学位論文要旨



No 214340
著者(漢字) 吉田,武史
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,タケシ
標題(和) 回転型位置決め機構の残留振動低減設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214340
報告番号 乙14340
学位授与日 1999.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14340号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 教授 鯉淵,興二
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 助教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨 1.緒言

 位置決め機構を有する工業製品では,目標位置への高速な移動と高精度な位置決めの要求が強い.これに応えるため,本研究では,(1)位置決め動作中,および位置決め後の残留振動の要因を解明すること,(2)上記結果に基づいて,高速・高精度位置決めを実現するための機構設計法を開発し,それを具現化する新機構の提案と機能の検証を行なうことを主目的とし,回転型位置決め機構設計論をまとめた.

2.位置決め性能向上のための課題の抽出と定量化(1)

 高速・高精度な位置決めを行なう「運動伝達要素介在型位置決め機構」(駆動源で発生した力を減速機構等の運動伝達要素を介して位置決め機構に与える方式,代表例は,平行リンク機構ロボット)と「直接駆動型位置決め機構」(減速機構等の運動伝達要素を持たず,駆動源で発生した力を直接に位置決め機構に与える方式,代表例は,磁気ディスク装置)のそれぞれにつき,位置決めに障害となる振動の要因を調べ,位置決め性能向上のための課題の抽出と定量化を行なった.振動現象を考察するため,力学モデルを作成し(図1),これをもとに,モデルのどこをどのように変更すれば振動低減が可能かを力学的に考察した(表1).さらに,製品化において,要求機能を支配する設計制約条件を充分考慮した上で,設計の範囲を明確にし,要求機能実現手段へと展開しなければならないことを示した(図2).

図表図1 力学モデル / 表1 従来機構と新規提案機構のモデル比較 / 図2 位置決め機構に要求される機能,制約条件と,その機能を実現する手段(直接駆動型位置決め機構の代表例:磁気ディスク装置の場合)
3.位置決め動作中の微小振動解析法(2)

 平行リンク機構ロボットについて,機構系の運動による自由振動成分と,駆動系の強制力による強制振動成分を分離して扱う手法を提案し,検証した.これらの振動成分は,本解析法によって区別して評価することができる.機構系と駆動系の設計指針獲得に有効な設計ツールとなった.

4.位置決め機構の基本設計

 磁気ディスク装置において,位置決め後の位置誤差信号に「ピボット軸並進加振力による可動部構造振動(主共振モード)」と「ピボット軸並進加振力と駆動力による装置の剛体回転振動」が重畳し,位置決め特性を悪化させている.そこで,簡単なモデルにより主共振モードの固有値解析解を求め,キャリッジの剛体並進モード周波数とキャリッジの面内曲げ1次モード周波数の変化分に対する主共振周波数感度を求める手法を提案した.3.5インチモデル装置のFEM(有限要素法)計算結果と実験結果の比較により本解析法を検証し,本手法が主共振設計に有効であることを示した.次に,ツイン駆動を構成した場合,装置回転振動を防止するためのコイル中心角と反力伝達率の関係を導いた.さらに,減衰支持機構を簡単な1自由度モデルで表現し,駆動反力によるベースへのトルク伝達を論じた.

5.機構の設計と検証

 5.1 アクチュエータ減衰支持機構 可動部駆動反力をベースに伝達させにくい「アクチュエータ減衰支持機構」を提案した.従来方式,および試作装置を用いた実験を行なったところ,ヘッドが所定のシリンダ上フォロイング時の周波数応答関数「ヘッド位置誤差信号/駆動電流」に見られる主共振ピーク,シーク動作の減速終了時のベース端加速度,1050回フォワードランダムシーク時の位置誤差信号振幅からフォロイング同期分平均値を減算した値は,いずれも従来方式より本方式の方が小さい.所定トラックからヘッドを起動し,目標トラックヘシークした時の位置誤差信号を種々の駆動パターンにより測定した結果,振幅最大値は,従来方式よりも14%小さく,振動の減衰も速いことを確認した.

