斜面安定工法の一工法である法面保護工で、一般的な土木工事と異なって作業基面が高く、法面工という専門的特殊技能工が作業のほとんどを行い、急峻な法面という厳しい施工条件となる法面吹付け工と吹付け法枠工は、簡易な作業が主体であり、足場などが不要で他の工法より工事費が安価なため、これまで数多くの建設現場において施工が行われてきた。しかし、過去10年間にわたって吹付け工法の不良工事は増加し、工事完成後の竣工検査および会計検査院における指摘も増大している。1995年には集中的に会計検査対象になったこともあり、会計検査院の国会報告では、建設分野の不当指摘事項24件のうち9件(38%)が吹付け工法に関するもので、不良工事の定番という悪評判を受けている。 この原因は、吹付け工法で使用されているエアと称しているコンプレッサーの圧縮空気が、モルタル・コンクリートを押し上げ搬送する唯一の手段であったため、鉄筋コンクリート構造物として、以下に示すような不具合が発生したからである。 (1)搬送中および吹付け時に材料が分離し、コンクリート構造物の内部に強度のない部分が形成されやすいこと。 (2)高速で直線状にモルタル・コンクリートが吹付けられる結果、鉄筋の裏側に充填できない空洞部分が発生しやすいこと。 これらの不具合は、モルタル・コンクリートのノースランプ材料をエアにより高速で吹付けするため発生するものであり、吹付け工法の特性に由来するものと認識されていた。数多くの施工実績があるにもかかわらず、吹付け工法に関する学術的研究はほとんどされなかったのである。この理由は、急峻な高所法面を法面工がロープ1本にぶら下がって行う作業であるため、施工位置における品質管理の眼がゆき届きにくいという状況となり、鉄筋コンクリートとして高品質が要求される時代を迎えていたにもかかわらず、作業員に任せきりにしていて問題意識が不足し、技術的検討と改善を加えず施工してきたためと考えられる。この状況を放置すれば、吹付け工法によって構築される鉄筋コンクリート構造物は品質が保証されているとはいえず、信頼のおけない施工方法として消滅する運命と予想され、不具合を発生させない抜本的な対策が早急に必要と思われる。 本研究は、信頼される鉄筋コンクリート構造物の施工方法の一つとして位置づけられる現場打ち法枠工法の施工技術を確立することを目的とした。 これまでの吹付け工法における材料分離による強度不足と鉄筋裏側の空洞発生は、エアで搬送するという施工方法そのものに起因するので、所定の要求品質を保証することは不可能と考えられる。従って、この不具合を解決するためには、一般の土木工事で使用され安定した品質のモルタル・コンクリートを圧送できるコンクリートポンプを用いることが適切である。 高さ100m程度の高所の法面までコンクリートポンプで圧送可能とするため、モルタル・コンクリートのスランプは20cm程度が必要となるが、法枠へ打設されたモルタル・コンクリートは重力の作用で型枠からダレて所定の形状を保持することができない。型枠内のダレを防止するためには、ポンプ圧送された直後のスランプは10cm以下が望ましいが、その場合は圧送抵抗が著しく大きくなり、高所への圧送が不可能となる。これまでは、直径3インチの小口径輸送管による場合、高さ20m程度の法面へのモルタル・コンクリートの圧送実績しかなかった。 高所圧送を可能にするモルタル・コンクリートの材料特性として、圧送中にはスランプが大きくて圧力損失が小さいものであると共に、型枠に打設直後はスランプが小さくなり、ダレ抵抗性が大きくなることが要求される。さらに、ポンプ打ち工法でホース内の全断面に材料が充填された場合、ホースの重量が著しく大きくなり、足場の悪い厳しい施工条件で法枠工事が安全に作業できないという不具合も解消する必要がある。 圧送中は流動性を保持しつつ圧送直後の型枠内で流動性が低下し、型枠の形状どおり硬化するという材料特性は、レオロジー学による逆チキソトロピー(レオペキシー)性が該当する。