学位論文要旨



No 214355
著者(漢字) 白根,道子
著者(英字)
著者(カナ) シラネ,ミチコ
標題(和) サイクリン依存性キナーゼ阻害分子p27Kip1の分解機構の解明
標題(洋) Down-regulation of Cdk inhibitor p27Kip1
報告番号 214355
報告番号 乙14355
学位授与日 1999.06.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14355号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,誠
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 岩坪,威
内容要旨 序論

 細胞周期の進行はサイクリン依存性キナーゼ(CDKs)によって制御されているが、その酵素活性はさまざまなメカニズムによってコントロールされている。p27などサイクリン依存性キナーゼ阻害分子(CDKインヒビター;CKIs)と呼ばれる分子群は、CDK/サイクリン複合体に結合し酵素活性を阻害することから細胞周期調節に直接関わる重要な因子と考えられる。特にp27はG0/G1(休止期)では蛋白発現レベルが高いが、G1/S移行期に急速にその発現レベルが低下することが知られている。種々の増殖刺激はp27の減少を引き起こし、このp27の減少は細胞増殖を誘導すると考えられている。p27の発現量は蛋白分解に規定されていて、主にユビキチン・プロテアソーム系で分解されることが既に報告されたが、その分子論的詳細は不明であった。p27の分解メカニズムを明らかにすることは、細胞周期調節機構の解明への新しいアプローチであると考えられる。一方、医学的には多くの癌組織でp27の発現量の低下が認められ、これはp27分解活性の亢進であると考えられている。またp27遺伝子を破壊したノックアウトマウスで高率に腫瘍が発生することから、p27の発現量低下、即ち分解亢進が癌の進行や悪性化に深く関与していることが示唆されてきた。このp27の分解メカニズムの解明は、新しい作用機序に基づく抗癌剤の開発や予後判定等、癌治療及び診断に貢献することが期待される。

 本研究では、p27の分解機構を生化学的手法を用いて解析し、ユビキチン依存的な分解と、ユビキチン非依存的なプロセシング(切断)という2つの独立したメカニズムによってその発現量及び活性が調節されていることを解明した。

方法と結果1,p27のユビキチン化

 p27の発現量はユピキチン-プロテアソーム系によって負の制御を受けているという報告がなされていた(Pagano,M.et al.)。しかしユビキチン化p27の検出は再現が非常に困難であった。我々は独自の方法でin vitroおよびin vivoにおけるユビキチン化p27の検出を試み、p27が実際にユビキチン化を受けることを証明した。

 ユビキチン化p27を検出するために、リコンビナントp27をマウス細胞株の細胞抽出液と共にATP再構成系中でインキュベートし、反応物を抗p27抗体を用いたウェスタンブロッティング(免疫ブロット法)により解析した。効果的にp27のユビキチン化を検出するには、プロテアソームの除去、充分量のユビキチンの供給、ユビキチンアルデハイド添加によるアイソペプチダーゼ活性の抑制が鍵となった。細胞抽出液は、100,000xg、4時間の超遠心処理をしてプロテアソームを沈殿させた後の上清分画を用いた(S100Pr-)。アイソペプチダーゼは、26Sプロテアソームと結合しマルチユビキチン鎖を加水分解する酵素であるが、アイソペプチダーゼインヒビターであるユビキチンアルデハイドを反応系に添加すると、ユビキチン化p27の検出が劇的に上昇した。ユビキチンの反応系への大量添加もユビキチン化p27の形成を増加させた。また、ユビキチン(8kDa)の代わりにGST-ユビキチン(34kDa)を反応系に添加すると、バンドが高分子側にシフトしたことより、p27より高分子量のバンドはユビキチン化p27であることが確認された。さらにこれらの高分子量のバンドがユビキチン化p27であることを証明するために、免疫沈降法による解析を行った。ユビキチンの代わりにビオチン化ユビキチンを用いてユビキチン化反応を行い、反応産物を抗p27抗体で免疫沈降し、アビジン・パーオキシダーゼ複合体を用いたウェスタンブロッティングを行ったところ、モノユビキチン化p27、マルチユビキチン化p27が検出された。

 さらにin vivoにおけるp27のユビキチン化の検出を試みた。プロテアソーム及びカルパインのインヒビター(阻害薬)、ALLN存在下でNIH3T3細胞株を培養し、その細胞抽出液を抗p27抗体を用いたウェスタンブロッティングで解析したところ、ユビキチン化p27が検出された。また、COS7細胞株にp27とユビキチンを一過性に共発現させると、ユビキチン化p27が検出された。さらにプロテアソーム特異的なインヒビターであるラクタシスチン存在下ではユビキチン化p27が増加した。

