学位論文要旨



No 214331
著者(漢字) 魚戸,浩一
著者(英字)
著者(カナ) ウオト,コウイチ
標題(和) 新規タキサン誘導体の創製に関する研究
標題(洋)
報告番号 214331
報告番号 乙14331
学位授与日 1999.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14331号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨

 抗腫瘍性天然物でおるタキソールTM(1,Fig.1)は、前臨床試験において、多くの癌に著効を示すことが認められ、進行性卵巣癌(92年12月)および乳癌(94年4月)の治療剤として米国食品医薬品局(FDA)より承認された。一方、タキソテールTM(2)は、1よりわずかに良好な活性を示すローヌ・プーラン・ローラー社が開発した半合成タキサン誘導体でおる。2もまた最近、FDAより転移性の乳癌(96年5月)に対する治療剤としての適応が認められ、臨床においてタキソール以上の効果が期待されている。両薬剤は、微小管の安定化および過剰形成を引き起こすことにより、細胞分裂を阻害することで抗腫瘍活性を発現し、これまでの抗癌剤にはない新規作用機序を有する。両タキサン化合物は、卵巣癌、乳癌などの固形癌に対し優れた有効性を示すものの、P-糖蛋白により多剤耐性を獲得している腫瘍(結腸癌、膵臓癌など)に対しては難治性であるという欠点を有し、さらに作用機作から起因される末梢神経症状の発現ならびに水に対する溶解度が、極めて低いことより、タキソールはCremophor ELTMを、タキソテールはTween 80TMを溶媒として使用しているため、投与後に現れるヒスタミン遊離作用による過敏症反応を防止するため、ステロイド剤および抗ヒスタミン剤による前処置が必要であるなどの問題点を抱えている。以上の背景から、著者は臨床においてタキソール以上の治療成績が期待されているタキソテール(2)を対照薬として位置づけ、10-deacetylbaccatin III(3,10-DAB III)を原料(Fig.1)として用い、「タキソテールが無効な多剤耐性腫瘍に対し有効性を示し、しかも毒性が低減され、水溶性に優れた新規タキサン誘導体の創製」を目的に以下に示した6つの点を中心に鋭意研究を行い、幾つかの成果を得た。

Figure 1

 i)タキソテール(2)の13位側鎖2’位水酸基が、抗腫瘍活性発現に重要な役割を果たしていることから著者は、その活性発現上の役割の明確化および対照薬(2)の耐性細胞株に対するin vitro活性向上を目的に、2の2’,2’-ジフッ素誘導体(3’位修飾型)を種々合成し、その抗細胞効果などを測定した。その結果、2のジフッ素誘導体(4b)が、2’-モノフッ素体(4a)と比較した場合、評価した細胞株(5種)に対し3-10倍の高活性を示すこと、耐性細胞株(アドリアマイシン耐性ヒト肺癌)に対しても2と比較し、活性が増強されることを明らかとした。さらに、3’位にヘテロ環を導入した2-フリル誘導体(4c)が、評価した全ての細胞株に対し2を凌駕する高活性を示し、2’位へのジフッ素基の導入が、フラン環を中心とした3’位置換基と組み合わせることによりin vitro抗細胞効果、特に多剤耐性株に対し活性増強効果を示すことを見出した(Fig.2)。

Figure 2

 ii)タキソテール(2)の構造活性相関の更なる解明を目的に、文献等で研究報告例がまったくないC-18位の修飾法の検討を行った。著者は、18位がアリル位であることに注目し、10-DAB III(3)の保護体(5)よりNBSにより18位のみが選択的にブロム化されることを見出すと共に、得られたブロム体(6)より構造修飾を実施し、18位修飾型新規誘導体を合成することに成功した。なお、合成した化合物の抗細胞効果は、すべて2よりも低活性であったが、18位部分が抗腫瘍活性発現に非常に重要な役割を果たしていることを初めて明らかにすることができた(Fig.3)。

Figure 3

 iii)2’位水酸基と同様に、抗腫瘍活性発現に必須であることが判明している4位アセチル基に着目し、10-DAB III(3)を出発原料とし10位修飾を考慮した場合に、非常に有用な新規4位修飾法を新たに見出した(Scheme1)。本反応は、13位ケトン体から4位アセトキシアニオンを発生させ、アルキルハライドを用い増炭させる独創的な反応であり、バッカチン骨格の反応性を考える上で有用な知見を与えると共に、得られた4位修飾型の母核(10)を利用し,次に述べる10位にタキソールの水溶化を指向した置換基を種々導入した誘導体を合成した。

