作成した。1次抗体として精製単クローン抗体、2次抗体としてFITC標識抗マウスIgGを用いて免疫染色し、蛍光顕微鏡で観察した。

 (2)酵素抗体法:RPE細胞周辺に自家蛍光をもつ動物においては、その眼球を蛍光抗体法と同様に固定、薄切、1次抗体の反応を行った後、2次抗体としてHRP標識抗マウスIgGを用い、ジアミノベンチジン(DAB)反応による発色ののち、通常の光学顕微鏡で観察した。

 (3)免疫電子顕微鏡法:ニワトリ網膜を0.1%glutaraldehyde,4% formaldehydeを含むリン酸緩衝固定液で固定後、ビブラトームで約40m厚の切片を作成し、精製単クローン抗体およびHRP標識2次抗体を用いて免疫染色した。1% glutaraldehydeを含む固定液で追加固定した後、DAB反応による発色をおこない、オスミウム酸後固定、脱水、エポン樹脂包埋をおこない、超薄切片を作成し透過型電子顕微鏡にて観察した。

3.イムノブロット解析

 ニワトリRPE細胞を単離し、トリス緩衝液中でホモゲナイズした後、核分画をのぞいた総蛋白質をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動により展開し、ニトロセルロース膜に転写した。転写した蛋白質は精製単クローン抗体およびアルカリフォスファターゼ標識2次抗体と反応させ、BCIP/NBTを発色基質として検出した。

4.cDNAクローニング

 (1)cDNAライブラリーの作製:単離したニワトリRPE細胞より、グアニジンチオシアネート法によりtotal RNAを抽出し、オリゴ(dT)-セファロースカラムを用いてpoly(A)+RNAを調製した。得られたpoly(A)+RNAより、市販のキットを用いてcDNAを合成し、発現ベクターgt11に組み込みcDNAライブラリーを作製した。

 (2)クローニング:(1)で作製したファージcDNAライブラリーを大腸菌Y1090に感染させて蛋白質を発現させ、ニトロセルロース膜に転写した後、精製単クローン抗体およびアルカリフォスファターゼ標識2次抗体を用いてスクリーニングをおこなった。陽性クローンのcDNAをpBluescriptベクターにサブクローニングし、ジデオキシ法により塩基配列を決定した。さらに、得られたクローンcDNAをプローブとしてハイブリダイゼーション法により同じライブラリーをスクリーニングし、open reading frame(ORF)全長の塩基配列を決定した。

 (3)ノーザンブロット解析:ニワトリRPEおよび神経網膜よりtotal RNAを抽出し、アガロースゲル電気泳動の後、ナイロンメンブレンに転写し、32P-dCTP標識したクローンcDNAをプローブとしてハイブリダイゼーションをおこなった。反応の検出にはイメージアナライザーを用いた。

 (4)培養線維芽細胞への遺伝子導入:完全長のORFを含むクローンcDNAを発現ベクターに組み込み、リポフェクション法により培養線維芽細胞に導入し、強制発現させた。2日間培養の後、蛍光抗体法により発現蛋白質の反応性を検討した。

結果1.単クローン抗体の作製

 網膜の凍結切片の蛍光抗体法によるスクリーニングにより、様々な染色パターンを示す数種の単クローン抗体を得た。得られた抗体のうちニワトリRPE細胞を免疫原とした2種の抗体、S5D8、S5H8、および、ウシRPE細胞を免疫原とした1種、Y3HはいずれもRPE細胞のみを認識し、さらに他の数種の動物のRPEをも認識した。このような組織特異性が高く、種特異性の低い抗体はRPE細胞の特異的機能を探るよい指標になると考え、その認識抗原について解析をおこなった。

2.抗原蛋白質の局在

 蛍光抗体法では、S5D8・S5H8・Y3HはいずれもRPE細胞の細胞質を顆粒状に強く染色した。免疫電子顕微鏡法では、RPE細胞内に豊富に存在する滑面小胞体に反応産物が認められ、他の細胞内小器官および、細胞質には反応はみとめられなかった。

