学位論文要旨



No 214341
著者(漢字) 中川,隆文
著者(英字)
著者(カナ) ナカカワ,タカフミ
標題(和) ブラウン管用偏向ヨーク系の数値設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 214341
報告番号 乙14341
学位授与日 1999.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14341号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨

 本論文は「ブラウン管用偏向ヨーク系の数値設計に関する研究」と題して、ブラウン管に搭載する偏向ヨーク系の数値解析について研究している。本論文の特徴は、解析方法として表面磁荷法を導入したことにある。これを基に偏向ヨーク系の設計に必要なパラメータを計算する方法に関して研究している。論文は以下の6章から構成されている。

 第1章は「序論」と題し、本論文における研究の背景、研究の目的および論文構成について述べている。ブラウン管を用いたディスプレイモニタは奥行き、体積、重量、消費電力が大きいという欠点はあるが、輝度、解像度、価格、スクリーンサイズの点で液晶ディスプレイやプラズマディスプレイなど他のディスプレイ装置よりも優れている。そのため、ブラウン管を用いたディスプレイモニタは最も広く普及しており、低価格化と高性能化の要求が依然として高い。近年、画像品質を向上させるため、電子ビームを偏向し、スクリーン上の色ずれや画像ひずみをゼロにするために使用する偏向ヨークの構造は非常に複雑になっている。このため、差分法を用いた従来の解析方法に限界が生じ、新しい解析方法を導入する必要が生じている。本研究の目的は、ブラウン管に搭載する電子銃および偏向ヨークを含む偏向ヨーク系の数値解析プログラムを開発し、これを用いてブラウン管の設計手法を確立することである。そのために、ブラウン管の設計に必要なパラメータを計算する解析方法について研究している。もともとブラウン管では部品の製作誤差および組立誤差のため画像品質がばらつく。そのため、出荷前に、オフラインで色ずれや画像ひずみなどをゼロにする調整をしている。ブラウン管の画像品質は、最終的にはこの調整結果で決まる。従って、数値解析では、ブラウン管を調整しても最終的に残留する画像品質のばらつきの範囲内で、画像品質が計算できることを目標にしている。具体的には、色ずれは±0.3mm以下、ひずみでは±0.3%以下である。これは計算誤差を現行品における画像品質のばらつき以内にすることを意味している。本論文では12インチ、17インチおよび21インチブラウン管について解析方法を適用している。

 第2章は「偏向ヨーク系の設計パラメータに関する数値解析の研究」と題し、ブラウン管に搭載する電子銃と偏向ヨークを含む偏向ヨーク系の設計パラメータを計算する数値解析法について述べている。複雑な磁性体構造を持つ偏向ヨークが作る磁界分布を高精度に計算するために、表面磁荷法を導入している。偏向ヨークのコイルが作る磁界は巻き線を線電流近似し、ビオ・サバールを使って計算している。実際の巻き線分布をモデル化するために、シミュレーティッドアニーリング法を使い、線路長が最短になるように巻き線配置を決定している。偏向ヨークが作る磁界分布は表面磁荷法で計算し、電子銃が作る電界分布は表面電荷法で計算し、電子銃および偏向ヨークが作る電界と磁界分布を考慮してビーム軌道を計算し、画像品質を計算している。本手法を用いたプログラムは解析解と比較して検証している。また、画像品質を計算するためのモデル化について検討し、コアの1/4の表面をおよそ4000要素に分割し、軌道計算のステップ幅を3mm程度に取れば、計算による色ずれのばらつきを0.05mm以下にできることを結論づけている。また、作成したプログラムを用いて、21インチおよび17インチブラウン管の画像品質を計算し、実測値と比較している。その結果、色ずれの計算値と実測値の差は21インチでは0.5mm、17インチでは0.6mmであった。いずれの場合も、数値設計で目標とする精度を達成している。ひずみの差は21インチでは0.01%、17インチでは最大で0.9%であり、ほぼ目標とする精度を達成している。次に、21インチブラウン管について、偏向ヨークの中心軸上の磁界分布について、計算値と実測値を比較した。その結果、両者の差は0.2ガウス以下で、磁界測定装置の測定誤差内でよく一致した。ピーク値の差は1.3%であった。また、スロットコアを用いた広角偏向ヨークの磁界分布について計算し、磁界解析においては巻き線のモデル化が重要であると結論づけている。また、従来は評価されていなかった偏向感度、消費電力および漏れ磁界などの偏向ヨークの性能を示すパラメータについても計算できるようにし、偏向ヨーク系の詳細な設計ができるようにした。実際に、17インチブラウン管用偏向ヨークについて偏向感度、消費電力および漏れ磁界を計算し、実測値と比較した。その結果、偏向感度の実測値との差は4%、渦電流損失を考慮した消費電力の差は7%であった。漏れ磁界分布も実測値とよく一致した。以上の結果から作成したプログラムは偏向ヨーク系の設計に適用できることを結論づけた。

