Ca2+要求性動物レクチン(C型レクチン)ファミリーに属するヒトマクロファージレクチン(HML)は、galactose(Gal)およびN-acetylgalactosamine(GalNAc)に親和性を示し、特にGalNAc-threonine構造、いわゆる腫瘍抗原であるTn抗原に結合することが明らかにされている。レクチンと糖鎖との相互作用は一般的に弱いものであり、マルチバレントとしての相互作用が機能的な役割を果たすものと推測される。Tn抗原はO-結合型糖鎖の最小の糖鎖構造であることから、この抗原をマルチバレントとして提示する分子としてserimne(Ser)/threonine(Thr)を多く含んだムチンが挙げられる。その一つのMUC2ムチンでは、23個のアミノ酸を1ユニットとしたタンデムリピートを有し、この1ユニットにはThrを14個含んでいる。そのThrの配置も、連続して並んだ部分あるいはproline(Pro)などを挟んで一つ置きに配置される部分と独特である。糖鎖はこれら全てのThrには付加せず、ある一定の位置に付加すると考えられる。プチド上における、糖鎖の決まった付加位置により造られる配列を<糖鎖コード>としてとらえてみると、異なる<糖鎖コード>は、バーコードの如く、異なった意味を持つことが想像される。この<糖鎖コード>を規定する一因として、Ser/ThrへのGalNAcの付加を担う酵素(O-GalNAc転移酵素)の基質特異性が考えられる。現在迄に、ヒトO-GalNAc転移酵素は3種類のisozyme(T1,T2,T3)が報告され、さらに十数種類程度の存在が示唆されている。このことは、O-結合型糖鎖の決まった付加位置により造られる配列<糖鎖コード>は、各酵素の基質特異性に加えて発現スペクトラムなどにより規定されることを想像させる。そこで、<糖鎖コード>を解読する試みとして、大腸癌細胞株により造られる<糖鎖コード>のライブラリーを作製した。第2に、いくつかの糖鎖コードに対するマクロファージレクチンの親和性を比較検討し、高い親和性を示す糖鎖コードの検出を試みた。最後に、糖鎖コードの合成機序の解明を、遺伝子組換え型GalNAc転移酵素isozyme T1,T2,T3を用いて検討した。 大腸癌細胞株LS174Tによる基質特異性と糖鎖コードライブラリーの作成 糖鎖コードの鋳型として、MUC2ムチンのタンデムリピート部分の配列に基づく、オーバーラップする5種類の合成ペプチドを用いた。Thrが連続して並んだ部分のFM2-1ペプチドあるいはProを挟んで一つ置きにThrが配置された部分のFM2-3ペプチトなどの様な特徴的な部分を分割した。連続したThrを含むFM2-1ペプチド(PTTTPITTTTK)について、in vitro GalNAc付加反応を行った後、逆相HPLCにより糖ペプチドを分取したところ、早い溶出時間にpeak aからfが得られた。それぞれのpeakについてMALDI-TOF MSによる質量測定を行ったところ、各ピークは1個から7個のGalNAcの付加したペプチドであることが確認された。驚くべきことに、FM2-1ペプチドの7ケ所全てのThr残基にGalNAcが付加されることが明らかとなった。 ペプチドシークエンサー分析によりGalNAcの付加位置を同定したところ、HPLCの各ピークは、それぞれの個数のGalNAcが一定の位置に付加したペプチドであった。一方、Proを挟んで一つ置きにThrを含むFM2-3ペプチドでは、酵素を追加し、反応時間を延長しても、全てのThr残基にGalNAcが付加することはなかった。 Table 1に示す様に、FM2-1ペプチドを鋳型としたとき、個数が異なり、付加位置の同定された、いくつかの<糖鎖コード>を示す糖ペプチドが得られた。また、大腸癌細胞株LS174TのMUC2に対する基質特異性は、一つ置きに配置されたThr全てにはGalNAcを付加しないが、連続したThrの全そにGalNAcを付加すること、すなわち、trimeric-Tn抗原(TGalNAc-TGalNAc-TGalNAc)が合成されていることが明らかとなった。 得られた<糖鎖コード>に対するマクロファージレクチンの結合親和性を検討した。 <糖鎖コード>に対するマクロファージレクチンの親和性 膜貫通ドメインを欠いた遺伝子組換え型ヒトマクロファージレクチン(rHML)を作製し、親和性の測定実験に用いた。C型レクチンスーパーファミリーは多量体を形成するものが多いことから、同rHMLについても化学架橋剤(DSSあるいはEGS)により多量体の検出を試みた。rHMLは化学架橋処理により、主に三量体の位置にバンドが認められ、三量体の形成が示唆された。またrHMLからトリプシン消化によりstalk部分を消化して得た糖認識部位(CRD)を同様に化学架橋処理したが、多量体のバンドは検出されなかったことより、rHMLはstalk部分を介して三量体化していることが示唆された。 