学位論文要旨



No 214328
著者(漢字) 内田,詮三
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,センゾウ
標題(和) 沖縄周辺海域における板鰓類の繁殖生態に関する研究
標題(洋)
報告番号 214328
報告番号 乙14328
学位授与日 1999.05.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14328号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷内,透
 東京大学 教授 会田,勝美
 東京大学 助教授 青木,一郎
 東京大学 助教授 佐野,光彦
 東京大学 客員教授 陳,哲聡
内容要旨

 板鰓類(サメ・エイ類は)は近年世界各地で生息数の減少、絶滅の危機などが指摘されている。乱獲による資源の枯渇も叫ばれ、板鰓類の保護を訴える声も出始めている。有効利用、保護、いずれにしても基本的な繁殖生態の解明が必要であり、その進展が急がれている。板鰓類の繁殖に関する過去の研究は必ずしも繁殖生態の全容を明らかにはしていない。これらは生物資源学的、生理学的など一つの側面からの繁殖特性の研究であり、繁殖生態の視点からみた板鰓類の特性を扱う論文は少ないからである。板鰓類のような海生動物の野生状態における観察は極めて困難であり、現状では飼育環境下の観察に頼らざるを得ない。沖縄周辺海域の板鰓類の繁殖に関する知見も非常に乏しい。国営沖縄記念公園水族館(以下、沖縄水族館とする)は1975年に開館されたが、現在迄に世界最優秀の板鰓類飼育成績を達成している。すなわち、(1)世界で最も多彩な種類を飼育した実績があること、(2)飼育が長期にわたり、3世代目繁殖の例もあること、(3)多くの種に関する繁殖生態の観察例が多数あることなど繁殖生態に関する知見を積み重ねてきた実績がある。本研究は主として沖縄水族館で飼育された18種の板鰓類の繁殖状況の観察結果と、周辺海域からの採集標本より得られた繁殖情報を併せて沖縄周辺海域の板鰓類の繁殖生態を明らかにしようというものである。

 本研究は水族館で飼育した種類18種、周辺海域から採集した種類13種、から得られた繁殖に関する情報に基づいた。

 本研究でいう沖縄周辺海域とは北緯24°-30°、東経123°-131°30’の範囲である。繁殖様式についてはWourms(1977)に基づき、まず卵生と胎生に大別した。胎生は偶発胎生と真正胎生に分け、真正胎生を卵黄依存型、母胎依存型、さらに母胎依存型を卵食・共食い型、胎盤類似物型、卵黄嚢胎盤型の3つに分類する区分に従った。

 産仔数は左右の子宮胎仔数とし、妊娠期間は交尾観察、交尾観察が可能でなかった場合は雌に見られる新規の咬傷の有無から分娩に至る期間とした。繁殖行動については、交尾前行動、交尾行動(交尾器挿入)、分娩とに分け、卵生については産卵行動を観察した。受精状況により、捕獲前に生じた受精の例を「槽外受精」、槽内交尾によるものを「槽内受精」として区別した。

 観察方法は肉眼観察の他、写真、ビデオの撮影による記録にも基づいた。

1飼育記録

 現在迄に71種の板鰓類を飼育した。内訳はネコザメ目1種、テンジクザメ目6種、ネズミザメ目3種、メジロザメ目30種、カグラザメ目1種、ヨロイザメ目2種、アイザメ目2種、ツノザメ目4種、カスザメ目1種、エイ目21種であった。

 これらの内、オオメジロザメは20年5ヶ月、ウシバナトビエイは23年4ヶ月の間飼育され他の9種と共に世界最長記録となった。また日本最長記録はイタチザメ2年1ヶ月の他4種を数える。繁殖はサメ類10種、エイ類8種に認められるが、繁殖が不完全だったオオテンジクザメとツカエイの2種を除いた16種のうち槽内受精によるもの8種(サメ類5種、エイ類3種)、槽外受精によるもの8種(サメ類4種、エイ類4種)であった。繁殖成功の指標である新生仔の生存状況をみると、一年以上生存したものはサメ類7種、エイ類3種で、最長生存期間はトラフザメ7年3ヶ月+、トラザメ22年10ヶ月+、オオメジロザメ5年10ヶ月+、メジロザメ16年7ヶ月、ウシバナトビエイ7年11ヶ月、マダラトビエイ2年3ヶ月などでサメ類の方が良い成績であった。ネムリブカでは槽内生まれの同腹の雌雄が6才で性成熟して交尾し、三世代目の繁殖に成功した。

2繁殖様式と繁殖成績

 沖縄周辺海域に分布する板鰓類は合計119種で、このうち繁殖様式が判明した種類は117種であった(同科同属の報告結果からの推定を含む)。最も多い様式は胎生の卵黄依存型で41種、次いで卵生型の26種、胎生の胎盤類似物型の21種、卵黄嚢胎盤型胎生の19種、卵食性・共喰い型の9種で偶発胎生型が最も少なく1種であった。大別すると卵生26種、胎生91種となる。