 第3章は「色ずれ補正用磁性片に関する数値解析の研究」と題し、色ずれを補正する目的で使用する2種類の磁性片の解析方法について述べている。表面磁荷法を他の手法と組み合わせ、色ずれの変化を計算している。一つは偏向ヨークをブラウン管に組み込むとき、両者の軸ずれが原因で生じる色ずれを補正するために使用する磁性片である。表面磁荷法と差分法を組み合わせて、磁性片の効果を解析する数値解析法を提案した。偏向ヨークの主磁界は差分法で、磁性片が作る磁界は表面磁荷法で計算した。磁性片は薄いので、表面磁荷の計算精度を改善するために、対向する面で表面要素の重心がずれるようした。この方法を用いて磁性片を貼付したときの色ずれの変化量を計算し、実測値と比較した。その結果、計算した色ずれの変化量は、設計に要求される数値計算の誤差の範囲内で実測値と一致した。また、水平に偏向した場合、垂直方向の色ずれの変化量は、スクリーン中央付近では測定誤差の範囲で実測値と一致するが、スクリーン端では誤差が大きい。これは磁性片が水平偏向コイルに近いので差分法による計算誤差が大きいことと、要素分割数が不足していることが合わさって誤差が増大したことが考えられる。もう一つは周辺部の色ずれ補正に使用される磁性片である。スカラポテンシャルを磁性片上の未知数とし、境界要素法と表面磁荷法を併用して磁性片の効果を解析した。偏向ヨークの主磁界は表面磁荷法で、磁性片が作る磁界は境界要素法で計算した。磁性片とコアの相互作用を考慮するため、磁性片上のスカラポテンシャルとコア表面の表面磁荷が収束するまで、繰り返し計算を行う方法を提案した。提案した手法を用いて磁性片をつけた場合とつけない場合の色ずれの変化量を計算し、実測値と比較した。その結果、計算値は設計で許容できる誤差の範囲内で実測値と一致した。また、本方法を用いることによって要素分割数は従来のl/256ですみ、計算時間も従来の1/3に短縮できる。前者の差分法と組み合わせた方法は後者に比べて計算時間が短くて済むという特徴を持つが、磁性片がコアに近く、コアとの相互作用を考慮した高精度な計算が要求される場合は後者の方法を使う必要があることを結論づけている。

 第4章は「多極磁場展開による画像品質の高速計算の研究」と題し、表面磁荷法を用いて画像品質を高速に計算する方法について述べている。偏向ヨークが作るスカラポテンシャルを偏向ヨークの中心軸の回りで級数展開し、偏向半径が大きい領域と小さい領域で別種類のポテンシャルに分けて磁界計算する解析方法を提案している。展開係数は表面磁荷法によって決定している。提案した方法を用いて色ずれを計算し、表面磁荷法による計算結果と比較した。その結果、両者の誤差はスクリーンコーナで最大になり、0.19mmであった。この結果を考慮すると磁場展開法を用いた時の色ずれの計算精度は±0.4mmであり、数値設計で目標とする計算精度をほぼ達成している。スクリーンの水平および垂直位置では磁場展開法を用いたことによる誤差は、0.004mm以下となり無視できる。また、提案した方法で色ずれを計算する時間は従来の1/63である。

 第5章は「次世代ブラウン管開発への数値解析の適用」と題し、スクリーン周辺部のフォーカス特性を向上するため、新しい偏向ヨーク系を設計した結果について述べている。偏向ヨークの水平、垂直偏向コイルに新しく3個の四極磁界を発生するコイルを組み合わせたシステムを提案した。3個のコイルの内、2個は偏向ヨークの従来コイルの巻枠を利用して取り付け、もう一つは偏向ヨークのネック部に備え付けられたコマ補正電磁石に取り付けた。このシステムは、コイルを取り付けたことにより、レンズの主面をスクリーンに近づけることができ、レンズ倍率を小さくすることができる。数値解析の結果、ビームフォーカスの水平径はスクリーン水平端で10%程度、スクリーンコーナ部で40%程度改善された。真円度はそれぞれの位置で20%、40%改善している。また、電子銃内部にあるダイナミックフォーカス電極に加える電圧も従来の約60%であり、回路設計上、非常に有利となる。提案したシステムは、実際に製作し、ビーム形状を測定して画像品質が向上することを確かめている。また、ブラウン管の開発における本研究の成果についても述べている。本研究に基づいて作成したプログラムをブラウン管開発部門に導入することによって、開発費と開発期間を大幅に低減し、部品数を削減してブラウン管の低価格化を実現していると結論づけている。

 第6章はまとめである。また、今後の展開についても述べている。

審査要旨

 本論文は「ブラウン管用偏向ヨーク系の数値設計に関する研究」と題して、計算機端末用ブラウン管の偏向ヨーク系の電子軌道解析を目的とした数値計算解析方法の研究とこれを用いた偏向ヨーク系の設計法について述べている。本論文は以下の6章から構成されている。

