学位論文要旨



No 214344
著者(漢字) 三島,みさ子
著者(英字)
著者(カナ) ミシマ,ミサコ
標題(和) ソマトスタチンアナログRC-160によるヒト子宮内膜癌細胞株への増殖抑制効果について
標題(洋) Inhibition of human endometrial cancer cell growth in vitro and in vivo by somatostatin analog RC-160
報告番号 214344
報告番号 乙14344
学位授与日 1999.05.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14344号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 門脇,孝
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨 目的

 ヒト子宮内膜癌細胞に対するソマトスタチンアナログRC-160の抗腫瘍効果を検討する。

背景

 子宮内膜癌は婦人科領域において近年増加傾向にあり、進行例や再発例は、未だ予後不良の疾患である。また、手術、放射線、化学療法以外に黄体ホルモンに代表されるホルモン治療を行うことが多い悪性腫瘍である。しかし、そのホルモン治療も奏効率は3割にとどまり、化学療法の奏効率も他の婦人科癌に比較し、30-57%で強力なものはなく、新たな抗腫瘍薬の出現が期待される。一方でEGF、IGF-1に代表される各細胞増殖因子は癌細胞の増殖に関わっていることが知られ、子宮内膜癌細胞株や組織においてそれらのレセプター発現が報告されており、これらの作用を制御することが抗癌治療の一つとして必要と考えられる。ソマトスタチンは、生体内に広く分布し、成長ホルモンをはじめとする様々な内分泌因子の分泌を抑制することが知られている。近年、そのアナログが開発され、内分泌腫瘍のみならず、大腸癌、前立腺癌、乳癌などにおける抗腫瘍効果の報告が相次いでいる。最近、5つのソマトスタチンレセプターサブタイプがクローニングされ、徐々にその各組織での役割が研究されつつある。

研究方法実験材料、培養細胞、実験動物

 ソマトスタチンアナログはDebiopharm.S.A.社より提供されたRC-160(Vapreotide,H-Phe-Cys-Tyr-Lys-Val-Cys-Trp-NH2)を使用した。ヒト子宮内膜癌細胞株は北里大学産婦人科学教室蔵本氏より譲られたHEC-1細胞株を用いた。これは71才の患者より摘出された子宮内膜型腺癌より確立された細胞株である。動物は日本クレア社の4-5週相当の雌無胸腺のヌードマウス(BALB/c AJcl nu/nu)を用いた。

ソマトスタチンBinding Assay

 単層培養されたHEC-1細胞を用い、[125I一Tyr1]ソマトスタチンを結合させた後、各濃度の非放射性ソマトスタチンを加えてdisplacement curveを得、scatchard plotよりKd値、Bmax値を算出した。

RT-PCR法

 HEC-1細胞のRNAの抽出はMicro-Fast Track mRNA Isolation Kit(Invitrogen社)を用いた。また、RT-PCR反応はRNA-PCR kit(Perkin Elmer社)を用いた。RT反応の後、DNAとソマトスタチンの各サブタイプのプライマーを結合させ、DNA Thermal cyclerでPCR反応を行った。

in vitro細胞増殖実験

 RC-160のHEC-1細胞増殖に与える影響を、MTT Assay Kit(Chemicon社)を用いて調べた。

Western Blotting Assay

 培養HEC-1細胞において、EGFが誘導するEGF receptorのtyrosineリン酸化に及ぼすRC-160の効果を、抗phosphotyrosine抗体を用いたWestern blot法で確認した。

in vivo実験プロトコール

 継代移植されたHEC-1腫瘍をヌードマウスの側腹部皮下に移植し、マウスを2群に分け、投与群には、RC-160が100g/日で徐放されるミニポンプを対側側腹部に埋め込んだ。投与は25日間続け、腫瘍径は3-4日毎に3方向を測定し、長さx幅x高さx0.5236mm3を腫瘍体積とした。腫瘍体積のパーセンテージ変化、また腫瘍倍加時間を4日目と18日目との間で計算した。実験終了後、マウスを屠殺し、血清IGF-1レベルをRIAにて測定した。また、tumor burdenを体積(mm3)÷マウス重量(g)にて算出した。

