本論文は「ブラウン管用偏向ヨーク系の数値設計に関する研究」と題して、計算機端末用ブラウン管の偏向ヨーク系の電子軌道解析を目的とした数値計算解析方法の研究とこれを用いた偏向ヨーク系の設計法について述べている。本論文は以下の6章から構成されている。 第1章は「序論」と題しブラウン管および偏向ヨークの構造等について述べ、本論文の背景を説明している。他のディスプレイ装置と比較すると、ブラウン管を用いたディスプレイ装置は体積、奥行き、重量、消費電力での欠点はあるものの、輝度、解析度、画面サイズ、経済性の点で優れているので、ブラウン管に対する高性能化と低価格化の要求は依然として高い。ブラウン管の高性能化のためには電子軌道数値解析に基づくシミュレーションによる偏向ヨーク系の設計が不可欠になっており、これを実現するための手法に対して要求される項目を整理している。実機では、製造のばらつきのため出荷前に画像品質を調整するので、数値設計では画像品質の最小値を調整しても最終的に残留するばらつきの範囲内に納めることが求められるなど、本研究の必要性を指摘している。 第2章は「偏向ヨーク系の設計パラメータに関する数値解析の研究」と題し、偏向ヨーク系の数値設計時に基本となる諸特性量を計算する解析方法について述べている。ここでは偏向ヨークの複雑なコイルの巻き線分布と複雑な形状の磁性体を容易に数値モデル化するために、表面磁荷法を導入した。本手法によって、従来のシミュレーションでは難しかったコイルの複雑な巻き線分布、および複雑な磁性体の組み合わせを容易に計算できるようになった。また、従来の解析法では評価されていなかった偏向感度、消費電力や漏洩磁界などのパラメータについても評価できるように工夫した。提案した解析方法を実際の偏向ヨークの解析に適用した結果、実測値との誤差は目標とする画像品質のばらつきの範囲内に納まり、総合的な偏向ヨーク系の設計ができることを確認した。本手法では、電子銃の解析に表面電荷法を用い、電子銃が作る電界分布と磁界分布を考慮してブラウン管の画像品質の計算を行うので、従来は独立に行っていた電子銃と偏向ヨークの設計を総合して行うことを可能とした。 第3章は「色ずれ補正用磁性片に関する数値解析の研究」と題し、偏向ヨークに装着するビーム軌道補正用の薄い磁性片が画像品質に与える影響を解析する方法を研究した。従来、磁性片の大きさと取り付ける位置は、熟練した技術者の経験と実験に依っており、定量的な検討は行われていなかった。また、表面磁荷法のみで薄い磁性片を解析する場合、要素分割数を多くしないと精度が落ちるという問題点があった。そこで本章では二つの方法を提案した。一つは差分法と組み合わせる方法、もう一つは境界要素法と組み合わせる方法である。提案した手法を使って二種類の薄い磁性片による色ずれの変化量を計算した。計算値と実測値を比較することによって、提案した方法が、磁性片を考慮した偏向ヨーク系の設計に高精度で適用できることを示した。 第4章は「多極磁場展開による画像品質の高速計算の研究」と題し、前章の補正用磁性片を付けない場合について、表面磁荷法を用いて画像品質を高速で計算する方法について述べている。表面磁荷法は磁界計算の際に全ての要素からの寄与を足し合わせる必要があるので、画面全体で画像品質を評価するためには膨大な計算時間を要する。これを解決するために、偏向ヨークが作るスカラポテンシャルを偏向ヨークの中心軸の回りで級数展開し、偏向半径が大きいところと小さいところを別種類のポテンシャルに分けて、高速に磁界計算を行う方法を提案した。提案した方法を用いて色ずれ量を計算し、従来の表面磁荷法による計算結果と比較した結果、計算時間が約1/60になった。 第5章は「次世代ブラウン管開発への数値解析の適用」と題し、前章までに開発した解析方法を、17インチ用ブラウン管のフォーカス性能向上設計に適用した結果について述べている。ここでは3個の四極磁界を発生するコイルを偏向ヨークに追加することによって、従来のブラウン管と比較して水平のスポットサイズをスクリーン水平端で10%程度、コーナ部で40%程度小さくすることができることを示した。スポットサイズの縮小に加えて、電子銃のダイナミックフォーカス電圧も従来の約60%で十分で、回路設計も非常に効率化されることが分かった。設計結果を基に偏向ヨーク系を試作して、実際にビームサイズを小さくできることを実験によって確かめた。また、本研究が実際の生産部門で活用されるための条件についても述べている。 第6章は結論であり、本研究のまとめと今後の展開について述べている。 以上これを要するに、本論文は計算機端末用の表示装置として普及しているブラウン管の設計作業の効率化を目的として、それに搭載する偏向ヨーク系が発生する磁界を表面磁荷法等を用いて高速度で数値計算する手法を考案して、それに基づいてブラウン管の種々の画像品質を高精度で評価することのできる解析方法を完成させ、従来経験に頼っていたブラウン管組み立て後の画像品質の調整作業の大幅省力化を可能にして、偏向ヨーク系に関する数値設計手法の実用化を達成したものであって、電気工学、特に電子管工学上貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |