学位論文要旨



No 214330
著者(漢字) 坂井,良成
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,リョウセイ
標題(和) 骨組織に存在するActivinの骨代謝調節における生理的役割
標題(洋)
報告番号 214330
報告番号 乙14330
学位授与日 1999.05.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第14330号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 西原,眞杉
内容要旨 1.緒論

 骨局所では,破骨細胞と骨芽細胞が協調して骨吸収と骨形成を繰り返している.骨代謝を調節する局所因子として,骨基質に存在する蛋白因子が重要な役割を担うと考えられている.BMPは異所性に骨形成を誘導する活性を指標に,TGF-は軟骨誘導活性を指標に骨基質から単離精製されたが,いづれもTGF-スーパーファミリーに属する.

 Activinは赤芽球分化誘導因子として,また下垂体のFSH分泌を促進するタンパク質として発見され,TGF-スーパーファミリーに属する.Activinは様々な細胞の分化と増殖の調節,発生過程の器官形成の制御に関与することが知られているが,近年,Activinも骨基質中に存在することが明らかとなった.

 本研究では,骨組織に存在するActivinが骨代謝のさまざまな過程にどのように関与しているかを明らかにするため,骨基質中に存在するActivinの由来,骨吸収過程における骨基質からのActivin放出のダイナミックスを検討し,更にActivinの骨吸収系及び骨形成系に対する作用を検討した.

2.骨組織に存在するActivinの由来

 ラット緻密骨の骨基質中からActivinを抽出し,バイオアッセイを用いて定量した.骨基質中には,血液中と比較して遙かに高濃度のActivinの存在が認められた.Activinの血中濃度が卵巣摘出や加齢に伴い低下するのに対して,骨基質中のActivin量は逆に増加した.そこで,骨組織でActivinが産生される可能性を考え,培養系におけるActivin産生を測定した.ラット頭蓋骨より分離した細胞の初代培養及び骨芽細胞系細胞株MC3T3-E1細胞の培養で培養上清中にActivinの蓄積が確認された.免疫組織染色では骨折後の骨形成過程の骨芽細胞にActivinの局在が見られた.これらの結果から,骨芽細胞が骨形成の過程でActivinを産生し骨基質中に貯蔵すると考えられた.

3.骨吸収に伴う骨組織からのActivin放出

 骨吸収過程における骨からのActivin放出を,新生マウス頭蓋骨の器官培養系を用いて解析した.骨吸収因子が存在しない場合は,培養上清中へ離脱してくるActivin量は微量であったが,PTH,prostaglandin E2,IL-1は骨組織からのActivin放出を促進した.Activin放出の各骨吸収因子に対する濃度依存性,経時変化は,骨吸収活性の濃度依存的及び経時的変化とほぼ一致した.逆にPTHによる骨吸収をビスフォスフォネートにより抑制すると,骨組織からのActivin放出は完全に抑制された.これらの結果から,Activinの骨からの放出は骨吸収そのもに依存すると考えられた.一方,骨から分離した細胞のActivin産生にPTHやビスフォスフォネートは全く影響しなかった.骨基質中にはActivinが多量に存在すること,骨組織からのActivin放出が骨吸収とカップルする事を考え合わせると,骨から放出されるActivinは骨基質中に貯蔵されたActivinに由来すると考えられる.

 吸収に伴い骨から放出されるActivinは,生来のActivinの生物活性を保有しており,バイオアッセイで活性を示し,またActivin結合蛋白follistatinにより活性が中和された.培養上清中のActivinは,従来知られている生理活性を十分示す濃度であり,周辺の細胞にパラクリンの様式で何らかの生理的機能を発揮する可能性は十分考えられた.

4.骨吸収系におけるActivinの作用

 マウス骨髄細胞培養系におけるActivinの破骨細胞形成に対する作用を検討した.Activinは破骨細胞様の細胞形成を促進した.これらの細胞の多核性,破骨細胞特異的酵素の発現,また,活性型ビタミンDやPTHにより形成された破骨細胞との形態比較から,破骨細胞そのものと考えられた.

 マウス頭蓋骨の器官培養系においても,Activinは破骨細胞の形成を促進した.しかし,器官培養系でPTHが強力な骨吸収活性を示したのに対して,Activinは全く骨吸収作用を示さなかった.Activinは破骨細胞形成の初期段階を促進するが,分化した後の破骨細胞,あるいは既に存在する破骨細胞の活性化には作用しないと考えられた.