 5.2 駆動反力絶縁ツイン駆動機構(1) ヘッドの高速高精度な位置決めを行なうため,駆動反力を直接ベースに伝達させない「駆動反力絶縁機構」と,キャリッジを2個の駆動コイルで駆動し,ピボット軸を加振しにくい「ツイン駆動機構」を考案した.2.5インチのフォームファクタ寸法に実装可能な機構の提案と試作装置を用いた実験を行ない,本機構がヘッドの高速・高精度な位置決めに有効であることを示した.ツイン駆動コイルの配置角度=120度,キャリッジガイドアーム取付角度=40度とした新方式では,従来方式(=0,=0)に比べ,ピボット軸に作用する並進加振力は62%減少する.その結果,5.8kHzまでの周波数範囲には特に顕著な共振ピークおよび位相遅れがなく,従来方式に比べ,位置決め制御系の高帯域化が可能となる.また,減速終了後のキャリッジガイドアームの残留振動は,ツイン駆動により従来の1/2,駆動反力絶縁機構を付与すると従来の1/4に減少可能である(図3).スピンドルの残留振動は,最大振幅が20%減少可能である.いずれの残留振動も,減速終了後1ms経過時には既に最終値に到達し,従来に比べ残留振動整位定時間を短縮することができる.

図3 位置決め方向の残留振動

 5.3 高減衰防振機構 実際の装置使用環境では,装置に非定常に衝撃を伴う外部加振力が作用する.そこで,外部加振力に対しても振動を低減し,ヘッドの高速・高精度位置決めを図る高減衰防振機構技術を開発した.振動シミュレーションにより,防振系の減衰係数比が大きいと,振動の低減と振動整定時間の短縮効果が大きいことを確認した.減衰係数比の高い防振ゴムを試作し,シーク実験を行なったところ,振動伝達率が従来比1/2となり,0.3Gまでリードエラーを生じない防振系を実現し,5.25インチ製品装置に適用した.次に,3.5インチ装置用支持フレームの高減衰化を試みた.損失係数の大きいポリマ系樹脂材料を用いて支持フレームを試作し,シーク完了後のヘッドの残留振動が,従来方式に比べて25%減少することを確認した.最後に,形状記憶合金を用いた3.5インチ装置用温度補償防振機構を試作し,環境温度60℃の高温時においても,セトリング後のヘッドの残留振動が従来方式に比べて15%減少することを確認し,温度変化に対しても安定なセトリング特性を得ることができた.

6.設計の一般化と将来機器への応用

 本研究で得られた回転型位置決め機構の設計指針をさらに一般化した(表2).これらは,本研究で取り上げた磁気ディスク装置以外の他の機器にも応用することができる.本研究で提案した機構は,内部加振力を低減したため,外部加振力の独立設計が可能となり,従来の両者のトレードオフ設計を解消した点が特徴的である.装置の小型化,ダウンサイジング化は,単にコンパクト性や材料コストの低減といったメリットのみならず,位置決め特性の向上,消費電力の低減といった優れた効果にまで波及する.これらのメリットを生かして構成したディスクアレイ装置は,メインフレームシステム環境や基幹系オープンシステム環境に限らず,家庭環境にも導入されていくと思われる.複数の超小型磁気ディスク装置を実装したディスクアレイ基板を備えるサーバの利用が考えられる.実装する磁気ディスク装置は,位置決め制御系の高帯域化を図るため,ツイン駆動機構が有効である.宇宙でのさまざまな技術開発には,大容量外部記憶装置を備えた小型コンピュータの需要はますます高まるものと思われる.無重力下の宇宙船内でポータブル,ウェアラブルタイプのコンピュータを使用する場合,駆動反力絶縁ツイン駆動機構や高減衰防振機構により位置決め性能を確保することができる.今後はますます小型化,ダウンサイジング化が情報機器の発展に寄与すると思われる.

表2 回転型位置決め機構の一般的な設計指針とその効果
7.結論

 回転型位置決め機構を対象にして,高速・高精度位置決めを実現するための機構設計法を開発し,それを具現化する新機構の提案と機能の検証を行ない,位置決め技術に必須である低振動化について多くの技術成果が得られた.これらの成果は,磁気ディスク装置や産業用ロボットに実用化され,工業的貢献を果たすことができた.

 本研究を進めるに当たり,東京大学大学院 工学系研究科 精密機械工学専攻の板生清教授(専攻長),鯉渕興二教授,保坂寛助教授,佐々木健助教授,産業機械工学専攻の畑村洋太郎教授にご指導をいただき,心より厚く御礼申し上げます.

参考文献(1)Yoshida,T,et al,Vibration Reduction of a Small Magnetic Disk Drive Using a Nonreacting,Twin-Drive Actuator,ASME Advances in Information Storage Systems,Vol.6,pp.289〜300(1995).(2)Yoshida,T,et al,Vibration Analysis of Parallel Linkage Robots,International Journal of the Japan Society for Precision Engineering,Vol.26,No.3,pp.237〜242(1992).
審査要旨

 本論文は,「回転型位置決め機構の残留振動低減設計法に関する研究」と題し,全10章からなっている.本論文では,回転型位置決め機構を対象にして,高速・高精度位置決めという要求機能を満たすため,残留振動を低減する機構設計法を開発し,それを具現化する新機構の提案と機能の検証を行なったものである.

