本論文は7章から成る。第1章は序論、第2章は実験方法と装置の概要、第3章ではNCLラジカルの第1電子励起状態のマイクロ波スペクトル、第4章ではNCLの第2電子励起状態のマイクロ波スペクトル、第5章ではNFラジカルの第1,第2電子励起状態と振動励起状態のマイクロ波スペクトル、第6章ではNHDラジカルの基底状態のマイクロ波スペクトル測定とそれらの解析、そして、第7章では全体の要約が述べられている。 第1章では、過渡的な短寿命分子の高分解能分光法の歴史、マイクロ波分光法による分子の電子励起状態の研究をすることの意義、電気四重極、核スピンと分子回転運動とのカップリングがスペクトルにどのように影響を及ぼすかについて述べられている。 第2章では、実験の詳細が述べられている。実験はすべて光源変調型のマイクロ波分光器を用いて行い、電子励起状態化学種の測定は、液体窒素によって冷却した2mのパイレックス製のセルに試料ガスを希ガスで希釈して流し、直流放電することによって生成して行ったものである。 第3章では、NCLラジカルの第1電子励起状態(a1)のv=0,1振動状態の回転スペクトルについて述べられている。この場合、窒素と塩素の核スピンの超微細構造への寄与が同程度であるために、従来の角運動量の結合様式によるエネルギー準位の記述が適していない。そこで、新しい結合様式を考案して球面テンソルを用いて解析を行い、2つの振動状態に対して分子定数を求め、平衡構造を決定している。 第4章では、NCLラジカルの第2電子励起状態(b1+)のv=0,1振動状態の回転スペクトルについて述べられている。第3章と同様な実験によって解析を行った結果、結合の強さを表すパラメーターa0は基底状態から第1、第2励起状態へと大きくなるが、ポテンシャルの形状を表すa1,a2はほぼ一定に保たれていることが分かった。 第5章ではNFラジカルの第1電子励起状態(a1)および、第2電子励起状態(b1+)のv=0,1振動状態について同様なマイクロ波分光スペクトルの測定とその詳細な解析が述べられている。得られた分子定数、平衡構造やポテンシャル曲線に関する結果は第3,4章で述べたNCLと高い類似性を示している。 第6章では、4スピン系NHDラジカルのミリ波からサブミリ波のスペクトルの測定とその解析結果について述べている。NHDラジカルは星間空間の重水素濃縮に関する重要な知見を得るプローブとなりうる分子として注目されている。しかし、この分子には1つの電子スピンと窒素、水素、重水素の3つの核スピンによって非常に複雑なスペクトルになる。このような4スピン系についての超微細構造のエネルギー計算は、非対称コマについてはほとんど例が無く、その導出方法を新しく開発した。そして、最小二乗解析によって天体観測で最も重要な回転遷移である101-000と110-101を含む10本の回転遷移に対して、回転定数、遠心力ひずみ定数、遠心力項を含む微細構造定数、および、それぞれの核の超微細構造定数を精度良く決定することに成功した。そして、NH2ラジカルと異なり、対称性の低下によって回転励起による構造変化が超微細構造に現れたことを示した。 本論文は高分解能マイクロ波分光法の分子への応用研究であるが、それは大きく2つに分けられる。一つは不安定分子種の詳細な分子定数の決定であり、他の一つは複雑な4スピン系での超微細構造定数の決定である。いずれも複雑な核スピンと電子スピンとのカップリング、電気四重極子の効果を取り入れた斬新な解析法を開発して求められたもので、得られた情報は分子科学、特に星間分子科学、レーザー分光学などにおいて重要な価値を持ち、今後の発展に寄与するところ大である。 なお、本論文に述べられている研究成果は共著論文の形で公表済みであり、共著者は研究の指導者、研究協力者であるが、論文提出者の寄与が最も大きいと判断される。また、共著論文の内容を学位論文にすることについては、全ての共著者の承諾を得ている。 したがって、小林かおり氏は博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 |