学位論文要旨



No 214353
著者(漢字) 長,展生
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ノブオ
標題(和) 縮合チオフェンを基本骨格としたG蛋白共役型受容体拮抗薬の分子設計と合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 214353
報告番号 乙14353
学位授与日 1999.06.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14353号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
内容要旨 緒言

 薬物の主要な作用点である受容体の中で、多くの重要な生体機能を担うG蛋白共役型受容体(GPCR)は創薬のターゲットとして重要視されている。

 内因性リガンドがアミノ酸等から生合成される低分子のGPCRに作用する薬物を設計する場合、リガンド自身をリードとしてデザインすることが可能であるが、リガンドがペプチドの場合は困難を極める。ペプチドは複雑な立体配座を取るため活性コンフォーメーションを確定することが困難で、受容体と相互作用するペプチドの重要な側鎖の立体的配置を知ることができず、非ペプチドリガンドをデザインする一般的な方法はない。従って、ペプチドをリガンドとするGPCRの代表的拮抗薬は、天然物の化学修飾かランダムスクリーニングで見出されたリードの最適化により創製されている(Chart 1)。

 GPCRに特徴的な7回膜貫通領域により形成されるリガンド結合ポケット(Figure 1)は、ある一定の範囲に収束した空間であると考えられている。一方、FreidingerはGPCRの拮抗物質の化学構造を考察し、これに適合するリガンドの大きさが10Å×15Åであるとの考えを提出した(Figure 3)。また高活性化合物は、少なくとも空間的に異なる3点で生体高分子と相互作用する必要があると考えられている。これらの考えを基に、筆者は5-6リングシステムの2環性ヘテロ環にフェニル基を導入したビアリール構造を有する基本骨格、チオフェン環上にフェニル基を有するスキャフォールド[A]、[B]をデザインした(Figure 5)。本スキャフォールドを選んだ理由は、受容体結合ポケットに空間的余裕のある適当な大きさ、ビアリール構造により置換基を空間的に好ましい位置に配置する効果、環のヘテロ原子と受容体構成アミノ酸との相互作用の付加、および新規性の高さである。

 上記4点を考慮して、[A]、[B]の特定の位置にGPCRと相互作用し得る置換基を組み込んだ化合物を合成すれば、標的受容体に選択的で高活性の化合物が得られるものと考えた。そこで、GPCRの具体例としてエンドセリンおよび黄体形成ホルモン放出ホルモン受容体を選び、本ストラテジーに基づく非ペプチド性拮抗薬のデザイン、合成を行った。

エンドセリン(ET)受容体拮抗薬のデザインと合成

 ETは極めて強力な血管収縮活性を有するペプチドで、GPCRであるETAおよびETB受容体サブタイプを介して血管収縮、血管弛緩および平滑筋増殖作用を示す。

 本研究開始当時、非ペプチド性ET拮抗薬は全く報告されていなかった。そこで、環状ヘキサペプチドET拮抗薬TAK-044の構造活性相関を考慮し、前述のストラテジーを適用した。すなわち、TAK-044の-ターンと-ターンにより固定化された主鎖構造をスキャフォールドで置き換え、受容体結合に重要な酸性基や脂溶性側鎖を結合させれば、非ペプチド性拮抗薬が得られるものと考えた。 -ターン構造は10員環に相当し6-6、5-6リングシステムのヘテロ環で代用できると考えられるので、6員環にペプチド結合を意識してピリミジンジォン環を導入したスキャフォールド[A]または[B]、フェニル基を有するチエノピリミジン骨格を選んだ(Figure 7)。さらに、[A]に相当する6-フェニル体(5n)が、[B]に相当する5-フェニル体(5m)よりも高活性を示したので、これをリードとして化学修飾を行った。

