活性型葉酸誘導体であるロイコボリンは従来白血病、悪性リンパ腫、胃癌などに投与されるamethopterin(methotrexate)の毒性を軽減するrescue drugとして使用されてきた。近年消化器癌化学療法において抗癌剤の薬理作用を他の薬剤によって生化学的に変化させ効果増強を図るBiochemical Modulationと呼ばれる新しい抗癌剤投与方法が開発され、その代表的な投与法である5-fluorouracil/ロイコボリン治療法は活性型葉酸誘導体であるロイコボリンの前投与によってフッカピリミジン系抗癌剤である5-fluorouracilの作用増強を企図するものである。1991年より再発胃癌症例に対して5-fluorouracil/ロイコボリン治療法を開始したところ有黄疸症例においてこれまで未報告の黄疸軽減作用を発見した。本研究の目的は有黄疸再発胃癌症例において5-fluorouracil/ロイコボリン投与が黄疸、胆汁排出、肝機能に及ぼす影響を臨床的に解析し、さらに黄疸軽減のメカニズム解明のためにロイコボリン自体が胆汁の生成、排出に与える効果についてラットを用いて実験的に検討することである。ロイコボリンはfolinic acidと呼ばれる葉酸の活性型誘導体で化学名がN-[4-[[(2-アミノ-5-ホルミル-1,4,5,6,7,8-ヘキサハイドロ-4-オキソ-6-プテリジニル)メチル]アミノ]ベンゾイル]-L-グルタミン酸のカルシウム塩でありC20H21CaN7O7と表記される。 I.臨床的検討 再発による愁訴を有し、評価可能再発病変を持つ胃癌切除後再発56例に対して5-fluorouracil/ロイコボリン治療を愁訴軽減のために行った。このうち13例は治療前の血清総ビリルビン値が3.0mg/dl以上の有黄疸例であり総計40クールの5-fluorouracil/ロイコボリン投与を行い、この13例を本研究の臨床的検討の対象とした。黄疸の原因は11例が肝門部リンパ節腫大または腹膜播種による肝内胆管拡張を伴う閉塞性黄疸症例であり、2例は肝内胆管拡張を伴わない肝転移によるものであった。閉塞性黄疸を呈した11例中6例は本治療開始2週間以上前にすでに減黄を目的として経皮経肝胆道ドレナージのためのチューブが胆道内に挿入されていたが減黄効果が十分でないために本治療を行い総計27クールの投与を受けた。5-fluorouracil/ロイコボリンの投与スケジュールは4日間の連続静脈内投与であり、第1〜4日目に20mg/m2のロイコポリンを急速静脈内注射し、この1時間後から700mg/m2の5-fluorouracilを2時間で点滴にて静脈内投与した。 13例全例で5-fluorouracil/ロイコボリン治療前と治療後1週目における血清中のalkaline phospatase(ALP)、aspartate aminotransferase(AST)、-glutamyl transferase(-GT)を測定した。経皮経肝胆道ドレナージチューブがすでに挿入されていた6例については治療前後で胆道ドレナージチューブを通じての胆汁排出量を経時的に測定した。 5-fluorouracil/ロイコボリン投与前後の13例(40クール投与)の平均血清総ビリルビン値は15.5mg/dlから8.5mg/dlへと有意に(p<0.0001)低下し、13例中11例(84.6%)で黄疸の軽減が認められた(図1)。また13例の血清総ビリルビン平均値の経時的推移をみると5-fluorouracil/ロイコボリン投与後2〜3日後より血清総ビリルビン値は下降し始めており(図2)、下降開始までの平均時間は2.6日であった。また測定された肝機能検査値のALP、AST、-GTは治療後一週目の測定でいずれも治療前に比べ有意に(p<0.005)改善した。 