Scheme 1

 iv)両タキソイド(1、2)の低水溶性を解決する手段として、C-2’,C-7あるいはC-10位の水酸基が、プロドラッグ合成のために利用されている。しかし、抗癌剤のプロドラッグ化は、癌患者間における酵素活性が非常に異なるため、不安定な臨床効果を示す可能性が高い。それゆえに、高い水溶性と両タキソイドと同等の抗細胞効果を持ち、生体内においても十分な安定性を有するプロドラッグでない水溶性タキソイドを開発することは重要と考え、著者はFig.4に示したような「10位に2級アミノエチル基を導入したタキソテール誘導体」をデザインし、それらを合成、評価した。その結果、in vitroにおいて2と同等の抗細胞効果を示す水溶性基としてチオモルホリノエチル基(化合物11)を見出し、先に述べた4位修飾法で合成した母核(10)を用い、さらに高い抗細胞効果を有し、水溶性が向上した12(メタンスルフォン酸塩の溶解性:391g/ml)などを獲得することに成功した。

Figure 4

 v)さらに著者は、高活性を維持しつつ水溶性が向上したプロドラッグでない誘導体の獲得を目標に、10位エーテル型の知見をもとに、10位アルキル型タキサン誘導体をデザイン、それらの合成を検討した(Fig.5)。その結果、10-Xanthate体(13)と適当なアルケンを用い、n-Bu3SnHにてラジカルカップリングすることにより目的物(14)に誘導可能であることを見出した。さらに、14よりアルキル鎖の末端に極性基を導入したタキソテール(2)のアナログを種々合成し、上記10位エーテル型誘導体の知見と合わせ、a)10位には、ある程度大きな置換基を導入しても活性に影響しないが、許容範囲を超えると活性が大きく低下すること、b)末端置換基の極性を上げすぎると活性が大幅に減少することなどを明らかとした。

Figure 5

 vi)著者は、これまで説明した研究成果を総合して、10位エーテル型誘導体である12(Fig.6)が、対照薬(2)が無効な多剤剛性腫瘍に対し有効性を示し、水溶性に優れた新規誘導体として、最も可能性の高い薬剤であると位置づけ、2に対し低感受性であることが確認されているマウス繊維肉腫Meth Aおよびヒト肺癌PC-12マウスを用いたin vivo試験を実施した(Table1,2)。その結果、12は15mg/kg近傍の静脈内投与により、両腫瘍ともにIR70%以上の高活性を示した。なお、in vivo薬効評価研究と連動して、毒性についても検討を行った。その結果、12はタキソテール投与群と比較し、作用機作から起因される末梢神経症状は、全く認められずタキソテール(2)と比べて明らかに軽度であった。以上、10位エーテル誘導体である12は、2が無効な腫瘍に対し、マウスin vivo試験においても有効性を示し、そのメタンスルホン酸塩も水溶性に優れた誘導体であることが明確になった。今後、化合物(12)は、臨床に入れるか否かの資質を見極めるべく、前臨床研究を実施していく予定である。著者は、本研究により創製された新規タキサン誘導体から得られた知見・成果が、今後の優れた新規抗癌剤の開発に寄与できるものと確信する。

Figure 6図表Table 1.Meth Aに対する12の抗腫瘍効果 / Table 2.PC-12に対する12の抗腫瘍効果
審査要旨

 抗腫瘍性天然物であるタキソールTM(1,Fig.1)は、進行性卵巣癌(92年12月)および乳癌(94年4月)の治療剤として米国食品医薬品局(FDA)より承認された。一方、タキソテールTM(2)は、1よりわずかに良好な活性を示す半合成タキサン誘導体である。2もまた最近、FDAより転移性の乳癌(96年5月)に対する治療剤としての適応が認められ、臨床においてタキソール以上の効果が期待されている。両薬剤は、これまでの抗癌剤にはない新規作用機序を有する。しかしながら、両タキサン化合物は、卵巣癌、乳癌などの固形癌に対し優れた有効性を示すものの、P-糖蛋白により多剤耐性を獲得している腫瘍(結腸癌、膵臓癌など)に対しては難治性であるという欠点を有し、さらに作用機作から起因される末梢神経症状の発現ならびに水に対する溶解度が、極めて低いことより、タキソールはCremophor ELTMを、タキソテールはTween 80TMを溶媒として使用しているため、投与後に現れるヒスタミン遊離作用による過敏症反応を防止するため、ステロイド剤および抗ヒスタミン剤による前処置が必要であるなどの問題点を抱えている。以上の背景から、魚戸浩一はタキソテール(2)を対照薬として位置づけ、10-deacetylbaccatin III(3,10-DAB III)を原料(Fig.1)として用い、「タキソテールが無効な多剤耐性腫瘍に対し有効性を示し、しかも毒性が低減され、水溶性に優れた新規タキサン誘導体の創製」を目的に以下の点を中心に研究を行い、幾つかの成果を得た。