高剪断速度の場合は粘性が小さく流動性を持ち、低剪断速度になると降伏値が大きくなって流動性がなくなるという特性を保有する材料を開発することを目指した。 さまざまな材料試験を行った結果、低剪断速度下でわずかながらレオペキシーを示し、高剪断速度下ではチキソトロピーを示す鉱物繊維セピオライトを選定した。室内試験においてセメントにセピオライトを少量混合すると、剪断速度にかかわらず運動後の抵抗剪断応力が上昇し、降伏値が運動前より大きくなるレオベキシー挙動を示すことが分かった。 ホース重量を軽くして作業性を向上させるために、ノズルより手前15mでエアを加えると、減水剤の効果が減少してスランプが大幅に低下することが分かった。エアによる加速でモルタル・コンクリートは攪拌され高剪断速度状態となって流動しやすくなり、型枠へ吐出直後のモルタル・コンクリートは、運動が停止すると低剪断速度状態となってゲル物質に変化し流動が抑制されたのである。すなわち、圧送中の吐出直前にエアを加えることによって、現場においても室内試験と同様なレオペキシー挙動によってダレ発生を防止することができた。このエア併用ポンプ打ち工法を開発することによって、圧送中はスランプ22cm程度で容易に圧送でき、吐出直前にエアを加えることによって減水剤効果を減少させてスランプを7cm程度に低下させ、高剪断速度状態のモルタル・コンクリートを型枠へ吐出して低剪断速度状態とし、降伏値を増加させて流動がなくなり、ダレを防止できるという要求性能を満足させる施工方法が確立できたのである。 硬化したモルタル・コンクリートは安定して圧縮強度28が300kgf/cm2以上を確保することができ、鉄筋コンクリート構造物として設計する場合のコンクリートの設計基準強度はf’ck=210kgf/cm2を保証できる施工方法と位置づけることができた。 圧送機械として、小口径でポンプ吐出圧力が大きく、内部圧力損失の小さいシリンダー貫入式ピストンポンプを開発した。しかし、モルタルの場合は所要の性能を発揮したが、コンクリートの場合は、シリンダーバルブの粗骨材のかみ込みによる漏水を防止することができなかったので、プツマイスター社製スイングバルブ式ピストンポンプを使用するのが適切と考えられる。 モルタル・コンクリートを製造プラントから高所へ圧送する輸送管は、直径3インチの鋼管を使用することとし、作業場所付近で使用するフレキシブルホースは、超高分子量ポリエチレンによる樹脂コーティングホースが圧力損失は小さく施工性が高いことが明らかになった。 モルタル・コンクリートの製造プラントの開発にあたっては、全自動製造プラントを目指すと共に、計量精度をコンクリート標準示方書で規定された規格値以下とするための改善を加えた。モルタル・コンクリートのコンシステンシー変動の原因である細骨材表面水の変化を把握するために連続水分計を設置し、この計測結果によってリアルタイムに細骨材量と水量の補正を行い、安定したスランプのモルタル・コンクリートを供給できるプラントとすることができた。 法枠工法の型枠として、溶接金網の主型枠および型枠高さの1/3まで使用が可能なクリンプ金網による不陸対応網を組合わせることによって、厳しい施工条件でも組立て作業が容易な型枠を開発できた。 本研究は、流動性とダレ防止能力という相矛盾する要求性能を、適切な材料の選定と配合設計、エア併用ポンプ圧送という新しい施工方法および安定した品質を保証できる製造プラント等の開発により、これまで不可能であった高さ100m程度の高所へ所要の強度を保持する均質なモルタル・コンクリートの供給を可能とした。 この技術開発の成果を適用することによって、これまでの法枠工法はもとより任意形状の抑止工も施工可能となり、信頼性の高い法面防災工法の新しい施工技術を確立したのである。 |