 沖縄水族館で繁殖した前記16種を繁殖様式別にみると、卵生型4種、卵黄依存型胎生3種、胎盤類似物型胎生5種、卵黄嚢胎盤型胎生4種であり、卵生25%、胎生75%の繁殖様式別種構成となる。日本全国水族館の繁殖51種では卵生29%、胎生71%で、胎生種の割合が沖縄例よりやや低かった。繁殖様式は従来からいわれているように、系統と密接に関連していることを本研究でも確認できた。

3交尾行動

 1975年の開館時までに報告されていた交尾行動は3種のみであったが、本研究により新たに7種の交尾前行動および交尾行動が観察された。卵生ではトラザメ、胎生ではネムリブカ、オオメジロザメ、ツマグロ、メジロザメ、マダラトビエイ、ウシバナトビエイの6種であった。また、従来交尾行動そのものは観察されずに雌雄の遊泳行動から推定されていたメジロザメ類の交尾行動、特に交尾器の使用方法を明らかにした。遊泳型のエイは底生性のガンギエイ類と異なり、腹合わせの交尾姿勢をとることを初めて明らかにした。推定を含めて合計23種の交尾行動が観察された結果、交尾パターンは次の6型に分類できた。

 (a)巻きつき型 雄が雌の体に巻きつき交尾する。

 (b)平行型 雄が雌の胸びれを噛み、尾部を曲げ、噛んでいる胸びれと同側の交尾器を内側に曲げて挿入。

 (c)交叉型 雄が雌の胸びれを噛んで保定するが、挿入時は離すこともあり、体軸が交叉した型、2の変形とも云える。

 (d)腹腹型 エイ類に見られる。雄が雌の体盤縁を噛み、腹部を合わせた形で交尾器を挿入。

 (e)腹背型A(雄が上位) 雌の体盤縁を雄が噛み雌の背に乗り、交尾器を挿入。

 (f)腹背型B(雌が上位) 雄が雌の下側から交尾器を上方に曲げ、挿入する。交尾器は左右いずれも用い、エイ類では2本同時に挿入する例もある(沖縄1例、国外3例)。挿入時間は30秒-10分、通常は1-3分が多い。

4産卵・分娩行動

 産卵行動についてはトラザメ、ネコザメについて観察した。行動について観察できなかったがトラフザメが産卵した卵殻は19×9×5cmあり、サメ類としては長さ30cmあるジンベエザメに次いで大型の卵殻であることが判明した。

 分娩行動はメジロザメ、オオメジロザメ、マダラトビエイ、シノノメサカタザメなどを観察した。メジロザメ類では腹面上向きの尾位が正常な胎位(分娩時の胎仔の姿勢)であることが判明した。体軸が大きく回転して休側が下、または背側が下の場合は難産であり、帝王切開により臨月の胎仔は無事育成し得ることもわかった。マダラトビエイの産仔数は1-2尾で、分晩胎位は頭先で分娩する頭位、尾先の分娩である尾位のどちらもあり、2尾の時は第一仔と第二仔では胎位が逆であった。

5孵化・妊娠期間

 卵生種における孵化期間、平均飼育水温、積算温度(DD)は下記の通りであった。ネコザメの1例、197日、24.8℃、4888DD、ナヌカザメの10例では230日、18.2℃、4187DD、トラフザメの24例では145日、26.5℃、3844DDであった。

 胎生種の妊娠期間はネムリブカ392日-405日、オオメジロザメ交尾確認例469日、同咬傷例560日、メジロザメ400日、マダラトビエイ331-378日であった。サメの精子は交尾射精後、雌の体内に長期間貯留された後に受精する場合もあることが知られている。オオメジロザメの2例は、上記と同様な例である可能性もある。

6採集標本からの繁殖情報

 ホホジロザメの繁殖様式は極く最近まで不明であった。本研究では沖縄採集標本による子宮からの卵殻の発見、高知県、鹿児島県、沖縄県での妊娠ザメと臨月の胎仔の調査により、初めて本種が卵食性型の胎生であることを解明した。19個体の臨月の胎仔の平均全長は141cm、同体重は25.4kg、最大個体は全長151cm、体重31kgになり1腹胎仔数は3-10尾、出産全長120-150cmであり、分娩海域は紀伊半島から沖縄に至る日本列島の南西海域であることがわかった。アオザメは卵食性であることは報告されているが、沖縄産の全長337cmの妊娠ザメの胎仔16尾を調査し、卵食性を確認した。これは本種の卵食性報告では3例目である。1995年、台湾で捕獲された妊娠ジンベエザメの調査に参加し、本種が卵黄依存型胎生の繁殖様式であることを明らかにし、また飼育にも成功した。

