学位論文要旨



No 214352
著者(漢字) 福富,竜太
著者(英字)
著者(カナ) フクトミ,リュウタ
標題(和) DNA結合性新規芳香族ウレア/グアニジン
標題(洋)
報告番号 214352
報告番号 乙14352
学位授与日 1999.06.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14352号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨 はじめに

 生命の基本単位である細胞の営みはDNAの塩基配列のもつ情報に支配されており,その遺伝子発現は塩基配列特異的にDNAを認識し,結合する様々な因子によって制御されている、また全ての先天的な疾患はその原因となる遺伝子が存在し,近年,その塩基配列が次第に明らかとなりつつある.塩基配列特異的なリガンドの開発はこれらの疾患のための理想的な治療薬となり得るのみならず,分子生物学における遺伝子発現機構の解明のためのプローブとしても有用である.DNA結合性分子はその結合様式の違いから3つに分類することができる.即ち,隣接する塩基対と塩基対の間にはまりこむintercalation,DNAの溝に対するminor groove binding,及び,major groove bindingが知られている.中でもminor groove bindingは分子量1,000以下の小分子に塩基配列特異的なDNA結合能をもたせる際,最も有効なDNA結合様式である.distamycin Aやnetropsin等の代表的なminor groove binderの共通構造は比較的平面性の高い三日月形の基本骨格と,その末端に配置された塩基性官能基である。

 私は新規なDNA結合性分子の探索を目的に、これら既存のminor groove binderとは異なった構造や特性を有する化合物のデザイン・合成を行った.まず化合物のデザインにあたり,芳香族ウレア・グアニジンのユニークな特性に着目した.ウレア/グアニジンには2つの重要な構造的特性がある.ウレアを例に示すと(図1),第1の特徴はウレアユニットが水素結合サイトに富んだ平面ユニットであるということ,第2の特徴はユニット上の窒素原子をメチル化することによってtrans型からcis型に立体転換することである。

図1 ウレアユニットのもつ2つの構造的特徴
平面的な芳香族ウレア類のデザイン・合成とDNA結合能

 そこで第1の特徴である水素結合性に富んだウレアユニットを基本骨格に,その両端にアミジノ基,アミノ基等の塩基性官能基を配した芳香族ウレアとして,ジウレア(RF100series,RF200,及びRF300)とモノウレア(RF400series)をデザイン・合成した.

 DNA結合性物質の簡便な評価系として限外濾過法を開発,検討した.即ち,緩衝液中のcalf thymus DNAに被検化合物を添加・混合した後,限外濾過を行い,得られた濾液中の被検化合物濃度を定量することにより,DNAに結合している被検化合物量を算出するという方法である.その結果、合成したウレア類のうち,顕著なDNA結合率を有するものとしてRF110(72%),及びRF400(50%)が見出された(図2).更にScatchard解析を行い,calf thymus DNAに対する結合定数を算出したところ,RF110(7300M-1),及びRF400(3600M-1)はnetropsin(6500M-1)に匹敵する結合能を有していた(表1).この2化合物のうち,RF110はMurine Lymphoma L1210細胞ならびにhuman epidermoid carcinoma KB細胞両者に対してnetropsinと同等の細胞毒性を示し,netropsinと同様の生物活性を有することがわかった.ところでX線結晶構造解析の結果,distamycinはantiparallelなdimeを形成し,従来「狭い溝」と思われていたminor grooveをやや押し拡げた形でDNAと結合することが知られている.計算化学によるシミュレーションの結果,RF110も同様のdimerを形成して,DNAに対してminor groove 側がら結合する可能性が示された.

図2 芳香族ウレア表1 芳香族ウレアRF110及びRF400のDNA結合能と細胞毒性結合定数(Ka)と結合サイト数(n)はScatchard解析より算出した.Murine lymphoma L1210細胞もしくはhuman epidermoid carcinoma KB細胞(1×104 cells/mL)は被検化合物を含むRPMI1640/10%FBS中に培養(72時間,CO2incubator,37℃),MTTアッセイによって生存能を評価した.
立体的な層状芳香族ウレア/グアニジンのデザイン・合成とDNA結合能

 上述したminor grooveの広がりに対して相応しい「大きさ・形」をもつ新たなDNA結合性分子のデザインを行った.ウレア/グアニジンの第2の特徴,即ち,N-メチル化によるcis配座優位性を利用して平面分子をジグザグ状に折り畳み,層状構造を構築することができる.この層状構造の幅はSÅ強とminor grooveの幅とほぼ同じ大きさである.そこで4種の層状芳香族ウレア/グアニジンをデザイン・合成した.1つは芳香族ウレアからなる層状の基本骨格の末端にanchor partとしてのグアニジノ基をぶら下げたU series(5MU-C2-gua,5PU-C2-gua,及び5MU-gua),1つは層状基本骨格そのものにanchor partを組み込んだG series(5MG及び5PG),そして層状芳香族グアニジンのグアニジノ基を部分的にウレア基に置き換えたUG series(5MGU,5MUG,G3MG,及び4MGU)である.合成した層状分子のDNA結合能は限外濾過法と熱融解実験によって評価した.U seriesは限外濾過法の結果から103-104M-1オーダーの弱いDNA結合定数を示したが,G seriesはいずれもnetropsinを凌駕するDNA結合能(5MG:Ka=1.2×107M,n=0.19;5MG:Ka=6.2×106M,n=0.20)を示した(図3及び表2).ウレア基/グアニジノ基のハイブリッドであるUG seriesのKa値が顕著なものではなかったことは,5MG及び5PGのもつ4つのグアニジノ基の空間的な配置,ならび芳香環の5層構造がDNAとの相互作用において非常に重要な機能を発揮していることが予想された.熱融解実験においても5MG及び5PGは各種DNAに対して顕著なTmの上昇を示した.

