学位論文要旨



No 214362
著者(漢字) 津田,和明
著者(英字)
著者(カナ) ツダ,カズアキ
標題(和) 鉄筋コンクリート造耐震壁の復元力特性の評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214362
報告番号 乙14362
学位授与日 1999.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14362号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨

 鉄筋コンクリート造耐震壁は剛性・耐力ともに高く、優れた耐震要素であるが、地震時の挙動はせん断変形が卓越することから非常に複雑となる。これまで、耐震壁の終局強度に関しては、トラス・アーチ機構の仮定により、ある程度理論的な評価式が提案されているが、それに至るまでの復元力特性に関しては、限られた実験結果から導かれた手法がほとんどであり、これらは自ずと適用範囲に限界がある。唯一、理論的評価手法としてFEMがあるが、個々のプログラムに応じてノウハウを必要とし、データの入力には多大な労力を必要とする。本論文は、上述した背景を受け、できるだけ簡便で、ある程度理論的な広範囲に使用できる鉄筋コンクリート造耐震壁の終局強度に達するまでの復元力特性の評価手法に関してまとめたものである。

 本研究では、先ず、純せん断状態でのせん断応力度(xy)〜せん断ひずみ度(xy)関係の評価手法をトラス理論に基づいて考案し、これを拡張して一層の鉄筋コンクリート造耐震壁の復元力特性を評価するマクロモデルを構築した。これらは、荷重増分法を用いている。マクロモデル構築後、これを用いて耐震壁の終局強度に対する壁板横筋の効果に関する検討も試みた。また、実務設計での使用を容易にするため、マクロモデルを基に耐震壁の復元力特性を評価する簡略手法を誘導した。

 純せん断状態では、主応力度式であるせん断応力度に対する縦横方向と主圧縮方向の応力度を求め、これらからせん断ひずみ度を算定する。終局は鉄筋降伏もしくはコンクリート圧壊が生じた時とした。本評価手法の主な特徴は、1)コンクリートのひびわれ後のテンションスティフニング特性を考慮していること、2)縦横筋量が異なる場合に主圧縮方向角度を45゜と異なる角度としていること、3)主圧縮方向のコンクリートの圧縮応力度〜圧縮ひずみ度関係を非線形とし、ひびわれ後の圧縮強度の低減を考慮していることである。

 テンションスティフニング特性は、以下の様に表わすことにした。先ず、ひびわれ発生直後のコンクリートの負担引張応力度をコンクリート圧縮強度(B)と縦横の鉄筋比(py、px)から定め、その後の引張応力度〜引張ひずみ度関係を長沼の提案に従い、主圧縮方向のコンクリートの接線剛性に依存させることにした。ひびわれ発生直後のコンクリートの負担引張応力度の引張強度に対する比率(rm)は式(1)で求める。式(1)は既往の平板の純せん断実験結果を統計的に分析して導いた。

 

 主圧縮方向角度(:縦軸より反時計回り)に関する研究では、ひびわれ面でのせん断伝達特性を評価することにより主圧縮方向角度を45゜から変化させる手法が一般的である。このような評価手法はFEMのようなミクロモデルには適しているが、本研究の目的はできるだけ簡便な手法の開発であることから、新たな評価手法を考案することにした。本評価手法では、作用するせん断力に対し、鉄筋コンクリート平板内部では最小の仕事量で抵抗すると仮定し、主圧縮方向角度を考慮したトラス剛性(Gtruss)が最大となる時の角度を主圧縮方向角度であると定義した。主圧縮方向角度を考慮したトラス剛性は式(2)で表わされる(式中、Ecd:主圧縮方向コンクリートの接線剛性、ESy、ESx:縦横筋のヤング係数)。

 

 トラス剛性が最大となる時の角度を求めるに当たり、計算を容易にするため、式(2)の逆数を微分すると式(3)が得られる。

 

 式(3)の右辺が零となる時の角度は式(4)より求められる。すなわち、この角度がトラス剛性を最大とする時の主圧縮方向角度である。

 

 主圧縮方向のコンクリートの圧縮応力度(2)〜圧縮ひずみ度(2)関係は、長沼の提案に従い、Fafitis・Shahの提案式に圧縮強度低減率()を考慮することにより表現することにした。ただし、長沼はNielsenと同様にをコンクリート圧縮強度のみの関数として表現しているが、本評価手法では、主引張方向の剛性(KD:式(5))の影響を反映させることにした。

 