 飼育下繁殖の成功度は、指標となる新生仔生存率からみても卵黄嚢胎盤型、胎盤類似物型の種が高い。最も進化していると目されるこれらの様式の種が、飼育下で良好な繁殖を示すのは、彼等が新しい環境への適応力が高いことを示していると云えよう。

 飼育の利点は標本や野生観察では得られぬ生体からの情報を獲得することにある。槽内で展開される繁殖行動をより多面的に正確に記録する技術を向上させ、未調査の性ホルモン動態、血液性状、浸透圧調節、年令査定等に関する資料を飼育個体を傷つけることなく入手する技術を開発することにより、繁殖生態の解明が期待される。また、飼育で得られた情報を野生状態に応用できるように改良を加えれば、繁殖生態の全体像を明らかにすることも可能となる。

審査要旨

 板鰓類(サメ・エイ類)は近年世界各地で生息数の減少や絶滅の危機が指摘されている。有効利用するにせよ保護を行うにせよ,まず必要なことは資源評価の基礎となる繁殖生態の解明である。しかし,野外での観察や研究が困難なため,板鰓類の繁殖に関する知見はきわめて乏しいのが視状である。そこで,本研究では沖縄水族館における飼育観察と野外における標本採集から,沖縄周辺海域に分布する板鰓類の繁殖生態を明らかにし,板鰓類の資源管理の基礎を築いた。本論文の概要は以下の通りである。

 第1章の緒論では,板鰓類の繁殖生態に関する過去の報告を概括し,また沖縄周辺海域に分布する板鰓類の種類を整理して,沖縄水族館が現在までに世界にぬきんでた板鰓類の繁殖を行った実績を総括した。

 第2章では本研究が水族館で飼育した18種と周辺海域から採集した13種に基づいて行われたこと,また繁殖様式をまず卵生と胎生に2分し,胎生を偶発胎生と真正胎生に分け,真正胎生を卵黄依存型と母体依存型,さらに母体依存型を卵食・共食い型,胎盤類似物型,卵黄嚢胎盤型に大別した。繁殖行動は,交尾前行動,交尾行動,分娩に分け,卵生種については産卵行動も観察したことを記述した。

 第3章では沖縄周辺海域に分布する種類が現在まで119種知られていること,また上述の区分に従って繁殖様式を分類すると,もっとも多い様式は卵黄依存型胎生で40種,次いで卵生が26種,胎盤類似物型胎生が21種,卵黄嚢胎盤型胎生が19種,卵食・共食い型胎生が9種,偶発胎生が2種であることを明らかにした。また,沖縄水族館の飼育種の繁殖様式では,卵生4種,胎生は12種であった。

 第4章では沖縄水族館における飼育記録を包括し,現在まで71種の飼育に成功し,最長はサメ類ではオオメジロザメの20年5ヶ月,エイ類ではウシバナトビエイの23年4ヶ月で共に世界最長記録となったことを記述した。この他,日本最長の飼育記録は4種を数えた。新生児から1年以上生存したものがサメ類で7種,エイ類で3種であり,ネムリブカでは同腹の番から3世代飼育に成功したことを記載した。

 第5章ではまず飼育下での繁殖記録を世界と日本に分けて総述した。また,沖縄水族館での飼育観察から,交尾行動,産卵・分娩記録,孵化・妊娠日数,性成熟年齢と繁殖開始の大きさ,第3世代の繁殖,産仔数又は産卵数,飼育板鰓類の繁殖期,さらに野外から採集した種類の繁殖生態を解明した。合計23種の交尾行動を観察した結果,交尾パターンは,巻きつき型,並行型,交叉型,腹腹型,腹背型A(雄が上位),腹背型B(雌が上位)の6型に分類できた。メジロザメ類では分娩時の胎仔は腹面上向きの尾位が正常であることも初めて明らかにした。また,ホオジロザメの繁殖様式が共食い・卵食型で,1腹当たりの胎行数は3-10尾であることも本研究で初めて解明した。さらに,ジンベエザメの繁殖様式が卵黄依存型胎生であることも世界に先駆けて報告した。

 第6章は考察で,飼育下の繁殖成功度を新生仔の生存率を指標として概観すると,卵黄嚢型胎生と胎盤類似物型胎生がもっとも高く,これらの型において新しい環境への適応力が高いことを推測した。また,飼育下で得られた繁殖に関する様々な情報を改良して野生の板鰓類に応用すれば,板鰓類全体の繁殖生態の解明が可能であり,ひいては板鰓類の資源推定も可能になることを論じた。

 以上要するに,本論文は沖縄周辺海域における板鰓類の繁殖生態を明らかにすることにより,板鰓類の適正利用や保護を行う際の重要な基礎的知見を提供したもので,学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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