 まず、ケトンを文献公知の方法によりアミノチオフェンを合成し、閉環、1位置換基の導入後、加水分解して3位酢酸誘導体を合成した(Scheme 1,2)。6位置換フェニル誘導体は、効率的な0価のパラジウム触媒を用いた鈴木カップリング反応を適用した(Scheme 3)。Friedel-Craftsアシル化や脱メチル反応などを用いて6位変換体を合成し(Scheme 4,5,6)、Gabriel合成により5位ヘアミノ基を導入して5位変換体を合成し、鈴木カップリング反応を鍵反応としてチオフェンをベンゼンに変換したキナゾリン誘導体を合成した(Scheme 7,8)。

 化合物の評価は、ヒトET受容体を用いた受容体結合阻害作用により行った。3位カルボキシル基は活性発現に必須で、1位置換基としてはオルト置換ベンジルが好ましく、o-メチルチオベンジル基が最も優れていた(Table 1)。6位置換基としてはパラ置換フェニル基が好ましく、21dおよび21eは高い親和性を示した(Table 2)。また、5位置換基としては水素結合可能な短鎖アルキルアミド、スルホンアミド基が高活性を示し、メタン、エタンスルホンアミド(33g,h)が最高のnMオーダーの親和性を示した(Table 3)。対応するベンゼン置換体であるキナゾリンと親和性を比較し、チエノピリミジン骨格が優れていることを明かにした(Chart 3)。さらに、高親和性を示した21d,e,33g-i、ペプチド性拮抗薬TAK-044、および代表的非ペプチド性拮抗薬ボセンタンの摘出血管を用いたET収縮抑制作用を比較し、33g,hが、特にETB受容体に対する拮抗作用の強い新しいタイプのET拮抗薬であることを見出した(Table 4)。

黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH)受容体拮抗薬のデザインと合成

 LHRHは脳下垂体前葉に存在するGPCRである受容体を介して性腺刺激ホルモンLH、FSHを放出させ、性ホルモンの産生と放出を促進する(Figure 8)。

 本研究開始当時、非ペプチド性拮抗薬は殆ど報告されていなかった。LHRHアナログの研究から、LHRHはTyr5-Gly6-Leu7-Arg8でタイプIIの-ターン構造をとっており、これが活性発現に重要であると考えられている。-ターン構造により比較的固定化された主鎖構造をスキャフォールドで置き換え、受容体結合に重要な塩基性基や脂溶性側鎖を結合させれば、非ペプチド性拮抗薬が得られると考えた。LHRH拮抗薬は塩基性基が重要であるため、ET拮抗薬を指向して合成した中性、塩基性化合物のLHRH受容体親和性を調べた結果、5d、4dには活性は見られなかったが、骨格変換させたチエノピリジン(44a)に弱い親和性が認められた(Figure 10)。そこで、フェニル基を有するチエノピリジン骨格をスキャフォールドとして選び、44aの修飾可能な部位に塩基性基の導入を検討し、3位にアミノ基を導入した46cに親和性の向上を認めたので、これをリードとして化学修飾を行った(Figure 9)。

 まず、アミノチオフェンをチエノピリジンへと導き、これをベンジル化、ブロム化後、種々のアミン等を反応させて3位変換体を合成した(Scheme 9,10)。2位置換フェニル誘導体はチエノピリミジンの場合と同様に鈴木反応を用い、また7位変換体は7位窒素をベンゾイル基で保護する効率的ルートにより合成した(Scheme 11,12)。ニトロ化あるいはFriedel-Craftsアシル化して2位変換体を合成した(Scheme 13,14,15)。-ケトエステルを文献の方法に準じてアミノフランを得、チオフェンの場合と同様にしてフロピリジン誘導体を合成した(Scheme 16)。最後に、チオフェンをベンゼンに変換したキノロン誘導体を合成した(Scheme 17,18)。

