学位論文要旨



No 214318
著者(漢字) 森田,将典
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,マサノリ
標題(和) 上皮成長因子様ドメイン内に欠失またはアミノ酸置換を導入したプロウロキナーゼ変異体の血中動態と生化学的性状
標題(洋) Pharmacokinetics and Biochemical Properties of Human Prourokinase Variants Carrying the Deletion or Amino Acids Substitutions in the Epidermal Growth Factor-like Domain
報告番号 214318
報告番号 乙14318
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14318号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 川久,保清
内容要旨 序論

 心筋梗塞、脳梗塞などの血栓性疾患は死因統計の上位を占めている。急性心筋梗塞の治療には冠動脈の閉塞性血栓を溶解し、早期に再灌流する事が予後の改善に重要である。経皮的冠動脈内血栓溶解療法や経皮的冠動脈形成術は有効な治療法であるが、特別の施設や技術を要するため、全ての患者が発作後早期に受けることができる治療とは言い難い。血栓溶解療法として、最近、第二世代の一本鎖型ウロキナーゼ(pro-UK)や組織型プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)が使用されている。pro-UKは、臨床試験の結果、第一世代の血栓溶解剤であるウロキナーゼ(UK)やストレブトカイネースに対する優位性が認められたが、一方、短い半減期、血液の恒常性の乱れや血流中でのUKへの転換などの問題点も指摘された。そこで、より効力が強くかつ使用しやすい次世代のpro-UKを開発するに当たり、蛋白工学の手法を用いて血中半減期を延長することを目指した。このようなpro-UKは、投与量が少なくてすむ。病院搬送前に静脈内注射することで再灌流が得られるようになれば、予後の改善に大きく寄与すると考えられる。

 pro-UKはUKの前駆体で、一本鎖のポリペプチドからなり、酵素活性はほとんど無い。pro-UKは3つのドメインからなる。C末から順にセリンプロテアーゼドメイン、クリングルドメイン、そして上皮成長因子(EGF)様ドメインである。このEGF様ドメインはジスルフィド結合によって構成される3つのループ構造からなっている。pro-UKは特異的レセプターを介して、主に肝臓で代謝される。レセプターによるpro-UKの認識部位は、少なくとも一部はEGF様ドメイン内にあると示唆されている。

 本論文では、pro-UKの構造と血中半減期及び機能との関係をより詳しく調べるため、EGF様ドメイン内に欠失をもつ変異体を2種類、さらにアミノ酸置換を導入した変異体を14種類作製した。これらの変異体を精製した後、血中動態と生化学的性状とを天然型pro-UKと比較した。

材料と方法

 proUK変異体発現ベクターの構築と発現 発現ベクターはリコンビナントDNAテクニックを用いて構築し、チャイニーズハムスター卵巣細胞で発現させた。アミノ酸置換型変異体の場合は、遺伝子増幅を行い、産生量の増大を図った。

 精製 発現株の培養上清を出発材料とし、免疫アフイニテイークロマトグラフィーを用いて各pro-UK変異体を精製した。精製後のサンプルはSDS-PAGEで解析した。

 酵素動力学定数 天然型及び変異型pro-UKをプラスミンで活性化した後、合成基質に対する酵素動力学定数を測定し、Kmとkcatとを求めた。

 血中動態 125Iでラベルした各pro-UKをラット尾静脈より投与し、頚動脈に通したカテーテルから経時的に採血し、血中の放射活性と線溶活性を測定した。

 フィブリン親和性 フィブリン/セライトと各pro-UKをバッチ法で混和し、洗浄後アルギニン緩衝液で溶出した。それぞれの画分の線溶活性を測定し、溶出画分中の線溶活性を、回収された線溶活性で割った値をフィブリン親和性とした。

 二本鎖型への転換速度 各pro-UKにプラスミンを作用させ、生成する二本鎖型UKの活性を経時的に測定した。そのグラフから一本鎖型の半減期を求めて比較した。

結果1)欠失型変異体

 精製 精製したサンプルをSDS-PAGEにかけたところ、還元条件下でも、非還元条件下でも一本のバンドであったので、精製品は一本鎖型であることがわかった。EGF様ドメイン内の欠失が正確に起こっていることをアミノ酸シークエンスで確認した。

 酵素動力学定数 天然型及び変異型pro-UKをプラスミンで活性化した後、合成基質Glt-Gly-Arg MCAに対する酵素動力学定数を測定した。天然型と変異型pro-UKとの間に有意な差は無く、EGF様ドメインを欠失させても酵素活性に影響しないことがわかった。

 血中動態 ラットにおける各pro-UKの血中半減期を表1に示した。各変異型pro-UKの血中半減期は天然型pro-UKのそれに比べて、有意に延長されていた。このことからEGF様ドメインの一部を欠失させただけでも、血中半減期を延長させるのに有効であることがわかった。