GalNAcが1、3、5、6個付加した糖ペプチド(G1,G3,G5,G6)に対するHMLの親和性を表面プラズモン共鳴測定装置および蛍光偏向度測定装置を用いて比較検討した。 表面プラズモン共鳴測定装置では、各糖ペプチドを固定化したセンサーチップに、種々の濃度のrHMLを流し、real timeで結合及び解離を観察した。何れの個数のGalNAcが付加したペプチドに対してもCa2+依存性、レクチン濃度依存性の結合が観察され、糖鎖が付加していないペプチドへの結合は観られなかった。反応速度論の解析から算出した解離定数(KD)を比較すると、糖鎖の個数に応じて親和性の増大が観察され、G1で1.0x10-6、G3で4.4x10-7,G5で1.9x10-7,そしてG6で1.5x10-7(M)であった(Table 1)。興味深いことに、過剰量(100pmol)の糖ペプチドをセンサーチップ上に固定化すると、何れの個数の糖ペプチドでも解離速度定数(Kdiss)の低下に起因した親和性の増大が観察された。また、高い親和性が観察される場合、いずれも抗trimeric-Tn抗体の結合が観られたことより、<糖鎮コード>としてtrimeric-Tn抗原(TGalNAc-TGalNAc-TGalNAc)が重要であることが示唆ざれた。固相化の影響を考慮して、糖ベプチド、レクチン共に液相における相互作用を蛍光偏光度測定装置により、再度同様の糖ペプチドに対する親和性を測定した(Table 1)。蛍光標識されている糖ペプチドと種々の濃度のrHMLを反応させた後、蛍光偏光度を測定し、Scatchard解析により親和定数を求めた。この方法においても、糖鎖個数の増加に伴った親和性の増大が観察され、解離定数は固相化ペプチドとの相互作用から得られた値とほぼ同様であった。一方、単量体で存在すると思われるCRDでは糖鎮個数の増加に伴った顕著な親和性の増大は認められなかった。従って糖鎖個数の増加に伴う親和性の増大には、rHMLの三量体形成が寄与することが示唆された。 Table 1 KD determined from interaction of glycopeptides with rHML or CRD. マクロファージレクチンの三量体形成の寄与により、GalNAc個数の増加に伴う親和性の増大が観察され、<糖鎖コード>としてtrimeric-Tn抗原が高い親和性には重要であることが示唆された。 このtrimeric-Tn抗原の合成機序解明に焦点をあて、連続したThr残基に対するO-GalNAc転移酵素アイソザイムの基質特異性を次に検討した。 三連続したThr残基に対するO-GalNAc転移酵素T1,T2,T3の基質特異性 大腸癌細胞株LS174T出来酵素は、三連続したThrを含むペプチド(FM2-12,PTTTPLK)に対しても、全てのThrにGalNAcを付加し、trimeric Tn抗原を合成したことより、このペプチドをtrimeric-Tn抗原の合成機序を解明するためのモデルとして解析した。 ヒトO-GalNAc転移酵素isozyme T1,T2およびT3によるGalNAc付加実験を行った後、逆相HPLCにより付加反応をモニターし、各ピークについてMALDI-TOF MS解析によりGalNAc付加個数を求めた。その結果、O-GalNAc転移酵素T1によるGalNAcの最大付加数は2個であり、T2は1個であった。T2でも酵素の増量および反応時間の延長により2個の付加が観られたが、全てのThrへは付加しなかった。一方、O-GalNAc転移酵素T3は、12時間迄に3個のGalNAcを付加した。すなわち、3ヶ所全てのThrへのGalNAc付加を達成し、trimeric-Tn抗原を合成した。また、各個数の糖ペプチドのGalNAc付加位置をベプチドシークエンサーにより同定し付加順序を推測したところ、T3ではC末端側のThrから順にGalNAcを付加し、T1やT2とは明らかに異なることが示された(Table 2)。 Table 2 Preferential Order of the GalNAc attachement O-GalNAc転移酵素isozyme T1,T2,T3のうち、T3のみがtrimeric-Tn抗原を合成する酵素であることが明らかとなった。 総括 1.ヒト大腸癌細胞株LS174T由来O-GalNAc転移酵素により、付加したGalNAc個数の異なり、付加位置が同定された<糖鎖コード>のライブラリーが得られた。 2.GalNAc付加ペプチドに対するマクロファージレクチンの親和性は、ペプチド上のGalNAc個数の増加に応じて増大した。高い親和性において、<糖鎖コード>としてtrimeric-Tn抗原の重要性が示唆された。 3.O-GalNAc転移酵素T1,T2,T3のうち、唯一T3は、三連続したthreonine残基全てにGalNAcを付加し、trimeric-Tn抗原を合成した。 |