 式(5)より算定した主引張剛性の考慮方法を試行錯誤的に検討した結果、コンクリート圧縮強度低減率と、コンクリート-軸圧縮強度を主引張方向剛性の平方根で除した値との関係が最も強く相関関係を示すことが分かった。その関係を図-1に示す。図-1の結果から、は式(6)で表わすことにした。

 

図-1 B/√KD関係

 を考慮した22関係は式(7)で表わされる(式中、B:圧縮強度時ひずみ度)。

 

 また、水平、鉛直方向の応力度に対する軸ひずみ度(xy)を鉄筋剛性より求めると、あるせん断応力度に対するせん断ひずみ度はモールのひずみ円より式(8)で算定される。

 

 以上の純せん断状態の鉄筋コンクリート造平板のxyxy関係の評価手法を既往の純せん断実験に適用した結果、実験結果と良好に対応することが確記できた。

 続いて、この手法を拡張して曲げせん断下の一層耐震壁の復元力特性を評価するマクロモデルを考案した。このマクロモデルは、作用するせん断力に対応するせん断変形と曲げ変形を算定する。マクロモデルの主な特徴は、1)壁脚部において、せん断と曲げによって生じる力の釣り合いを確保していること、2)曲げの影響により主圧縮方向のコンクリートの圧縮強度をさらに低減させていること、3)降伏した縦筋はせん断に対する鉛直方向抵抗バネから省いていること、4)せん断に対する水平方向の抵抗に側柱を寄与させていることである。側柱による水平抵抗バネは、図-2のように側柱を等分布荷重を受ける両端固定梁(側柱の曲げとせん断剛性(Kn、Ki)を考慮)に置換し、作用する水平方向応力度と側柱の平均たわみ量より算定される。側柱が弾性範囲の場合には、その水平方向抵抗バネ(Kh)は式(9)で表わされる。側柱中央に曲げひびわれが発生した後は、バネ剛性を低下させる。耐震壁のせん断に対する水平方向抵抗バネは、式(9)で表わしたバネと壁板横筋剛性によるバネの並列バネでモデル化する。

 

図-2 側柱による水平抵抗のモデル化

 このマクロモデルを既往実験の耐震壁試験体に適用した結果、終局強度に至るまでのせん断力〜水平変位関係は実験結果と良く対応することが確認できた。ただし、側柱の局部曲げや側柱主筋の基礎からの抜け出しが顕著である試験体に対しては、実験結果よりも水平変位を小さく評価し、この点は改良の余地がある。

 このマクロモデルを壁頂部のみに水平力が作用する連層耐震壁試験体に適用した結果、中間梁主筋を壁板横筋と同様に扱うことによって、そのせん断力〜水平変位関係は本マクロモデルでほぼ評価できることが分かった。

 また、本マクロモデルを用いて壁板横筋の終局強度に対する効果の検討を行った結果、1)シアスパン比が0.5程度に小さい場合には、壁板横筋はほとんど終局強度に寄与しないこと、2)壁板補強強度(Pwwy)が等しい場合には、降伏強度が低く壁筋比が大きいほど終局強度が増大すること等が分かった。

 最後に、現段階での本研究の総まとめとして、マクロモデルを基に一層耐震壁のせん断力〜水平変位関係の簡略評価手法を導いた。簡略手法では、簡便性を優先させ、曲げとせん断による壁内部での力の釣り合いは無視し、曲げ変形とせん断変形を個別に求めることにした(それぞれ、Tri-Linear型で表わす)。曲げ変形は平面保持仮定の塑性理論より求める。せん断変形は第一折れ点をせん断ひびわれ点、第二折れ点を曲げ降伏またはせん断終局点とした。曲げ降伏する場合には、終局点として曲げ降伏後のせん断終局点を設定する。このせん断変形算定手法は、やや複雑ではあるが、ほぼ理論的な算定手法であり、手計算が可能である。この簡略評価手法を既往実験の耐震壁試験体に適用した結果、終局強度に対する精度は既往の算定手法よりも良く、せん断力〜水平変位関係もマクロモデルとほぼ同じ精度で評価できることが分かった。せん断力〜水平変位関係の評価例を図-3に示す。

図-3 せん断力〜水平変位関係の比較
審査要旨

 本論文は「鉄筋コンクリート造耐震壁の復元力特性の評価手法に関する研究」と題して10章で構成されている。

 第1章および第2章では、既往の研究を概観して本研究の必要性について論じている。鉄筋コンクリート造耐震壁は剛性・耐力ともに高く、優れた耐震要素であるが、地震時の挙動はせん断変形が卓越することから非常に複雑となる。これまでの耐震壁の研究は、終局強度に関しては理論的な評価式も提案されているが、復元力特性に関しては実験結果から導かれた手法が多く適用範囲に限界がある。本研究の目的は、耐震壁の復元力特性の理論的かつ簡便な評価手法を提案することであると述べられている。

