学位論文要旨



No 214343
著者(漢字) 葛巻,徹
著者(英字)
著者(カナ) クズマキ,トオル
標題(和) C60・カーボンナノチューブ系材料の作製に関する研究
標題(洋)
報告番号 214343
報告番号 乙14343
学位授与日 1999.05.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14343号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 市野瀬,英喜
内容要旨

 C60やカーボンナノチューブの研究は,特異な構造から予測される物性の理論計算及び実際の測定,化学修飾による新奇物質創製の試み,また,結晶中へのアルカリ金属ドープによる超伝導性発見など通常の無機炭素材料では見られない性質に関するものが多い.しかし,微視的に見ていかに優れた性質を備えた物質であってもそれを材料として利用できる段階まで高めることができなければ更なる発展は見込めない.本研究は,これまで急速な展開を見せてきた炭素系新物質を材料化し,応用に結びつけることを目指したものである.

 第1章:序論として炭素系新物質の特徴的な構造・性質を概観し,本研究の目的について記述した.まず,炭素系新物質の特徴的な構造と性質のうちC60高圧重合相・ナノチューブの構造(空間),ナノチューブの電子放出特性,また,力学的性質を利用することに材料化の可能性があると考えた.そこで,C60・ナノチューブ系材料の作製に関して,(1)ナノチューブの精製,(2)ナノチューブの一方向配列組織の製造,(3)ナノチューブを含有するC60重合相の構造解析,(4)ナノチューブを分散強化相とするAl複合材料の試作を行い,製造プロセスを通して,材料化の課題の一つである微細組織制御を試みることを本研究の目的とした.

 第2章: 全体に共通する実験方法として直流アーク放電法によるC60,カーボンナノチューブの製造とC60,ナノチューブの精製法について記述した.本研究では特に,ナノチューブの合成条件を最適化させ25V,300A,ヘリウム圧5.3〜6.6kPaでの製造を行った.ナノチューブの精製は上澄み液法によるナノチューブの精製以来,酸化反応を利用した高純度精製法が行われていた.しかし,酸化処理はナノチューブの先端構造を損傷させてしまうため,化学的安定性が失われる等の問題があった.そこで本実験では,ナノチューブの精製法として以下の方法を試みた.(1)陰極堆積物内部より筋状の組織のみを取り出し,これを一本づつバラバラにほぐす.(2)これをエタノールに浸漬し,3〜5分間超音波を照射する.(3)超音波照射で得られた上澄み液を回収し乾燥させたのち,分散溶媒(0.5%トリトンX-100+20%アンモニア+水)中で1h超音波破砕器により均質化処理を行う.(4)この溶液を12000rpmで20分間遠心分離する.その結果,遠心分離で生じた上澄み層から,純度約70〜90%のナノチューブを抽出することができた.すなわち,第2章ではアーク放電で作製したナノチューブの精製を行う過程で,ナノチューブを損傷させずに高純度化する方法を見出した事実を述べている.

 第3章: ナノチューブの電子放出特性の利用等を考えるとき,材料化の一つの課題とされていたナノチューブの配向組織を引抜加工による極細線化で実現させることを目的とした.ナノチューブを束ねるマトリックスとしてはC60結晶及びAlを使用した.これは電気的には,マトリックス相がそれぞれ絶縁体(半導体),導体の場合について作製したことに相当する.

 ナノチューブ/C60系は多芯線化によって線径を細く絞ることで引抜方向に良く配向した組織を実現することができた.引抜加工はダイスから材料に圧縮力をかけながら引っ張る方式であるため,中心部が先進する.この変形加工によって,C60結晶自体に十分な応力がかけられ,加工中に粒内すべりや劈開により粒子が互いに収まりやすいように配向しながら内部組織の流動が進行すること,及び,ナノチューブ/C60間での潤滑効果がナノチューブの配向組織の形成に寄与したと考えられる.加熱処理により銀シース部を蒸発させた後のマトリックス部についてRamanスペクトルの測定を行った結果,グラファイト(sp2)とダイヤモンド(sp3)に相当する位置に幅広いスペクトルが観測された.C60はグラファイト構造が未発達な準安定構造とみなせるので,これが熱的に活性化させられることにより崩壊し,グラファイト的やダイヤモンド的な結合状態を持つ組織へと変態したものと考えられる.C60をマトリックスとしているので複合体の強度が問題となるが,加熱処理後の試料の破断強度は平均17MPaであり,特性評価実験等,試験片としての取り扱いが可能なレベルを確保することができた.