5.骨形成系におけるActivinの作用

 ラット腓骨骨折モデルにActivinを全身性に投与し,骨折治癒過程に対するActivinの作用を検討した.Activinは骨折後の骨形成を促進し,治癒過程の腓骨の重量,サイズ及びミネラル量,更には癒合過程の強度を増加させた.骨折局所への投与でも同様な治癒促進作用が見られ,Activinの骨形成促進作用は骨折局所への直接作用によると考えられた.骨芽細胞系細胞株や骨から分離した骨芽細胞の培養で,Activinが細胞増殖とコラーゲン合成を促進することが知られている.また,骨折後,骨形成部位の骨芽細胞にActivin受容体の発現が報告されている.従って,Activinは骨芽細胞に直接作用して骨形成を促進したと考えられる.

 骨折は内軟骨性骨形成及び内骨膜性骨形成により修復されるが,Activinは両方の過程を促進した.骨折癒合の初期過程は主に内軟骨性骨形成によるが,Activinは骨折治癒過程初期の骨強度を増加させ,組織学的にもActivinによる骨折間隙の内軟骨性骨形成促進が観察された.一方で,主に内骨膜性に形成されることが知られる骨折周縁部にActivinによる横断面サイズの増加が見られ,対応する部位の組織学的検討でActivinの内骨膜性骨形成促進が観察された.Activinは非骨折骨でも骨幹部の強度及び骨量を増加させたが,骨横断サイズの増加からActivinは非骨折骨で外骨膜の骨膜性骨形成を促進すると考えられた.

 Activinは骨折治癒過程早期の骨強度を増加したが,骨強度が正常な骨の値まで回復した時点でそれ以上の強度増強は見られなかった.組織学的検討で,Activinの骨形成促進は,対照群で骨形成されない部位には見られず,正常な骨折治癒過程で骨形成される部位に限局することが示された.これらの結果から,Activinは骨形成過程の骨形成は促進するが,休止期の骨芽細胞には作用しないと考えられた.即ち,Activinは骨形成の開始に関わるのではなく,骨形成過程の促進的調節に関与していると考えられた.

6.総括

 本研究では,骨基質中には生理的に意味のある量のActivinが貯蔵されていること,骨基質中からのActivin放出が,骨吸収にカップルしていることを示した.これらは,Activinが骨代謝の調節において極めて重要な役割を担っていることを示唆する.骨は絶えず再構築(リモデリング)を繰り返しているが,この過程では骨吸収に引き続き,毛細血管の侵入,骨芽細胞の前駆細胞の増殖と分化,一方で骨吸収前線で寿命を迎えた破骨細胞の除去と破骨細胞の前駆細胞の供給等の一連の過程が進行する.リモデリング過程で起こる一連の事象のトリガーは骨吸収と考えられ,骨吸収の起こったことを近傍へと伝える情報伝達分子の存在が想定される.Activinが骨吸収に伴い骨基質から生理活性を保持した形で放出されること,外因性Activinがin vitroで骨芽細胞に作用しin vivoで骨形成を促進することから,Activinはリモデリングにおける骨吸収と骨形成の共役を司る局所性の情報分子の一つと考えられる.また,本研究で破骨細胞分化の初期段階におけるActivinの促進的作用が示唆された.Activinは,リモデリングの過程で破骨細胞のリクルートメントにも関与する可能性が考えられる.

 Activinやその受容体を欠損したマウスでは骨格の構成に発生上の大きな欠損は観察されていないが,しばしば上顎骨の閉鎖不全(口蓋裂)が見られ,鼻口が低いことから頭蓋顔面の成長不全が推測されている.このようなノックアウトマウスの表現形の変化は,Activinが胎生期の骨組織で発現していることも考え合わせると,内因性のActivinが胎生期の骨形成を加速する役割を担うことを示唆している.骨折治癒過程は胎生期の骨形成過程の繰り返しであるとも言われているが,骨折過程でもActivinは骨形成の開始に関わるのではなく,骨形成の促進的調節に関わると考えられた.本研究ではActivinの全身投与が非骨折骨の太さを増加させることを示したが,成長過程の外骨膜性骨形成にActivinが促進的に作用した結果と解釈できる.

 Activinの形成促進作用は他のTGF-スーパーファミリーの蛋白分子とは異なると考えられる.BMPは異所性骨誘導活性を有し骨形成の開始に関わると考えられている.Activinは異所性骨を誘導しないが,BMPの異所性骨形成を促進する事が知られており,この過程でも骨形成の加速に与ると考えられる.TGF-は大腿骨への局所投与で軟骨を誘導することが知られているが,Activin局所投与による軟骨の増加は見られなかった.これら3つのサイトカインは互いに機能分担して骨形成を調節すると考えられる.

 骨の構造には生体のカルシウム摂取量等の環境や骨に加わる力の環境に適応して合目的的な変化が起こる.骨は絶えずリモデリングすることにより環境への柔軟な適応を可能にしている.Activinは骨折治癒,成長,発生の過程で骨形成を加速すると考えられた.骨形成時に骨芽細胞により産生され骨吸収時には骨基質から放出されるActivinは,このような機能を通じて骨の環境への適応力を高める役割を担っているのであろう.