 フィブリン親和性 フィブリン親和性を調べるために、フィブリン/セライトへの吸着能を測定した(表1)。33-42-および、10-42pro-UKの吸着能が著しく低下していた。このことからEGF様ドメインの第三ループが、フィブリン親和性に関与していることが示唆された。

 一本鎖型から二本鎖型の転換速度 転換により生成される活性化体の二本鎖型UKの酵素活性を経時的に測定し、一本鎖型pro-UKの半減期を求めた(表1)。EGF様ドメイン内に欠失を与えると二本鎖型への転換速度は低下し、その場合EGF様ドメイン内の欠失が大きいほど、転換速度が大きく低下していた。

表1 天然型及び欠失型pro-UKの血中動態と生化学的性状
2)アミノ酸置換型変異体

 欠失型では、血中半減期を延ばすことができたものの、フィブリン/セライトへの吸着能や二本鎖型への転換速度が低下していた。これは、欠失によりpro-UK分子のコンホメーションが大きく変わったためであると考え、今度はよりコンホメーションに与える影響の少ないと考えられるアミノ酸置換型の変異体を作製した。

 精製 精製したサンプルをSDS-PAGEにかけたところ、精製品は一本鎖型であることがわかった。EGF様ドメイン内のアミノ酸置換が正確に起こっていることは、各発現ベクターのDNAシークエンスで確認した。

 酵素動力学定数 天然型と変異型pro-UKとの酵素動力学定数間に有意な差は無く、EGF様ドメイン内のアミノ酸置換は酵素活性に影響しないことがわかった。

 血中動態 ラットにおける各pro-UKの血中半減期を表2に示した。S26T、N32P、P34A、K35A+K36A、及びC33A+C42Aの血中半減期が有意に延長されていた。これらの変異部位は、第3ループが破壊されC33A+C42Aを除き、第2ループと第3ループの境界付近に集中していた。

 フィブリン親和性 フィブリン親和性を調べるために、フィブリン/セライトへの吸着能を測定した(表2)。電荷の無いグリシンを正電荷のリジンに置換したG16KとG18K及び、負電荷のアスパラギン酸を電荷の無いアスパラギンに置換したD45Nの吸着能がpro-UKと比較して有意に増大していた。一方、正電荷のリジンを電荷の無いアラニンに置換したK35A+K36Aはほとんど吸着能を喪失していた。また、第3ループを破壊したC33A+C42Aの吸着能も有意に低下していた。

表2 天然型及びアミノ酸置換型pro-UKの血中動態と生化学的性状

 一本鎖型から二本鎖型への転換速度 ほとんどの変異体の転換速度はpro-UKのそれとほぼ同等であった。中で、Y24AとG38A+G39Aの転換速度が有意に増大していた。

考察

 より効力が高く、使いやすいpro-UKを開発するため、蛋白工学の手法でpro-UKの血中半減期を延長することを目指した。pro-UKは主に肝臓で代謝され、それには肝細胞上の特異的リセプターが重要な役割を果たしている。pro-UKの、レセプターへの結合部位の少なくとも一部はEGF様ドメイン内にあると考えられた。そこで、EGF様ドメイン内の第一第二ループ、又は第三ループを欠失させると、確かに血中半減期が延長した(表1)。次にEGF様ドメイン内にアミノ酸置換を導入してみると、第2ループと第3ループの境界付近が変異したものと、第3ループ構造を破壊したものとが有意に延長された血中半減期を示した。このことから、レセプター結合部位は第2と第3ループとの境界付近にあること、及び第3ループの構造がレセプターへの結合に重要であることが示唆された。

 フイブリン/セライトへの結合には、まず欠失型の実験から第三ループが重要であること、さらにアミノ酸置換型の実験から第3ループ上の35、36残基目のリジンが重要な役割を果たしていることが示唆された。また、第3ループ以外のアミノ酸であっても、アミノ酸の電化を負から正の方向に変換すると吸着能が増加し、逆の場合は減少した。フィブリン/セライトへの吸着能とpro-UKの生理学的機能との関係は不明である。しかし、フィブリン/セライトへの吸着能が増大した変異体は、血中半減期が有意には増加していないにもかかわらず、ラット肺塞栓モデルでpro-UKより有意に高い血栓溶解能を示した。このことから、pro-UKの重要な生理的機能に関与していると考えられる。

 一本鎖型から二本鎖型への転換速度は、EGF様ドメイン内の欠失を大きくすればするほど低下した。転換速度の低下は酵素活性の低下につながるので、望ましいものではない。アミノ酸置換型で転換速度の低下したものは無かったので、欠失によりpro-UK分子全体のコンホメーションが歪んだため転換速度が低下したのではないかと考えられる。Y24AとG38A+G39Aの転換速度が増加していた。この理由は不明である。