2,細胞周期依存的なp27のユビキチン

 p27はG0/G1期に蓄積し、S期への進行に伴って減少する。このp27の減少がユビキチン化によるのものか調べた。NIH3T3細胞株を接触阻害によってG0/G1期に同調させた後、S、G2/M期へと進行(リリース)させて経時的に細胞を集め、細胞周期、p27量、p27のユビキチン化活性を解析した。FACSによる細胞周期の解析の結果、接触阻害によってほぼ全ての細胞がG0/G1期に同調し、リリースの約12時間後に同調的にS期へ進行し、約21時間後にM期へ移行した。p27の発現量はG0/G1期に高く、G1/S移行期の9時間から12時間の間に急激に減少し、21時間後には最低となった。G0/G1期、G1/S期、G2/M期の細胞抽出液を用いてp27のユビキチン化活性を解析したところ、G1/S期において最も高活性を示した。これらの結果より、p27のユビキチン化活性は細胞周期依存的に変動していて、p27の発現量を制御していることが示唆された。

3,p27のユビキチン化部位の同定

 p27のユビキチン化部位を同定するために、13箇所あるp27のリジン残基をアルギニン残基に置換した変異体、KR変異体を作成した。変異体p27を用いてin vitroユビキチン化反応を行い、抗p27抗体(TDL)を用いたウェスタンブロッティングで解析したところ、134番、153番、165番のリジンに変異を導入したKR5において、ユビキチン化活性が顕著に低下した。抗p27抗体(TDL)はp27の60番付近のアミノ酸配列を認識するため、59番のリジンに変異が導入されているKR1は抗p27抗体(TDL)では検出できなかった。そこでKR1に関しては別の抗p27抗体(C-19)を用いて解析したところ、野生型p27と同等のユビキチン化活性を示した。さらに野生型p27とKR5のユビキチン化反応を経時的に行ったところ、野生型と比較してKR5はユビキチン化活性が顕著に低下していた。よってこの134番、153番、165番のリジンのいずれか、または全てにユビキチンが付加していると考えられた。

4,p27のプロセシング

 p27の分解について解析を進める中で、in vitro、in vivoの両方でp27のユビキチン依存的な分解と共に、27kDaが22kDa(p2722k)になるプロセシング(切断)活性が存在することに気付いた。in vitroで検出される急速なプロセシング活性がin vivoで検出されるプロセシング活性を再現しているか調べたところ、その分解産物の分子量が一致することが確認された。この反応はATP再構成系中で促進され、ATPの再構成を阻害するATP-Sによって抑制されることから、ATP依存的な反応であることが示唆された。またプロテアソームインヒビターであるクラストラクタシスチン--ラクトン、ZLLLalによって抑制されたので、プロテアソームの関与が示唆された。さらに様々なプロテアーゼインヒビターを用いてプロセシングエンザイムの予測を試みた。プロセシング反応はキモスタチン、PMSFで抑制され、アンチパイン、ペプスタチン、ロイペプチン、E64では影響を受けなかった。また、カスパーゼ-1インヒピター、YVADも、カスパーゼ-3インヒビター、DEVDもp27のプロセシングには影響を示さなかった。以上の結果より、このプロセシング反応はプロテアソームがもっているキモトリプシン様プロテアーゼによるものと予想された。

 尚、in vitro、in vivo両方において、カルパインインヒビターによってp2722kの蓄積が見られたことから、22kDa以下の分解はカルパイン様プロテアーゼによると推測された。

5,p27のプロセシングによるCDK阻害活性の減少

 p27の急速なプロセシング活性がp27の機能に影響するのか調べるために、まずプロセシング部位を推測した。p27のC末端にmyc-tagのついたp27のプロセシング産物、myc-p2722kが抗myc抗体で検出できることから、p27のN末端側がプロセシングされることが予測されていた。抗原性の異なる3つの抗体を用いて、p2722kを検出した。N-20、TDL、C-19の抗体は各々p27のアミノ酸2-21、60付近、181-198を認識することと、p2722kはN-20では検出されず、TDL、C-19では検出されることから、ゲル泳動度と鑑み、アミノ酸35〜40でプロセシングされると考えられた。そこでリコンビナントp2722kを作成し、in vitroにおけるサイクリンE/CDK2阻害活性を調べた。p2722kは野生型p27と比較して、CDK阻害活性が約1/100に低下していることがわかった。

6,細胞周期依存的、かつユビキチン非依存的なp27のプロセシング

 p27のプロセシング活性の変動が細胞周期の進行と相関しているのか調べるために、NIH3T3細胞株におけるin vivoプロセシング活性を解析した。p27の分解活性も、p27のプロセシング活性も、共にG0/G1期よりS期の方が高かった。p2722kのCDK阻害活性が低いことと、S期にプロセシング活性が亢進していることから、G1/S移行にはp27のプロセシングによる機能消失も大きな役割を果たしていることが示唆された。さらに、このプロセシングがユビキチン依存的か調べるために、野生型p27とKR5変異体(ユビキチン化を受けない)をNIH3T3細胞株に一過性に発現させたところ、共にp2722kが同程度検出された。よってこのプロセシングはユビキチン非依存的な反応であることが示唆された。以上の結果から、p27は2種類の機構により速やかに不活性化、及び除去され、CDK活性を上昇させて、細胞周期を進行させると考えられた