 第1章は「序論」と題しブラウン管および偏向ヨークの構造等について述べ、本論文の背景を説明している。他のディスプレイ装置と比較すると、ブラウン管を用いたディスプレイ装置は体積、奥行き、重量、消費電力での欠点はあるものの、輝度、解析度、画面サイズ、経済性の点で優れているので、ブラウン管に対する高性能化と低価格化の要求は依然として高い。ブラウン管の高性能化のためには電子軌道数値解析に基づくシミュレーションによる偏向ヨーク系の設計が不可欠になっており、これを実現するための手法に対して要求される項目を整理している。実機では、製造のばらつきのため出荷前に画像品質を調整するので、数値設計では画像品質の最小値を調整しても最終的に残留するばらつきの範囲内に納めることが求められるなど、本研究の必要性を指摘している。

 第2章は「偏向ヨーク系の設計パラメータに関する数値解析の研究」と題し、偏向ヨーク系の数値設計時に基本となる諸特性量を計算する解析方法について述べている。ここでは偏向ヨークの複雑なコイルの巻き線分布と複雑な形状の磁性体を容易に数値モデル化するために、表面磁荷法を導入した。本手法によって、従来のシミュレーションでは難しかったコイルの複雑な巻き線分布、および複雑な磁性体の組み合わせを容易に計算できるようになった。また、従来の解析法では評価されていなかった偏向感度、消費電力や漏洩磁界などのパラメータについても評価できるように工夫した。提案した解析方法を実際の偏向ヨークの解析に適用した結果、実測値との誤差は目標とする画像品質のばらつきの範囲内に納まり、総合的な偏向ヨーク系の設計ができることを確認した。本手法では、電子銃の解析に表面電荷法を用い、電子銃が作る電界分布と磁界分布を考慮してブラウン管の画像品質の計算を行うので、従来は独立に行っていた電子銃と偏向ヨークの設計を総合して行うことを可能とした。

 第3章は「色ずれ補正用磁性片に関する数値解析の研究」と題し、偏向ヨークに装着するビーム軌道補正用の薄い磁性片が画像品質に与える影響を解析する方法を研究した。従来、磁性片の大きさと取り付ける位置は、熟練した技術者の経験と実験に依っており、定量的な検討は行われていなかった。また、表面磁荷法のみで薄い磁性片を解析する場合、要素分割数を多くしないと精度が落ちるという問題点があった。そこで本章では二つの方法を提案した。一つは差分法と組み合わせる方法、もう一つは境界要素法と組み合わせる方法である。提案した手法を使って二種類の薄い磁性片による色ずれの変化量を計算した。計算値と実測値を比較することによって、提案した方法が、磁性片を考慮した偏向ヨーク系の設計に高精度で適用できることを示した。

 第4章は「多極磁場展開による画像品質の高速計算の研究」と題し、前章の補正用磁性片を付けない場合について、表面磁荷法を用いて画像品質を高速で計算する方法について述べている。表面磁荷法は磁界計算の際に全ての要素からの寄与を足し合わせる必要があるので、画面全体で画像品質を評価するためには膨大な計算時間を要する。これを解決するために、偏向ヨークが作るスカラポテンシャルを偏向ヨークの中心軸の回りで級数展開し、偏向半径が大きいところと小さいところを別種類のポテンシャルに分けて、高速に磁界計算を行う方法を提案した。提案した方法を用いて色ずれ量を計算し、従来の表面磁荷法による計算結果と比較した結果、計算時間が約1/60になった。

 第5章は「次世代ブラウン管開発への数値解析の適用」と題し、前章までに開発した解析方法を、17インチ用ブラウン管のフォーカス性能向上設計に適用した結果について述べている。ここでは3個の四極磁界を発生するコイルを偏向ヨークに追加することによって、従来のブラウン管と比較して水平のスポットサイズをスクリーン水平端で10%程度、コーナ部で40%程度小さくすることができることを示した。スポットサイズの縮小に加えて、電子銃のダイナミックフォーカス電圧も従来の約60%で十分で、回路設計も非常に効率化されることが分かった。設計結果を基に偏向ヨーク系を試作して、実際にビームサイズを小さくできることを実験によって確かめた。また、本研究が実際の生産部門で活用されるための条件についても述べている。

 第6章は結論であり、本研究のまとめと今後の展開について述べている。

 以上これを要するに、本論文は計算機端末用の表示装置として普及しているブラウン管の設計作業の効率化を目的として、それに搭載する偏向ヨーク系が発生する磁界を表面磁荷法等を用いて高速度で数値計算する手法を考案して、それに基づいてブラウン管の種々の画像品質を高精度で評価することのできる解析方法を完成させ、従来経験に頼っていたブラウン管組み立て後の画像品質の調整作業の大幅省力化を可能にして、偏向ヨーク系に関する数値設計手法の実用化を達成したものであって、電気工学、特に電子管工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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