統計解析法

 すべてのデータには平均±標準誤差を表記した。統計学的分析はStudent’s t-testとDuncan’s multiple range testを用いた。

結果

 binding assayによりHEC-1細胞にはソマトスタチンの高親和性結合部位(Kd=5.43nM,Bmax=2.35pM,1400 binding sites/cell)が存在することが判明した。HEC-1細胞のmRNAより得られたソマトスタチンレセプター(SSTR)サブタイプはSSTRS2とSSTR3であり、その他のサブタイプの発現は認められなかった。

 また、ソマトスタチンアナログRC-160は、10-11Mから10-5Mの間で濃度依存性にHEC-1細胞の増殖を抑制した。10-5Mの濃度では対照群と比較して50%まで抑制された。さらに、濃度10-3ng/mlから100ng/mlまでのEGF添加により、HEC-1細胞は増殖が促進されたが、1ng/mlにおいて最高33%の増殖促進効果がみられた。また、EGF1ng/mlにより増殖促進されたHEC-1細胞に対してもRC〜160は増殖抑制効果を持つことが、判明した。

 HEC-1細胞において、EGFにより惹起されるEGFレセプター上のtyrosineリン酸化は、10-6MのRC-160添加により抑制され、この経路へのRC-160の干渉作用を示した。

 in vivo実験においてRC-160投与群は、対照群に比較して腫瘍の増大は、明らかに抑制された。2群間の統計学的有意差がみられたのは、投与開始15日目以降で最終的にはコントロール群の231.9±40.5mm3に対し投与群は120.8±15.8mm3と抑制された。腫瘍体積の倍加時間もRC-160投与群では、有意に延長していた。腫瘍重量とtumor burden(腫瘍体積/マウス体重比)は、投与群において有意に抑制されていた。マウス体重は2群間に差を認めたが、tumor burdenの減少によりRC-160の腫瘍増殖抑制効果は明らかであると考えられた。また、マウス血清IGF-1レベルは、投与群で有意に減少した。

考察

 今回、ソマトスタチンアナログRC-160によるヒト子宮内膜癌細胞の増殖抑制効果についてin vivo,in vitro双方で確認し得た。ソマトスタチンアナログの抗腫瘍効果は、各腫瘍増殖因子の分泌抑制効果、それら増殖因子の作用に対する抑制効果、レセプターを介した直接効果などいくつか挙げられている。

 子宮内膜癌細胞において、IGF-1レセプターの存在とその増殖促進効果はすでに報告されている。乳癌と前立腺癌の予後は血清IGF-1レベルと相関することが指摘されており、閉経後の子宮内膜癌患者においても、IGF-1レベルの上昇が認められている。本実験では、RC-160の投与によりIGF-1レベルが抑制されたが、これはRC-160の抗腫瘍効果に奇与していると考えられる。

 本研究のin vitro実験において、EGFはHEC-1の細胞増殖を促進し、RC-160はEGFにより惹起されたEGF受容体のtyrosineリン酸化反応を抑制することが示された。また最近では、RC-160の長期投与により腫瘍細胞膜上のEGFレセプターが減少することや、ヒト膵臓癌細胞株MIA PaCa-2において、RC-160がEGFレセプター上のtyrosine kinaseの脱リン酸化を促進し、その細胞増殖を抑制することが報告されている。すなわち、RC-160はEGFの効果を抑制することにより抗腫瘍効果を発揮すると考えられる。