 化合物の評価は、ヒトLHRH受容体を用いた受容体結合阻害作用により行った。3位塩基性基としては、比較的自由度のある塩基性の高い三級アミンが好ましく、特にベンジルメチルアミノメチル基が優れていた(Table 5)。7位置換基としては、オルト置換ベンジル基が優れており、2,6-ジハロゲノベンジル体(54n,o,p)が高い親和性を示した(Table 6)。2位置換基としては、水素結合可能なパラ置換フェニル基が好ましく、アミド体(58j,k,l,60)は10-10Mオーダーの極めて高い親和性を示した(Table 7)。さらに、フロピリジンおよびキノロンと親和性を比較し、チエノピリジン骨格が優れていることを明かにした(Chart 5)。58j,k,l,60の中で良好な経口吸収性を示した60はヒト受容体に選択性が高く、ヒトに次いでサル受容体に高い親和性を示した(Table 8)。60はサル下垂体培養細胞からのLHRH刺激によるLH放出を濃度依存的に抑制し、60mg/kgを去勢サルに経口投与すると血中LH濃度を強力に低下させた(Figure 11,12)。以上の結果から、60が新規で強力かっ経口投与可能な非ペプチド性LHRH拮抗薬であることを世界で初めて見出した。

結論

 筆者は、ビアリール構造を組み入れたフェニル基を有する2環性縮合チオフェン誘導体をGPCRの非ペプチドリガンドのスキャフォールドとしてデザインし、これに受容体との相互作用に重要な側鎖を結合させることにより高活性化合物が見出せるものと考えた。本ストラテジーをETおよびLHRH受容体の非ペプチド性拮抗薬の分子設計に適用し、新規なET拮抗薬チエノピリミジン(33g,h)およびLHRH拮抗薬チエノピリジン(60)を見出すことに成功した。これらの結果は、本ストラテジーの妥当性を示すものであり、フェニル基を有する縮合チオフェン誘導体がGPCRのスキャフォールドとして有用であることを明かにした。本ストラテジーは、従来一般的な方法がなかったペプチドを内因性リガンドとするGPCRの非ペプチドリガンドを分子設計する際の一つの方法論を提示したものと考えられる。

審査要旨

 学位申請者長は、G蛋白共役型受容体(GPCR)に対するリガンドの分子設計を行い、新たにエンドセリン(ET)受容体拮抗薬および黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH)受容体拮抗薬として有用な新規薬埋活性物質を創製した。本論文はそれらのデザインと合成に関する研究である。

 薬物の主要な作用点である受容体の中で、多くの重要な生体機能を担うG蛋白共役型受容体(GPCR)は創薬のターゲットとして重要視されている。

 内因性リガンドがアミノ酸等から生合成される低分子のGPCRに作用する薬物を設計する場合、リガンド自身をリードとしてデザインすることが可能であるが、リガンドがペプチドの場合は困難を極める。ペプチドは複雑な立体配座を取るため活性コンフォーメーションを確定することが困難で、受容体と相互作用するペプチドの重要な側鎖の立体的配置を知ることができず、非ペプチドリガンドをデザインする一般的な方法はない。従って、ペプチドをリガンドとするGPCRの代表的拮抗薬は、天然物の化学修飾かランダムスクリーニングで見出されたリードの最適化により創製されている。

 GPCRに特徴的な7回膜貫通領域により形成されるリガンド結合ポケットは、ある一定の範囲に収束した空間であると考えられ、これに適合するリガンドの大きさはおよそ10Å×15Åであり、そのポケットを形成する高分子と少なくとも空間的に異なる3点で相互作用する必要があると考えられている。これらの考えを基に、長は5-6リングシステムの2環性ヘテロ環にフェニル基を導入したビアリール構造を有する基本骨格をスキャフォールド[A]、[B]としてデザインした(下図)。

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 本スキャフォールドを選んだ理由は、受容体結合ポケットに空間的余裕のある適当な大きさ、ビアリール構造により置換基を空間的に好ましい位置に配置する効果、環のヘテロ原子と受容体構成アミノ酸との相互作用および新規性である。

 上記4点を考慮して、長は[A]、[B]の特定の位置にGPCRと相互作用し得る置換基を組み込んだ化合物を合成すれば、標的受容体に選択的で高活性の化合物が得られるものと考えた。具体例としてエンドセリン受容体および黄体形成ホルモン放出ホルモン受容体を選び、本ストラテジーに基づく非ペプチド性拮抗薬のデザイン、合成を行った。

