日本の西に位置する東シナ海は中国・韓国および日本の漁船が入り会って操業する海域である。また、東シナ海は広大な大陸棚を有し、中国大陸から豊富な栄養塩類が流入するため非常に漁業生産力が高い海域としても知られている。一般に浮魚類と呼ばれる、マイワシ・マアジ・マサバなどは、成長が早く繁殖力が強いため高い生産力を有し、東シナ海や隣接する日本海・太平洋などを大きく回遊する。また東シナ海は重要な産卵場でもあることから、この海域における浮魚類の資源量評価およびその管理は非常に重要である。これらの浮魚類は主にまき網漁業により漁獲され、日本の重要な漁業資源であるため、日本国政府はマアジ・マサバ・ゴマサバ・マイワシなどにTAC(Total Allowable Catch)による漁獲量規制を実施している。TACを設定するためには、当該海域の漁業資源量の推定とその動向を予測する必要がある。現在の資源量評価は、おもに前述したまき網漁業による漁獲量とその年齢組成により計算されているが、漁獲努力量の偏り、漁場の偏りのほか虚偽の漁獲報告がなされたりすることにより資源量評価が困難となる可能性がある。また、漁業資源の動向予測をするためには、漁獲対象種以外の生物量の把握も重要である。したがって、漁獲量から資源量を推定する以外に漁業から独立した資源量の推定が必要である。 そこで本論文では音響資源調査による浮魚類の資源量の推定方法の確立とその応用を試みた。世界の漁業資源の推定方法として音響資源調査は広く普及しているが、日本周辺海域では魚種が多いことや研究例が少なかったことなどから、2・3の例を除いてほとんど活用されてこなかった。 本研究ではまず、調査の対象となる生物の分布・回遊の概略の把握のために1975年〜1997年までの東シナ海で操業する大中型まき網の漁獲量データの解析を実施し、音響調査の設計のための資料とした。つづいて、音響資源調査により現存量を推定する際に問題となる、調査定線の設計をgeostatisticsにより推定し、昼夜の浮魚の鉛直移動による現存量推定値のばらつきを評価することで、最適な音響資源調査手法の確立を目指した。音響学的調査において最も重要視されている魚種判別については、表中層トロール網を用いて魚種確認のためのサンプリングを行い、その時に観察された魚群の性状と得られた魚種から解決する手法を試みた。最後に、東シナ海と隣接する海域において1992年から1998年に14回にわたる音響資源調査の結果をまとめて、東シナ海における浮魚類の分布と現存量を推定した。 1漁獲データの解析 東シナ海で操業する大中型まき網について魚種別に漁獲量の5年間の移動平均を求めたところ、マアジは1980年代前半から増加傾向に、マサバは1990年代前半まで減少傾向にあったが近年は増加傾向に、ゴマサバは1970年代後半から減少傾向に、マイワシは1980年代から1990年代前半に増加傾向にあったが、1990年代後半は減少傾向に、カタクチイワシとウルメイワシは1990年代から増加傾向に、ムロアジ類は1980年代から減少傾向にあることが示された。 マアジの分布域はその主体が五島西海域から東シナ海中部海域にあり、マサバも五島西海域から東シナ海中部海域が分布の主体で、ゴマサバは1970年代後半から1980年代前半には五島西海域および五島灘と東シナ海南部海域に二分されていたが、1980年代後半以降は東シナ海南部海域が分布の主体となった。マイワシ・カタクチイワシ・ウルメイワシの漁獲は全期間を通してほとんどが東シナ海の隣接海域である日本海西南部でのものであった。ムロアジ類は全期間を通じて薩南海域と東シナ海南部海域において多く漁獲された。 大中型まき網の漁獲統計資料の解析では漁獲量の変動傾向を読み取ることはできるものの、マイワシ・カタクチイワシ・ウルメイワシのように漁場が偏っているものでは、東シナ海全体の資源評価のための資料とはならないことが分かった。したがって、漁獲統計資料に基づく解析に加えて、本研究のように漁獲統計資料から独立した資源評価手法の確立が必要であると示された。 2調査定線の設計と魚の行動が現存量推定に及ぼす影響 geostatisticsを利用した調査定線の検討について、九州西岸域に分布するマイワシを対象とした実際の音響資源調査により、定線の間隔が5マイルの平行定線であれば相対推定誤差は推定した現存量の15.7〜24.3%、10マイル間隔の平行定線であれば34.0〜282.4%となると計算された。同様に、15マイルおよび20マイルの平行定線の場合、それぞれ165.0〜547.0%と302.8〜902.0%であった。