学位論文要旨



No 214319
著者(漢字) 中尾,彰秀
著者(英字)
著者(カナ) ナカオ,アキヒデ
標題(和) ラット腎内におけるロイコトリエン(leukotriene)B4産生能の局在と腎障害におけるロイコトリエンB4受容体拮抗剤の効果
標題(洋)
報告番号 214319
報告番号 乙14319
学位授与日 1999.04.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14319号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 五十嵐,隆
 東京大学 講師 堀江,重郎
内容要旨

 ロイコトリエンB4(LTB4)は強力なChemoattactantであり、炎症性のメディエータとしてよく知られている。その生成は、脂質二重膜よりホスホリパーゼA2の作用により切り出されたアラキドン酸に、5-lipoxygenase活性化蛋白(5-lipoxygenase activating protein)の存在のもとに5-lipoxygenaseが作用し、中間産物の5-HPETEが生成され、さらにロイコトリエン(leukotrinen)A4が産生される。このロイコトリエンA4にロイコトリエンA4水解酵素(leukotriene A4 hydrolase、LTA4 hydrolase)が作用し、最終的にLTB4が産生される。従来より、アラキドン酸を中間代謝産物である5-HPETEやロイコトリエンA4に代謝する5-lipoxygenaseは白血球系細胞にのみ存在することが知られており、白血球によって産生されたロイコトリエンA4を利用してLTA4 hydrolaseが存在する組織、臓器でLTB4が産生されると考えられている。この生成様式はtranscellular metabolismとして理解されている。そしてLTB4産生の最終ステップに必要なLTA4 hydrolaseはこれまで赤血球、血小板、血管内皮、腎メサンギウム細胞に存在することは知られていたが、腎内のその他の部位での存在については不明であった。

 本論分はラット腎内でのLTA4 hydrolase mRNAの存在、その分布をmicrodissection、RT-PCRを用いて糸球体、各尿細管セグメントごとに明らかにし、LTA4 hydrolaseの蛋白としての存在をwestern blottingを用いて同定し、さらに、酵素活性を糸球体、および糸球体を含まない髄質外層のホモジネートを用いて証明した。また、免疫組織化学にて酵素蛋白の局在がmRNAのそれと同様か検討した。その結果、LTA4 hydrolase mRNAは糸球体、近位曲尿細管、近位直尿細管、髄質ヘンレーの上行脚、皮質ヘンレーの上行脚、皮質結合尿細管、皮質集合尿細管、髄質外層集合尿細管の各ネフロンセグメントに存在することが明らかになった。またwestern blottingでも肺と同様、糸球体、皮質、髄質外層、髄質内層に存在することが判明した。また、糸球体、および糸球体を含まない髄質外層ホモジネートをアラキドン酸とカルシウムイオノフォアで刺激すると、LTB4産生が刺激され、15分から30分で頂値に達した。このLTB4産生は2種類の5-lipoxygenase阻害剤によって抑制された。

 これらの結果より、LTB4は腎組織の細いヘンレーの下行脚を除くあらゆる部位で産生されることが明らかになったが、その生理作用あるいは病態生理作用はまだ不明の部分か多い。そこで腎障害との関連で何らかの作用を果たしている可能性を考えた。自然発症高コレステロール血症ラットはSDラットより分離された種で、週齢とともにネフローゼ症候群様の蛋白尿、高血圧、高コレステロール血症を呈し、約半年から1年の経過で末期腎不全へと至るラットである。経過中、腎組織学的にはマクロファージがコレステロール(あるいはその代謝物)を貪食した泡沫細胞(foam cell)が糸球体に多く見られるのが特徴である。そこで、脂質を貪食したマクロファージが何らかの活性を受けて5-lipoxygenaseの代謝産物であるLTB4を産生し始め、腎障害が進展するのではないかと仮定し、このステップをLTB4 antagonistで阻害すれば腎障害の進展が抑制できるのではないかと考えた。そこで自然発症高コレステロール血症ラットを普通食で飼育した対照群とLTB4 antagonist混餌食で飼育した実験群を26週で比較したところ、対照群は血清クレアチニン1.4±0.3mg/dlと腎不全を示し、組織学的にも著明な糸球体硬化と肥大、尿細管腔の拡大、細胞浸潤、間質の線維化など、末期腎不全像を呈していた。それに対して実験群は血清クレアチニン0.6±0.1mg/dlで組織学的にも、軽度の変化は見られるもののほぼ正常腎組織像を呈していた。血圧は対照群で157/±6mmHg、実験群で152/±5mmHgと変化は見られず、全身血行動態的には両群間に変化は見られないと考えられた。これらの結果より、LTB4は自然発症高コレステロールラットにおいて、血行動態を介さず、腎障害の進行に関与しており、LTB4受容体拮抗剤はこの進展を阻止することが明らかになった、LTB4が腎障害の進展に果たす詳しいメカニズムと他の腎障害における役割は、今後解明すべき点である。