(I)エンドセリン(ET)受容体拮抗薬のデザインと合成

 ETは極めて強力な血管収縮活性を有するペプチドで、GPCRであるETAおよびETB受容体サブタイプを介して血管収縮、血管弛緩および平滑筋増殖作用を示す。

 本研究開始当時、非ペプチド性ET拮抗薬は全く報告されていなかった。そこで、環状ヘキサペプチドET拮抗薬TAK-044の構造活性相関を考慮し、長は前述のストラテジーを適用した。すなわち、TAK-044の-ターンと-ターンにより固定化された主鎖構造をスキャフォールドで置き換え、受容体結合に重要な酸性基や脂溶性側鎖を結合させれば、非ペプチド性拮抗薬が得られるものと考えた。-ターン構造は10員環に相当し6-6、5-6リングシステムのヘテロ環で代用できると考えられるので、6員環にペプチド結合を意識してピリミジンジオン環を導入したスキャフォールド[A]または[B]、フェニル基を有するチエノピリミジン骨格を選んだ。さらに、[A]に相当する6-フェニル体が、[B]に相当する5-フェニル体よりも高活性を示したので、これをリードとして化学修飾を種々行った。化合物の評価は、ヒトET受容体を用いた受容体結合阻害作用により行った。その結果、33g,hが、特にETB受容体に対する拮抗作用の強い新しいタイプのET拮抗薬であることを見出した(下図)。

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(II)黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH)受容体拮抗薬のデザインと合成

 LHRHは脳下垂体前葉に存在するGPCRである受容体を介して性腺刺激ホルモンLH、FSHを放出させ、性ホルモンの産生と放出を促進する。

 本研究開始当時、非ペプチド性拮抗薬は殆ど報告されていなかった。LHRHアナログの研究から、LHRHはTyr5-Gly6-Leu7-Arg8でタイプIIの-ターン構造をとっており、これが活性発現に重要であると考えられている。一ターン構造により比較的固定化された主鎖構造をスキャフォールドで置き換え、受容体結合に重要な塩基性基や脂溶性側鎖を結合させれば、非ペプチド性拮抗薬が得られると考えた。その結果、骨格変換させたチエノピリジンに弱い親和性が認められた。そこで、フェニル基を有するチエノピリジン骨格をスキャフォールドとして選び、化学修飾可能な部位に塩基性基の導入を検討し、3位にアミノ基を導入した化合物に親和性の向上を認められたので、これをリードとして化学修飾を行った。

 化合物の評価は、ヒトLHRH受容体を用いた受容体結合阻害作用により行った。その結果、良好な経口吸収性を示した化合物(60)はヒト受容体に選択性が高く、ヒトに次いでサル受容体に高い親和性を示した。60はサル下垂体培養細胞からのLHRH刺激によるLH放出を濃度依存的に抑制し、去勢サルに経口投与すると血中LH濃度を強力に低下させた。以上の結果から、60が新規で強力かつ経口投与可能な非ペプチド性LHRH拮抗薬であることを世界で初めて見出した。

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 長は、ビアリール構造を組み入れたフェニル基を有する2環性縮合チオフェン誘導体をGPCRの非ペプチドリガンドのスキャフォールドとしてデザインし、これに受容体との相互作用に重要な側鎖を結合させることにより高活性化合物が見出せるものと考えた。本ストラテジーをETおよびLHRH受容体の非ペプチド性拮抗薬の分子設計に適用し、新規なET拮抗薬チエノピリミジン(33g,h)およびLHRH拮抗薬チエノピリジン(60)を見出すことに成功した。これらの結果は、本ストラテジーの妥当性を示すものであり、フェニル基を有する縮合チオフェン誘導体がGPCRのスキャフォールドとして有用であることを明かにした。本ストラテジーは、従来一般的な方法がなかったペプチドを内因性リガンドとするGPCRの非ペプチドリガンドを分子設計する際の一つの方法論を提示したものと考えられる。

 これらの業績は医薬化学研究において価値ある成果であり、博士(薬学)の学位に値するものである。

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