 第1章「序論」では,位置決め機構の分類,構成,設計パラメータ,位置決めサーボ系の構成,位置決め性能を表わすファクタと残留振動低減の必要性について述べると共に,位置決め機構における高速・高精度化の研究,および未解決課題を整理し,本研究の目的と意義を示している.

 第2章「本研究の課題の抽出と定量化」では,位置決めに障害となる振動の要因を調べ,位置決め性能向上のための課題の抽出と定量化を行なっている.磁気ディスク装置に代表される回転型位置決め機構では,位置決め動作によって生ずるピボット軸並進加振力の低減と,駆動反力の伝達抑制により,位置決め特性を向上することができる.そこで,残留振動現象を計算と実験により種々の手段によって力学的に解明し,振動低減の解決方針をまとめている.さらに,要求機能を支配する設計制約条件についても考察し,要求機能実現手段を述べている.

 第3章「位置決め動作中の微小振動解析法」では,機構系の運動による自由振動成分と,駆動系の角度伝達誤差外乱による強制振動成分とを分離して解析する振動解析手法を開発し,位置決め動作中の振動現象を明らかにしている.

 第4章「位置決め機構の基本設計」では,可動部の曲げ剛性とピボット軸受剛性で決まる主共振周波数設計法を提案し,計算と実験により検証している.また,駆動反力伝達の抑制により,装置回転振動を防止し,位置決め後の残留振動を低減できることを力学的に明らかにしている.以下,第5章から第7章では,上記基本設計に基づき,残留振動を低減する具体的な機構設計法について述べている.

 第5章「駆動反力絶縁型減衰支持機構」では,位置決め動作による装置回転振動を防止し,セトリング残留振動を低減する機構を提案している.減速終了時のベース端加速度は従来方式に比べ31%減少し,位置決め直後のヘッド残留振動は,14%減少し,残留振動の整定も速いことを確認している.

 第6章「駆動反力絶縁ツイン駆動機構」では,前章の駆動反力絶縁型減衰支持機構よりもさらに駆動反力の伝達を顕著に抑制する駆動反力絶縁機構と,ピボット軸系を加振しにくいツイン駆動機構を備えた位置決め機構を提案している.減速終了後の残留振動が従来方式の1/4となり,高速・高精度位置決めに非常に有効であることを示している.

 第7章「高減衰防振機構」では,駆動系加振力と,装置に非定常に作用する外部加振力の両方の加振力に対しても残留振動低減に有効な高減衰防振機構について述べている.まず,防振機構系をモデル化し,セトリング時の振動シミュレーションにより,振動の低減と振動整定時間の短縮方法を考察している.次にその結果に基づいて減衰の高いゴムを用いた防振機構を試作し,振動伝達率が従来比1/2となることを確認している.続いて,損失係数の大きい樹脂材料を用いた支持フレームを試作し,シーク完了後のヘッド残留振動が,従来に比べ25%減少する結果を得ている.また,形状記憶合金を用いた温度補償防振機構を試作し,高温(60℃)においてもセトリング後のヘッド残留振動が従来より15%減少し,環境温度変化があってもセトリング特性を安定化できることを示している.

 第8章「考察」では,本研究で得られた成果を検証,考察し,設計の一般化を行なっている.まず,回転型位置決め機構設計に必要なファクタを体系的にまとめている.次に,機構動作に伴う内部加振力と,装置に非定常に作用する外部加振力の低減設計,および環境温度変化対応防振設計の各設計方針と設計検証結果を考察している.さらに,本研究成果から一般的な設計指針を導き,これらの考え方が本研究で取り上げた装置以外の他の機器へも広く応用展開できることを示している.

 第9章「高速・高精度ヘッド位置決め機構技術の将来展望」では,ヘッド位置決や機構の現状の市場需要,現流機構による位置決め精度の限界を考察し,ヘッド位置決めの高速・高精度化,小型・薄型化,ポータビリティ・ウェアラビリティ向上の将来展望を述べている.さらに,将来製品への本研究の適用について考察している.

 第10章「結論」では,本研究で得られた結果をまとめて述べている.

 以上のように本論文では,回転型位置決め機構を対象にして,高速・高精度位置決めという工業界で強く求められている要求機能を満たすため,力学的な見地から残留振動現象の要因を種々のアプローチによって解明した点,残留振動を低減する機構設計法を開発し,それを具現化するオリジナル新機構の提案と機能の検証および考察が充分に行なわれている点,また,多くの製品設計の実績を積んでいる点から,精密機械工業,および精密機械工学の発展に貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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