審査要旨

 本研究はラット腎を用いて、ロイコトリエンB4産生における最終ステップに作用する酵素であるロイコトリエンA4 hydrolaseの局在を解析し、またロイコトリエンB4受容体拮抗剤を用いて、ロイコトリエンB4の腎障害に対する影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.RT-PCRを用いてgenomic DNAからとmRNAからのPCRproductを区別し、さらにmicrodissectionと組み合わせて、ほぼ全てのネフロンセグメントに本酵素のmRNAが存在することを明らかにした。また、Southern blotting、RT-PCR productのシークエンシングにより、RT-PCRがターゲットとした核酸を増幅していることを確認した。さらに、本酵素に特異的抗体を用いてwestern blottingを行い、mRNAのみならず蛋白として腎に存在し、その量は、腎糸球体、髄質内層、髄質外層、皮質の順であることを証明した。また、同抗体を用いて免疫組織化学を行い、RT-PCRの結果と酵素蛋白の局在が同様であることを証明した。

 2.ついで、これらの蛋白が酵素としての活性を持っているかどうかを検討し、髄質内層、髄質外層、皮質の順に活性が高いことを見いだした。これらの組織でのロイコトリエンB4含量を測定し、酵素活性の順と同様のロイコトリエンB4含量であることを確認した。これにより、酵素蛋白量、酵素活性、酵素産生物の順が同一であることが確認された。さらに、単離糸球体と、糸球体を含まない髄質外層のホモジネートを用いて、カルシウムイオンフォアとアラキドン酸で刺激したとき、実際にロイコトリエンB4が産生されるか検討し、刺激によりロイコトリエンB4産生が時間依存性に増加することを確認した。実際に測定したロイコトリエンB4が5-liipoxygenase阻害剤によって産生増加が抑制されることも同様に確認した。

 3.このように腎臓で豊富に産されるロイコトリエンB4の腎疾患における役割を検討するため自然発症高コレステロール(SHC)ラットを用いて実験を行った。SHCラットは時間とともに高コレステロール血症を示し、蛋白尿、腎機能低下を呈する、SDラットより分離された種であり、約半年過ぎより腎不全を呈する。高脂血症性腎障害の特徴は腎糸球体における多数のフォームセル(脂肪を貪食したマクロファージ)の集族である。これらのマクロファージはロイコトリエンB4を産生する酵素類を、ロイコトリエンA4hydrolaseを含めて、全て有しており、ロイコトリエンB4を産生するのみではなく、ロイコトリエンB4の前駆体であるロイコトリエンA4をも産生する。上記のように、腎にはロイコトリエンA4からロイコトリエンB4を産生するロイコトリエンA4hydrolaseが豊富に存在するため、この経路からもロイコトリエンB4が産生される可能性がある。したがって、この腎障害ではロイコトリエンB4が多量に産生されるモデルであるといえる。このようなSHCラットに普通食を与えた対照群(n=10)と、ロイコトリエンB4受容体拮抗剤、ONO4057を5,000ppm含有食を与えた実験群(n=7)にわけ、8週齢(僅かに蛋白尿が増加し始めた時期)より飼育し26週齢で、腎組織、腎機能、血圧等を検討した。結果は、体重、血圧には両群で有意差はなく、両群とも著明な高血圧を呈した(平均血圧は157/±6mmHg(対照群)、152/±5mmHg(実験群))。血清コレステロールは対照群、220±13mg/dl、実験群198±5mg/dl、1日蛋白排泄量は対照群275±52mg、実験群223±20mgとそれぞれ実験群で低い傾向はあったが、両群間で有意差はなかった。腎機能は、血清クレアチニン、24時間クレアチニンクリアランスはそれぞれ対照群、1.4±0.31mg/dl、1.1±0.3ml/min、実験群、0.6±0.1mg/dl、2.3±0.4ml/minといずれも実験群で腎機能の悪化はみられなかった。腎組織では対照群では、著明な尿細管の拡張、無数の細胞浸潤がみられ、糸球体はほとんど硬化し、末期腎不全像を呈していたのに対し、実験群では、尿細管の拡張はほぼ無く、中等度の細胞浸潤のみで、糸球体もほぼ正常であった。これらの結果よりロイコトリエンB4は高脂血症性腎障害において、腎血行動態に関係なく腎障害の進展に関与しており、ロイコトリエンB4受容体拮抗剤はこの進展を阻止することが明らかになった。

 以上、本論文はラット腎において、ロイコトリエンA4hydrolaseが豊富に存在し、それらの組織でロイコトリエンB4が産生されうることを示すと同時に、高脂血症性腎障害においてロイコトリエンB4が果たす役割を、初めて明にしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54134