 本研究では、HEC-1細胞膜表面に高親和性のソマトスタチンレセプターが存在することと、そのサブタイプはSSTR2、SSTR3であることが示された。5つのレセプターサブタイプはGタンパク結合性であり、いくつかの細胞内情報伝達機構のシグナリングに関わる。そのなかでもphosphotyrosine phosphatase活性の促進作用は、SSTR1とSSTR2を介することが知られている。現在までに、ヒトの肺癌、乳癌、膵臓癌、前立腺癌細胞株のすべてにSSTR2が発現し、SSTR1,SSTR3はそのいくつかに発現していることが示されている。ヒトのソマトスタチンレセプター陽性腫瘍細胞のほとんどがSSTR2を発現していることから、臨床治療効果にはSSTR2を介した直接効果が大きく関与すると考えられる。現在、臨床応用が検討されているソマトスタチンアナログには、RC-160以外にSMS201-995、BIM23014があるが、これらはすべてSSTR2とSSTR5のサブタイプに高親和性の結合能を、SSTR3にやや弱い親和性を持つ。以上より、今回のHEC-1細胞に対するRC-160の直接的抗腫瘍効果は、SSTR2を介したものであると考えられる。

結論

 ソマトスタチンアナログRC-160は、in vitro,in vivoでヒト子宮内膜癌細胞の増殖を抑制した。今後、更なる基礎研究が要求されるが、子宮内膜癌症例に対するソマトスタチンアナログの臨床応用の可能性が示唆された。

審査要旨

 子宮内膜癌の進行症例、再発症例において現行の治療薬では奏功率に限界があり、新たな抗腫瘍薬の開発は重要な課題である。本研究では、ヒト子宮内膜癌HEC-1細胞株に対するソマトスタチンアナログの抗腫瘍効果を初めて明らかにしたものでそのメカニズム等で下記の結果を得ている。

 1.ヌードマウスに継代移植したHEC-1腫瘍を用いたin vivo実験においてRC-160投与群は、対照群に比較して腫瘍の増大は、明らかに抑制された。2群間の統計学的有意差がみられたのは、投与開始15日目以降であった。腫瘍体積倍加時間もRC-160投与群では、有意に延長していた。腫瘍重量と腫瘍体積/マウス体重比も、投与群において有意に抑制されていた。マウス体重は2群間に有意差を認めたが、腫瘍体積/マウス体重比の減少によりRC-160の腫瘍増殖抑制効果は明らかであると考えられた。また、マウス血清IGF1レベルは、投与群で有意に減少した。

 2.In vitroの実験系においてHEC-1細胞は10-3ng/mlから100ng/mlのEGFの添加によりすべての濃度で有意に増殖促進された。また、10-11から10-5MのRC-160の添加によりHEC-1細胞は濃度依存性に増殖は抑制された。

 さらにEGF1ng/mlにより刺激された増殖効果はRC-160の添加により抑制された。

 3.ヒト子宮内膜癌HEC-1細胞株におけるソマトスタチンレセプターの存在をbinding assayを用い、検討したところ、Kd5.43nM、Bmaxl400binding sites/cellの高親和性のソマトスタチンレセプターの存在が明らかになった。また、RT-PCR法を用い、HEC-1細胞より抽出したmRNAよりレセプターサブタイプを検討した結果、サブタイプ2、3が存在することが判明した。ソマトスタチンアナログRC-160はサブタイプ2、及び5に高親和性を持つことよりレセプターを介するHEC1細胞への抗腫瘍効果はサブタイプ2を介している可能性が考えられた。

 4.HEC-1細胞株において、EGFにより惹起されるEGFレセプターのタイロシンリン酸化へのソマトスタチンアナログRC-160の影響を抗フォスフォタイロシン抗体を用いたWestern blottingにて検討した。その結果、RC-160の添加によりタイロシンリン酸化は著明に抑制することから、RC-160のこの経路への干渉作用を示した。

 以上、本論文は子宮内膜癌細胞株HEC-1においてソマトスタチンアナログRC-160の抗腫瘍効果を明らかにし、そのメカニズムの一つとしてEGFレセプターのタイロシンリン酸化の抑制を示し、また間接的な効果として血清IGF-I値の減少を示した。In vivoの実験系においてRC-160投与群のマウス体重減少を認めているため、臨床応用には、さらなる検討が必要であるが、このような子宮内膜癌に対する新たな抗腫瘍薬の開発は、臨床的にも予後不良な再発、及び進行子宮内膜癌の治療に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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