 第3章および第4章では、純せん断状態における鉄筋コンクリートのせん断応力度とせん断ひずみ度の関係を評価する方法を提案し、実験との対応により評価手法の妥当性を検証している。評価手法の特徴は、1)コンクリートのひびわれ後のテンションスティフニング特性を考慮していること、2)縦横筋量が異なる場合に主圧縮方向角度を45°と異なる角度としていること、3)主圧縮方向のコンクリートの圧縮応力度と圧縮ひずみ度の関係を非線形としてひびわれ後の圧縮強度の低減を考慮していること、である。テンションスティフニング特性は、ひびわれ発生直後のコンクリートの負担引張応力度をコンクリート圧縮強度と縦横の鉄筋比から定め、その後の引張応力度〜引張ひずみ度関係を主圧縮方向のコンクリートの接線剛性に依存させている。ひびわれ発生直後のコンクリートの負担引張応力度は平板の純せん断実験結果を統計的に分析して導いている。また、本論文では、主圧縮方向角度に関して新たな評価手法を考案している。すなわち、作用せん断力に対して、鉄筋コンクリート平板内部では最小仕事量で抵抗すると仮定することにより、主圧縮方向角度を考慮したトラス剛性が最大となる時の角度を主圧縮方向角度であると定義して、トラス剛性式を微分して導く考え方を提案している。主圧縮方向のコンクリートの圧縮応力度と圧縮ひずみ度の関係は、Fafitis・Shahの提案式に圧縮強度低減率を考慮することにより表現しているが、圧縮強度低減率にはコンクリート圧縮強度とともに主引張方向の剛性の影響を反映させ、実験結果から関係式を誘導している。また、水平、鉛直方向の応力度に対する軸ひずみ度を鉄筋剛性より求めてせん断応力度に対するせん断ひずみ度をモールのひずみ円より算定する。以上の純せん断状態におけるせん断応力とせん断ひずみの関係の評価手法を既往の鉄筋コンクリート造平板の純せん断実験に適用して、実験結果と良好に対応することを確認している。

 第5章から第8章では、以上の手法を拡張して曲げせん断応力下の耐震壁の復元力特性を評価するマクロモデルを考案して提案し、幅広く既往の実験結果との対応を検証している。マクロモデルの主な特徴は、1)壁脚部においてせん断と曲げによって生じる力の釣り合いを確保していること、2)曲げの影響により主圧縮方向のコンクリートの圧縮強度をさらに低減させていること、3)降伏した縦筋はせん断に対する鉛直方向抵抗バネから省いていること、4)せん断に対する水平方向の抵抗に側柱を寄与させていること、である。マクロモデルを既往の1層および連層の耐震壁試験体に適用して、終局強度に至るまでのせん断力〜水平変位関係は実験結果と良く対応することを確認しているが、曲げ変形については改良の余地があることを指摘している。また、マクロモデルを用いて壁横筋の終局強度に対する効果を検討した結果、1)シアスパン比が0.5程度に小さい場合には、壁板横筋はほとんど終局強度に寄与しないこと、2)降伏強度と補強筋比の積が等しい場合には、降伏強度が低く壁筋比が大きいほど終局強度が増大すること、等を解析的に明らかにしている。

 第9章および第10章では、マクロモデルにもとづいて簡略化した算定法を導いて実用化手法を提案するとともに、本研究の成果を整理している。簡略手法では平面保持仮定の塑性理論よる曲げ変形と第一折れ点をせん断ひびわれ点、第二折れ点を曲げ降伏またはせん断終局点とするせん断変形の和で評価する。せん断変形の算定法はやや煩雑ではあるが、理論的な裏付けがありかつ手計算等による算定も可能である。簡略手法を既往実験の耐震壁試験体に適用した結果、終局強度に対する精度は既往の算定手法よりも良好であり、せん断力と水平変位関係もマクロモデルとほぼ同精度で評価しうることを確認している。

 以上のように、本論文は、耐震壁の復元力特性を評価する手法をマクロモデルにもとづいて提案したものであり、主圧縮応力度の角度の評価、側柱のモデルなどに独自の工夫があり、広範な実験結果によって検証している。これらの成果は性能評価型耐震設計における耐震壁のモデル化および実用設計法として極めて有用であり、耐震工学に大きな貢献をもたらしている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51121