図3 層状芳香族グアニジン表2 層状芳香族グアニジンのDNA結合能DNA結合定数(Ka)及び結合サイト数(n)はScatchard解析より算出した.Tmは被検化合物の有無によるDNA融解温度(Tm値)の差を表す.被検化合物はDNA(塩基対)に対してモル比0.5で添加した.Tm値は260nmで観測した.calf thymus DNA及びpoly(dA-dT)2のTm値はそれぞれ63.9℃及び39.0℃であった.
層状芳香族グアニジンのDNA結合様式の解析

 5MG及び5PGはpoly(dA-dT)2のCDスペクトルを濃度依存的に変化させた(図4).5MGは240nm付近にあるDNAに特徴的な負の吸収の強度を増強させた.一方で5PGにおいては290nmに誘起CDが観測され。その強度が濃度依存的に増強した.

図4 CDスペクトルによるpoly(dA-dT)2に対する5MG(左)or 5PG(右)の滴定実験被検化合物はTE緩衝液中,DNA(塩基対)に対して0,0.05,0.1,0.2,0.5,及び1.0のモル比で添加した.

 (CGCGAATTCGCG)2に対して5PGを0.2-2.0等量のレンジで共存させ,1H NMRの変化を追跡した.5PGのシグナルはaromatic領域(6.6-7.2ppm),N-Me領域(3.2-3.3ppm)共にDNAとの混合によって濃度依存的に低磁場側にシフトしたが,5MGはaromatic領域(6.1-7.2ppm),N-Me領域(3.l-3.4ppm)ともにDNAとの混合による変化は5PGと比べると少なかった。一方,DNA側のシグナルも濃度依存的に変化し,リガンド添加の際の核塩基及び糖鎖の一部のプロトンの化学シフトの変化は5’-GAA-3’付近の核酸残基において顕著であった.更に,5MGのN-MeプロトンとA5-C2H及びA6-C2Hの間にNOESYが観測された.5PGの場合はN-MeプロトンとDNAプロトンとの間に更に多くのNOESYが観測された(A6-C4’H,C9-C1’H,A6-C1’H,A5-C2H,及びA6-C2H,図5).これらのプロトンはいずれもB型DNAにおいてminor groove側に位置している.隣接する核酸残基間に観測されるsequencial NOE connectivityを調べたところ,5MGを共存させた系において,糖鎖上のプロトンと核塩基上のプロトンとの間に観測されるNOESYのクロスビークを13Gから2Gまで連続的に辿って行くことができた.一方で5PGにおいてはC3-G4間,及びT7-C9間でNOE connectivityの断絶が観測された.これらの分光学的な解析の結果,5MG及び5PGはDNAの5’-GAA-3’付近の配列に対してminor groove側から結合することが明確となった.

図5 5MG・d(CGCGAATTCGCG)2錯体(上),及び5PG・d(CGCGAATTCGCG)2錯体(下)のNOESYスペクトル
計算化学による5MG及び5PGのDNA結合様式の解析

 自動ドッキングスタディプログラムADAMを用いた(CGCGAATTCGCG)2と5MGの結合様式のシミュレーションを行ったところ,5MGが2重鎖の5’-GAA-3’配列近傍にminor groove側から結合するモデルが抽き出された.5MGの分子片側にある2つのメチル基はアデニン塩基上のプロトンに3.9Å,4.7Åの距離まで接近している.5PGは更に深くminor grooveにはまり込んでおり(図6),2つのメチル基がアデニン塩基上のプロトン及びその周辺の糖鎖上のプロトンに2.1-3.7Åの距離である.両モデルは先のNMRの結果と非常に良く一致する.

図6 5PGのDNAドッキングスタディ(立体視図)

 私は層状芳香族グアニジンの構造とその機能を次の様に考察する(図7).層状芳香族グアニジンはその片側のグアニジノ基をminor grooveに挿入し,核酸塩基(例えばチミン及びシトシン2位のカルボニル基,グアニン3位のイミノ基)との相互作用を行う.層状構造の基幹部分であるベンゼン環はminor groove pocketのサイズに良くフィットし,van der Waals相互作用に利用される.もう一方のグアニジノ基は2重螺旋の外側に露出してDNAの周囲をとりまく親水的な環境との相互作用を行うと考えられる.層状構造を上から眺めたとき,5MGではベンゼン環がジグザグに配置しているのに対して,5PGではベンゼン環が同一軸上にうまく重なって配置されている.この様に5MGと5PGではその層状構造に若干の差異がある.その差異はDNAと相互作用する際のminor grooveに入り込む深さの違いの原因の1つであり,これが先のCDスペクトルならびにNMRスペクトルにおける5MGと5PGの様々な挙動の違いとなって現れたと考察する.