総括

 サイクリン依存性キナーゼ阻害分子であるp27の発現量はG1/S期に急激に減少するが、それは蛋白分解によって制御されている。その分解機構を解析したところ、p27はG1/S期に、ユピキチン化を伴う分解と、ユビキチン非依存的なプロセシングという2つの異なる機構が働いていることがわかった。それに伴い、p27の発現量が減少し、かつ機能が消失し、CDK活性が上昇し、細胞周期が進行することが示唆された。

 分裂酵母および出芽酵母との相同性や、生化学的実験によりp27もユピキチン化による蛋白分解を受け、その蛋白量が調節されていることが予想されていたが、我々の結果よりユビキチン化だけでなく、ユビキチン非依存的なプロセシング機構も関与していることが示された。2種類の分解機構が存在することで、より速やかに発現量を調節できると考えられた。

 一方、p27ノックアウトマウスにおいて、成長の促進、多種の臓器、特に胸腺における過形成、下垂体における腫瘍の発生が観察された。このことからp27は細胞周期を停止させ組織の形成に奇与していると考えられた。また、大腸癌、乳癌、胃癌などではp27の分解促進と悪性度が相関するという結果が得られている。よってp27の分解機構の解明から、腫瘍化のメカニズムの一端を明らかにできると考えられる。

 さらに、ユビキチン化やプロセシングに直接関与している酵素群の同定が今後の課題である。

審査要旨

 細胞周期の進行は、サイクリン依存性キナーゼ(CDKs)に依って制御されでおり、その酵素活性は多くの蛋白に左右される。p27などのCDK阻害蛋白群(CKls)は、直接細胞周期を抑制する因子として重要である。これらの蛋白は速い細胞周期に対応する為に、主として急速な分解によってレベルが調節されている。本研究は、最初にp27のノックアウトマウスの作出とその解析という遺伝学的手法でp27の個体レベルでの機能解析を行い、次にp27の分解機構を生化学的手法を用いて解析し、ユビキチン依存的な分解と、ユビキチン非依存的なプロセシング(切断)という2つの独立したメカニズムによってその発現量及び活性が調節されていることを解明したものである。

p27遺伝子ノックアウトマウスの作出とその解析

 ES細胞の相同組み換えを用いたp27遺伝子ノックアウトマウスではホモ接合体に体重の増加、胸腺や精巣の過形成、下垂体腺腫や網膜の肥厚が見られたが、自然発生の悪性腫瘍は観察されなかった。

細胞周期依存的なp27のユビキチン化

 p27はG0/G1期に蓄積し、S期への進行に伴って減少する。このp27の減少がユビキチン化によるのものか調べるためNIH3T3細胞株を接触阻害によってG0/G1期に同調させた後、S、G2/M期へと進行させてp27のユビキチン化活性を解析したところp27のユビキチン化活性は細胞周期依存的に変動していて、p27の発現量を制御していることが示唆された。p27のユビキチン化部位を同定するために、13箇所あるp27のリジン残基をアルギニン残基に置換した変異体、KR変異体を作成しin vitroユビキチン化反応を行い、抗p27抗体(TDL)を用いたウェスタンブロッティングで解析したところ、134番、153番、165番のリジンのいずれか、または全てにユビキチンが付加していると考えられた。

p27のプロセシング

 p27の分解について解析を進める中で、in vitro、in vivoの両方でp27のユビキチン依存的な分解と共に、27kDaを22kDa(p27D22k)にするプロセシング(切断)活性を発見した。in vitroで検出される急速なプロセシング活性がin vivoでのプロセシング活性を再現しているか調べたところ、分子量の一致する分解産物が確認された。この反応はATP再構成系中で促進され、ATPの再構成を阻害するATP-gSによって抑制されることから、ATP依存的な反応であることが示唆された。またプロテアソームインヒビターであるクラストラクタシスチン-b-ラクトン、ZLLLalによって抑制されたので、プロテアソームの関与が示唆された。さらに様々なプロテアーゼインヒビターを用いてプロセシングエンザイムの予測を試みたところ、プロセシング反応はキモスタチン、PMSFで抑制され、アンチパイン、ペプスタチン、ロイペプチン、E64では影響を受けなかった。また、カスパーゼ-1インヒビター、YVADも、カスパーゼ-3インヒビター、DEVDもp27のプロセシングには影響を示さなかった。以上の結果より、このプロセシング反応はプロテアソームがもっているキモトリプシン様プロテアーゼによるものと予想された。尚、in vitro、in vivo両方において、カルパインインヒビターによってp27D22kの蓄積が見られたことから、22kDa以下の分解はカルパイン様プロテアーゼによると推測された。

 以上、本研究によって、細胞周期に依存したp27の分解には、これまで知られていたユビキチン化を伴う経路と、これに加えてユビキチン化に依存しない新しい経路が存在することが明らかにされた。これらの結果は細胞周期の制御の理解に貢献するのみならず、その機構を標的とした創薬にも新しい可能性を開くものであり、博士(薬学)に値すると判断した。

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