審査要旨

 骨は常に吸収と形成を繰り返しリモデリングする組織である.ヒトの骨組織は2年のうちに完全に置き換わると言われている.骨のリモデリングの生理的意味は,骨を構成する細胞を新しいものに置き換えること,変成するマトリックス・タンパク質を更新すること,さらに骨に加わる力の環境に適応した形態の変化を惹起することなどにあると考えられる.リモデリングの過程では緻密骨,海綿骨共に骨吸収と骨形成が起きるが,このトリガーは骨吸収と考えられるから,骨吸収以後の複雑な過程を誘起する情報伝達分子の存在が想定されなければならない.本論文はTGF-スーパーファミリーのBMPやTGF-と並んで,このような情報伝達分子の1つとして考えることができるアクチビンを主題に骨代謝における意義を追究したものである.

 第1章では,アクチビンはリモデリング過程においては,まず骨吸収の情報分子として機能するとともに,分化した骨芽細胞に作用してその骨形成を促進的に調節する分子としての機能が強く示唆された.すなわち,アクチビンが骨芽細胞で合成され,これが骨基質に高濃度に蓄積され,骨吸収に伴い骨基質から放出されることが種々の検討から示されている.

 第2章では,骨吸収過程でアクチビンが確かに骨基質から放出されること,放出されたアクチビンは生物活性を持つことを示している.すなわち,前者は骨吸収因子として知られているPTH,PGE2,IL-1のいずれによっても,培養上清中のアクチビン濃度の上昇が観察され,カルシウム放出の動態を同時にモニターすることで証明している.後者については,放出されたアクチビンをバイオアッセイ,フォリスタチンとの結合性あるいはHPLC上での挙動などから確かめている.さらに,放出されたアクチビンの大半が骨基質に貯蔵されていたもので,骨吸収刺激によりその時点で合成・放出されたものでないことを詳細な実験で確認している.

 第3章では,吸収過程で活性型として放出されたアクチビンが,直接または間接的に破骨細胞誘導の制御に関与する可能性を示している.すなわち,アクチビンは骨髄細胞培養系で単独で,また,1,25-(OH)2D3やPTHの存在下ではそれらの破骨細胞形成活性をさらに促進し,このメカニズムが1,25-(OH)2D3やPTHのそれとは異なることを示している.そして,骨器官培養系でPTHが強力な骨吸収活性を示したのに対して,アクチビンが全く骨吸収作用を示さなかったことから,アクチビンは破骨細胞形成の初期段階の分化を促進するが,分化した後の破骨細胞,あるいは既に存在する破骨細胞を活性化して骨吸収作用を発揮させる作用はないと考察している.

 第4章ではアクチビンが仮骨形成を促進し,骨折治癒を促進することを示している.すなわち,アクチビンの全身投与,局所投与で骨形成促進作用が見らわること,骨芽細胞にはアクチビン受容体が存在すること,また,骨形成部位の骨芽細胞にはアクチビン受容体が発現することから,アクチビシは骨芽細胞に直接作用して骨形成を促進したと考察している.第1章でアクチビンが骨折後の内軟骨性骨形成部位,内骨膜性骨形成部位に広く発現することが示されているので,この作用は生理的なものであるとしている.なお,第2章で骨折後の骨吸収過程で骨基質からアクチビンが放出されることが示されているので,本章の全身投与,局所投与のアクチビンが骨形成促進効果を示したという結果は,自律的に放出されるアクチビンではアクチビンの骨形成促進反応は最大に達していなかったと解釈できる.

 外生的なアクチビンは骨折治癒過程早期の骨強度を増加したが,骨強度が正常な骨の値まで回復した時点ではそれ以上の強度増強は見られなかった.また,BMPのような異所性骨形成作用は見られなかった.また,骨折していない骨の太さを増加させることについては,第1章で示したようにアクチビンの局在は正常な骨の骨膜細胞にも弱いながらアクチビシの局在が見られることを引用して,内因性アクチビンが成長過程の骨膜性骨形成にも関与している可能性を指摘している.

 以上のごとく,本研究は骨基質に貯蔵されたアクチビンが骨吸収系,骨形成系に作用して骨代謝調節に与るという独創的な知見を示している.このようなアクチビンの作用は,一部の他の成長因子の作用とオーバーラップしつつ発現しており,複数の成長因子群が骨代謝全般を調節していることが論文の前提であることがしばしば言及されており,本論文の結論は極めて合理的なものある.骨代謝異常は獣医学領域でも極めて重要な分野であり,本論文が示したアクチビンに関する新しい知見は,この分野の研究に一石を投じたものと評価された.よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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