 一方,ナノチューブ/Al系では,ナノチューブの配向がC60結晶をマトリックスとした場合に比べ,多少ばらつく傾向が見られたが,ほぼ引抜方向に配向した組織が得られた.配向性がC60の場合と比べて劣るのは,引抜加工が室温で行われていること,Al粉末の粒径がC60の場合と比べて大きいこと等が影響していると考えられる.しかし,導体である金属をマトリックスとした場合でもナノチューブの配向した組織が製造可能であることは,ナノチューブを束ねるマトリックス素材を必要に応じて選択できるという点で重要である.炭素/Al系では通常823K以上の加熱でAl4C3の形成が見られるのに対して,ナノチューブ/Al系では983Kで加熱保持を行っても界面に反応相の生成は認められず,ナノチューブの表面層は安定していることが実験的に明らかになった.以上の研究結果から,配向したナノチューブを含む材料の応用として,電界放出素子への応用を提案した.

 第4章: ナノチューブとC60重合相の多孔質構造に着目してナノチューブ添加C60重合相を超高圧圧縮法で作製し,その微細組織の観察から組織形成に関する知見を得ることを目的とした.

 超高圧圧縮(5.5GPa,1073K)で作製した試料のX線回折チャート及びDTA測定からC60マトリックスは重合していることが明らかとなった.本実験の温度-圧力条件はrhombohedral構造が安定な領域にあると報告されていたのに対して,X線回折で得られた主要なピークはa=1.31nmのfcc構造として指数付けすることができた.この結果からC60重合組織の形成には温度・圧力以外の付加的な要因として高圧発生装置の種類を含めた圧力条件が影響している可能性が示唆された.本実験は厳密には疑似静水圧下での圧縮であり,その試料内部での応力分布については不明な部分がある.高圧処理中,試料内部に生じる歪みは積層欠陥の導入で局所的に緩和されることでfcc構造を保つことができるが,試料内の圧力状態によっては局所的な構造緩和を起こさずに単位格子が<100>や<110>方向など特定の方向に歪んだ高圧構造が形成される可能性もある.これまで幾つかの高圧重合構造が報告されているが,多様な高圧重合構造の形成には試料内部の応力の不均一性が関与していることが考えられる.また,従来の研究では高圧で得られた試料組織の異方性についてはほとんど考慮されておらず,試料の測定前処理条件等の実験条件についても統一性がない.異方性の強い一つの高圧相をそれぞれ別角度から測定して二つの相として報告している可能性や粉体化によって構造が緩和したものを測定している可能性がある.高圧重合相の構造解析には今後これらの点を考慮した上での整理が必要であることを指摘した.

 超高圧圧縮後のナノチューブには相変態などの大きな変化は認められず,C60結晶を重合させても添加したナノチューブの中空・多層構造は維持されていた.複合組織の観察から,ナノチューブとC60との界面の存在を考えると系に含まれるナノ空間は飛躍的に増大する可能性があることを明らかにした.以上の研究結果から,ナノチューブ,C60重合相の多孔質構造を利用した応用として,ナノチューブ添加C60重合相を次世代のガス吸蔵材料,電極材料候補として提案した.

 第5章: 粉末冶金法によるナノチューブ/Al複合材料を試作して,ナノチューブの分散強化相としての可能性について調べることを目的とした.ナノチューブの力学的性質の利用としては,大量精製が難しい現時点では僅かな量の添加(〜20vol%)でもその効果を発揮しうる分散強化相としての応用に限られる.混合粉体の作製に湿式混合を利用したとき,両者の比重の差が大きく,また,撹拌によるナノチューブの分散が難しいためナノチューブ/Al系材料の均一組織の形成は困難であった.この問題を解決するため,本研究では次にメカニカルミキシング(MM)による混合粉体の作製を行った.X線回折,透過電子顕微鏡による粉体組織の経時変化を調べた結果,MM法はナノチューブの均一な混合を損傷無しで行えるため,混合粉末の作製に関しては有効であることが明らかになった.また,ミリングの際に助剤が不要であることもプロセス的に有利な点である.一方,バルク体の作製では,従来材料と同様,ホットプレス,熱間押出しによる製造が適用でき,Alの加工性を損なうことなく,また,界面反応無しでAlマトリックスにナノチューブを複合することができた.ナノチューブの分散強化相としての効果は破断強度の向上という点において認められた.これは分散相であるナノチューブがAlマトリックス中の転位の移動を妨げる転位論的な強化機構によるものと考えられる.しかし,既存の分散強化Al複合材料の特性・用途を考慮すると,ナノチューブの分散強化相としての利点は,材料の高強度化よりもむしろ,熱的特性やナノチューブの中空構造を利用した非力学的応用にあると考えられる.

