No | 214321 | |
著者(漢字) | 田村,憲治 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タムラ,ケンジ | |
標題(和) | 国保レセプト情報による地域の受療動向の把握に関する研究 : アレルギー性鼻炎受療率の変動を中心にして | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 214321 | |
報告番号 | 乙14321 | |
学位授与日 | 1999.04.28 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 第14321号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 大気汚染による健康影響など、集団の疾病構造の微妙な変化を監視できる監視システム作りが急務となっている。このような視点から、市町村単位でデータが蓄積されている医療保険診療報酬明細書(国保レセプト)が注目された。 国保レセプトには、性別、年齢、居住地等の患者特性とともに傷病名、初診年月日、処置・投薬等の内容が、全国的に統一された方法で記載され、市町村単位に集積されている1)。そして、四日市喘息など、歴史的にも多くの疫学調査で用いられてきた2,3)。 そこで、本稿では既存の国保レセプト傷病分類データに関して、地域の受療動向を把握する指標としての利用可能性について、アレルギー性鼻炎等の傷病を例にして検討することとした。 本研究では、国保レセプト傷病分類データが地域の受療動向を把握する指標としての利用可能性について、以下の1〜3のテーマについて検討した。 アレルギー性鼻炎を対象にして、茨城県の国保レセプトデータから求めた受療率の経年変動をスギ花粉飛散数との関連で明らかにし、次にアレルギー性鼻炎受療率の地域間格差と経年変動パターンから、花粉飛散数および都市化とアレルギー性鼻炎受療率との関係を検討する。 茨城県において認められるアレルギー性鼻炎受療率の変動と地域分布の傾向を、他県の国保傷病分類統計報告書から確認する。 茨城県の国保レセプト疾病分類データを用いて、市町村の都市化を表す指標でグループ化して、受療率の変化によって、国保レセプトの利用可能性について検討する。 茨城県の国保レセプトデータは、国立環境研究所に蓄積してきた1980年〜94年の茨城県の疾病統計表作成用データ(5月診療分)から、保険者(市町村)、生年、傷病名コードを用いた。 ここで用いる受療率とは、レセプトに書かれた複数の病名から1つだけ選ばれた傷病名(主病)の国保加入人口当たりの率である。この率は年齢によって大きく異なるため、各年の市町村別・年齢別国保加入人口(5歳階級)別加入者数を用いて、年齢調整受療率を求めた。 1980年以降のスギ花粉飛散数の経年変化は、茨城県のほぼ中央に位置する土浦市内の新井峻医師(国立霞ケ浦病院耳鼻咽喉科医長)の測定値を用いた。測定方法は、ダーラム(Darham)型花粉採集器で捕集した花粉を1cm3当たりの個数にしたもので、ここでは毎年2月初めから4月末までのスギ花粉と、スギ花粉と同じアレルゲンを持つヒノキ花粉の捕集数の合計を、その年のスギ花粉飛散数とした。 都市化については、茨城県各市町村の農家人口率を指標としてを分類してその影響を検討し、また、花粉飛散数の代替指標として林業センサスによる市町村ごとのスギ・ヒノキ林面積占有率を用いて、花粉飛散数とアレルギー性鼻炎受療率との関係を検討した。 全県の年齢階級別受療件数と市町村別件数、市町村別年齢階級別国保加入人口が、「国保傷病分類統計」に掲載されている群馬、和歌山、山口の3県について、間接法によってアレルギー性鼻炎の年齢調整受療率を求めた。都市化の指標としては、茨城県同様、農家人口率による区分を用いた。 