3.イムノブロット解析

 S5D8、S5H8、Y3Hの3種の抗体は、SDS電気泳動により分離したRPE細胞の総蛋白質において、いずれも約63kDの単一の蛋白質を認識した。

4.発生学的解析

 ニワトリ網膜の発生過程において、抗原蛋白質は視細胞外節の分化が始まる、孵卵15日目より眼球後極部のRPE細胞で発現が認められた。発生が進むにつれて発現部域が広がるとともに発現量も増加し、孵化後10日で鋸状縁部のRPE細胞に達した。以後発現部域は広がらず、成鶏においても毛様体および虹彩の色素上皮細胞には発現が認められなかった。

6.他の動物種における単クローン抗体の反応性

 これら3種の単クローン抗体を用いて、脊椎動物全綱(軟骨魚類を除く)の動物における抗原蛋白質の発現を免疫組織化学的に検索した結果、単クローン抗体Y3Hはヤツメウナギを除いて、検索したすべての動物の網膜色素上皮細胞と反応した。S5H8は哺乳類、鳥類、爬虫類の網膜色素上皮細胞とは反応したが、両生類、魚類においては反応が認められなかった。S5D8は動物種により反応性が異なり、特にビタミンA1を視物質の発色団として用いる動物において反応し、ビタミンA2を用いる動物においては反応しない傾向がみられた。

6.cDNA解析

 発現スクリーニングにより数種の陽性クローンが得られ、これらはすべて同じ蛋白質をコードしていた。ハイブリダイゼーションスクリーニングにより、ORF全長を含むクローンが得られた。得られたcDNAクローンは全長2510bpで、1602bpのORFを含んでいた。塩基配列より予想されるアミノ酸配列は、残基数533、分子量60.9kDであり、シグナルペプタイド、膜貫通部位は存在しなかった。また、現在までに知られている機能モチーフとの相同配列も存在しなかった。培養線維芽細胞にこの遺伝子を導入し強制発現させると、発現した蛋白質は3種の単クローン抗体すべてにより認識された。

 ホモロジー検索によると、得られたcDNAによりコードされる蛋白質のアミノ酸配列はウシ、ヒト、およびラットの網膜色素上皮細胞特異的蛋白質、RPE65と高い相同性を示し、本研究で得られたcDNAのコードする蛋白質はニワトリにおけるRPE65の相同蛋白質であることが判明した。

考察

 網膜色素上皮細胞はその網膜内における機能の重要性により多くの研究の対象となっている。本研究と同様の手法によるRPE細胞に対する単クローン抗体の作製も数編報告されているが、形態学的研究は少なく、免疫電子顕微鏡法により細胞内局在を調べたものは皆無である。

 本研究において得られた3種の単クローン抗体S5D8、S5H8、Y3Hの認識する抗原分子は、RPE細胞の形態学的特徴のひとつである豊富な滑面小胞体の膜上に局在する。RPE細胞の小胞体は、レチノイドの代謝等への関与がしばしば言及されるが、その機能に関与する分子の局在の免疫組織化学的証明はない。本研究で得られた抗体の認識抗原分子の機能は不明であるが、この分子がレチノイドの代謝に関与する可能性も考えられる。単クローン抗体S5D8はビタミンA1を視細胞の発色団とする動物においてのみ反応が認められた。RPE細胞内でall-trans retinylesterから11-cis retinolを生成するisomero-hydrolaseの活性は網膜色素上皮細胞に特異的であり、しかも、その活性はビタミンAの種類に依存することが知られている。また、発生時において、抗原分子とisomero-hydrolaseの活性は、ともに視細胞外節の分化と同時期に発現する。これらを考えあわせて、単クローン抗体S5D8の認識する抗原分子はisomero-hydrolaseの活性と密接に関連した機能を持つことが示唆された。

 cDNAの発現実験において、これら3種の抗体はいずれもニワトリRPE65蛋白質と反応した。RPE65遺伝子の欠損により、RPE細胞におけるビタミンAの11-cis isomerの合成が阻害されることが報告されており、このことからも、抗原蛋白質分子のisomerohydrolase活性への関与が示唆される。