図表図1 / 図2 すでに経皮経肝胆道ドレナージチューブが挿入されていたが減黄効果が十分に得られていなかった6例(27クール投与)について5-fluorouracil/ロイコボリン投与前5日間と投与後5日間のドレナージチューブを通じての平均胆汁排出量を比較すると治療前8.9ml/kg・weightから治療後19.5ml/kg・weightへと有意に増加した(p<0.0001)(図3)。また6例の胆汁排出量の平均値の経時的変化をみると5-fluorouracil/ロイコボリン終了後直ちに胆汁排出量の増加が認められた(図4)。 図表図3 / 図4II.実験的検討 体重300g前後の雄性wistar系ラット10匹をジエチルエーテルによる全身麻酔下に開腹しラット総胆管に細経ポリエチレンチューブを挿入し一端を腹腔より体外に誘導して総胆管外瘻を作成した。手術的に総胆管外瘻を作成した24時間後に5匹のラットに対して1mg/kg・weightのロイコボリンを腹腔内投与し、残り5匹に対しては同量の生理食塩水を腹腔内投与して対照群とした。Bollmanケージ拘束下に薬剤腹腔内投与から12時間ごとに48時間目まで胆汁を採取し、胆汁生成量および総胆汁酸濃度を3--hydroxy-steroid dehydrogenase法で測定した。Bollmanケージ拘束下におけるラット胆汁生成量は、生理食塩水腹腔内投与の対照群では時間経過と共にほぼ線形に減少するのに対して、ロイコボリン腹腔内投与群では投与直後〜12時間目までと24〜36時間目までの間で増加した(図5)。 ロイコボリンまたは生理食塩水腹腔内投与後の一日当たりの胆汁生成量を両群間で比較すると、対照群では8.56±0.95ml/dayであったがロイコボリン投与群では11.8±2.2ml/dayであり、ロイコボリン投与群で有意に胆汁生成量の増加が認められた(p=0.0305)(図6)。12時間ごとの胆汁生成量と総胆汁酸濃度より胆汁中総胆汁酸量の経時的変化をみると(図7)投与後の全ての時期でロイコボリン投与群が対照群を上回っており、ロイコボリン投与群における投与後24〜36時間の総胆汁酸生成量は139.2±41.9mol/kg・weight・12 hoursであり、対照群の94.7±15.5mol/kg・weight・12 hoursよりも有意に多量であった(p=0.0191)。 図表図5 / 図6図7 本研究による5-fluorouracil/ロイコボリン治療法の臨床的解析から本治療は肝機能を悪化させることなく、逆にこれを改善し黄疸を軽減し胆汁排出量を増加させる効果のあることが明らかとなった。超音波ガイド下に経皮経肝胆道ドレナージを施行することは現在閉塞性黄疸治療法として広く認められているものの、同法の施行は熟練を要し、また局所麻酔下とはいえ多少の苦痛を与え患者さんのquality of lifeがそこなわれることになる。従って消化器癌黄疸症例に対する5-fluorouracil/ロイコボリン治療は経皮経肝胆道ドレナージ術に先立ってまず試みるべき非侵襲的治療であると考えられる。5-fluorouracilの単独投与ではこれまで黄疸軽減や肝機能改善などの報告は皆無であることから、本治療によって認められた黄疸軽減効果はロイコボリン自体の新たな薬効によるものではないかと考えラットを用いた実験的検討を行ったところロイコボリンは単独でも胆汁生成を促進し、利胆作用という新たな薬理作用を有すると考えられた。また胆汁中の総胆汁酸量も対照群では経時的に漸減したのに対してロイコボリン投与群では全ての時間帯で対照群を上回り、投与後24〜36時間の間で有意の増加を認め、ロイコボリンによって胆汁流量と総胆汁酸生成量の両者が増加したことからロイコボリンは胆汁酸依存型の利胆作用を有すると考えられた。 ロイコボリンは歴史的にまず葉酸代謝拮抗剤の毒性軽減薬剤として用いられ、次いで抗癌剤の生化学的な作用増強のためのBiochemical Modulatorとして使用されてきた。さらに本研究から第三の新たな薬理効果として胆汁酸依存型の利胆作用を有することが明らかとなり、黄疸に対する新たな治療薬となる可能性が示唆された。 |