Figure 1

 i)タキソテール(2)の13位側鎖2’位水酸基の活性発現上の役割の明確化および対照薬(2)の耐性細胞株に対するin vitro活性向上を目的に、2の2’,2’-ジフッ素誘導体(3’位修飾型)を種々合成し、その抗細胞効果などを測定した。その結果、2のジフッ素誘導体(4b)が、2’-モノフッ素体(4a)と比較した場合、評価した細胞株(5種)に対し3-10倍の高活性を示すこと、耐性細胞株に対しても2と比較し、活性が増強されることを明らかとした。さらに、3’位にヘテロ環を導入した2-フリル誘導体(4c)が、評価した全ての細胞株に対し2を凌駕する高活性を示し、2’位へのジフッ素基の導入が、フラン環を中心とした3’位置換基と組み合わせることによりin vitro抗細胞効果、特に多剤耐性株に対し活性増強効果を示すことを見出した(Fig.2)。

Figure 2

 ii)タキソテール(2)の構造活性相関の更なる解明を目的に、C-18位の修飾法の検討を行った。魚戸浩一は、18位がアリル位であることに注目し、10-DAB III(3)の保護体(5)よりNBSにより18位のみが選択的にブロム化されることを見出すと共に、18位修飾型新規誘導体を合成することに成功した。なお、合成した化合物の抗細胞効果は、すべて2よりも低活性であったが、18位部分が抗腫瘍活性発現に非常に重要な役割を果たしていることを初めて明らかにすることができた(Fig.3)。

Figure 3

 iii)抗腫瘍活性発現に必須であることが判明している4位アセチル基に着目し、10-DAB III(3)を出発原料とし10位修飾を考慮した場合に、非常に有用な新規4位修飾法を新たに見出した(Scheme 1)。得られた4位修飾型の母核(10)を利用し,次に述べる10位にタキソールの水溶化を指向した置換基を種々導入した誘導体を合成した。

Scheme 1

 高い水溶性と両タキソイドと同等の抗細胞効果を持ち、生体内においても十分な安定性を有するプロドラッグでない水溶性タキソイドを開発することは重要と考え、魚戸浩一はFig.4に示したような「10位に2級アミノエチル基を導入したタキソテール誘導体」をデザインし、それらを合成、評価した。その結果、in vitroにおいて2と同等の抗細胞効果を示す水溶性基としてチオモルホリノエチル基(化合物11)を見出し、先に述べた4位修飾法で合成した母核(10)を用い、さらに高い抗細胞効果を有し、水溶性が向上した12(メタンスルフォン酸塩の溶解性:391g/ml)などを獲得することに成功した。

Figure 4

 iv)魚戸浩一は、これまで説明した研究成果を総合して、10位エーテル型誘導体である12が、対照薬(2)が無効な多剤耐性腫瘍に対し有効性を示し、水溶性に優れた新規誘導体として、最も可能性の高い薬剤であると位置づけ、2に対し低感受性であることが確認されているマウス繊維肉腫Meth Aおよびヒト肺癌PC-12マウスを用いたin vivo試験を実施した。その結果、12は15mg/kg近傍の静脈内投与により、両腫瘍ともにIR70%以上の高活性を示した。なお、in vivo薬効評価研究と連動して、毒性についても検討を行った。その結果、12はタキソテール投与群と比較し、作用機作から起因される末梢神経症状は、全く認められずタキソテール(2)と比べて明らかに軽度であった。以上、10位エーテル誘導体である12は、2が無効な腫瘍に対し、マウスin vivo試験においても有効性を示し、そのメタンスルホン酸塩も水溶性に優れた誘導体であることが明確になった。今後、化合物(12)は、臨床に入れるか否かの資質を見極めるべく、前臨床研究が実施される予定である。

 以上、魚戸浩一の研究は、医薬化学研究として非常にレベルの高いものであり、博士(薬学)として十分な成果であると認めた。

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