茨城県の国保レセプト疾病分類データのうち、比較的件数が多い14の傷病群と総受療件数とについて、農家人口率で市町村をグループ化し、それぞれの傷病の受療率の経年変化を求めた。さらに、各傷病群について市町村単位の15年間の平均受療率の分布図を作成して検討した。 茨城県のアレルギー性鼻炎の受療率はほぼ毎年増加していたが、年によって増減があった。 アレルギー性鼻炎受療率(y)と歴年(西暦の下2桁、x1)との相関係数(r)は0.689(P<0.001)であったが、花粉飛散数が少なかった7年(80、81、83、87、89、92、94年)の受療率の回帰式は、y=28.70x1-2206(r=0.997)となり、ほとんど直線上に乗っていた。 そこで、歴年と花粉飛散数(x2)を説明変数として、重回帰分析を行ったところ、 y=27.74x1+0.0l065x2-2128(R2=0.979)が得られた(図1)。 年齢階級(0〜14歳、15〜39歳、40〜64歳、65歳以上)別に受療率の経年変化を検討したところ、図2に示すように、14歳以下のアレルギー性鼻炎受療率は、ほぼ単調に増加し続け、94年には80年の6.9倍になっていた。15〜39歳、40〜64歳の受療率は、スギ花粉数の変動に対応して大きく変動していた。 茨城県の市町村を農家人口率の低い順に3等分(各々29市町村)し、アレルギー性鼻炎受療率を比較すると、80年頃は都市群と農村群の開きは小さかったが、90年にはその差が拡大していた。また14年間の平均受療率の分布図も農家人口率の3分類地図とよく一致していた(相関係数:r=-0.622)。 次に、スギ・ヒノキ林の占める面積率で、市町村を4段階に分類し、スギ林の密度とアレルギー性鼻炎との関係を地図でみると、面積率と受療率が逆になっている傾向がわかる(図3,4)。また、90年頃から徐々に4群間の受療率の差が明瞭になり、94年では第1群(1%未満)の受療率は第4群(30%以上)の約2倍以上になっていた。第4群の86年以降の受療率は、暦年との関連はなく、花粉飛散数に対応した増減だけが認められた(図5)。 群馬、和歌山、山口各県のアレルギー性鼻炎受療率は、都市群≧中間群>農村群の傾向が明瞭に出ていた。 また、全国的にスギ花粉飛散数の多かった年は、5月分の受療率はどの県でも前年に対する増加が大きかったが、スギ花粉飛散の全くない9月分のレセプトを用いた山口県の受療率にはこの傾向かなかった。 都市群>中間群>農村群の順になっていたものにはアレルギー性鼻炎以外に、糖尿病、虚血性心疾患などの疾病と総受療があり、市町村ごとの受療率と農家人口率との間に有意な負の相関があった。 農村群の受療率が都市群より高い疾病は、今回対象とした疾患の中では、高血圧性疾患だけであった。高血圧性疾患の受療率は、80年頃には都市群と農村群で差がなかったが、84年頃から農村群の受療率が高くなっていた。 胃癌、腸癌、肺癌の受療率は14年間に2〜4倍に増加していたが、農村群と都市群の間には明瞭な差や傾向はみられなかった。 中間群が都市群と農村群の間に入らないという解釈に苦しむパターンを示したものに、貧血、粥状硬化症、喘息があった。 近年ではスギ花粉症の発症率が数%〜10%近いといわれるが、受療率はアレルギー性鼻炎全体でも0.4%程度であり、5月に花粉症で受療した人はそのうちのごく一部に過ぎないことになる。それにもかかわらず、受療率の小さな変動がその年の花粉飛散数に対応していたことは大変興味ある結果である4)。 今回は「都市化」の代替指標として市町村ごとの農家人口率で分類し、アレルギー性鼻炎受療率に格差があることを明らかにした。また、受療率の市町村マップから、花粉飛散数が少ないと考えられる地域のほうが受療率が高いという結果になったことは、「都市化」と関連する要因である大気汚染との関連が注目される5)。 国保傷病統計報告書から間接法によって求めた群馬県、和歌山県、山口県においても、茨城県と同様、アレルギー性鼻炎年齢調整受療率は毎年増加し、その変動はスギ花粉飛散数と関連すること、都市化された地域の受療率が高い傾向が確認できた。 