第1節-カテニンの細胞内局在及び遺伝子変異に関する検討 AOM誘発ラット大腸発がんにおける-カテニン-Tcf経路の関与を検討するため、腫瘍における-カテニンの細胞内局在及び遺伝子変異の有無を調べた。
まず、-カテニンの細胞内局在を免疫組織学的に検索すると、非がん部大腸粘膜では細胞膜に局在しているのに対し、大腸がんでは8例すべてにおいて細胞質での蓄積や核への移行が認められた。-カテニンの細胞内局在の変化は、腺腫や、異型を伴うACF、いわゆるマイクロアデノーマでも同様にみられたが、大部分の過形成性ACFではみられなかった。-カテニン蛋白質の細胞内局在の異常は、腺腫(又は異型を伴うACF)の段階からほぼ全例に出現しており、ラットでもWntシグナルを介した因子が腫瘍発生に重要な役割を果たしていることが示唆された。
また、腫瘍と正常粘膜のtotal tissue lysateをSDS-ポリアクリルアミドゲルに電気泳動し、ウェスタンブロッティングにて-カテニンの蛋白質量を比べてみたところ、腫瘍での蛋白質量は正常と同程度か、やや高かった。一方、組織を弱い可溶化剤を用いたradio-immunoprecipitation assay(RIPA)bufferで溶出したサンプルを用いてウェスタンブロッティングを行うと、-カテニンのバンドは主に腫瘍サンプルに検出され、正常粘膜ではほとんど検出されなかった。RIPA buffer中では、強いアフィニティを持つタンパク質の結合は保たれるため、カテニンとカドヘリンの完全な複合体が形成していればdetergentに可溶化されない。従って、この結果からも、正常大腸上皮細胞ではほとんどの-カテニンはカテニン-カドヘリン複合体を形成しているが、がん細胞ではその存在状態が変化していることが示唆された。
次に、AOM誘発ラット大腸腫瘍における-カテニン遺伝子の変異をPCR-SSCP法とダイレクトシークエンスにより調べた。-カテニン遺伝子のGSK-3リン酸化部位の配列において、精製DNAを用いて調べた大腸がん8例中6例に8個の変異が検出された。また、大・中・小の腫瘍やACFのパラフィン切片からもPCRをおこない、同様に-カテニン遺伝子の変異について調べた。その結果、大きな腺がん6例中5例、中位の腺がん6例中4例、小さな腺がん6例中5例、腺腫6例中2例、異型を伴うACF3例中2例に変異が検出された。全部で26個の変異のうち24個はG:CからA:Tへのトランジションであった。そのうち17個は、CTGGAという配列の2つ目のGがAに変わったものであり、この配列はAOMによる変異のホットスポットであると考えられた。これらのことより、AOM誘発ラット大腸発がんにおいて、-カテニンの変異が重要な役割を果たしていることが示唆された。同じ組織サンプルを用い、同様に、K-ras遺伝子のエクソン1における変異を調べたところ、コドン12番の2番目のGからAへの変異がACFで高頻度に検出され、K-ras遺伝子の活性化がACFの形成に関与していることが示唆された。腫瘍においても同じ変異が検出されたが、その頻度は-カテニンほど高くなかった。
第2節AOM誘発ラット大腸発がんにおけるiNOS及びCOX-2の発現に関する検討 ウェスタンブロッティングにて腫瘍と正常粘膜のiNOS蛋白質量を調べたところ、大腸がんサンプルでは8例すべてにおいてiNOSの顕著な発現が認められた。一方、正常粘膜ではiNOSのバンドは検出されなかった。このことより、AOM誘発ラット大腸がんではNOの生成が顕著に上昇し、がん化に重要な役割を果たしていることが示唆された。同じ大腸がんサンプルにおいでCOX-2の発現も上昇していた。
また、免疫組織染色により細胞内局在を調べた結果、iNOSは腺管構造を呈する腫瘍細胞の内腔側細胞膜近傍に局在していた。正常粘膜上皮細胞及び間質細胞では、iNOSの発現はほとんど認められなかった。COX-2は非がん部粘膜においても、間質細胞や、上皮細胞間に入り込んだリンパ球で発現しており、がん組織では更に、腺管構造を呈するがん細胞の細胞質においても発現が認められた。
さらに、ラット大腸の発がん過程、特に前がん病変でのiNOS及びCOX-2の発現の有無について検討したところ、iNOSの発現は腺腫では弱く部分的であるものの、頻度は高く、腫瘍におけるごく初期から起きることがわかった。過形成性ACFでは調べた10例のうちiNOSの発現が認められたものはなかった。興味深いことに、iNOSの発現上昇がみられた症例は-カテニンの局在変化が認められた症例とよく一致し、腫瘍におけるiNOSの発現誘導に-カテニン-Tcf経路が関与している可能性が示唆された。COX-2の上皮細胞における発現は腺腫及びACFでは認められなかった。