ただし、定線の間隔を10マイル〜20マイルと広くしても、推定される現存量は5マイル間隔で推定した現存量の50〜150%の範囲に収まったので、定線間隔の幅は現存量推定値にはさほど影響を及ぼさないものの、信頼性に影響することが分かった。 つづいて、浮魚類の日周鉛直移動が現存量推定に及ぼす影響をみるために、九州西岸域に4本の定線を設定して24時間50分の間に4往復し、その片道分の現存量の変化を観察したところ、現存量推定値は一日の間に大きく変動するがわかった。また、昼夜別に現存量推定値のばらつきをみると、昼間よりも夜間の方がばらつきが大きくなった。昼間は夜間に比べて集群しており、魚種判別にも有効と考えられるため、浮魚を対象とした音響資源調査はできるだけ昼間のデータを用いた方が良いことが分かった。 3音響調査に基づく現存量推定 のべ14回にわたる音響資源調査の結果からカタクチイワシ・マイワシ・マアジ・マイクロネクトンおよびその他の浮魚類の分布とその現存量を推定とりまとめた。カタクチイワシの現存量は、東シナ海中部以北の中国大陸に近い海域において約200万トン、九州西岸域から対馬東海域において約12万トンと推定された。 マイワシは冬季に産卵のため南下来遊する九州西岸域において1992年には約65万トン、1993年には約27万トン、1994年には約10万トンと減少し続け、その後は極低水準で推移した。 マアジは、東シナ海中部から南の大陸棚縁辺域に多く分布し、五島西沖や対馬東沖は多くなかった。その現存量は東シナ海の大陸棚縁辺域で約39万トンであり、五島西沖や対馬東沖では200〜1400トンに過ぎなかった。 マイクロネクトンは、日本海西南部にはキュウリエソのみが分布するのに対し、九州西岸域にはキュウリエソが少なく、そのかわりアガリハダカとハダカイワシが分布した。日本海西南部のキュウリエソの現存量は約37万トンであり、アガリハダカとハダカイワシの現存量は2千〜2万トンであった。 また、その他の浮魚類としてマサバ・ウマヅラハギ(サラサハギを含む)、ウルメイワシ、ムロアジ類の分布と現存量を推定した。ウマヅラハギ・ムロアジ類は東シナ海中部以南の大陸棚縁辺域に多く分布し、それぞれの現存量はウマヅラハギは約20万トン、ムロアジ類が約16万トンであった。ウルメイワシとマサバは他の魚種と混獲されていた程度の量しかなく、分布域の推定までできなかった。それらの現存量はマサバが百トン以下、ウルメイワシが約1千トン〜7千トンであったものの、いずれの魚種も調査回数が少なく、大中型まき網の漁獲データから推定される主分布域からはずれているため、東シナ海のマサバとウルメイワシの資源量の推定にまで至らなかった。 以上の音響資源調査により、10魚種の浮魚類の現存量を推定した。これらの推定値をこれまでの知見や漁獲データから比較すると、まずカタクチイワシでは東シナ海域においてカタクチイワシを漁獲していないので、漁獲統計資料からでは資源量の把握は困難であった。中国とノルウェーが共同で東シナ海・黄海・渤海でカタクチイワシの音響資源調査をした結果約300万トンの資源量があることを報告しているので、本論文で推定した約200万トンの現存量は両国の共同調査の結果と近い結果となった。このように、東シナ海には日本の漁船による漁獲量に比較して非常に多くの現存量があることが分かったため、東シナ海におけるカタクチイワシの資源量の動向を見るためには音響資源調査が有効である。 マイワシでは、九州西岸域での漁獲量が1990年代前半をピークとしてその後減少したことと、本論文で音響資源調査により推定した減少傾向が一致した。したがって、マイワシにおいても資源の動向の把握に音響資源調査が有効であることが分かった。 マアジでは、調査回数は少ないものの、東シナ海の大陸棚縁辺域から対馬東海域にかけて推定された約39万トンの現存量は、東シナ海において1年間の日本の漁船によるマアジの漁獲量の約3倍である。今後、同海域を継続して音響資源調査を実施することにより、マアジの資源動向の把握は可能である。 キュウリエソ・ハダカイワシ類などのマイクロネクトンは漁業による漁獲データがないため、音響資源調査による現存量の推定が有力な資源量推定方法である。本論文で得られたキュウリエソの調査海域当たりの現存量は、既知のキュウリエソのものとほぼ同一であった。ハダカイワシ類の現存量推定値はこれまで報告がなされておらず、本論文がはじめての報告である。これらのマイクロネクトンは典型的な動物プランクトン食性であり、漁獲対象種と餌をめぐる種間関係にあるため、マイクロネクトンの現存量を把握することは中層域の生態系の関係を解明する資料として有益である。 その他の浮魚類については、今後漁獲データの解析から音響資源調査の調査海域や調査時期を最適にすることにより、現存量の推定が充分に対応できることが期待される。 |