茨城県の主要疾患受療率の市町村特性別を検討した結果、貧血や粥状硬化症では、中間群の受療率が都市群と農村群の間に入らず、都市化との関係では解釈しにくい変動を示したが、その理由の一つに主病に選択される率が低いことが考えられた6)。 この点について、実際に茨城県の2地区(A市、B村)でレセプトから全病名を転記して調査した結果、胃癌、肺癌などの悪性新生物や精神疾患群、脳出血、脳梗塞などの選択率は、複数の病名がある場合60%以上の高い選択率であった。逆に選択率が40%を下回るものには、貧血、虚血性心疾患、粥状硬化症、慢性気管支炎、肝硬変、慢性肝炎などがあり、特に貧血は6%、粥状硬化症も21%と低かった。 このように、選択率が極端に低い疾患の場合には、主病を集計したレセプトデータで受療傾向を把握することは適当でないことも明らかになった。 国保レセプトの情報に対しては、診療報酬の請求のための傷病名が信用できないなど、その信頼性には否定的な意見も多い。しかし本研究により、年度ごとに不規則に変化しているように見えた茨城県のアレルギー性鼻炎の受療率の変動がスギ花粉症を正確に反映したものであったこと、またこの傾向は他の県においても確認できたこと、都市と農村という特性で市町村をグループ化して求めた受療率の比較においても、ほとんどの疾病群において受療率は連続的に変化し、都市群・中間群・農村群の受療率の高低の順序も一貫性があった。こうしたことは、国保レセプトデータの多様な活用が可能であることを示したものと考えられる。 すでにレセプトの電算化が試験的に始められているが、これが全国的に普及し、そのデータが利用できれば、主病選択にかかわる問題点や疾病分類法に係わる問題は解消され、膨大なコーディング作業からも解放されるであろう。そして、国保加入者の居住地情報からさらに市町村以下の小地域レベルの受療動向の解析や地域特性別の環境汚染との関連の分析等々、その活用範囲は飛躍的に増すことになろう。本研究の成果を現実的なものにするためにも、各県の電算集計用データを集中的に保存管理する機関を作り、今後の活用に対応する体勢を整えることが緊要である。 | |
審査要旨 | 本研究は大気汚染による健康影響など、集団の疾病構造の微妙な変化を監視できる監視システム作りが急務となっている今日、市町村単位でデータが蓄積されている国保レセプト(国民健康保険診療報酬明細書)のデータに注目し、地域の受療動向を把握する指標としての利用可能性について、アレルギー性鼻炎等の傷病を例にして検討し、以下の結果を得ている。 1.茨城県の国保レセプトデータから求めたアレルギー性鼻炎受療率の変動について、重回帰分析により単調な経年的増加とその年のスギ花粉飛散数で説明できることを明らかにした。また、アレルギー性鼻炎受療率の市町村格差と経年変動パターンの違いを、花粉飛散数および都市化との関係で明らかにした。さらに、このアレルギー性鼻炎受療率の変動と地域分布の傾向は、茨城県だけのものではないことを、他県の国保傷病分類統計報告書のデータを用いて確認した。 2.茨城県の国保レセプト疾病分類データを用い、都市化を表す指標で市町村をグループ化して、主要疾患受療率の経年変化と分布地図を求めた。その結果、多くの傷病群では都市群、中間群、農村群での受療率の経年変動が中間群を中央にして群間の高低の関係を保っていること、この関係が見られない傷病群はレセプトことに代表する「主病」に選ばれる割合がきわめて低いものであることなどを明らかにした。これらのことから、主病を集計したレセプトデータによる受療傾向把握の問題点も明らかにした。 以上、本論文はアレルギー性鼻炎受療率の変動を中心にして、国保レセプト情報による地域の受療動向を把握する可能性と限界を明らかにした。本研究は国保情報の利用可能性とその応用による地域の受療動向の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51120 |