 第6章: 本研究の総括である.

 本研究により,C60やカーボンナノチューブの材料化に向け,製造プロセスによって微細組織を制御するための重要な知見が得られた.

審査要旨

 本論文は,C60,カーボンナノチューブを素材としてそれぞれの多孔質構造,ナノチューブの電子放出特性,力学的性質を利用した材料作製に関する研究である.炭素系新物質の発見以来行われてきた物性研究とその応用とを結びつけるものであり,材料化の課題となっていた微細組織制御に対し製造プロセスの面から取り組み,配向したナノチューブを含む材料,ナノメートル寸法の空隙を含む多孔質材料の作製に成功した結果をまとめている.本論文は全6章からなる.

 第1章序論では,炭素系新物質の構造・性質を概観すると共に材料化における課題や問題点を明らかにし,本研究の目的を説明している.

 第2章では,本研究で採用した直流アーク放電法によるC60,カーボンナノチューブの製造法と本研究で考案したナノチューブの精製法について述べている.炭素系新物質の合成は諸パラメータの装置依存性が大きいので,まず,本研究での合成条件の最適化を図った.ナノチューブの精製は従来化学的手法を用いた酸化により行われていたが,この方法には,先端構造の破壊など構造に損傷を与えること,また,収率が極めて低いという問題があった.本研究では,陰極堆積物の筋状組織のみを選択して使用し,エタノール中での超音波照射,分散剤中での超音波均質化処理,高速遠心分離を順次行うという独自の方法を開発して,ナノチューブに損傷を与えることなく70〜90%程度の純度で精製できることを見いだした.

 第3章では,ナノチューブを電界電子放出素子として応用する上で,これまで課題となっていたナノチューブの配向組織の形成について検討している.ナノチューブを束ねるマトリックス材としてC60及びAlを用い,それぞれマトリックスを絶縁体(半導体),導体とした場合について,ナノチューブのサイズを考慮して多芯化による極細線を引抜加工して,素子としては理想的な一方向に強く配向した組織を実現した.C60をマトリックスとして使用するときには,素子としての強度が問題となるが,ナノチューブ/C60系では熱処理によりマトリックスが非晶質化するため成形体の強度が増し,試験片としての取り扱いには問題がないことを示した.一方,ナノチューブ/Al系ではナノチューブの表面構造が化学的に安定なため,界面反応を起こしにくく,熱的に安定であることを高分解能電子顕微鏡観察によって示した.

 第4章では,ナノチューブとC60重合相の多孔質構造に着目し,超高圧(5.5GPa)圧縮法によるナノチューブ含有C60重合相の作製とその微細組織について検討している.得られたC60高圧相がこれまで提案されている主な状態図と異なったことに対して,試料にかかる応力の非静水圧成分,およびX線回折測定面と試料圧縮面との方位の関係など観察条件が人により異なることが見かけ上の重合相の多様性をもたらしている可能性を指摘し,今後の研究に指針を与えた.添加したナノチューブは」そのほとんどが元の構造を維持しており,高圧法の適用がナノチューブを内蔵する材料の作製上問題ないことを明らかにした.微細組織観察を行い,ナノチューブ/C60重合相に形成される界面の存在を考慮すると,ナノチューブとC60重合相の組み合わせはナノメートルの寸法の多孔質材料として応用の可能性のあることを示唆した.

 第5章では,ナノチューブの力学的性質に着目し,ナノチュープ/Al複合材料の試作を行い,ナノチューブの分散強化相としての可能性について検討している.混合粉末の作製においては,エタノールを用いた湿式混合ではナノチュープの均一分散が難しく,凝集体が形成されてしまうため,均一な混合体の作製が困難であることを示した.この解決策の一つとしてメカニカルミキシング(MM)を試みて,MM時間と混合組織の変化を調べ,14hのミキシングでナノチューブに損傷を与えることなく均一な混合粉が得られることを明らかにした.この混合粉はAl粉と同等に成型加工が行え,界面反応なしでナノチューブをAlマトリックスに埋め込むことができることを示した.本実験結果は,ナノチューブの分散相としての利点は材料の高強度化よりもむしろ熱的特性や中空構造等を利用した非力学的応用にあることを示すと評価して,今後の応用研究に指針を与えている.

 第6章では,本研究で得られた成果を総括している.

 以上,本論文はC60,カーボンナノチューブの材料化に向けて重要な知見を与えるものであり,この分野における今後の発展に寄与するところが大きいと思慮される.

 よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格として認められる.

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