図7 DNA結合性新規層状芳香族グアニジンの構造と機能(左:5MG,右:5PG)
結論

 私はウレア/グアニジンの2つの重要な構造的特性を生かし、平面的な芳香族ウレア,次いで立体的な層状芳香族ウレア/グアニジンをデザイン・合成・評価し,これらの中に新たなDNA結合性物質を見出した.ジウレアRF110は,netropsinと同様の作用メカニズムによって腫瘍細胞に対して毒性効果を発揮することが予想され,「医薬」としての展開が期待できる.層状芳香族グアニジン5MG及び5PGは既存のnetropsin analogとは全く異なった新しいタイプのminor groove binderであり,この基本骨格を更に発展させることによってDNA結合性物質の新たな領域が展開するだろう.

審査要旨

 DNA結合性リガンドの開発は、分子生物学における遺伝子発現機構研究のプローブとして重要であるとともに、制癌活性化合物あるいは塩基配列特異的認識による遺伝子疾患治療薬としての可能性を有する。DNA結合性分子は、その結合様式の相違から3つに分類することができる。即ち、隣接する塩基対間に平面的に挿入されるintercalation、DNAの大きさの異なる溝に対して結合するminor groove binding、及び、major groove bindingである。中でもminor groove bindingは小分子に塩基配列特異的なDNA結合能を付与する際に、有効な結合様式である。現在までに知られたminor groove binderであるdistamycin Aやnetropsin等の共通構造は比較的平面性の高い三日月型の基本骨格と、その末端に配置された塩基性官能基である。

 本研究は新規なDNA結合性分子の探索を目的に、これら既存の化合物とは異なった構造、特性を有する化合物のデザイン、合成、活性評価、結合様式の解析を行ったものである。本研究の化合物のデザインの基本としては、芳香族ウレア、グアニジンのユニークな立体構造特性を利用している。芳香族ウレア、グアニジンには2つの重要な構造的特性がある。第一の特徴は水素結合サイトに富んだ平面性ユニットであること、第二に窒素原子のメチル化によりtrans型からcis型に構造変換することができ、自在な分子設計が可能なことである。

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 本研究ではこれらの芳香族ウレア、グアニジンの構造上の特性を利用し、第一に平面的なDNA結合性芳香族ウレア各種のデザイン、合成を行った。デザインの基本は芳香族ウレアの両端にアミジノ基、アミノ基等の塩基性官能基を配したものである。また、化合物の活性の簡便な評価法として限外ろ過法、即ち、緩衝液中のcalf thymus DNAに被検化合物を添加、混合した後、限外ろ過を行い、得られたろ液中の被検化合物濃度の定量により、DNA結合率を算出する試験法を開発して一次評価に応用している。合成した平面的芳香族ウレアのうち、顕著なDNA結合率を有する化合物としてRF110及びRF400を見い出している。RF110はL1210細胞あるいはKB細胞に対し、代表的なminor groove binderであるnetropsinと同様な生物活性を示すことを明らかにした。

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 第二に、立体的な層状芳香族ウレア/グアニジン各種のデザイン、合成を行った。平面的なminor groove binderの作用機構として、一般的にdimerを形成してDNAのminor grooveに結合することが知られている。単分子でminor grooveの幅、形状にフィットする新規のDNA結合分子の創製を目的として、芳香族ウレア/グアニジンの特性の一つであるN-メチル化によるcis配座優先性を利用した層状構造化合物各種のデザイン、合成を行った。層状芳香族ウレア誘導体は弱いDNA結合能を示したが、層状芳香族グアニジン誘導体はいずれもnetropsinを上回るDNA結合能を限外ろ過法により示した。なかでも、5MG及び5PGの2種は熱融解実験においても各種DNAに対して顕著なTmの上昇を示し、DNAへの強い結合活性を明らかにした。さらに、5MG及び5PGに関して、その結合様式の解析をCDスペクトル、1H-NMRにより行った。(CGCGAATTCGCG)2に対して化合物濃度を変化させた1H-NMRのDNA側のシグナルの化学シフト変化は5’-GAA-3’付近の核酸残基及び糖鎖の一部が顕著であること、5MGのN-メチルとA5-C2H,A6-C2Hの間、5PGのN-メチルとA6-C4’H,C9-C1’H,A6-C1’H,A5-C2H,A6-C2H,の間にNOESYが観測されることから、5MG及び5PGはDNAの5’-GAA-3’付近の配列に対し、minor groove側から結合することを明らかにした。また、これらの実験事実は計算化学によるドッキングによっても的確に説明できることを明らかにしている。

 以上、福富竜太の研究成果は有機科学、生物有機化学、医薬化学研究に資するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに十分なものと認めた。

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