まとめ

 pro-UKのEGF様ドメイン内に欠失を持つ変異体を2種、アミノ酸置換を導入した変異体を14種作製し、CHO細胞を用いて作製した。7種の変異体。

 の血中半減期が延長していた。うち3種(S26T-、N32P-、及びP34A-pro-UK)はその他の性状に変化がなく、残りの4種はその他の性状に悪影響がでた。5種の変異体(Y24A-、G38A+G39A-、G16K-、G38K-、及びD45N-pro-UK)は血中半減期の延長は認められなかったが、その他の性状が望ましい方向に変化していた。上記8種の変異体はpro-UKより優れた血栓溶解剤の候補になると考えられた。

審査要旨

 本研究は蛋白工学的手法を用い、血中半減期が延長しその他の性状に悪影響の無い新規血栓溶解剤の候補物質を探索するため、16種類のpro-UKの変異体を作製した後、それぞれの薬物動態及び生化学的性状を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.pro-UKの上皮性成長因子(EGF)様ドメイン内に欠失を持つ変異体(2種類)の発現ベクターを作製し、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞で発現させた。培養上清から精製したサンプルをSDS-PAGEで解析したところ、還元条件下でも、非還元条件下でも一本のバンドであり、精製品は一本鎖型であることが示された。EGF様ドメイン内の欠失が正確に起こっていることをアミノ酸シークエンスで確認した。

 2.ラットにおける各欠失変異体の血中半減期を測定したところ、天然型のそれに比べて有意に延長されていた。このことからEGF様ドメインの一部欠失が、血中半減期の延長に有効であることが示された。

 3.天然型及び欠失変異体をプラスミンで活性化した後、合成基質Glt-Gly-Arg MCAに対する酵素動力学定数を測定したところ、天然型と欠失変異体との間に有意な差は無く、EGF様ドメインの一部欠失が酵素活性に影響しないことが示された。次に、フィブリン親和性を調べるために、フィブリン/セライトへの吸着能を測定したところ、33-42-、及び10-42pro-UKの吸着能が著しく低下していた。このことからEGF様ドメインの第三ループが、フィブリン/セライトへの吸着に関与していることが示唆された。さらに、一本鎖型から二本鎖型への転換速度を調べたところ、EGF様ドメイン内の欠失が大きいほど、転換速度が大きく低下していた。欠失変異体において、フィブリン/セライトへの吸着能や二本鎖型への転換速度が低下していたのは、欠失によりpro-UK分子のコンホメーショシが大きく変わったためであると考えられた。

 4.コンホメーションに与える影響がより少ないと考えられるアミノ酸置換型の変異体(以下、置換変異体)14種類を、CHO細胞のDHFR増幅系を用い作製した。EGF様ドメイン内に導入しアミノ酸置換変異が正確に起こっていることを各発現ベクターのDNAシークエンスで確認した。精製したサンプルをSDS-PAGEで解析したところ、精製品は一本鎖型であることが示された。

 5.ラットにおける各置換変異体の血中半減期を測定したところ、S26T-、N32P-、P34A-、K35A+K36A-、及びC33A+C42A pro-UKの血中半減期が有意に延長されていた。これらの変異部位は、第3ループが破壊されたC33A+C42A pro-UKを除き、第2ループと第3ループの境界付近に集中していた。

 6.天然型と置換変異体の酵素動力学定数間に有意な差は無く、EGF様ドメイン内のアミノ酸置換は酵素活性に影響しないことが示された。次に、フィブリン/セライトへの吸着能を測定したところ、電荷の無いグリシンを正電荷のリジンに置換したG16K-とG18K-及び、負電荷のアスパラギン酸を電荷の無いアスパラギンに置換したD45N pro-UKの吸着能が天然型と比較して有意に増大していた。一方、正電荷のリジンを電荷の無いアラニンに置換したK35A十K36A pro-UKはほとんど吸着能を喪失していた。第3ループを破壊したC33A+C42A pro-UKの吸着能も有意に低下していた。さらに、一本鎖型から二本鎖型への転換速度を測定したところ、Y24A-とG38A+G39A pro-UKの転換速度が有意に増大していた他は、天然型のそれとほぼ同等であった。

 以上、本論文は蛋白工学的手法を用いて作製した16種類のpro-UK変異体の血中半減期及び生化学的性状を解析することにより、新規血栓溶解剤の候補物質を8種類(S26T-、N32P-、P34A-、Y24A-、G38A+G39A-、G16K-、G38K-、D45N pro-UK)見いだすと供に、pro-UK分子内の変異と血中動態及び生化学的性状との関係を明らかにした。本研究は理想的血栓線溶剤の創出、並びにpro-UK分子の構造活性相関の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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