社会的および経済的再編と発展が進み、乳幼児死亡率が劇的に減少し、家族計画が実行されるようになり、児童の精神保健は、中国における最大の関心事の一つとなった。1980年代後半から、中国の児童の行動的・情緒的問題、およびこれに関連した心理社会的要因についての研究が行われている。しかし、中国の児童における精神保健的問題の疫学は、まだ不明瞭である。本研究は、以下の4つの目的をもって行われた。すなわち、1)Achenbackらが開発したChild Behavior Checklist(CBCL)の教師記入版であるTeacher’s Report Form(TRF)の中国版の信頼性および妥当性を検討し、2)TRFを用いた6〜11歳の中国の児童の大きな標本での行動的・情緒的問題の有病率を調査し、3)年齢および性による行動的・情緒的問題の差異を同定し、4)中国の児童におけるTRFデータによる、行動的・情緒的問題の症候群を確立することである。本疫学的研究は、中国東部に位置する山東省で年齢および性による階層化抽出法を用いて実施した。6〜11歳の各年齢ごとに男女各200〜250人の児童を対象として地域の住民票から無作為に選んだ。これらについて、担任教師によるTRFとConner’s Hyperkinesis Index(CHI)の評価を行った。児童3,200人のうち2,936人(92%)について有効質問紙が回収され,以下の結果を得ている。 中国版TRFの信頼性を評価するために、2クラス分132人の児童について、担任に依頼して2週間間隔でTRFを2回施行した。TRFの再テスト信頼性およびCHIとの併存的妥当性の検討のためにPearsonの相関係数を算出したところ,TRFの再テスト信頼性は、症候群の内向と外向グループ別得点、および総得点について、高い相関が得られた。TRF下位尺度についても、平均0.61と高い信頼性が得られることが明らかになった。 各症候群やそれらを構成する下位項目の内部一貫性の検討のためにCronbachのを算出した。TRFにおける症候群の内向と外向グループ別得点、総得点、TRF下位尺度のは高い内部一貫性を示した。 症候群の内向と外向グループ別得点、総得点およびすべてのTRF下位尺度平均得点は、臨床群が最も高く、次に教師の判断による精神保健的な介入の必要群であり、不必要群が最も低かった。TRF総得点、外向、攻撃的行動、注意の問題、および非行行為はCHI総得点と有意な相関があった。不必要群でのTRF総得点の90パーセンタイル値をカットオフに採用し、臨床群と臨床的関与が不必要な群を分類した結果、感度73%、特異度90%および判別率90%であった。このように、TRFは臨床的妥当性が高いことが明らかになった。 TRFによる行動的・情緒的問題の有病率は、全体で15.5%であった。この有病率は、男子が20.6%と女子の10.3%よりも有意に高かった。行動的・情緒的問題全体の有病率は、年齢が高くなるにつれ有意に低くなっていた。症候群別では、男子において、非行行為の有病率が9.4%と最も高く、続いて注意の問題、攻撃的行動、思考の問題および社会的問題となっていた。女子では、すべての症候群で有病率が男子より低かった。 精神保健的な介入の不必要群のTRF総得点の90パーセンタイル値以上のTRF総得点を有する児童を対象として、バリマックス回転法で探索的因子分析を行い、Achenbachの方法に従って中国の児童におけるTRFの症候群の同定を試みた。6つの症候群、すなわち、攻撃的/非行的行動、引きこもり/抑うつ、身体症状の訴え、注意の問題、社会的問題および思考の問題が同定された。これらは、アメリカで提唱されたTRFの症候群とも高い相関を示した。 本研究では、児童の行動的・情緒的問題に関する国際標準とされる評価尺度であるTRFの中国語版を作成し、その信頼性および妥当性を明らかにした。さらに、これを用いて中国における児童の行動的・情緒的問題を検討し、疫学的特徴を明らかにした。これらの結果は、これまでに欧米諸国で行われた研究と比肩しうるものであった。TRFは欧米同様に中国の児童においても使用でき、今後の国際的な臨床実践や比較研究に有用性がある尺度であることが明らかになった。これらは今後の児童精神医学の国際的な発展に寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと考える。 |