審査要旨

 本研究は脊椎動物網膜において視機能の維持に重要な役割を演じている網膜色素上皮(RPE)細胞の形態分化と機能との関連を明らかにするため、ニワトリおよびウシ網膜色素上皮細胞を免疫原として単クローン抗体を作製し、その抗原分子の機能の免疫組織化学的解析による推定、および、cDNAクローニングによる抗原分子の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ニワトリおよびウシRPE細胞を免疫原としてマウスを免疫し、ハイブリドーマの産生する抗体の活性を網膜の凍結切片を用いた蛍光抗体法によりスクリーニングすることにより、網膜内において様々な反応様式を示す種々の単クローン抗体を作製した。これらのうち3種S5D8、S5H8、Y3HはRPE細胞のみに反応を示し、他の網膜組織や眼以外の組織・器官には発現しない、組織特異性の高い分子を認識する抗体であることが示された。

 2.これら3種の抗体を用いた蛍光抗体法では、いずれの抗体もRPE細胞の細胞質を微細な顆粒状に染めた。免疫電子顕微鏡法による抗原分子の細胞内局在の検索により、いずれの抗体の認識抗原も、RPE細胞の形態学的特徴のひとつである、細胞質内に豊富に存在する滑面小胞体の膜上に存在し、他の細胞内小器官および細胞質には存在しないことが示された。

 3.ニワトリ胚の発生過程における抗原分子の発現を蛍光抗体法により検索すると、孵卵15日目に眼球後極部のRPE細胞において抗原分子の発現が初めて認められ、その後発生が進むにつれて発現部域が広がると共に発現量が増加することが示された。孵卵15日目には神経網膜においては視細胞外節の分化の開始が形態学的に確認され、抗原分子と視機能の発現との関連が示唆された。

 4.これら3種の単クローン抗体を用いて、脊椎動物全綱(軟骨魚類を除く)の動物における抗原蛋白質の発現を免疫組織化学的に検索した結果、単クローン抗体Y3Hはヤツメウナギを除いて、検索したすべての動物のRPE細胞と反応し、Y3Hは動物種をこえて非常に保存された抗原エピトープを認識することが示された。S5H8は哺乳類、鳥類、爬虫類のRPE細胞とは反応したが、両生類、魚類においては反応が認められなかった。S5D8は動物種により反応性が異なり、特にビタミンA1を視物質の発色団として用いる動物において反応し、ビタミンA2を用いる動物においては反応しない傾向があることが示された。S5D8の認識抗原のビタミンA1特異性、RPE細胞特異的発現、発生時における発現開始時期、等の特徴は、RPE細胞内でall-trans retinylesterから11-cis retinolを生成するisomerohydrolaseの活性の特徴と共通点が多く、単クローン抗体S5D8の認識する抗原分子はisomerohydrolaseの活性と密接に関連した機能を持つことが示唆された。

 5.単クローン抗体を用いたニワトリ網膜色素上皮細胞cDNAライブラリーの発現スクリーニングおよび、得られたクローンをプローブとしたハイブリダイゼーションスクリーニングにより全長2510bp、1602bpのORFを含むcDNAクローンを得た。塩基配列より予想されるアミノ酸配列は、残基数533、分子量60.9kDであり、シグナルペプタイド、膜貫通部位は存在しなかった。培養線維芽細胞にこの遺伝子を導入し強制発現させると、発現した蛋白質は3種の単クローン抗体すべてにより認識され、3種の抗体はすべて同一のcDNAにコードされる分子の異なるエピトープを認識することが示唆された。cDNAにコードされる蛋白質のアミノ酸配列はウシ、ヒト、およびラットのRPE細胞特異的蛋白質、RPE65と高い相同性を持ち、得られたcDNAのコードする蛋白質はニワトリにおけるRPE65の相同蛋白質であることを示した。

 以上、本論文は脊椎動物網膜色素上皮細胞の形態学的特徴となっている滑面小胞体の機能のひとつを、機能分子の単クローン抗体法による抽出、免疫組織化学的解析による機能の推定、cDNAクローニングによる分子の同定を通して明らかにした。本研究は網膜色素上皮細胞の形態分化と機能の関連の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51119